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「本人の意向も聞かずに婚約を破棄しようとは。人の心を何だと思っているのですか」
口を開いたのはフェーデだった。
かつて怯え、ただ黙り続けるしかなかった少女が父親に逆らっている。
父、ガヌロンは少し驚いたような顔をして薄く笑った。
矛先がフェーデに向く。
「いいかいフェーデ、これは政略結婚なのだ」
聞き分けのない子供をなだめるような声でガヌロンが続ける。
「目的は国家間の戦争を停める抑止力を作ることで、当事者の意向などどうでもいい。政略に愛など求めるな」
「ですが、わたしはアベルを愛しています」
スカートを握りしめるフェーデは言ったそばから自分の拙さを自覚していた。
これではただの感情論だ。
別の方向から攻めるべきだった。
なぜ自分はそれを避けたのだろう?
何か、重要なことに気づかないようにしている気がする。それはなぜ?
一方、ガヌロンの内心は憎しみに燃えていた。
愛? 愛だと?
そのような戯れ言が何の役に立つというのだ。
この小娘は何も理解していない。
愚かな物語を抱えたお花畑の住人に、現実を教えてやろう。
ガヌロンは内心では嘲笑いながら、誠実そうな顔する。
初めて自分に逆らったフェーデを正面からねじ伏せ、叩き潰すことにした。
「アンナ、自己紹介をしなさい」
そう促された義娘はガクガクと震え、どもりながらもどうにか言葉を紡ぐ。
「わ、わ、私、は。アベル様をあい、しています」
義父に吹き込まれた言葉が、アンナの口から再生される。
アベルとフェーデはあまりのことに騒然した。
「フ、フェーデ、でなければならない、理由はな、何ですか? 私の方が、背も高いし。け、計算もできます。ルクス語もできるし。文字の、読み書きだって。なにより、フェーデと違って、令嬢としての教育も、受けています。それに……」
空虚な売り文句はまるで市場でたたき売られる商品のようだ。
痛々しい。
そこにアンナが好むもの、嫌うもの、アンナがアンナであるから発された言葉がひとつも含まれていない。
口ではアベルを愛していると言っているが、とてもそうとは思えない。
怯えきった心が、ただ死にたくないと言っている。
売り文句が響いていないことに気づくと、アンナが焦り出した。
花の生け方、パーティの段取り、刺繍の腕、詩歌のうまさ。
好き嫌いなく、粗食に耐え、痛みに強く、どんな命令も受け入れる。
たくさんの価値を積み上げさえすれば自分を愛してもらえるはずだと、思い込んでいるようだった。
それは自分を切り分け、捧げ、捧げ、捧げて、とうとう何もなくなった時、アンナは浅ましい顔をする。
「そ、それに私は十四です。もう、夜伽のお相手だって」
「もういい、やめてくれ」
アベルの言葉を拒絶と受け取ったアンナは閉口した。己のすべてを売り払っても値段をつけてもらえなかった、その絶望はいかばかりだろう。
ガヌロンがアンナを一瞥すると、退屈そうに言葉を放る。
「お気に召しませんか」
まるで既に詰みきった盤上の勝利手を再現するように、ガヌロンの矛がフェーデに向く。
「ところでフェーデ、お前は何ができるのかな?」
「まさか、自分は無能だが愛しているから許して欲しいとでも言うつもりか? 愛ならばアンナにもあるぞ。お前が持っているものは何だって持っている。弱き者は力ある者に道を譲るべきだ。そうだろう?」