コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第1話『始まりの一日』
「あーキチィ…」
「万緒、空き地って言ったか?」
「言ってないよショウくん…きついって言ったの」「まおまおがいきなり空き地って言うのがおかしいでしょ」
「何で争ってんのよ…」
今日もナイトコードでは通話が始まっている。この4人はそれぞれ違う活動を各々でしているが、いつからの因縁かこうして通話を定期的に行っている。
「ところでショウくんさぁ…作詞は終わったの?」「うへぇ!?お、おわってないけど…」
ハイ、とモニター上にあるカメラに向かって『玉砕P締切の日』と書かれたカレンダーのアプリを開いた携帯の画面を見せる万緒。また忘れるからと昭太に代わって携帯にメモをしておいたのだ。
「貴方毎回締切遅れそうになるわよね。そんなんでランキング上位に食い込めるの未だに謎よ」
「今回も『クラクラP』とのコラボだからな…『玉砕P』として頑張らないと上位は行けないんじゃないのか?」
この2人のコラボは世間からとても人気な為、その分プレッシャーも大きい。『クラクラP』という大手Pには劣るものの、『玉砕P』はそんな『クラクラP』にも引けを取らない程の力を持っている。しかし今回は今までと違って、第9回目なのだ。記念すべき第10回目へのファンの期待を高め、よりフォロワーを増やす準備期間なのだ。ここでヘマする訳にはいかない。「もう『玉砕P』のタグ外して『粉砕P』名乗ったら?私が四肢粉砕してあげるよ」
「助けて万緒…薬師寺さんが殺しに来てるよ」
「助けれるけど華燐ちゃんは俺には止められないかな☆」
「万緒…」
コントのようにテンポ良く会話が進む。顔を合わせた回数は少ないのに馬が会うのは何故なのだろうか。昭太がヘマして万緒が心配する。それを華燐が煽り、緒里がツッコむか無視をする。これがいつもの流れだ。「でも今回の曲は今までの曲とはちょっと違う感じに仕上げたいって言ってなかった?」
「あぁ…うん。『旅行』をテーマにしている訳だし、やっぱり冒険譚みたいなリズムも良いけど音に爽やかさを増したいなぁって」
「歌わせるボーカロイド選ぶだけで1時間もかかってたよね、悩みすぎじゃない?」
「あっ!笑うな薬師寺さん!!」
「早く決めればいいのにねぇ」
「俺もそう思うぞ。もっとサクッと決めればいいものを……」
昭太がボーカロイドを選ぶ時に時間がかかるのは今に始まった事ではない。それに付き合う万緒と緒里も大変なのだ。
「『旅行』だって実際に行かないと分からないんだよ…」
「まぁ行けたら苦労してないよな、もう少し曲作り早くなるだろ」
ハハハ、と乾いた笑い声が聞こえる。昭太も自覚はあるようだ。昭太は歌詞を作る時は毎回悩んでいる。歌詞の内容は大体決まっていて、後はそこにどうメロディを乗せるか考えるだけだが、それでも納得のいく出来にはならないらしい。今回はその逆だ。メロディは思い浮かぶのに曲想が中々決まらないらしく、いつも以上に難航している。
「あーもうっ!!分かった!!とりあえず次の打ち合わせまでにある程度完成させておきます!」
「頑張れよ〜」
「お前も手伝えよ!?」
「えぇ〜ゲームのbgmみたいにメロディ案なら出せるけど歌詞はねぇ…からっきし…」
「まぁまおまおに作詞の才能があったら今頃いおりんはまおまおとコラボしてるだろうね」
「薬師寺さんまで酷いよぉ……」
万緒はメロディ案出しに関してはセンスがある方だが、作詞ができないため、ボカロPになるかと言う俺からの誘いはだいぶ前に断られたのだ。作詞が出来なくて良かったと思ってしまうのは万緒が完璧超人になってしまうかもしれないと思ったからだろうか。そうでないから今の関係が出来たのだろうか。曲作りはあまり関係なさそうではあるが。
「あ、そうだみんな、明日って空いてる?」
「ん?うん、特に予定はないけど……」
「私も」
「俺は午前に部活あるけど、午後は暇だよ」
「じゃあみんなで『旅行』行かない?」
「「「旅行!?!?」」」
急なお誘いだ。緒里がいきなり突拍子もないことを言うのはいつもの事なので驚かないが、明日というのはどうなのか。
「海行くの!?」
「ふふ、こんな秋に海行かなくても良いのよ」
「じゃあどこ行くの?」
「温泉旅行よ!!」
温泉旅行よ…とエコーが頭の中で響く。高校生の、しかも男子が女子と2人で旅行に行く。それはとても危険な行為だと思うのだが…。
「やぁね、男女別々よ。部屋も風呂も」
頭の中を見透かされたかのように緒里からツッコミがはいる。
「でもなんで突然温泉旅行?」
この流れに飽きてきたのか万緒はポテチを食べながら話している。ちゃんと飲み込みながら話せよ、聞き取れない。
「前に第2回目のコラボ曲が500万再生言ったじゃない?それで活動を知ってる親から1泊2日の旅行券を貰ったのよ。旅館の近くに観光スポットがあって、そこを回るついでに泊まってみようかなって。せっかく貰ったのだから使わないわけにはいかないじゃない。それに…」
「うん」
「今回作る曲は『旅行』がテーマでしょ?作業しやすいかなって」
「結局そこかよ」
「ん?嫌なら行かなくていいのよ。3人で行くから」「いやいやいや、滅相も無い。とても嬉しいですありがとうございます」
慌てて感謝の言葉を言う。緒里はそれを見て笑い、「明日と明後日は旅行に行くって親に伝えるのよ」と言った。
<その日の夜>
昭太はベッドの上でスマホを操作している。画面上にはSNSアプリが開かれており、そこには曲を聴いたファンからのメッセージがズラッと来ていた。
「次の曲も期待してます!」「いつも素敵な曲をありがとうございます!!」「玉砕Pさんの歌詞って心に残るんだよね。一日に10回は聞いちゃう」など、ファンからの応援のメッセージを見ていると、不思議と嬉しくなってくる。
もうすぐ寝るか、とヒーリングの曲を入れたプレイリストを開く。
「アン…タイトルド?何この曲?俺寝ぼけて入れたかな…まぁいいや。気になるし聞いちゃお☆」
持っていた疑問は捨て、再生ボタンを押したその時。タイトルが光った。車のライトやカメラのフラッシュライトと違う、眩い光に部屋は包まれた。
<???>
「…ん?さっきの曲は…」
当たりを見渡す。提灯や不自然な場所から生えている桜で彩られた建物が連なっている。先ほどまで昭太の部屋だったものが代わりに見たこともない景色が広がっていた。神社でもないのに長く続く道の入口には鳥居があり、隣には律儀に狛犬の像が二匹。丁寧に広げて並べられた和風の柄付き傘が道の端にあり、石畳の道は今まで歩いた人がいないような程綺麗だった。どう考えてもそこは異世界と考えるしか無かった。
「えぇ…ここどこ…?」
さっきまで夜だったのに辺りは夕焼け色に染まっていて、時間感覚までもが狂いそうだった。カツカツと後ろから音がする。人の歩いている音だ。だけどここは地球かどうかも怪しい。得体の知れない不気味な音に怯えながら昭太は恐る恐る後ろを振り返った。
「わぁ!!」
「わぁ!?!?」
驚いて尻もちをついた。見上げるとそこには初音ミクのように腰より少し下まで長さはある緑色のロングツインテールの人が立っていた。
「だ、だれ!?!?」
「ふふーん…初音ミクだよ!ボーカロイド曲作ってるんだからわかるでしょ?」
怪しげに覗き込むと確かに髪の色は緑色で少し濃いめの色、瞳の色も濃いめだけど緑だ。ブルーグリーンから青竹色に変わっている。他に違うことといえば服装が変わっていて、いつもの制服のような格好ではなく、臙脂色のベレー帽にハイカラな柄の袴を着ていて、大正浪漫をイメージした服装に変わってる事だった。靴は厚底ブーツで、これが音を鳴らしていたのかと興味が湧く。正直言って髪型にとても似合うしすごい可愛い。
「いやいやまぁミクっぽいけど…なんか違う気が…」
「初音ミクだよ!オリジナルじゃなくてこのセカイで生まれた初音ミクだけど…」
「えっじゃあボカロ男子組も居るの?」
「がくぽ君はわからないけどレンくんとKAITOくんは探せばいるんじゃないかな」
「おおっ!!すごい!!」
テンションが上がる。あの二人に会えるなんて。それにしてもここは一体どこなのか。家に帰れないとなったら一大事だ。コラボは愚か、曲作りも出来なくなる。
「ここはセカイっていうよ!君たちで言うところのパラレルワールド?アナザーワールド?まぁそんな感じ!」
「そこに俺は飛ばされたってことか」
「一応ここに来る前に曲を聞いてたでしょ?」
「あーあのアン…タイトルド?ってやつ?」
「そうそう!『Untitled』の再生を止めると元いたところに戻れるよ!」
「おお、すごくいい…あ、ねぇねぇ」
「どうしたの?」
「ここって時間止まってるの?」
「進んではいるけどすごく遅いからほぼ止まってるよ!こっちで一週間経ってもあっちでは7秒ぐらいだから!」
「一日=一秒計算なのか。そりゃすごい」
それならゆっくり観光してても大丈夫そうだ。でもこんな不思議な場所に来たのは初めてなので何をすればいいか分からない。とりあえず歩いてみることにした。ミクちゃんは僕の前をコツコツと歩く。このセカイを案内してくれるようだ。不自然に咲いていた桜の木から花びらが舞い、地面へと落ちる。
その道をしばらく進むと、一軒の茶屋が見えてきた。暖簾には【甘味処・音彩亭】と書いてある。スイーツ店と宿屋が合体したようなところなのだろうか。店先の長椅子に座って団子を美味しそう頬張っている着物姿の女性がいた。ひと目でわかった。巡音ルカさんだ。ヘッドホンのような髪飾りがついていないのはミクちゃんと同じだったが髪色とその長さで瞬時にわかった。
僕たちはルカさんの座っていた隣に座る。僕はあんこ、ルカさんは三色団子、ミクちゃんはきなことみたらしのセットを食べていた。
「むぐむぐ…今ちょっと…むぐむぐ…助けて欲しい子がいるんだよね…むぐむぐ…」
「食べ終わってからにしましょうよ、ミク」
「んぐんぐ…ん、そうだね」
既視感のある会話をしているなと思った。
串に刺さった最後の団子を口の中へ放り込み、お茶を一気飲みするとミクちゃんは真剣な顔になった。どうやら本当に困っているらしい。
「えっと……誰を助ければいいんですか?」
気づいたらそう答えていた。自分だって困っているはずなのに。なんでだろう。
「これから来る子達のこと。あなたがよく知ってる人達」
「それって…」
「ナイトコードでよく話す三人のこと。直接助けて欲しいとまでは行かないけど少し話してみんなが日常生活に溶け込めるようにして欲しいんだ」
「どうして俺が」
「私達バーチャルシンガーは人を愛してるから。人の笑顔を、幸せを、未来を…ずっと見ていたいの。でも現実世界では合成音声技術の製品の一つに過ぎないの。あの子たちを助けるには一番関わっている君がいいかなって」
『君しかいない』と遠回しに言われているようで少し気恥ずかしかった。具体的に助けるやり方も教えられないのに手伝いたくなってしまう。自分の性格かミクちゃんの話し方のせいか。理由はどっちでもお節介を描きたくなるのはそういう性だからだろうか。
それに、みんなには恩を返さないといけない。自分がこうやってながく『玉砕P』としての活動を続けられるのもみんなのおかげだから。
「……そっか」
「さて、無理を言うようでごめんね、お願いできるかな?」
「うん。任せてよ」
「私たちも手伝うよ。いづれ他のバーチャルシンガーも来るから、何かあったら相談してね。ミクも、私もそうだけどリンとレンやKAITOとMEIKOも手伝ってあげれるから」
「ありがとう。ルカさん」
「暇になった時とかいつでも来てよ。みんなの話でもいいし曲作りの話でもいいから」
「じゃあ今度コラボ曲の相談しに来るね」
「なるべく参考になるよう頑張るね」
「じゃあ、また」
「うん。またね」
「また会いましょ」
ポケットからスマホを取り出す。プレイリストに何故か入っていた『Untitled』はずっと流れ続けたままだ。バイバイ、と片手をミクたちに振り、左手で曲を止める。来た時と同じように眩い光にセカイは包まれた。
「行っちゃったね」
「お別れするみたいに言わないでよ、ミク」
「また来る保証も無いからね。今度は成功するといいんだけど」
「…そうね」
<昭太の部屋>
「あ…」
気がついたら部屋にいた。時刻は10時51分。最後に見た時間から動き出すかのように時計の針は進んでいた。
ヒーリングの曲が詰まったプレイリストを見ると、可愛い動物や自然の写真のジャケットと『すぐに寝れる癒しBGM50選!【2時間耐久】』という似通ったタイトルが並んでいる中に不自然にテレビの砂嵐のようなモザイクのジャケット、『Untitled』というタイトルの楽曲があった。
「夢…じゃないか」
どこかホッとしたような、戸惑っているような、そんな気持ちだった。このセカイでミクちゃんとルカさんに出会ったのが本当なのか、それともただの夢なのか、わからない。
それでもプレイリストにあるこの楽曲の存在自体がセカイがあることの証明に繋がっていることは馬鹿な自分でもわかった。
『たとえ待ち受けるものが困難だったとしても構わない。それで誰かが助けられるのなら』いつ誰が言った言葉かは忘れた。今の自分にとってはその言葉の通りにしなければ行けないのだと思った。