身内での打ち合わせが終わる頃、セラとリアナ、リンゲ隊長がアルフォンソと馬車を連れて戻ってきた。
同時に、親衛隊兵四十八名が整列する。……数が合わないのは、数名をアーミラ姫殿下の護衛につけただろうことは推測できた。
「衛兵四〇、騎兵五、攻勢魔術師二、治癒魔術師一」
リンゲ隊長は、指揮下の兵の構成を説明した。
要するに、貧乏くじを引かされた連中というわけだ。慧太は思ったが、もちろん口には出さなかった。
迫り来る魔人軍、その前衛大隊でさえ、まともに戦ったら間違いなくこちらが全滅する。精強な士気を持っている親衛隊――というのは慧太の第一印象に過ぎないが、そんな兵たちも心なしか青ざめているようにも見える。おそらく、誰一人生還できるなどと思っていない。
「結構」
リンゲ隊長の傍らに立ったユウラは、軽く自己紹介を済ませると、兵たちを見回した。
「僭越ながら、魔人軍を迎え撃つに当たって作戦指揮を仰せつかっています。とりあえずこちらの指示に従っていただければ、あなた方も生還の可能性があることをまず初めに言っておきます」
ふっと空気が揺れた。声も動揺も見せなかったのはさすがの親衛隊だったが、どこか驚いた雰囲気がよぎった。
「僕らとしても、アルゲナムのセラ姫には何としてでも生存してもらうつもりで作戦を立てています。そしてあなた方の役目は、セラ姫と行動を共にし、お守りすることにあります。……ふだんやっていらっしゃる王族警護の延長ですね」
ユウラは役割と、作戦の第一段階を説明した。親衛隊はセラの護衛を担当。よりはっきり言えば、彼女を守る肉壁となるのだ。
ユウラも慧太も、それ以上の働きを親衛隊に期待していない。そもそも期待するだけの数がいない。彼らを攻撃に用いても全滅を早めるだけなのだ。
「本当に、それだけでよろしいのですかな、ユウラ殿」
リンゲ隊長は、作戦指揮を執るユウラに対して改まった言い方をする。誰に指揮権があるのかを部下の前で明確に示したのだ。
「作戦に不安があるのはわかります。一般的な傭兵に対するあなたがたの見方もね」
「……」
「いざとなったら『逃げ出す』……故に傭兵を、戦場で心から信用してはならない」
ユウラは涼しい顔でそう言った。
「こうした劣勢の場では特に。まあ、信用できなくなったら、セラ姫を連れて逃げてください。彼女さえ無事であるなら、最悪こちらもあなた方を恨むようなことはありませんから」
「大丈夫ですよ、リンゲ隊長」
セラが穏やかな表情を浮かべる。
「私は彼らを信じていますから。何も心配はいりませんよ」
は、と親衛隊隊長は頭をたれた。
慧太はアルフォンソとその馬車のもとで、やりとりを見ていた。同時にアルフォンソに命じて、歩兵用の大型盾を二十枚、長さ四ミータ(メートル)ほどの長槍を十本、その身体から作らせた。同時に、その意図もアルフォンソに告げておく。――第一段階でセラを守る盾であり、作戦の第二段階では……。
「慧太くん」
ユウラの声。
「彼らに配る武器は用意できましたか?」
「おう。……各々、持って行くように言ってくれ」
慧太が答えると、青髪の魔術師ならぬ軍師は、親衛隊衛兵に一ミータ(メートル)を超える大型盾と槍を取りに行くように告げた。
馬車のもとまでやってくる衛兵らに、慧太は馬車の荷台に積んである大型盾を配り、それがなくなると長槍を手渡した。……まるで給食を配膳してるみたい、と場違いな感想が浮かんだ。
「次はどうするのですかな、ユウラ殿?」
リンゲ隊長が問えば、ユウラは満面の笑みを浮かべた。
「衛兵の皆さんには整列して迎え撃つ準備をしてください。あなたや兵を指揮する分隊長の皆さんには作戦の第二段階について、説明します。……街道を離れた際、どこに移動するかについて」
・ ・ ・
ゲドゥート街道上に、リッケンシルト親衛隊は布陣した。
盾を持った前衛を横二列に並べ、自らの身体を持って障害物《バリケード》を形成。三列目は長槍を持った兵士、部隊両端に攻撃系魔術師がそれぞれ一名ずつ。
隊の中央にはセラとリンゲ隊長。そのセラの近くに若い治癒魔術師一名が控えていた。治癒魔術師は、言ってみれば衛生兵だが、セラが負傷した場合、最優先で手当てするようにと命令してあった。
一方、親衛隊が布陣する百メートル前方、彼らから右側の森に慧太とユウラ、アスモディアが潜んでいる。ちなみに親衛隊から前方、約五十メートル付近、反対側の森にはリアナが木の枝の上に乗って目を光らせている。
やがて、街道の西側から斥候に出した騎兵が戻ってきた。
慧太たちが潜んでいる前を通過。いよいよ魔人軍のお出ましだ。慧太は、ユウラ、そしてアスモディアに頷いて見せた。
待つことしばし、重なり合う足音が聞こえ出す。その多さもさることながら、駆け足で移動しているのがわかる。
――来た。
足音は勢いを増し、地響きの如く大地を揺るがした。例の四足の魔獣ゴルドルを駆る魔人騎兵が街道いっぱいに横陣に展開しつつ突撃を開始したのだ。
先導するは展開した九騎の魔騎兵。そのすぐ後ろに雪崩をうつように続く騎兵の集団。まともにぶつかったら、間違いなくリッケンシルト親衛隊は踏み砕かれてしまうだろう。
――騎兵突撃の正面に立ちたくはないねぇ。
目の前を通過していく魔騎兵の集団を見やり、慧太は心の中で呟く。
――セラ……。
胸が締め付けられる。我らが銀髪の戦乙女は、その突撃する敵集団の真正面にいるのだ。五〇名にも満たない数の兵と共に。
大型盾を与えても、押し寄せる魔人騎兵に恐れをなして兵どもが逃げ出したりしないか――それを思うと、慧太は居ても立ってもいられなくなる。自分のことなら平気だが、いざセラに何かあってもすぐに助けられない位置にいることが不満だった。
慧太くん――ユウラが慧太の肩を掴んだ。大丈夫、と彼は口を動かした。声に出さないのは、目の前を通過する魔人たちに存在を知られないためだ。
セラたちの陣地へと距離を詰める魔人騎兵群。……早く、早く使え!
やがて、その時は来た。
身を隠すところのない街道上の肉壁。親衛隊兵が盾を並べて守る即席の陣地の中央、セラが一歩進み出た。
銀魔剣アルガ・ソラス――その白銀の刀身はすでに光に輝いていた。
聖天一閃!
セラの声が聞こえたような気がした。魔騎兵らの立てる大きな足音の重なりで、聞こえるはずがないその声。だが慧太の見守る中、目もくらむような青白い光の傍流が街道に沿って走った。
光は先頭の魔騎兵を飲み込み、それに続く魔獣と兵をも閃光の中に包み込んだ。
後続が足を止める。
だがその頃には先導する小隊もろとも、魔騎兵中隊の三分の二近くが灰燼と帰した。すでに魔騎兵が突撃態勢に入っていたことが、聖天による一撃の損害を跳ね上げた。半分近くが、自らの足で接近する光の傍流の中に飛び込んだ格好になったのだ。
街道の両側にいた数騎が難を逃れ、セラたちの近くにいた。彼らは一度は目の前で大勢の仲間が光に消えるのが見え、その足を止めた。だがすぐにセラと親衛隊が一個小隊程度しかいないのを思い出し、その場で突撃を再開した。
親衛隊の両端に配置された攻勢魔術師が炎の魔法を投射した。
親衛隊に配属されるほどだからそれなりに優秀なはずだが、普段のユウラの魔法を見慣れている慧太からすれば、多分にお粗末な火力だった。先頭の魔騎兵をようやく倒したが、その後続は距離を詰めてきて――
後方より矢が飛来した。森に潜んでいるリアナが魔騎兵や魔獣の足を狙って弓を引き絞り、矢を放ったのだ。
前衛の盾の壁を避け、親衛隊兵も数少ない石弓《クロスボウ》や弓矢で魔騎兵を攻撃した。
――何とか、なるか……。
慧太は固唾を呑んで見守っていたが、不意に大声が響いた。
『怯むな! 突撃せよッ!』
魔人の言葉だ。
先陣の騎兵中隊をほぼ壊滅させられ、一時的に呆然となった魔人軍だったが、前衛の生き残りがなおも攻撃の手を緩めなかったことを見やり、それに続こうと突撃を命じたのだ。
騎兵の残りと、革製鎧をまとった軽装歩兵の中隊が街道を東進する。……だがそれは、詰まるところ、セラやユウラの目論見どおりの行動だった。
再び光の魔力を溜め込んだ銀魔剣、聖天一閃の前に、果敢な突撃を見せた魔人兵は光の中に消えた。
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