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優しい懐かしい香りがする⋯
まるで⋯
ー両親に抱かれている様だー
匂いから想起されるシーンには
幼い頃の私と
優しい眼差しを向ける両親
隣ではしゃいで回る愛らしい弟⋯
あの惨たらしい事件から
両親からあの笑顔は消え
私を見つめる眼差しは
まるで腫物を触る感じだ。
私にも魔法が発現してからというもの
何をするにも
過剰に狼狽えてしまう様になり
私が感情の起伏で
弟の二の舞になるのではと
常に気苦労が絶えない様だった。
その所為か
感情を出さずにいる事に慣れてしまった。
私は今こうして
しっかりと制御を学び
貴方方を悲しませたりはしません。
だからどうか
どうかまた
あの頃の様には無理でも⋯
ー笑ってくださいませんか?ー
「お母様⋯お父様⋯」
頬を伝う涙を、誰かの手が拭う。
無骨だが優しい感触。
「父は此処に居ますよ〜!」
意識に温度が在るとするならば烈火の如く
聞こえた声に私は目を見開き
頬に添えられた手を叩き落とした。
ーまたこの夢か!ー
私はまた
あの花弁舞う白い世界で
大樹の幹に凭れ掛かる様に座らされていた。
そして隣では
あの民族衣装の男がニコニコと
胡散臭い笑顔で此方を見ている。
「貴様⋯っ!
誰が父なものか!!
そして気安く私に触るな
この痴れ者め!!」
手に錫杖を召喚しようとしたが
男に肩を掴まれ体勢を崩した私は
再び大樹の根元に腰を降ろす羽目になった。
以前も感じたが
どれだけ馬鹿力なのだ!?
「まぁまぁ!ろろさん
そんなに暴れては
その子の傷に障りますので⋯ね?」
拍子抜けする笑顔に促され
反対側を見遣ると
闇から私を庇い立てたあの幼子が
怯えた様に私を見上げている。
全身の彼方此方に包帯が巻かれ
どの部位にも血が滲んでいて
とても幼子には不釣り合いな惨い様だった。
ーあの闇にやられたのか⋯ー
幼子を見ていると
まるであの子を思い出して
その惨たらしい姿に居た堪れない気持ちになり
私は幼子を傷に障らぬ様
優しく抱き寄せて小さな頭を撫ぜる。
「すまぬな⋯」
幼子は頭を撫ぜている私の手を握り返すと
真っ直ぐに山吹色の瞳で見つめ
にこりと子供特有の愛らしい笑顔を見せた。
そして幼子は小さな両手を延ばすと
私の頬に触れて引き寄せ
そっと自分の額と私の額とを合わせる。
瞬間、くらりと躯の力が抜け
目眩がしてくる。
重くなる目蓋の向こうで
幼子のあの酷い傷が癒えていくのが
垣間見えた。
ー魔力を吸われた⋯?ー
「ろ⋯ろ!ありがと」
傷の癒えた幼子は
私の躯から軽やかに離れると
ぺこりとお辞儀をしてみせた。
「もう大事ないかね?」
あの子にする様に
幼子に向けて腕を拡げると
これが答えだと言わんばかりに
飛び込んで来てくれる。
「そう⋯お利口だ」
軽く幼子の頭を撫でる。
先の痛ましい姿は見る陰も無くなり
安堵の息が漏れた。
傷が治ったのなら
それで良い。
「すみませんね。
僕が彼に傷を治す為の魔力を
分け与えられたら良かったのですが⋯」
私と幼子の様子を見護りながら
男がぽつりと語り出した。
「僕が彼女に魔力を注ぎ続けなければ
彼女の絶望で奴が力を増してしまう。
なので、彼の治療ができず⋯」
やはり、先のは魔力を吸われたのか。
「構わん。
遅れを執った私にも積はある。
して、あれは何だったのだ?」
気怠さを押し殺して
幼子に心苦しさを微塵も感じさせまいと
気丈な振舞いを心掛けながら
大樹の根元に腰を下ろす。
「彼が闘ったあの闇は〝不死鳥〟です」
ー不死鳥?ー
御伽噺の架空の生物では無かったのか?
私の疑問を他所に
男が不意に視線を逸らした先に
私も顔を向けると
そこには彼女の結晶があった。
やはり美しい。
⋯が、あの光景を目にした後では
その美しさの奥に畏怖を感じてしまう。
「この世界は、彼女の夢です。
彼女は代々その身に不死鳥を宿し、不死と成り
生命の神と崇められた一族の長でした⋯」
語る男の顔は悲壮に満ち
鳶色の瞳からあの胡散臭さは感じない。
その表情を汲んでか
幼子は男に寄り添い膝に乗ると
小さな頭を胸元に預けた。
私も静かに男の話に耳を傾ける。
そして男が言う〝彼女の夢〟の世界を
真っ直ぐに見つめた。
美しく、何処か悲しいこの世界を。
「不死鳥は生命、光の神であると同時に
その光の強さから現れる陰は
より濃い物となります。
陰陽道をご存知です?」
「おんみょ⋯?
いや、その言葉を耳にした事は無いが
光と闇は表裏一体なのだと言いたいのかね?」
私の返答に男は少し考え込んだ顔をする。
「それもそうですが
僕の居た世界、陰陽五行思想を基にした
その当時の貴方方で言う魔法に近い物です。」
ーこの男が、居た世界?ー
「卿は、私とは〝違う世界〟から来た
⋯と?」
前半の言葉は上手く聴き取れないものの
理解し得る範囲から先ずは埋めていこうと
私は男に聞き返した。
「ろろさんが、聡い方で助かります」
幼子の頭を撫でながら、男は屈託なく笑った。
「この子は人では無く、十二神将のひとつ
青龍と申します。
青龍には次元を渡る力があり
この能力で私は時と次元を渡り
彼女の居る世界に辿り着きました。
その無茶が祟り
それからずっとこの姿ですが⋯
これはこれで愛おしいでしょう?」
セイリュウと呼ばれた幼子は
男に頭を撫でられながら
嬉しそうに胸を張る。
「世界にそれぞれ生命が在る様に
どの世界にも必ず生命の神である
不死鳥が存在します。
僕の世界では〝朱雀〟と呼ばれてました。
それも青龍と同じ十二神将のひとつでしたが。
ただ、僕が行き着いた先である
彼女の世界での不死鳥は
先程言った様に強過ぎる光故に闇が濃く
その闇に心を呑まれてしまっていたのです」
《我ニ至高ノ絶望ヲ捧ゲヨ》
闇に象られた嘴の口角を上げながら
脳に捩じ込まれた様な不快なあの言葉が
思い返される。
「彼女の不死鳥は、絶望に味をしめ
不死の彼女が逃げられない事を良い事に
孤独を恐れる彼女の一族を人質にし
民衆を陽動し異端児迫害として
魔力のある者を彼女自身の手で屠らせ
あまつ、人質の一族まで皆殺しにし
同胞を屠ったばかりの傷心の彼女に
その骸を見せつけたのです」
なんと愚かな歴史だろうか。
私の世界にも
異端児迫害という痛ましい事例はあったが
彼女は、彼女の世界では
当事者であり被害者であり
加害者でもあるのか⋯
その胸中を測り知れる者は居ないだろう。
あの子を失っただけでも
常に私の心に、翳りを落とすというのに⋯
彼女の悲壮な表情の理由を知り
胸が締め付けられる。
「先日、ろろさんは彼女に触れて
貴方の心を見た不死鳥に魅入られてしまった。
事前に防げず、申し訳ありません⋯」
男は丁寧に頭を下げる。
「私の心を見たのは、不死鳥だけではなく
卿もであろう?」
私の問い掛けに
男の躯がビクリと脈打った。
「さすが⋯ですね。
上手く誤魔化せていたと思ったのですが」
ーやはりかー
この男に感じていた違和感が
漸く腑に落ちる。
「産まれながら僕は心が読め
双子の妹は少しの未来が読め
僕達は政治の道具として生きてきました⋯
誰しも心を読まれる事を
快くは思わないですから。
なので妹の死後に
僕は異世界へと逃げたのです」
へらっと笑う男の顔に
以前の私なら腹が立っていただろう。
だが、あの苛立ちを掻き立てる言動や行動も
心を読めているという事を隠す為の
苦肉の策だったのだろうと
今では容易に想像できる。
心乱されれば
先日の私の様に
違和感の事など忘れてしまうだろう。
「恥ずかしいので⋯
僕の分析は止めて頂いても?
ろろさんだって
僕の名前を発音できない事
誤魔化してるじゃないですかぁ」
前言撤回しよう。
やはり此奴は腹が立つ。
「ろろ⋯」
不意に袖を引かれる感覚に気付くと
幼子、いやセイリュウが私を見つめながら
彼方を指差している。
男と私がセイリュウの指差す方を見遣ると
景色の一部が花弁となり
崩れ去り始めている事に気付いた。
「おや?
話の続きはまた夢で。
ろろさん、僕の名前は⋯」
降り頻る花弁に私は飲み込まれ
二人の姿が見えなくなっていく。