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641
な ゆ 。
50
#nksr
にゅんたら
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わんく
腐表現あまりないですが、捉え方に寄ってはntkrでもkrntでもあります。一応krnt寄りです。
10000文字以上あるので時間がある時にゆっくり読んでください(🫵🏻 ᴖ ̫ ᴖ)💕🎵
ntくん視点です。日本語がおかしいところや誤字脱字多いと思いますが許してください(ᐡ ᵕ ̫ ᵕ̩̩ ᐡ)
なんかかっこいい表現の単語を調べずに使っているので意味のわからない単語もあります。。汗
話の内容が急だったりして
結構没ですので🔙するなら今です( ᵕ ᵕ̩̩ )
あとモチベなのでコメントください‼️
雨の日は、いつも同じ匂いがする。
濡れたアスファルトと、古い傘の布と、どこか遠くで誰かが捨てた煙草の匂い。
俺はその匂いが嫌いだった。
雨が降ると、帰り道が少しだけ長くなる。傘を持っていない日は特にそうだ。濡れるのが嫌で駅の屋根の下に立ち尽くしていると、帰りたくない理由まで雨のせいにできる。
その日も、俺は駅の裏口で雨宿りをしていた。
午後六時を過ぎた駅前は、帰宅する人たちで混雑していた。傘を開く音、電車の到着を知らせるアナウンス、誰かの笑い声。世界はいつも通りに動いている。
その中で、ひとりだけ動かない人がいた。
駅の裏にある自動販売機の横。濡れた壁に背中を預けて、制服の膝を抱えている青年。
最初は、具合でも悪いのかと思った。
けれど、近づいてみるとその人は泣いていた。
声を上げるわけでもなく、顔を覆うわけでもなく、ただ静かに涙を流していた。雨に濡れた前髪が目にかかっていて、表情はよく見えない。
俺は声をかけるべきか迷った。
迷っている間にも、その人の肩が小さく震えた。
「…大丈夫?」
そう聞くと、青年は顔を上げた。
泣いていたくせに、彼は笑った。
「大丈夫。」
その笑い方がひどく下手だった。
俺は自分の傘を少しだけ彼の方へ傾けた。
「大丈夫な人はこんなとこで泣かないよ?」
その人は目を丸くした。
それから困ったように笑った。
「そっか」
それだけ言ってまた俯いた。
俺は隣に立った。
何か気の利いた言葉をかけられるわけでもない。事情を聞く勇気もなかった。ただ、彼をひとりにして帰ることがなぜだかできなかった。
しばらくして、青年がぽつりと言った。
「誰かに見つけてほしかった。」
雨の音に消えそうな声だった。
俺はその言葉を聞いて何も言えなくなった。
誰かに見つけてほしい。
その気持ちは、俺にも覚えがあった。
家に帰れば母がいる。学校に行けば友達がいる。連絡をすれば返事をくれる人だっている。
それなのに、俺はときどき、自分がどこにも存在していないような気がした。
誰かの子供で、誰かの友達で、誰かにとって都合のいい人間。
自分自身が何を考えているのかなんて、誰も気にしていない。
だから俺は、彼の隣に立ったまま言った。
「じゃあ、見つけたよ」
青年は、今度こそ笑わなかった。
その代わり、泣きそうな顔をした。
「…ありがとな。」
それが、トルテさんとの出会いだった。
翌日、トルテさんは何事もなかったように教室にいた。
俺と同じクラスだったらしい。俺は普段他のクラスの人としか話さないので、わからなかった。の方から声をかけてきた。
「昨日のやつ」
俺は振り返った。
「あ、駅の」
「そ。傘、ありがとう」
「別に大丈夫だよ。」
「名前、聞いてなかった」
「弐十」
「弐十くんね」
彼は私の名前を、確かめるように繰り返した。
「俺、キルシュトルテ」
「き、キシュ、切手取る?切手取るさん、?」
「キルシュトルテな?」
「…トルテさん。」
クラスの女子がたまに話しているのを聞いたことがある。無愛想だけど実は優しい。いつも誰かに囲まれている人。
昨日の彼と、今日の彼は、まるで別人だった。
「昨日のこと、誰にも言うなよ」
トルテさんは笑って言った。
「言わないよ」
「よかった」
それから彼は何かを思いついたように首を傾げた。
「弐十くんって放課後暇?」
「…まあ」
「じゃあ昨日のお礼に何か奢らせてよ。」
「俺がこんなこと言うの珍しいよ。」
断る理由はあった。
昨日あったばかりの人と二人で出かけるのは苦手だし、そもそも彼と仲良くなるつもりなんてなかった。
でも俺は頷いた。
「いいよ」
トルテさんは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺は少しだけ安心した。
昨日の涙が、嘘ではなかったとわかった気がしたから。
放課後、俺たちは駅前のコンビニで肉まんを買った。
トルテさんは自分の分を食べながら、俺の話を聞いていた。
俺が何を話したのかは、あまり覚えていない。学校のこと、好きな音楽のこと、苦手な先生のこと。誰にでも話せるような、どうでもいい話ばかりだった。でも楽しかった。
俺が話し終えると、必ず何かを返してくれた。
「弐十くんって意外と人のこと見てるんだね」
「そう?」
「うん。俺、そういうの好き」
好き。
たった二文字の言葉に、俺は少し戸惑った。
別に、特別な意味なんてない。
それくらいわかっていた。
それでも、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が温かくなった。
俺はトルテさんに必要とされたいと思った。
その気持ちが、いつから始まっていたのかはわからない。
トルテさんと一緒にいる時間は、少しずつ増えていった。
最初は放課後だけだった。
次に、昼休み。
そのうち、朝の登校時間まで一緒になった。
トルテさんはいつも俺を見つけると、手を振った。
「弐十くん、おはよう」
それだけで、俺は一日を始められるような気がした。
彼は俺の好きな飲み物を覚えていたし、俺が苦手な食べ物を知っていた。俺が何かを言いかけてやめると、無理に聞き出さず、代わりにくだらない話をしてくれた。たまに冗談で無理矢理聞き出してくることもあるけど、面白かった。楽しかった。
俺が笑うと、トルテさんも笑った。
その時間だけは俺は誰かの期待に応える必要がなかった。
ある日の帰り道、俺が言った。
「弐十くんって家でちゃんと笑ってんの?」
俺は足を止めた。
「…なんでそんなこと聞くの?」
「なんとなくだよ、なんとなく」
トルテさんは前を向いたまま歩いていた。
「学校だと笑ってるけどたまにめっちゃ疲れてる顔するから」
俺は何も言わなかった。
家のことを話したことはない。
母は悪い人ではなかった。
ただ、いつも忙しくていつも疲れていた。
俺が何かを失敗すると、母は怒るより先にため息をついた。
「あんたはしっかりしてるから安心してるの。」
その言葉を俺はずっと褒め言葉だと思っていた。
しっかりしていること。
迷惑をかけないこと。
自分のことは自分でできること。
それが俺の役割だった。
「別に、普通だよ」
俺はそう答えた。
トルテさんは少しだけ黙ってから言った。
「ふーん」
その声が、昨日の駅で聞いた声と同じだった。
「俺も、普通だよ」
トルテさんは笑った。
「普通にしてるだけでみんな安心するし」
その日、俺は初めてトルテさんの家の話を聞いた。
彼の父親は家にほとんど帰ってこない。母親は仕事で忙しく、家にいても会話は少ない。
小さい頃から、トルテさんはひとりで食事をすることが多かったらしい。
「別に、虐待とかそういうのじゃないから。」
トルテさんは何度もそう言った。
「ただ、俺がいてもいなくてもあんま変わんない感じ」
俺はその言葉を聞いて、胸が痛くなった。
「そんなことないと思うけど」
そう言うと、トルテさんは俺を見た。
「弐十くんはそう思ってくれる?」
俺は頷いた。
「うん」
トルテさんは目を細めた。
「じゃあ弐十くんがいるから俺はまだ大丈夫」
その言葉を聞いて、俺は嬉しかった。
嬉しくて、少し怖かった。
誰かの人生に、自分が必要だと言われること。
それは、こんなにも甘いものなのだと知った。
それから、トルテさんは俺に弱音を吐くようになった。
眠れない夜のこと。
何もする気が起きない朝のこと。
誰かと話しているとき、笑いながら頭の中ではずっと別のことを考えていること。
「俺ってなんでこんなに駄目なんだろ」
トルテさんはよくそう言った。
俺はそのたびに否定した。
「駄目じゃないよ」
「弐十くんにしては優しいね」
「本当のことを言ってるだけ」
トルテさんは笑った。
「そういうところ、好きだよ」
俺はその言葉を何度も何度も思い出した。
いつからか、トルテさんからの連絡を待つようになった。
スマートフォンが震えるたび、彼からのメッセージであることを期待した。
トルテさんが「何してるの」と送ってくると、俺は何をしていても返事をした。
家族と食事をしているときも。
友達と出かけているときも。
夜、眠ろうとしているときも。
トルテさんが「眠れない」と言えば、俺は起きていた。
トルテさんが「会いたい」と言えば、俺は会いに行った。
ある夜、トルテさんから電話がかかってきた。
時計は午前一時を過ぎていた。
「にとくん。」
電話の向こうで、トルテさんが俺の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
「ごめん。起こした?」
「起きてたよ」
嘘だった。
俺は眠っていた。
でも、トルテさんが電話をかけてくることがどこか嬉しかった。
「…声、聞きたかった」
その声があまりに弱くて、俺は布団から起き上がった。
「何かあった?」
「別に」
「じゃあどうした?」
「何もないから」
トルテさんは小さく笑った。
「何もないのになんか苦しい」
俺は目を閉じた。
何もないのに苦しい。
その感覚を俺は知っていた。
「俺も、そういうときあるよ」
「弐十くんも?」
「うん」
「…ふーん」
しばらく、二人とも何も言わなかった。
電話の向こうで、トルテさんの呼吸だけが聞こえた。
俺はその音を聞いていると、彼がここにいるような気がした。
「弐十くん」
「なに?」
「ずっと一緒にいてくれる?」
俺は答えた。
「うん」
その約束がどれほど重いものだったのか。
そのときの俺はまだ知らなかった。
トルテさんと付き合い始めたのは冬の終わりだった。
告白は驚くほど静かだった。
放課後、いつものコンビニで買った飲み物を持って駅まで歩いていたとき。
隣に並んだトルテさんが急に立ち止まった。
「弐十くん」
「なに?」
「俺、弐十くんが好き」
俺は返事をしなかった。
トルテさんは少し困ったように笑った。
「…困らせた?」
「違う」
俺は首を振った。
「俺も、好き。」
心なしか顔が熱く感じた。
トルテさんはしばらく俺を見ていた。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「よかった」
トルテさんは俺の手を握った。
冷たい手だった。
俺はそっと手を握り返した。
その日は、初めて人と手を繋ぐという行為をした日だった。
恋人になったからといって、何かが大きく変わったわけではない。
トルテさんは相変わらず、俺の隣で笑っていた。
俺は相変わらず、トルテさんの話を聞いていた。早く大人になって煙草吸いたいね、一緒に酒飲みに行きたいね、なんてそんな他愛ない話しかしていなかった。
ただ、少しだけ彼のことを自分のものだと思うようになった。
トルテさんが誰かと楽しそうに話していると、胸の奥がざわついた。
トルテさんが俺に連絡をくれないと不安になった。
トルテさんが「今日はひとりで帰る」と言うと、理由を聞きたくなった。
それでも、俺は何も言わなかった。
嫌われたくなかったから。
トルテさんも同じだった。
俺がニキくんやしろせんせーと出かけると言うと彼は少しだけ黙った。
「…そ。」
「うん。前から約束しててさ」
「楽しんできて」
トルテさんは笑った。
その笑顔を見て俺は安心した。
けれどその夜。
帰宅して携帯を見ると、トルテさんから何件もメッセージが届いていた。
『今どこ?』
『もう帰った?』
『にとくん』
『ごめん』
『なんでもない』
俺は慌てて電話をかけた。
「とるてさん?」
「…弐十くん」
「どうしたの?」
「ごめん。邪魔して」
「邪魔じゃないよ」
「ニキ達といるんじゃなかった?」
「もう帰ってきた」
トルテさんは黙った。
俺はその沈黙が怖かった。
「トルテさん?」
「…俺、弐十がいないと何もできない。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は胸が締めつけられた。
悲しいのに嬉しかった。
自分が必要とされている。
自分がいなければ、トルテさんは駄目になってしまう。
そんな考えが、俺の中に根を張り始めていた。
「大丈夫だよ」
俺は言った。
「俺はここにいるから」
トルテさんは泣いた。
俺はその涙を、電話越しに聞いていた。
ニキくんやしろせんせーは、俺たちが付き合い始めてから、少しずつ距離を置くようになった。
ある日、昼休みにしろせんせーが言った。
「弐十ちゃん最近キルとばっかり居るよな」
「そうかな」
「そうだよ。前はもっと一緒にいたじゃん」
俺は弁当を食べながらニキとしろせんせーに対して答えた。
「ごめんね」
「謝ってほしいわけちゃうんよ」
しろせんせーは箸を置いた。
「弐十ちゃん、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ」
「嘘つかんといて」
俺は顔を上げた。
しろせんせーは真剣な顔をしていた。ニキは困り顔、というか少し心配してる顔で見てきた。
「この前、夜中にメッセージ送ったらすぐ返ってきたじゃん。何時だと思ってるの?」
「たまたま起きてただけ」
「深夜3時にたまたま起きてるわけないでしょ。キルのことじゃないの?」
俺は何も言わなかった。
しろせんせーは小さく息を吐いた。
「弐十ちゃん、キルのこと好きなんよね」
「うん」
「でもな、好きやからって全部背負わなくたってええんよ。」
その言葉に俺は少し腹が立った。
「背負ってるわけじゃないから」
「そう?」
「トルテさんは俺がいないと本当に駄目なんだよ」
言ってから、俺は自分の言葉に驚いた。
ニキくんは悲しそうに笑った。
「それ、キルが言ったの?」
「…うん。」
「弐十ちゃんは?」
「何が?」
「弐十ちゃんは、キルがいないと駄目なの?」
俺は答えられなかった。
ニキくんたちはそれ以上何も言わなかった。
その日の帰り道、俺はトルテさんに会いに行った。
駅前のベンチに座っていたトルテさんは、俺を見ると笑った。
「弐十くん。」
俺はいつも通り彼の隣に座った。
「今日、ニキに何か言われた?」
トルテさんは少しだけ表情を変えた。
「…なんで?」
「なんとなく」
トルテさんは俯いた。
「俺、嫌われてんのかな」
「そんなことないよ」
「弐十くんの友達なのに俺のことよく思ってないみたい」
俺はトルテさんの手を握った。
「気にしなくていいよ」
トルテさんは目を見開いたように俺を見た。
「弐十くんは俺の味方?」
俺は頷いた。
「もちろん、当たり前でしょ?」
その言葉を聞いて、トルテさんは安心したように笑った。
そしてその日から俺は、ニキくん達との約束を断るようになった。
母に嘘をつくようになった。
トルテさんが苦しいと言えば、俺も苦しくなった。
トルテさんが笑えば、俺も笑えた。
世界は少しずつ狭くなっていった。
けれど、その狭い世界の中で俺は初めて自分の居場所を見つけた気がしていた。
春が来た。
桜が咲いて、制服の袖が少しだけ短くなった。
トルテさんは相変わらず時々学校を休んだ。
理由を聞いても「疲れた」としか言わなかった。
俺はトルテさんの家に行くようになった。
トルテさんの部屋は、いつも薄暗くて汚い部屋だった。
カーテンは閉め切られていて、机の上には飲みかけのペットボトルが並んでいた。
ベッドの端に座ると、トルテさんは俺の肩に頭を預けた。
「弐十くん」
「なに?」
「今日、帰らないで」
俺は彼の髪を撫でた。
「お母さんに怒られるよ」
「…そっか」
トルテさんはすぐに顔を離した。
その表情を見て、俺は胸が痛くなった。
「でも、もう少しだけいる」
そう言うとトルテさんは嬉しそうに笑った。
「ほんと?」
「うん」
トルテさんは俺の手を握った。
「弐十くんがいると静かになる」
「何が?」
「頭の中が。」
俺はその言葉を聞いて、何も言えなくなった。
トルテさんの苦しさを俺が消せるわけではない。
それでも、彼が俺といることで少しでも楽になるのなら。
俺は、何でもしてあげたいと思った。
その気持ちが少しずつ自分自身を追い詰めていることに、気づかないまま。
ある日、トルテさんが学校に来なくなった。
一日目は、体調不良だと思った。
二日目は、何かあったのかと心配した。
三日目になると、俺は何度も電話をかけた。
繋がらなかった。
メッセージを送っても、既読がつかなかった。
俺は授業中も、休み時間も、担任や18号さん達に注意されても、ずっとスマートフォンを見ていた。
放課後、トルテさんの家に行った。
インターホンを押しても、誰も出なかった。
家の前でしばらく待っていると、近所の人が通りかかった。
「この家の子なら、しばらく見てないねえ」
俺は何も言えなかった。
その夜、トルテさんから一通だけメッセージが届いた。
『ごめん』
それだけだった。
俺はすぐに電話をかけた。
繋がらなかった。
何度も何度もかけた。
最後には、スマートフォンを握りしめたまま、床に座り込んだ。
怖かった。
トルテさんがいなくなることが。
トルテさんが俺を必要としなくなることが。
トルテさんが俺の知らないところで苦しんでいることが。
その全部が、同じくらい怖かった。
多分俺はトルテさんに、人生を狂わされてしまったのだろう。
翌日、俺はニキくんとしろせんせーに会いに行った。
ニキくん達は俺を見ると、驚いた顔をした。
「弐十ちゃんどうしたん?」
俺は何も言わず、ニキくん達の前で泣いた。
しろせんせーとニキくんはしばらく黙っていた。
それから、しろせんせーがそっと俺の背中を撫でた。
「何があったん?」
「トルテさんがいなくなった」
ニキくん達は何も聞かなかった。
ただ、俺が泣き止むまで隣にいてくれた。
その優しさがひどく痛かった。
俺はニキくん達にトルテさんのことを全部話した。
彼が眠れないこと。
何もないのに苦しいと言うこと。
俺がいないと駄目だと言うこと。
そして、俺もトルテさんがいないと駄目になってしまったこと。
ニキくん達は最後まで聞いていた。
「弐十ちゃん」
ニキくんは静かに言った。
「弐十ちゃんはキルのことほんとに好きだよな、大切だと思ってるんだよね。」
俺は頷いた。
「でも、弐十ちゃんも自分自身を大切にしてほしい」
その言葉に俺はまた泣いた。
トルテさんがいなくなってから一週間後、俺は駅の裏で彼を見つけた。
初めて出会った場所だった。
トルテさんは壁に背中を預けて、虚ろな目をしながら空を見ていた。
雨は降っていなかった。
俺は走って近づいた。
「とるてさん!」
トルテさんは振り返った。
驚いたような顔をしてゆっくりと笑った。
「弐十くん」
俺は彼の前で立ち止まった。
何を言えばいいのかわからなかった。
怒りたかった。
どうして連絡をくれなかったのか。
どうして何も言わずにいなくなったのか。
どうして俺をこんなに不安にさせたのか。
でも、彼の顔を見た瞬間全部消えてしまった。
トルテさんはひどく疲れていた。
目の下に隈があって、頬が少し痩せていた。
「…ごめん」
トルテさんが言った。
俺は首を振った。
「どこにいたの?」
「親戚の家」
「どうして?」
トルテさんは俯いた。
「ちょっと逃げたかっただけ」
「何から?」
「全部」
トルテさんは笑った。
「学校も、家も、弐十くんからも」
その言葉に俺は目を見開いて息を止めた。
トルテさんは俺の反応を見た後にすぐに言い直した。
「違う。弐十くんが嫌だったわけじゃない」
「…うん」
「弐十くんが優しいから、俺甘えすぎた」
俺はまた何も言えなかった。
トルテさんは続けた。
「弐十くんがいれば大丈夫って思ってた。でも、弐十くんがいないと何もできなくなってた」
俺は自分の手を見つめた。
「それが怖くなった」
俺は彼の手を握ろうとした。
トルテさんは俺に触れないように少しだけ手を引いた。
その動きが俺の胸を刺した。
「弐十くん」
トルテさんは言った。
「俺、弐十くんにひどいことしてた」
俺は首を振った。
「そんなことない」
「あるよ」
トルテさんは笑わなかった。
「弐十くんが友達といると嫌だった。弐十くんが俺以外の人と笑ってると、取られる気がした。」
「トルテさん…」
「弐十くんが俺のために何かを諦めると、嬉しかった」
彼は目を伏せた。
「最低だよね」
俺は何も言えなかった。
だって、俺も同じだったから。
トルテさんが俺のために何かを諦めると、嬉しかった。
トルテさんが俺だけを頼ると、安心した。
トルテさんが俺なしでは駄目だと言うたび、俺は自分の存在を確かめていた。
「…俺もだよ」
トルテさんが顔を上げた。
「俺も、トルテさんが俺以外の人といると嫌だった」
声が震えた。
「トルテさんが俺を必要としてくれるのが、嬉しかった。俺がいなきゃ駄目だって言われると、安心した」
「好きな人に似るもんなんだね」
俺は笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
「俺、トルテさんを救いたかったんじゃないのかもしれない」
透は黙っていた。
「透に必要とされてる自分を、失いたくなかったんだと思う」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で何かが崩れた。
俺はずっと、トルテさんを守っているつもりだった。
でも、本当は。
トルテさんに守られていたのは、俺の方だった。
トルテさんがいなければ、俺は自分の価値を見つけられなかった。
トルテさんが苦しんでいることを理由に、俺は自分の孤独を見ないふりをしていた。
二人でいることが、二人を救っていると思いたかった。
「…ごめん」
トルテさんは首を振った。
「謝んなよ」
俺たちはしばらくその場に立っていた。
駅の裏を何人もの人が通り過ぎていった。
誰も俺たちを見ていなかった。
そのことが少しだけ救いだった。
それから俺たちは少しずつ距離を置くようになった。
毎日一緒に帰ることをやめた。
夜中の電話も少しずつ減らした。
トルテさんは学校に来るようになった。
俺はニキくんたちと話す時間を増やした。
最初は苦しかった。
トルテさんから連絡がない夜は、何度もスマートフォンを確認した。
彼が何をしているのか気になった。
俺がいなくても大丈夫なのか不安だった。
トルテさんも同じだったらしい。
ある日、彼は言った。
「弐十くんが誰かと楽しそうにしてると、まだちょっと嫉妬するわ」
俺は笑った。
「俺もトルテさんがいないと寂しい」
「…でも、前みたいには戻りたくない。」
トルテさんはそう言った。
「うん」
それでも、俺たちは時々会った。
一緒に帰ることもあった。
手を繋ぐこともあった。
好きだと言うこともあった。
ただ、少しずつ相手の人生を全部自分のものにしようとすることをやめていった。
それが正しいのかはわからなかった。
俺たちはまだ子供だった。
誰かを好きになることも、誰かを失うことも、何も知らなかった。
だから、何度も間違えた。
そして最後の日が来た。
六月の終わり。
夕方から雨が降り始めた。
俺は駅の裏でトルテさんを待っていた。
初めて出会った場所。
自動販売機の横。
濡れた壁。
あの日と同じ匂いがした。
トルテさんは少し遅れてやってきた。
制服の肩が濡れていた。
「弐十くん!」
俺は笑った。
「遅い!遅刻だよ笑」
「ごめんじゃん笑」
たまに見るトルテさんの笑顔はかっこよかった。
トルテさんは俺の隣に立った。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
雨の音だけが聞こえていた。
トルテさんがぽつりと言った。
「俺、遠くに行くことになった」
俺は顔を上げた。
「…どこに?」
「親戚のところ。しばらくそっちで暮らす」
「いつ?」
「来週、学校もかわる。」
何故か雨が強くなった気がした。
俺は傘を開こうとした。
トルテさんがその手を止めた。
「弐十くん」
「一緒に逃げよう」
その言葉を聞いた瞬間、俺はびっくりして息を止めた。
トルテさんは笑っていた。
その笑顔はあの日の駅で見たものと同じだった。
「どこでもいいから。二人で」
俺は彼の冷たい手を見た。
あのとき、俺はこの手を握った。
彼がひとりにならないように。
彼が泣かなくていいように。
彼が生きていてもいいと思えるように。
でも今、俺は知っていた。
この手を握り続けることが、必ずしも彼を救うわけではない。
そして、彼の手を離すことが、必ずしも彼を見捨てることではない。
俺はトルテさんの手を握った。
トルテさんは、少しだけ安心したように笑った。
「俺と一緒に来てくれる?」
俺は頷きかけた。
その瞬間、胸の奥にいろんな気持ちが溢れた。
トルテさんと一緒にいたい。
トルテさんを失いたくない。
トルテさんがいなくなったら、またひとりになってしまう。
でも。
俺はもう、トルテさんがいなければ生きていけない自分には戻りたくなかった。
トルテさんにも、そうなってほしくなかった。
俺は彼の手をゆっくりと離した。
トルテさんの表情が変わった。
「…弐十くん?」
俺は無意識に涙が溢れてしまっていた。
「好きだよ」
「本当に好き」
声が震えた。
「でも、もうトルテさんのために自分をなくしたくない」
「トルテさんにも、俺のために自分をなくしてほしくない」
雨が頬を伝った。
涙なのか、雨なのか、わからなかった。
「俺たち、ずっと一緒に沈んでいくことが愛だと思ってたんだね」
トルテさんは小さく息を吐いた。
「…そうかもな。」
「でも、もうやめよう?」
「一緒にいられなくても、トルテさんが生きていてくれたらそれでいい」
トルテさんは泣いた。
今度は笑わなかった。
俺はそっと彼を抱きしめた。
トルテさんも、俺を抱きしめた。
強く。
苦しくなるくらい。
その腕の中で俺は初めて、彼を失うことを受け入れようとしていた。
「弐十くん」
「俺、弐十くんのこと忘れられないと思う」
「俺も」
「…それでもいい?」
「うん」
トルテさんは少しだけ笑った。
「ありがとう」
俺はその言葉を聞いて、また泣いた。
最後に、トルテさんは俺の額にそっと触れた。
「弐十くんがいてくれてよかった」
「トルテさんに会えてよかった」
それが俺たちの最後の約束だった。
トルテさんがいなくなってから、世界は少しだけ静かになった。
最初の一週間は、何もできなかった。
朝起きると、スマートフォンを確認した。
トルテさんから連絡が来ていないことを確かめて、少しだけ安心して少しだけ悲しくなった。
学校に行くと、トルテさんのいない教室が広く感じられた。
帰り道、いつも二人で歩いていた道を通ると足が止まった。
何度も連絡しようと思った。
何度も会いに行こうと思った。
でも、そのたびにあの日のトルテさんの顔を思い出した。
俺が手を離したときの、あの悲しそうな顔。
「トルテさん、あんな顔するんだ。」
それでも、トルテさんは俺を責めなかった。
俺はそのことを忘れないようにした。
ニキくんたちは、以前よりもよく俺に話しかけてくれるようになった。
ある日、シードくんが言った。
「弐十くん、最近ちょっと元気になった?」
「そうかな笑」
「うん、前よりちゃんと自分のこと話すようになった!」
続くようにりぃちょくんが言った。
「…そうかも?」
せんせーやニキくんが嬉しそうに笑った。
「よかった」
その笑顔を見て、俺は少しだけ泣きそうになった。
誰かに必要とされなくても。
誰かを救えなくても。
俺はここにいていいのかもしれない。
そう思えたのは、初めてだった。
夏が来た。
雨の日が減って、空が高くなった。
俺は少しずつ、トルテさんのことを思い出さない時間を増やしていった。
それは、忘れるということではなかった。
トルテさんと過ごした時間は、俺の中に残っていた。
彼の笑顔も。
彼の涙も。
彼が俺の名前を呼ぶ声も。
全部、残っていた。
ただ、それらに縛られなくなっていった。
ある夜、久しぶりにトルテさんからメッセージが届いた。
『元気?』
しばらく画面を見つめた。
『元気!トルテさんは?』
少しして返事が来た。
『俺も、少しずつ元気なってる』
『よかった』
それだけで十分だった。
それ以上の言葉を求めなかった。
彼がどこで何をしているのか。
誰と過ごしているのか。
今、何を考えているのか。
知りたい気持ちはあった。
でも、知らなくても彼が生きていることを喜べるようになっていた。
それが、俺にとっての小さな変化だった。
秋が来た。
俺は駅の裏を通った。
あの日と同じ場所。
自動販売機の横。
雨は降っていなかった。
壁は乾いていて、誰も座っていなかった。
俺はしばらく立ち止まった。
あの日、俺はトルテさんに傘を差し出した。
誰かに見つけてほしかった彼を見つけた。
そして、彼は私を見つけてくれた。
俺はずっとあの出会いを運命だと思っていた。
けれど今は少し違う。
あの出会いがあったから俺は自分の孤独を知った。
自分が誰かに必要とされたいと思っていたことを知った。
誰かを好きになることが、どれほど怖くてどれほど温かいものなのかを知った。
そして、誰かを好きなまま離れることもできるのだと知った。
駅の改札を抜けると、雨が降り始めた。
俺は傘を開いた。
その瞬間、ふとトルテさんのことを思い出した。
あの日、彼は泣いていた。
俺は傘を差し出した。
彼は笑った。
俺はその笑顔をずっと守りたいと思っていた。
守ることはいつも隣にいることではなかった。
時には、手を離すことだった。
雨の音が街を満たしていく。
もう、あの頃のように誰かに見つけてほしくて立ち尽くすことはない。
俺は俺の足で、帰る場所へ向かっていた。
トルテさんがいなくても。
トルテさんを好きだったことを、忘れなくても。
俺は、ここにいる。
あの雨の日に、二人で沈んでいくことを愛だと思っていた。
今ならわかる。
愛は、相手の痛みを全部引き受けることじゃない。
相手がいなければ生きられないと言い続けることでもない。
好きな人が自分の知らない場所で笑っていることを願えること。
自分もまたその人のいない場所で生きていくこと。
そして、いつか思い出したときに、悲しみだけではなく、確かにそこにあった温かさを思い出せること。
俺は傘を握り直した。
雨はまだ降っていた。
それでも、歩いていけると思った。
君がいなくても。
君を好きだったまま。
俺は、俺の明日へ帰っていく。
そして、いつかまた雨が降ったら。
あの日の君を思い出して、少しだけ笑うのだと思う。
君に出会えてよかった。
そう、心から思える日まで。
俺はもう少しだけ生きてみようと思う。