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空は朝から厚い雲に覆われていた。
大粒の雨が地面を叩き、屋根や木々から絶え間なく雨音が響いている。
まるで世界全体が雨の幕に包まれているようだった。
翡翠はその景色を眺めながら、ふと紫龍のことを思い浮かべた。
すると不思議なことに、激しく降っていた雨が少しずつ穏やかになっていく。
ザーザーと響いていた雨音は、やがて静かな小雨へと変わった。
葉の上を転がる雫の音が聞こえる。
風もどこか柔らかい。
その時だった。
「カァー」
どこからか、カラスの鳴き声が一度だけ聞こえた。
翡翠は思わず空を見上げる。
灰色の雲の下を、一羽のカラスがゆっくりと飛んでいた。
急ぐ様子もなく、
慌てる様子もなく、
ただ風に身を任せるように。
翼を大きく広げ、優雅に空を進んでいく。
小雨の中を滑るように飛ぶその姿は、どこか堂々としていて美しかった。
翡翠はその姿を目で追いながら、胸の奥に静かな感覚が広がるのを感じた。
言葉はない。
けれど、
雨が弱まり、
一羽のカラスが鳴き、
空を優雅に飛んでいく。
その一連の出来事が、まるで自然からの小さな便りのように思えた。
雲の向こうには、まだ姿の見えない空がある。
そして、そのさらに向こうを、紫龍が静かに巡っている気がした。
雨を止めるためではなく、
カラスを飛ばすためでもなく、
ただ、空と風と雨の移ろいを見守りながら。
翡翠は小雨の中で深く息を吸った。
雨の匂いがした。
夏へ向かう季節の匂いがした。
そして空の彼方では、紫龍が静かに微笑んでいるような気がした。