テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
大好き
今更ながらバレンタインネタです。でもあんましバレンタイン感ないかも…?
⚠hr×fw
nmnm
不穏
hr『』
fw[ ]
fw視点
___________________________________________
俺が甲斐田に貢ぐようになったのは、去年の夏からだ。
きっかけは、配信後の打ち上げで隣に座った彼が零した、毒のような甘い言葉だった。
『アニキ、最近忙しそうだね。全然話す機会なくて寂しいよ』
その一言で、俺の心臓が跳ねた。嫌われたくない。この笑顔の下にある、俺の空っぽな正体を見透かされたくない。
それから、俺の生活は変化した。
甲斐田が望むものは、たとえ何十万の時計だろうと、数日のオフを潰す旅行だろうと、すべて用意した。
客に嘘を売り、苦い酒を煽って作った金を、甲斐田という底なしの器に注ぎ込む。
『アニキ、ありがとう……本当にいいの?』
目を丸くして喜ぶ甲斐田の頭を撫でるたび、俺は自分の価値を確認する。金を積まなければ繋ぎ止められない関係だと分かっていても、彼に感謝されて、喜ぶ顔を見る瞬間だけは幸せを感じれた。
本当は酒なんて一滴も飲みたくない。
客が注文する高級ワインの、舌にまとわりつく渋みが。喉を焼くウィスキーの暴力的な熱さが。
全部吐きそうなほど苦い。
けれど甲斐田に『アニキはお酒強いね』と微笑まれるたびに、俺はその苦さを笑顔で飲み込む。それがプロだ。愛という名の接待だ。
家に帰ってトイレに駆け込み、喉が裂けるまで吐瀉物をぶちまける時だけ、俺は本当の自分に戻れた。
バレンタインの夜。指定されたレストランは俺が先月支払った領収書よりも高くつきそうな場所だった。
『アニキ、僕の気持ちだよ。食べてくれるよね?』
差し出されたチョコを口に運ぶ。
……甘い。胃の底がひっくり返るほど、甘い。
俺は甘いものが苦手だ。しかも、昨夜の深酒で喉の奥はまだヒリついている。
「……美味しいよ、甲斐田」
嘘を吐くのは慣れている。だけど、次に出された赤ワインをグラスに注がれた時、指先がわずかに震えた。
『アニキの目と同じ色。このワイン、似合うね』
甲斐田の濁りのない瞳が俺を射抜く。彼は知っているのだろうか。俺が裏でどれだけ吐き戻し、どれだけ喉を潰しかけているかを。
吐きそうな苦さを、俺は一気に飲み込んだ。
喉が締まり、涙が滲みそうになるのを無理やり笑顔でコーティングする。
飲み込んだのはアルコールだけじゃない。情けない自分も、この歪んだ関係性への恐怖も、すべて胃の奥へ沈めた。
「……ありがとうな、甲斐田」
甲斐田の目が、満足げに細まる。
『アニキ、最近他の子とよく話してるよね? 僕のこと、好きだって言ってくれたのに』
声は優しい。けれど、俺を繋ぐ指の力は、逃げることを許さない。
『アニキさ、僕がいないと寂しいよね? 僕に会うために頑張って稼いでくれてるんだもんね』
ああ、もう逃げられない。
家に帰り、深夜の静寂の中でまた便器に顔を伏せる。
喉を焼くのはチョコの甘さか、ワインの苦みか、それとも自分への嫌悪か。
胃の中にある甲斐田がくれたもをすべて流し去っても、彼に触れられた感触だけが消えない。
(……甲斐田に、嫌われたくないから)
涙でぐちゃぐちゃになりながら、俺はスマートフォンの画面を叩く。翌朝、鏡の中の自分は、自分でも驚くほどホストの顔をしていた。
真っ赤に腫れた喉をコンシーラーで隠し、吐き気止めの薬をエナジードリンクで流し込む。
「……っし、行くか」
営業開始。
画面の向こうの客たちに、俺は惜しみなく愛を振りまく。
「好きだよ」「お前だけだよ」
吐き出す言葉はすべて嘘だ。けれど、その嘘がスパチャという数字に変わり、銀行口座の残高が増えていくたび俺の心は安らいだ。
これが甲斐田への愛に変換されるから。
数日後、甲斐田から連絡が来た。
『アニキ、新しいギターが欲しいな。でも、今の僕にはちょっと手が届かなくて……』
送られてきたギターの商品リンクは数十万。
手が止まる。今月の生活費を削れば、出せない額じゃない。
いや、生活費どころか、次の家賃すら危うい。
けれど、反射的に指が動いていた。
「任せろ。甲斐田に似合うやつ、用意しとくわ」
送った直後、心臓がバクバクと脈打つ。
金がない。
俺はそのまま、普段は避けている指名客とのアフターに向かった。
アルコール度数の高い酒を何杯も煽り、客の機嫌を取り、チップを巻き上げる。
喉が悲鳴を上げている。胃液がせり上がってくる。
それでも俺は甲斐田の笑顔を買うためだけに笑い続けた。
ついに、ギターを甲斐田に手渡す日が来た。
いつものように甲斐田の部屋。新品の弦の匂いが充満する中、甲斐田は子供のように目を輝かせてギターを抱えた。
『すごい……! 本当に買ってくれたんだ。アニキ、大好きだよ』
その大好きという言葉の報酬として、甲斐田は俺の首筋に顔を埋めた。
クン、と鼻を鳴らして、彼は少しだけ声を低くする。
『…でも、アニキ。今日、なんか他の女の匂いがするね』
背中に冷たい汗が流れる。
「あー、接客の後だからな。仕事だよ」
『ふーん……。僕のために頑張ってくれたんだもんね。……嬉しいよ』
甲斐田はギターを置くと、俺の喉元に手を添えた。
コンシーラーで隠したはずの場所を、爪を立てるようにしてなぞる。
『アニキの喉、ずっと赤いままだね。……僕が飲ませたワイン、そんなに美味しかった?』
「……おん、最高やった。」
『そっか。じゃあ、今日も飲もうか。アニキのために、もっと高いの買っておいたんだ』
甲斐田が冷蔵庫から取り出したのは、俺が昨日必死に稼いだ金額を嘲笑うような、超高級な赤ワインだった。
それを、彼は俺のグラスになみなみと注ぐ。
『ねえ、アニキ。僕のこと、これからも支えてくれるよね? 離れたりしないよね?』
甲斐田の瞳は、どこまでも澄んでいる。
悪意なんてきっと欠片もない。
ただ、俺が自分を切り売りして作った金で買ったワインを俺に飲ませて悦んでいるだけ。
俺は震える手でグラスを取り、その吐きそうなほど重い苦さを再び飲み込んだ。
内臓が焼ける。
けれど飲み干した俺を見て、甲斐田が満足そうに俺の唇を塞ぐ。
そのキスには、俺が吐き出したはずのワインの苦みと、甲斐田自身の冷たい甘さが混ざっていた。
(……ああ、これでいい)
俺はもう、甲斐田に貢ぐために生きているのか、甲斐田に壊されるために貢いでいるのか、判別がつかなくなっていた。
視界が歪む。
甲斐田の腕の中で、俺は幸せな地獄に浸かっていた。ワインの重たい沈殿物が、俺の胃の底でドロリと固まっていくような感覚がした。
甲斐田は俺の胸に頭を預け、手に入れたばかりのギターの弦を、愛おしそうに爪弾いている。
『アニキ……。僕ね、アニキがお酒を美味しそうに飲むところ、本当に好きなんだ。すごく幸せそうな顔をするから』
甲斐田の無垢な声が、静かな部屋に響く。
その言葉を聞きながら、俺はぼんやりと天井を見つめていた。
(……知らないんだろうな)
俺が本当は、このワインの渋みが死ぬほど嫌いなことも。
甘いチョコを一口食べるたびに、裏で胃液を吐き戻していることも。
喉の奥がもう、焼けるような痛みに慣れきってしまっていることも。
甲斐田は、何一つ知らない。
俺がホストとして磨き上げた偽りの笑顔があまりに完璧すぎて、彼はそれを真実だと信じ込んでいる。あるいは、信じたいものだけを見ている。
(言わないけど、言えないけど。)
お酒なんて、本当はちっとも好きじゃない。
けれど、その嫌いなものを飲み干す瞬間にしか俺は甲斐田からの愛を感じられない。
俺が苦しめば苦しむほど、彼が笑う。
俺が自分を削れば削るほど、彼は俺をいい子だねと抱きしめてくれる。
もはや、貢いでいるのは金だけじゃなかったのかな。
俺の味覚も、内臓も、プライドも、真っ当な未来も。
全部、全部、甲斐田晴という底なしの沼に投げ込んで、ようやく俺は息ができている。
『アニキ? どうしたの、黙っちゃって』
甲斐田が顔を上げ、不安そうに俺を覗き込む。
その瞳に映る俺は、今、どんな顔をしているだろうか。
きっと、世界で一番幸せそうな、吐き気のするような笑顔を浮かべているはずだ。
「……なんでもないよ、甲斐田。……次、何が欲しい?」
俺の問いかけに、甲斐田は満足そうに目を細め、俺の首筋に深く、深く歯を立てた。
痛みが走る。けれど、その痛みすらも、今の俺には甘美な麻薬だった。
たとえ明日、すべてを失って野垂れ死ぬことになっても。
俺はまた、この苦い毒を煽るだろう。
嫌われたくない。
忘れられたくない。
この地獄のような愛から、俺はもう、死んでも逃げたくなかった。
「……好きだよ、甲斐田」
嘘と本音が混ざり合った言葉を吐き出しながら、俺は再び彼が差し出す苦い愛を喉の奥へと流し込んだ。