テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
聖次
910
#大正時代
井川奎
269
341
50
「……じゃあ、私、先に帰るね。」
図書室を出る前、美咲は私の耳元で小さく言った。
「安心して。誰にも言わないから。」
「美咲……。」
「でも。」
美咲がちらりと星谷先輩を見る。
「何かあったら、ちゃんと相談してね。」
そう言って、にやっと笑った。
「ち、違うから!」
私が慌てると、美咲は「はいはい」と手を振って図書室を出ていった。
静かになる。
さっきまで三人いたのに、急に二人きりになった。
「……いい友達だね。」
先輩がぽつりと言う。
「はい。昔から一緒で……。」
「そっか。」
先輩は少し嬉しそうに笑った。
私はその横顔を見つめる。
すると。
「なに?」
「えっ?」
「また見てる。」
「み、見てません!」
「見てた。」
……今日も否定できない。
先輩は小さく笑って、本を閉じた。
「ねえ、彩。」
「はい。」
「今度の日曜日、暇?」
「……日曜日?」
突然の質問に、私は瞬きをする。
「予定、ないなら付き合ってほしい。」
「……え?」
心臓が、どくんと鳴った。
付き合う……?
その言葉に頭が真っ白になる。
「あ、ごめん。」
先輩が慌てて手を振る。
「変な意味じゃなくて。」
「……。」
「買い物。」
「買い物?」
「うん。ドラマで使う小説を探したいんだけど、一人だと何を選べばいいかわからなくて。」
「私が……ですか?」
「彩、本好きでしょ?」
私は小さく頷く。
「だから、一緒に選んでほしい。」
そう言って、先輩がまっすぐ私を見る。
その目が、なんだかずるい。
断れるわけがない。
「……私でいいんですか?」
「彩がいい。」
――え。
また、さらっと。
私は思わず俯いた。
顔が熱い。
「……だめ?」
少し困ったような声。
そんな顔をされたら。
「……だめじゃ、ないです。」
「ほんと?」
「……はい。」
先輩の顔がぱっと明るくなる。
「やった。」
その笑顔が、あまりにも嬉しそうで。
私は胸の奥がくすぐったくなった。
◇ ◇ ◇
帰り道。
校門を出ると、空には細い月が浮かんでいた。
「日曜日、楽しみだな。」
先輩がぽつりと言う。
「……私も。」
小さな声だった。
聞こえていないと思った。
でも。
「え。」
先輩が足を止める。
「今、なんて?」
「……な、なんでもないです。」
「いや、聞こえた。」
先輩が少し笑う。
「私も、って言った?」
「……。」
「言ったよね。」
私は返事の代わりに、顔を隠すように俯いた。
すると。
「……そっか。」
先輩の声が、少しだけ優しくなる。
「それ、すごく嬉しい。」
胸が、また苦しくなる。
どうしてだろう。
先輩といると、いつもの自分じゃなくなる。
楽しくて、嬉しくて。
でも、少し怖い。
だって相手は――国民的アイドルだから。
駅に着くと、先輩がふいに立ち止まった。
「彩。」
「はい。」
「日曜日、楽しみにしてて。」
そう言って、私の頭にぽん、と手を置く。
「……!」
私は固まった。
先輩は何事もなかったように笑う。
「じゃあね。」
そのまま改札へ向かっていく。
私はしばらく、その場から動けなかった。
頭に残る、手のぬくもり。
そして――。
『彩がいい。』
その言葉が、何度も何度も胸の中で繰り返されていた。
日曜日。
先輩との、初めてのお出かけ。
その日が、私たちの関係を大きく変えることになるなんて――。
まだ、このときの私は知らなかった。
コメント
1件
第5話読み終わったよ〜!!⋆♡ 図書室で二人きりになった瞬間から、もうドキドキが止まらなかった…!「彩がいい」って先輩がさらっと言うの、ずるすぎるでしょ😭💕 頭ポンポンも反則級…! 日曜日が楽しみすぎるし、この先の展開が気になって仕方ない…! 彩ちゃんの気持ち、すごく共感できるよ…! 続き超楽しみにしてるね!!🌸