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「いや…ちょっと荒療治なんじゃないの?そもそもそれ、効くのかよ」
「しょうがないだろ。先生居ないし。
俺はこれで処置されてる人見たことある」
ザーッ
グラウンドの水飲み場に備え付けられたホースから水が迸る。仰向けに寝転がっている稲葉の顔に水がかかる。それほど水圧は強くないが、それでも珍しい光景に周りの部員もそれを見守っている。
「おーい、ホモー」
誰かがそう呼びかけて、数人がニヤニヤと笑っている。
樹もそれを見守っている。
いつだったか、学校の外で稲葉のことを目撃した奴がいる。
それから何かを話したりなどしたわけではないが、何となく稲葉にはそういうレッテルが貼られたままになっていて、更衣室にいるときなどに時々茶化す奴が出たりもする。
水をかけられて5秒ほどして、本人は目を覚ましたかと思うと慌てて手を伸ばし、水を遮ろうとする。
「あ、起きた」
思ったほど反応がないせいで、周りを囲んでいた部員たちは皆、なんて言うのかリアクションを待っているように黙っている。
「…何。俺、どうしたの」
周りは一様にため息ともつかない声を吐く。
「なー。お前、保健室連れてってやれよ」
「俺が?」
「同じクラスだろ」
声を掛けられた樹は意外そうに返事をするが、仕方なく立ち上がると倒れたままの稲葉の元にしゃがみ込む。
「…ほれ」
樹が手を差し出すと、意外にもすぐに稲葉はそこに手を伸ばした。
(重い。。。)
玄関で靴を脱ぎ着するのを見守り、立ちあがろうとしている稲葉に肩を貸しながら保健室までの道のりを樹は歩いて行く。
ノックをして保健室のドアを開けるが、今しがた席を外したかのように椅子が放置されている以外中は誰も居なかった。とりあえず、担当の養護教諭がどこへ行ったのかは後で確認するとして、樹は同じサッカー部の、半分くらい気力を失った稲葉の体をどこかに下ろそうとベッドへ向かってのろのろと歩いて行く。
どさっ!
ベッドへ体を横たえさせ、樹は思わずため息を吐く。
本人の顔を見るとまだ意識ははっきりしていないのか、薄く目を開けてはいるもののどことなくぼおっとしている。
先程の生徒の呼び掛け…部活やクラスにいるときにある暗黙の了解を、再び思い出す。
稲葉ってホモらしいよ。…
樹は改めてそういう目で稲葉の顔を見てみる。
部活内での稲葉の印象ーあまり印象にない。ただ、周りに合わせて笑ったり、突っ込んだりはするけど、そんなに目立とうとするような奴ではなかったと思う。
稲葉がホモだと言われるようになったのは、入学して間もなくの事だったらたわいないからかいの一つと思っていた樹だったが、実際に男同士で何かしていたのを見たことがあるやつもいるらしい。
ホモと言われると、ついテレビに出てくるようなキャラクターが付いているオネエみたいなのを想像してしまう樹は、ごく普通の自分達と同じような生徒に恋人がいて、恋愛感情を持ってるというのが想像しずらい。
(ホモ…?)
稲葉が、動かないことをいい事に思わず凝視してしまう。
「……」
「え?」
稲葉が、何かを呟いてるみたいだ。樹が視線を合わせると、じっとこっちを見ている。
「先生呼んでくる?」
樹がそう言うと、稲葉は布団の中から手を出して自分の口元に手を当てる。それが何かを言いたがっている仕草だと思った樹は、稲葉の口元に耳を近づける。
次の瞬間、稲葉が樹の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
驚いた樹は、稲葉の方を見る。ほとんど眠ってる病人みたいに思っていたから驚いたが、でも顔を見るとまだ目は閉じたままだ。
「…桐人」
稲葉がそう呟き、樹はぎくりとする。
「夏休みだからってさあ、張り切ってるんじゃないの。」
終業式が終わり、つい先程まで、部活の担当の教師から告げられた走り込みをしながら、樹達はぺちゃくちゃと話していた。
「なんで、夏休みだからって…生徒かよ」
「気を引き締めて、1ヶ月間はもっともっと激しくしごくぞって事なんじゃない」
「おえ…、、」
「俺さー、従兄弟と出掛ける予定があるんだよね。お前らも一緒に行く?」
隣を走っている田中が声を掛けてくる。
まだ二週目に差し掛かったあたりなので、若干余裕がある。いつも通りに、樹たちは先輩の目を盗みつつ固まって走っている。
「どこ行くの?」
「海」
「ふーん。海かあ」
「キャンプでも良いって。もう十分に暑いし。女の子もいるだろうし、皆で行って声掛けてみようぜ。車出してくれるからさ」
「車かあ。いいなあ」
「そういえば、……シラカワ。もう二週間くらい見てないな」
「ん?」
聞き覚えのある名前を、樹は反芻する。シラカワキリト。…つい先程の終業式で、職員が口にした名前だったと思う。クラスも別なのに一体なぜそれを覚えていたのか、それが終業式の日に耳にしたたった一つの新しい話題だったからだと思う。
「お前、知ってるの?」
「うん。俺中学一緒だったし」
目の前にいる稲葉の顔を樹は凝視している。
「キリト」
稲葉が何度か口にした名前と、ついさっき、体育館の中で教師が話していた言葉を樹は思い出そうとしてみる。
…
「皆さんはくれぐれも、遊泳禁止の場所には近づかないように。特に受験生はこれまで以上に気を引き締めて…」
それを聞いた時、樹はただぼんやりと人目のない港の、陽を浴びた深い海の色を思い出したくらいだった。
シラカワキリトは、事故にあった。理由はわからないが、登下校中に通る道から10分ほど離れた海岸の遊泳禁止の海で溺れているところを通りがかりの人から助けられたらしい。
教師によると、シラカワはもう既に回復はしているが、しばらく学業に復帰する見込みはないそうだ。それを言ったとき、少しだけ周りが騒ついた。樹も、随分重い処分だと思っていた。
まさか自分がそんなところへ行くとも思えないし、同じ学校とは言え全校を合わせると300人は居る。予測の付かないことをする生徒が現れても、特段不思議とも思わない。ただ教師だけが、神妙な様子でその事を話しているのを不思議な気持ちで聞いていた。
「…キリト、ごめん」
稲葉はそう言うと、樹の体を自分の元に引き寄せて、しばらく抱きしめていた。
「、、、稲葉」
樹がそう言っても、稲葉自身は樹自身とは焦点が合わない様子で何か言おうとしている。
何となく、キリトというのが普通の相手ではないと言うことくらいは、樹にも思い当たった。
「まだ具合悪いの?俺、熱中症なったことないからわからないけど…水でも持ってくる」
気まずさからそう言うと、稲葉は頷いて、樹から手を離す。
樹はベッドを囲っていたカーテンの中から出ると、その辺を見回してみる。
手洗い場の近くに置いてあったポットと紙コップを見つけると安堵した様子で、それに近づいて水を注ぎ入れる。
稲葉の居るベッドへと戻ると、樹は紙コップを稲葉へと手渡そうとする。
「ほら。」
稲葉はそれをしばし見つめた後で受け取ると、直ぐに飲み干してしまった。
「まだ飲む?」
樹の問いかけに、稲葉は首を振る。
「…」
樹は時計を見た後で、そろそろグラウンドへ帰ろうかと思う。が、稲葉は樹の方を見て笑いかけてくる。
それから自分が横になっている隣のスペースを手で叩くと、そこへ座るように樹に促しているようだった。
(もしかして、そいつと勘違いしてるのかな…)
「あのさ、」
樹はそう言い掛けるが、稲葉からの圧と興味に押されて、そこにおずおずと腰掛けてみる。
「俺、そいつじゃないよ。お前、練習中の走り込みで倒れて…覚えてる?」
稲葉は樹のすぐ隣で話を聞いているようだった。
「キリトってさ、もしかして…」
「…うん。やっぱり俺、勘違いしてた。」
「…そうだろ。おまえ…」
「やっぱりお前が悪いんだ」
「ん?
え、な、何。」
樹が稲葉の顔を見ると、稲葉は見たことのない表情で樹の腕を掴み、そのままベッドの下に力づくで押さえつけようとする。
樹は驚いて稲葉の顔を見上げる。
さっきよりも大分意識がはっきりしているようにも見える。
稲葉は樹の顔に自分の顔を近づけると、首筋に唇を付ける。
驚いた樹は、思わず稲葉の胸元を手で跳ね除けようとするが、思っていたよりも力が強く、びくとも動かない。それを見て、稲葉は笑う。
「知ってたよ。俺の方が力が強いってこと」
稲葉は樹の着ている服の裾から手を入れると、樹の肌に手を滑らせて行く。
「ちょ…、稲葉!」
「ん?」
「俺、そいつじゃないって、、」
「なにが」
「…やめろよ。」
「何を今さら」
「今さらって…」
樹は稲葉に服を脱がされ掛けていることに気付き、急激に焦り始める。
「桐人。お前に一生消えない傷残してやるからな」
稲葉が樹の唇にキスをする。初めてのことに樹は驚き、声も出ない。
自分の体を動かそうとするが、先程から稲葉から手首を掴まれているせいで、どうにも動かせない。稲葉をキックして、ベッドの下へと跳ね除けようと一瞬思うが、そうするうちにズボンを脱がされて樹の太ももを手で撫で付けられている。
樹は、ついさっきまで部員が軽口を叩いていたことを思い出す。ーホモ。…
「ちょっと…、稲葉!」
樹が声を上げると、一瞬はっとした顔をする。じいっと見下ろされ、じろじろと顔や体を眺めている稲葉の顔を樹は見上げている。
が、直ぐに稲葉はふっと笑い、「…汗くさ」と呟くと、体を曲げて樹の腹に触れてキスをする。
「お前、…何してるのかわかってる?」
「うん」
「お前…、マジで、…ホモ…、」
「そう。」
樹の言葉に返事をするようになった稲葉は、徐々に樹の体の下の方へと向かって降りて行く。
「人呼ぶからな」
「…でも呼んだら、続き出来なくなるよ?」
稲葉は、樹のパンツの上に手を触れて、しばらく煽るように刺激している。
「バカじゃない、、おまえ」
「俺も最初そう思ってた」
「は…」
「ほら。でもだんだん分からなくなってくるだろ。よく考えたらさ、俺たちなんて抜けるんなら何だっていいんだよ」