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海沿いの静かな街にある練習場。夕方の柔らかな日差しがスタジオの窓から差し込み、床に長い影を落としていた。
龍宮城のレッスンが終わったあとのスタジオは、静けさに包まれる。他のメンバーが「お疲れー!」と声を掛け合いながら去っていった後も、けんとはソファに座り込んだまま動こうとしなかった。
「けんと、上がらないの? 一緒に帰ろうよ」
着替えを終えたゆうきが、バッグを肩にかけながらけんとの前に歩み寄る。けんとはゆっくりと顔を上げた。いつもはクールでストイックな彼の瞳が、どこか潤んで見えた。
「……ゆうき、ちょっと待って」
ポツリとつぶやかれた声は、いつものしっかりとしたトーンではなく、どこか弱々しい。ゆうきは不思議そうに首をかしげながら、けんとの隣に腰を下ろした。
「どうしたの? どっか痛い?疲れた?」
優しく尋ねるゆうきに対し、けんとは返事をする代わりに、すっと体の力を抜いた。そのまま重力に逆らわないように、ゆうきの肩へと頭を預ける。
「……うわ、けんと?」
思いがけない行動にゆうきは一瞬驚き、肩をすくめた。けれど、けんとの髪が自分の首元にかかり、規則正しくも少し浅い息遣いが伝わってくると、彼が相当疲れていることに気づいた。
最近のけんとは、グループのための練習だけでなく、演出のアイデアを考えたり、表現力を高めるために一人で居残ったりと、誰よりもストイックに自分を追い込んでいた。完璧主義なところがあるからこそ、表では決して弱音を吐かない。
「……今日、なんかすごかったもんね。集中してたし」
ゆうきは静かに笑うと、けんとの肩を優しく叩いた。
「少し休んでいきなよ」
そう言われて、けんとは満足したように小さく息を吐いた。そのままゆうきの腕に自分の腕を絡め、さらに身体を寄せあった。
「……ゆうき」
「ん?」
「……ちょっとだけ、このままでいさせて」
低めの声で囁かれた言葉に、甘えるような響きが混ざっていた。ステージの上で見せる圧倒的なパフォーマンスや、堂々とした立ち振る舞いとはまるで違う、年相応の――あるいはそれ以上に幼く見せる素顔だった。
「いいよ。好きなだけ居なよ」
ゆうきは空いている方の手で、けんとの髪をぽんぽんと優しく撫でた。ふわふわとした髪の毛が指をすり抜ける。普段はそんなことをしたら「子ども扱いするな」と怒られそうだが、今のけんとは心地よさそうに目を細めているだけだった。
「……ゆうきってさ」
「なに?」
「いつもちゃんと見ててくれるよね」
けんとは顔をゆうきの肩にうずめたまま、ボソボソと話す。
「僕が『大丈夫』って言っても、本当は大丈夫じゃないの、ゆうきだけは気づくでしょ。だから……ゆうきの前だと、なんか力抜けちゃうんだよね」
素直すぎる言葉に、ゆうきは少し照れくさそうに微笑んだ。
「当たり前でしょ。ずっと一緒に練習してるんだから、けんとが無理してるかどうかくらいいつでも分かるよ。龍宮城のけんとがかっこいいのはみんな知ってるけどさ、たまにはこうやって全部投げて甘えてくれた方が、僕も嬉しいし」
「……甘えてないし」
「嘘つけ。今めちゃくちゃ甘えてるじゃん」
ゆうきが笑うと、けんとは悔しそうに「……うるさい」と呟いたが、寄りかかる力を緩める気配はまったくなかった。むしろ、ゆうきの体温を感じ取るように、もっと深く寄り添ってくる。
外はすっかり日が暮れ、スタジオの中にはオレンジ色の夕暮れから深い群青色の夜が訪れようとしていた。静寂の中で、二人の呼吸の音だけが穏やかに重なり合う。
「ねえ、けんと」
「ん……?」
「お腹空かない? 帰りに何か食べてく?」
「……ラーメン」
「即答だなあ」
ゆうきが吹き出すと、けんともようやく顔を上げ、小さく笑った。その表情からは、先ほどまでの重たい疲労感が消え、いつもの柔らかい安心感が戻っていた。
「よっしゃ、じゃあ行こうか」
ゆうきが立ち上がり、手を差し伸べる。けんとは一瞬その手を見つめたあと、しっかりと握り返して立ち上がった。
「ありがと、ゆうき」
「どういたしまして。またいつでも甘えていいからね」
「……次からは有料にするからな」
「なんでだよ!」
ふざけ合いながらスタジオの電気を消し、二人は夜の街へと歩き出した。肩を並べて歩く二人の距離は、さっきよりも少しだけ縮まっているようだった。
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