テラーノベル
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私たちは知らなかった。不幸は重ならない、とでも思っていたのかもしれない。
「優くん」
?
「優くんのお父さんの名前を聴きたいんだけど、知ってる?」
こくり
「ええと」
さすがにそこまで口の動きでは読めない、かと言って目の見えない優くんに文字を描いてもらう訳にも行かない。どうしようか。
「そうだ 」
?
「私の手の甲に、お父さんの名前をなぞってくれるかな?」
こくり
ヒンヤリとした小さな指が、私の甲手の上で、かすかに、だが確実に動き出した
やまむろたいが
なるほど、つまり優くんは「やまむろ優」という名前なわけだ。
そこまで行けばやりようは広がる。新聞の尋ね欄に名前を記入してもらったり、役所に確認もしたが、めぼしいものはなく、張り紙や伝言板に記入をしただけで、私の言う捜索は終わってしまった。最初こそ毎日反応がないか見に行きはしたが、そこから3日置き、5日おきと、段々頻度が落ちていった。優くんもかなり不安なようで、その度に「大丈夫だよ」と言うが、その言葉は自分に言い聞かせているようにも感じて、無責任に思えてきてしまった。
「あれから3ヶ月…何もなしか。」
結局、優くんと出会い、そして1947年を迎えようとしていた。
「また役所に行って、色々みてくるよ」
こくり
「あー、寒い。」
冬は嫌いだ。身体が冷えると、何故か心が固まってくる気がして
「反応なし…か」
それを確認して帰る。もはやその流れが定形外して、それに乗っかっているようなものだ。帰り道には雪が積もっていた。
「はは、優くん、雪は好きかな」
その時だった。 視界がブレて、私は地面に倒れ込んでいた。初めての感覚。いや、違う、何度か経験したことがある感覚。
「地震…?」
それも大きい。
周囲は騒然としているはずなのに、
私には何も聞こえない。逃げ惑う人々の影を縫うように、私はある場所へ走った
ーー優くんの元へ
いつもの道。いつもの風景。変わらないのが逆に不気味で、動悸が早くなる。速く、もっと速く
「優くん!」
なにかが崩れる音がした。
いや、違う。
それはあの日の音だ。まだ聴こえていた頃の、最後に聴いたあの音。
木々を無理やり引き裂いたような音
積もった石が、一斉に割れるような音
瓦礫の下で動かないのは、 優くんのはずなのに。 視界の端で、小さな影が重なる。 かつての私の妻子と、今の少年が、 同じ場所に倒れている。
手が動かない。
伸ばした手が、寸前で止まっている。
また、間に合わない。
その思いが胸に刺さった痛みで、私の意識は現実に戻った。
積もった瓦礫をどかそうと、震える指を必死に抑えた。手には血が滲んでいるが、痛いとは全く思わなかった。「今度こそ」という想い以外に、浮かんだものは何も無かった。
優くんの身体からは血が出ているが、目立つような外傷はない。引っ張り出そうとして、手が触れた。手の甲に文字を描いて貰った時よりも、ずっと暖かく感じた。
良かった、生きてる。避難しなきゃ行けないことはわかっていたが、抱きしめずにはいられなかった。
「優くん… 」
周囲はきっと、騒音で溢れかえっているが、私が唯一感じたことは、優くんの心臓の鼓動、ただ1つ。今だけは、それでよかった。
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