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『目覚めたら君の名を』~k×h~
side京本
「俺さ、京本のことが好き」
北斗がそう言った時、窓の外では細い雨が降っていた。
一日中降り続いた雨は夜になっても止まず、ガラスの向こうにある街の明かりを淡くにじませていた。
仕事を終えた俺たちは、駅から少し離れた小さな店にいた。
北斗が見つけてきた店だった。
静かで落ち着くから今度一緒に行こうと、何日も前から何度も誘われていた。
向かいに座る北斗は笑っていなかった。
いつもなら俺の顔を見るだけで何かしら話し始めるのに、その夜はずっとカップの縁を指でなぞっていた。冷めた飲み物にはほとんど口をつけていない。何か言いたそうなのは分かっていた。それでも俺は急かさず、北斗が顔を上げるのを待っていた。
やっと開いた口から出てきたのが、その言葉だった。
「友達としてじゃないよ。ちゃんと、そういう意味で好き」
北斗はまっすぐ俺を見ていた。頬も耳も赤くなっている。
膝の上で重ねた手は小さく震えていた。それなのに目だけはそらさなかった。
俺の胸が強く鳴った。
驚いたからではない。
いつかこんな日が来るかもしれないと、心のどこかでは気づいていた。北斗が向けてくれる笑顔も、ふいに近くなる距離も、俺だけに見せる弱さも知っていた。俺を見る目に宿る熱を感じたことも一度や二度ではなかった。
それでも気づかないふりをしていた。
北斗の隣は心地よかった。手を伸ばさなくてもそばにいてくれる。呼べば振り向いてくれる。俺が黙っていても、北斗はその沈黙を嫌わなかった。
この関係に名前をつけたら、いつか終わりが来る。
そんな考えが頭をよぎった。
好きだと返せばよかった。
本当はその一言だけでよかった。
けれど俺の口から出たのは、まるで別の言葉だった。
「少し考えさせて」
言った瞬間、北斗の目がほんの少し揺れた。
傷つけた。
そう分かったのに、言い直せなかった。
北斗は数秒黙ったあと、無理に口元を上げた。
「そっか。そうだよね。急に言われても困るよね」
「困ってるわけじゃない」
「うん。分かってるよ」
分かっている人の声ではなかった。
「俺、待ってるから。京本がちゃんと答えを出すまで待つ」
待っていると言った北斗の顔を、俺は今でも忘れられない。
泣きそうなのに笑っていた。
いつも俺を安心させる時と同じ笑い方だった。
店を出ると雨は少し強くなっていた。俺は北斗の家まで送ると言った。北斗は大丈夫だと首を振った。
「一人で帰れるよ。京本は明日も早いでしょ」
「でも」
「今日はちょっと恥ずかしいから。顔、あんまり見られたくない」
そう言われたら何も返せなかった。
駅の入口で北斗は傘を開いた。透明な傘越しに俺を見て、いつものように小さく手を振った。
「おやすみ、京本」
「おやすみ」
「返事はいつでもいいからね」
北斗は背を向けた。
追いかければよかった。
細い肩をつかんで、考える時間なんて必要ないと伝えればよかった。
俺も好きだと、あの場で言えばよかった。
けれど俺はその背中が人混みに消えるまで見送った。
―――次の日の朝、知らない番号から電話が来た。
支度の途中だった俺は一度その電話を無視した。けれど切れた直後にまた鳴った。胸の奥に嫌なものが広がった。
電話に出ると、落ち着いた声で俺の名前を確かめられた。
北斗が事故に遭ったと聞いてもすぐには意味が分からなかった。
昨夜別れたばかりの北斗。
傘を差して歩いていた北斗。
おやすみと笑った北斗。
その北斗が今、病院にいる。
何度説明されても言葉が頭に入ってこなかった。
気づいた時には病院へ向かって走っていた。雨は止んでいた。濡れた道が朝の光を反射していた。
何度も人にぶつかり、そのたびに謝った。息が切れても足を止められなかった。
受付で北斗の名前を告げる声が震えた。
案内された場所は白く、静かだった。
消毒液の匂いがした。靴音ばかり大きく響いた。
何枚もの扉を通る間、昨日の北斗の顔が何度も浮かんだ。
待ってるから。
耳の奥で、その声が繰り返された。
北斗は本当に待っていた。
俺の返事を待ったまま、目を閉じていた。
最初に見た北斗の顔はひどく白かった。
額には包帯が巻かれ、頬には細かな傷があった。腕にも管がつながっていた。規則正しい機械音だけが、北斗がここにいることを教えていた。
眠っているようにしか見えなかった。
「北斗」
名前を呼んだ。
返事はなかった。
「俺だよ」
もう一度呼んだ。
まぶたは動かなかった。
医師は命に別状はないと言った。
その言葉に一度は力が抜けた。
けれど次に続いた言葉で、足元がまた崩れた。
――頭を強く打っている。
処置は終わっているが意識が戻らない。
いつ目を覚ますかは分からない。
今日かもしれない。
数日後かもしれない。
もっと先になるかもしれない。
その説明を俺はただ聞いていた。
何を聞けばいいのかも分からなかった。
病室に戻り、椅子へ座った。シーツの上に置かれた北斗の手へ恐る恐る触れた。いつもより冷たく感じた。
昨日、この手は震えていた。
勇気を出して俺に気持ちを伝えてくれた。
俺はその手を取らなかった。
「北斗」
何度呼んでも返事はない。
「起きて。ちゃんと返事するから」
喉が痛くなった。
「待ってるって言ったでしょ」
責めるような言い方になった。
悪いのは北斗ではない。分かっているのに、そう言わないと自分を保てなかった。
「俺の答え、まだ聞いてないでしょ」
手を握る力を強くした。
北斗の指は動かなかった。
―――初日は夜までそばにいた。
面会の時間が終わると言われても離れたくなかった。
明日も来ると何度も言い聞かせ、やっと病室を出た。
帰宅すると部屋は朝のままだった。
飲みかけの水も、途中まで閉めたカーテンもそのままだった。
携帯を開くと北斗との会話が残っていた。
昨日の夕方、先に店へ着いた北斗から届いた短い連絡。
窓際の席にいるよ。
気をつけて来てね。
その前には食事の写真。変な形の雲。俺に似ていると送ってきた黒い猫。取り留めのない言葉がいくつも並んでいた。
俺は何度も画面を上へ動かした。
いつから北斗は俺を好きだったのだろう。
いつから俺は、北斗がいることを当たり前にしていたのだろう。
返事を考える時間がほしいと言った。
なのに考えようとすると、答えは一つしか出てこなかった。
北斗に会いたい。
北斗の声が聞きたい。
北斗に名前を呼んでほしい。
続きは、pixiv¬eにて同タイトルで公開中です。
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R-18『【診察拒否不可】トランプに負けた俺、罰ゲームでナースになって朝まで治療されました』
本編とはひと味違う、特別な一篇。↓
「北斗ってさ、絶対ナース服似合うよね」
最初にそう言われたのはテレビで医療ドラマを見ていた時だった。画面に映る可愛らしい看護師の姿を見て京本が唐突にそんなことを言い出したのだ。
「は?何言ってんの?俺男だよ?」
「分かってるよ。でも北斗は細いし足も綺麗だし絶対似合うと思うんだよね」
「バカか!誰が着るかそんなもん!」
その時はただの冗談だと思って笑い飛ばした。しかし京本のその願望は冗談では済まされないほどに根深かったのだ。
それからというもの京本は隙あらば「ナース服着てよ」「絶対可愛いから」「俺のためにお願い」と執拗に迫ってくるようになった。時にはネット通販の画面を見せてきて「これとかどう?ピンクもいいけどやっぱり定番の白かな」などと具体的なデザインまで提案してくる始末だ。
「だから着ないって言ってるでしょ!なんで俺が女装しなきゃいけないんだよ!」
「えーいいじゃん。俺が見たいだけなんだから」
「京本の性癖に付き合わされる俺の身にもなって!」
俺は何度も断固として拒否してきた。
しかし京本は決して諦めなかった。その執念たるや恐ろしいほどだった。
そして数日前のトランプでの敗北。京本の「俺の言う事聞いてね」という言葉。
これらすべての点と点が繋がり一つの明確な答えを導き出している。
この袋の中身は間違いなくナース服だ。
俺は目の前の袋を凝視した。袋の表面には可愛らしいリボンがかけられている。そのリボンすらも俺を縛り付ける鎖のように見えた。
京本は俺が袋を受け取らないのを見て少し困ったような顔をした。
「どうしたの?早く開けてよ」
「……京本これ中身なに?」
「開けてからのお楽しみ」
「……服とかじゃないよな?」
「さあ?どうだろうね」
※最初から最後まで甘く、濃く、容赦なく。読み応えたっぷりのR-18作品となっております。
コメント
1件
うわああああ〜〜!!😭💦💦 第1話からこんなに胸が締め付けられるなんて思わなかった!! 雨の描写と北斗の「泣きそうなのに笑ってた」顔が頭から離れないよ…。 京本が「考えさせて」って言ったその日に事故とか、反則だよ!!😭 「俺の答え、まだ聞いてないでしょ」って手を握る京本の声が聞こえてくるようだった… 続き、絶対読みます!!次が待ちきれないです!!💕