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嘘が嫌いだ。ただの潔癖さで語っているものではない。嘘はいつも音を立てずに忍び寄る。そして荒らし、世界の輪郭をも歪ませる。本当のことではなく、”都合の良い事実”として差し出される。「傷つけたくなかった。」それはたいてい嘘の後ろに隠れている嘘の言葉。それでも人は、嘘を選ぶ。壊れないために。失わないために。
セミが鳴き綴る炎天下の日々。私は最近外へ出ていない。というより出る気力がない。
今世紀最後のSJKを満喫しなくてもいいのか、と誰もが思うだろう。私も客観者ならばそう思う。でも、私は私なりの充実したSJKLifeを送っているので構わない。そんな無駄なことばかり考えてたらいつもの約束の時間通りに、短く無機質な音が、部屋の奥まで染み込んできて、さっきまで守られていた静けさに、はっきりとした裂が入った。肌を刺すような冷たい空間とは裏腹に茹だるような廊下を急いで走り抜け、突き当りのドアノブをひねる。扉の前で待っていた、昨日とはさほど変わらない花恋の姿が目に入った。花恋に関しては物心ついたときにはもう隣にいた。明るく前向きで、誰に目も手を差し出す。その手は内気で人の輪に入れない私にも向けられていた。しかし、彼女の唯一の欠点は勉強だった。私は、彼女に勉強を教えるのをさも当たり前かのように続けた。そして親友という距離を壊さないように、静かに守ってきた。
「待ってたよ、暑いから早く入って。」
私のこの他愛ない語りかけに、他愛ない返事をして熱気の帯びた廊下地帯をくぐり抜け冷ややかな空気の漂った部屋へ足を踏み入れた。
「毎日毎日勉強はいやだよ~。」
なんて、猫なで声で訴えかけてくる花恋に対して私は、
「早いうちにやらないと、あとから痛い目見るよ?」
と冷水を浴びせた。猫には水が苦手だったのか、ずんずんと僻みを語っている。
「実は頭が良いから、勉強嫌いの私の気持ち分かったもんじゃないんでしょー!」
「私が勉強するのは、花恋と2人でいられる時間が増えるからだよ」
「ええ好き。よし、勉強しよう。」
その言葉がどんな意味を持つかなんて、考えてもいない声色だった。
”すき ”
彼女にはたわいのない一言なのかもしれないが、私には、喜びと安堵の腹にもう言われなくなるかもしれないと感じて、心臓が小さく収縮するような繊細な感覚に陥る。“彼女の好き”と”私の好き”の性質は大きく異なっているからだ。嬉しい日も沈む夜も真っ先に思い浮かぶ、疑わずに背中を預けられる唯一の存在。それが親友。彼女の好きは、それに該当する私に向けた好きだった。一方私の好きでは考えられないもの。近づくだけで心拍数が追いつかなくなる、触れたいのに壊したくないと願ってしまう存在。それに該当するのが、私のなかの花恋だ。
「はやく勉強おわらせよ!」
そうだ、目的は勉強なんだった。私にとっては2人きりになるための口実に過ぎなかったけど、彼女にとってはここに来ている理由だったのだと改めて錯覚した。何でもかんでも自分基準で考えてしまう、自分の悪いところがでた。まぁいい。しばらく勉強に浸ることにした。今の自分には、考えすぎる余白があまりにも大きすぎた。答えは用意されている。今、好きな人と並んで勉強をしている。同じ問題集を解き、一定の距離なのに。それでも距離は実際よりも近く感じる。えんぴつの音が重なるたびに、集中したいのに、気がそっちへ、無意識に引き寄せられる。
『わからないから教えて!』
その声を聞くために頑張って培った結果が学年一位。わからない所を一生懸命訴えてる指先や、解けたあとのふとした安堵の笑顔が、三角形の合同条件より鮮明に脳に焼き付く。同じ時間を共有していることが嬉しくて、胸の奥底が高鳴っている。この恋が永遠に進まなくても、一緒に勉強しているこの時間だけは、確実に前へ進んでいた。
カリカリと音を立てたシャープペンシルの動きをピタリととめた。そろそろ、花恋の集中力が切れる頃だろうか。ここまで続くのは珍しいなと思ったのも束の間。自分の問題集から花恋の問題集に目を移し替えた途端、答え合わせをすれば不正解だが、美術の点で言えば通知表「5」を貰えるほど凝っている可憐で美しげな少女の絵を書いていた。
「花恋?」
「うまいでしょ」
「休息とる?」
「とる!」
花恋の集中力も切れ自分的にも切りの良いところで終わったので、休息がてらに2人でアイスを買いに行くことにした。外へ出るとアスファルトが声を上げ暑さを訴えかけていた。
「暑…」
「アイスが溶ける前に花恋が溶けるんですけど」
戯言を吐きながら、2人で並んでコンビニへ向かう。本当なら数センチ先の手を繋いでいたい。
固く。強く。優しく。
でもそのたった数センチが私には広い大海原のように終わりが見えなかった。
「見えてきた!早く入ろ!」
と花恋は言い放ち私の手を手繰り寄せた。もうゼロセンチ。私には永遠に見えていた大海原でも、花恋には島が見えてたみたい。
「なににするー?」
「じゃあ私はチョコ。」
「ずるーい!じゃあいちご!」
マナーモードを解除したあとから花恋のスマホは何度も震えていた。何かあったのかな。大丈夫なのかな。それとも彼氏なんて、最悪なケースじゃないよね。色んな仮説を立てながら恐る恐る聞いてみる。
「さっきから通知大丈夫?」
「ん?あーね。うん!」
きっと彼女の通知は家族からだ。そうに違いない。今、下手に詮索しても変に疑ってるみたいになる。それは避けたい。ぎこちなく肩の力を抜いた。太陽に照らされて暖かくなった熱風が花恋のやけに短いスカートを煽る。
「涼し!」
「そうだね」
あれから何日か経って、花恋は宿題が終わると私とは会ってくれなくなった。花恋に会えないかLINEをしてみるも、話を逸らされてしまうばかり。でも普段とは何も変わらず、明るく華奢な花恋のままだった。でも日に日に既読が遅くなると比例して、花恋の返信態度も氷のように冷たくなっていく。そんな中、あたしは遊ぶ約束を花恋とできた。これ以上にない幸福感が脳を満たし、まだ会ってないのに気づけば頬が緩んでいた。当日が楽しみすぎて、前日は寝つきが悪かったけれど、寝てみればあっという間に夜は明け、明けない夜はないことを実感した。ずっと花恋のことを考えながら、今か今かと無機質な音を待ち続け、17分後。やっとのことで家全体に染み渡るほどの音が鳴り響き、あたしの心は舞い踊った。触れるように、でも胸の高鳴りいっぱいを込めてドアノブを捻り押し出すと、そこには少し違う雰囲気を纏った花恋が立っていた。
「なんか可愛くなった?」
「えへへ!実はね、彼氏できたの!」
「え」
「実に言うの遅くなっちゃったけど、昨日で半年!」
それを聞いて、「半年」のワードだけで目の前がうめつくされ、もうそれ以外何も入ってこなくなった。受け入れたくなかった。
「そっか、おめでと!」
「わ!優しい!応援してくれるってこと?!」
「あはは、もちろんだよ」
苦くて不味い感触が心の中を抉る。
くるしくて何もできないと体が訴えている。
「公園行きたい!」
「あーいいね!」
あたしを気遣ってくれたって、思いたかった。
気分転換がてら公園に行ってまた、甘い花恋との思い出で上書きしないと。
そうしないと、こわれちゃいそうで。
その一心で公園へ歩みを進めた。
「ここ!この公園!」
「なつかし——」
「ここで彼と出会ったの!」
「え」
貴女と初めて出会った公園。
どうして。
どうして、そこなの。
あたしと出会った場所じゃなくて、
どうして、“彼氏”なの。
「彼がねー!」
やめて。苦い。くるしい。ぐるぐる、ぐるぐる。
頭の中が、止まらない。
あたしが欲しかった好きは、彼氏に向けられていた。
その事実が、苦い、憎い。
どうして
あたしを上書きするの。
「…ってねぇ聞いてる?」
「あーうん!もうバッチリ」
「ならいいや、それでねー、」
花恋を不安にさせたらダメ。
笑って、返して。ちゃんと、聞いてる。
それなのに、
言葉が右から左へ流れていく。
「それでめっちゃ優しくしてくれて!」
そんなの、知るよしもない。
どうってことない。
どうってことないんだってば。そんな男。
なんて思うけど、
心の中は不安と苦味で満ちていて、今にも崩れ落ちそうなんだ。
それでもあたしの1番は花恋だから。
貴女のために、あたしは笑う。笑い続ける。
例えこの身が朽ちようと。
「へぇ、いい人だね!」
「そうなの!ここで告白されて!」
あー、そっか。
「えー素敵!」
ここで。
「でしょ!いいなって思ったから付き合っちゃった!」
ふーん。あたしじゃなくて。
ぽっと出の、彼を。
「…そっか!おめでとう!」
笑えた。貴女のために。
くるしいけれど。苦いけれど。
今まで貴女からもらってきた、
愛のカケラをあたしは大事に、持って__
なかった。
どこに行ったんだろ。
辛い 苦い くるしい
ぐるぐるぐるぐる
似たような感情が循環してあたしはその場にいても立ってもいられなくなるような衝動に駆られてしまった。
脳へ酸素が息届いていなくて、呼吸が苦しくなる。
糖分が足りなくて何をするにも疎かになる。
でも、最後まで花恋の笑顔を見続けたい。貴女の笑顔しか見たくない。その一心にあたしは解散まで貴女の顔を見続けながら耐え抜いた。
「じゃあね!また実に、恋愛相談する!」
「うん、いつでも!」
嘘をついた。嫌いだ。気持ち悪い。
苦しい。きたない。
でも、
ちゃんと笑えた。
ちゃんと、最後まで一緒にいられた。
大丈夫だったって、そう思ったのに。
足が、重い。
前に出してるはずなのに、
どこを歩いてるのか分からない。
さっきまで聞こえていた声も、
もう思い出せない。
ただ、
「彼氏」
その言葉だけが、
頭の中で何度も繰り返されていた。
大きな衝突音と共に、あたしはどうにかなった。
世界が裏返った。
今の状況を理解するよりも前に、
あたしの目線はぐらりと横に傾いた。
気づけば大きな痛みと共にフラッシュバックしていた。
あたしの頭上ら辺から染められている紅色。
あれ、貴女の声が聞こえてくる。
大きなクラクションの音。大勢の叫び声。
音が、遠ざかっていく。
さっきまであんなにうるさかったのに、
水の中に沈んだみたいに、ぼやけていく。
ぼやけて、遠のいていく意識の中から、
かき分けて出てきた
恋歌の“すき”
最低だね。
こんなときまで、それを選ぶんだ。
でも。
それでも、いいや。
最後に残るのが、花恋なら。
ありがと。愛してる。
花咲き誇る庭園、澄み切った空。風は辺りを自由に駆け巡ってるが、花恋のスカートが揺れるどころか花びらひとつ落ちない。目が覚めると私はそこにいた。そして彼女も共に。
「あ、実だ!ってかここって、どこかわかる?」「え、私もわかんない。」
「まあいいや!アイス買いに行こ!」
「あぁ、そっか。」
「え、なに?!」
ここは、うららかな嘘のない場所。私は歩みを進め、花恋の隣に並ぶ。それでも花恋は、何も疑わず前を向いていた。
「じゃあ私はチョコ。」
「ずるーい!じゃあいちご!」
友達?親友?恋人?愛人?都合のいい人?
いいや、そんなのここにはいらない。
あー、でもごめん花恋。
あたし手を伸ばしてみたけど、やっぱり島には届かなかったみたい。
でも、ここには嘘がないから。だからいいんだね。