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「まだ生気を吸うのを止めてくれないのか!」
悲痛な魔物の声が、女性が一人、横たわる中響く。
魔物と人間が共存してるこの世界で、魔物を愛し、魔物に愛された一人の女性がいた。彼女は魔物のいる、森の近くに住むようになった。
幸せだった。
同じ魔物のように、同じ人間のように。抱き締めあい、キスをし、名前を呼んだ。
魔物の子を宿す方法なんて知らなかった。
彼女は子を宿した。
愛する魔物の愛する子供を彼女は喜んだ。苦しんだのは魔物の方だった。
魔物はあらゆるものから、少しづつ生気をもらい、それを子に与える。それは彼女にはできないことだった。
彼女は己の命から、腹の子に生気を与えた。
彼女の腹は異常に膨らみ、彼女は痩せ細り、食事も喉を通らなくなった。
彼女はそれでも幸せだった。いつも笑っていた。魔物は己の子を何度手にかけようとしたことか。けれど彼女の笑顔で、それは躊躇いに終わる。悩んでいるうちにも子は大きくなっていく。
子を産めば彼女が生き残れるのは、ほぼ不可能だった。それを悟ってもなお、彼女は幸せだった。
彼女は子を産んだ。
魔物にとってそれは初めての経験であり、かろうじて生き残った彼女と、元気に産まれた我が子の世話をするのは簡単なことではなかった。幸せそうに微笑み乳をあげる彼女は手足は骨のように、魔物の支えがなければ座ることさえままならない彼女を見て、魔物は涙する。
魔物の涙は悲しみの玉となり彼女と子が寝ているベッドを取り囲み、その景色はとても美しかった。
それから幾月、幾年、時が経った時。
一人の魔物が二つの墓を作り、大人しく森へ消えたのは、誰も知らない。
誰も知らない物語:END