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さて、ミノリの作った『七草がゆ』はどんな味なのかな?
俺は近くにあったスプーンを手に取り、自分の茶碗に手を伸ばした。
だが、その手をガシッと掴んで離そうとしない手があった。
それは先ほどまでお腹を抱えて笑っていたはずのミノリの手だった。
息を切らしながらも力を緩めないその手は微動だにしなかった。
「まだ……できてないから……食べちゃ……ダメ!」
「そうなのか? こんなに美味しそうなのに……」
まだ湯気が出ているからてっきり完成して少し経っているのかと思ったが……。まあ、できていないと言うのなら仕方ないか……。
無理に食べようとしたら今度こそ何かされそうだからな。
俺は諦めてスプーンを茶碗の隣に置くと右手を上げて無駄な抵抗はしないことを表現した。
それを見てミノリが手を離した後、どうして『七草がゆ』を作っていたのかを訊いてみた。
「で? どうして『七草がゆ』を作ったんだ? これって普通、一月に食べるものだろう?」
「え、えーっと、それは……」
ミノリは、そう言いながら、俺から目を逸らした。
うーん、もしかしてミノリは、みんなに食べて欲しかったのかな?
でも、みんなにバレないように早起きまでして作る必要あるのかな?
その時、俺は服の袖を引っ張られているのに気づいた。
俺がそちらに目をやると頬を少し赤く染めながら、ちらちらとこちらを見ているミノリがいた。
ミノリは少し恥ずかしげに、もごもごと口を動かしながら、こう言った。
「みんなには起きるまで内緒にしてほしいの。ねえ、いいでしょう? ナオト」
可愛い。ただその一言だけでは語り尽くすことができない、今のこの気持ちはいったい何なんだ! 誰か教えてくれ!
いつもなら「もし、みんなに言ったら……分かってるわよね?」とか言うはずだろ!
それが「内緒にしてほしいの……」だぞ! 意味分かんねえよ!
暴走の次はデレデレになるってか?
冗談じゃないぞ! そんなのミノリに必要ない!
ツンツンしてるミノリの方が俺は好きだ!
いや、ちょっと待て。そもそも俺に『七草がゆ』を食べさせない必要があるのか?
味見をした結果、おかしな味になっていたのなら、俺を止める気持ちも分かるが、俺と話している時のミノリの口の中からは、そんな匂いはしなかった。
なら、どうしてこうなったんだ? うーん、ミノリの目的がまったく分からないな……。
はぁ、仕方ない。本人に訊くか。
俺は答えを導き出すのを諦めて、まだこちらをちらちらと見ているミノリに、こんなことを訊いてみた。
「なあ、ミノリ」
「な、なあに?」
「お前はいつから血を吸っていないんだ?」
俺のその問いを聞いたミノリは、一瞬フリーズした。
「あ、あたしは血を吸わなくても大丈夫な方だから」
「つい最近、あんたは一日三回あたしに血を吸わせなさい! とか言ってたよな?」
「あっ……」
「『あっ』じゃねえよ。それで? いつから吸ってないんだ?」
ミノリは両手の人差し指を引っ付けたり離したりしながら、こう言った。
「えーっと、あんたの世界に転送されてからは、一度も吸ってない……」
「つまり、一年と七日ぐらいってことか?」
「……うん」
吸血鬼ってのは大変だな……とつくづく思った。
十字架、にんにく……聖水に日光。
西洋のモンスターの中では強い方なのに、こうも弱点が多いと生活するのも一苦労だ。
それに血を吸わないと吸血衝動を抑えられなくなって老若男女問わず、襲ってしまう厄介な体質を持っているから、人間の世界で生きていくのは容易じゃない。
まあ、これでミノリは長期間、血を吸わないと『デレる』ということがわかったな。
うーん、まあ、このままの状態が続くのは可哀想だし、いつかこうなることは分かってたからな……。
よし、俺の血をミノリに吸わせてやろう。
俺は考えをまとめると右手で包丁を持ち、左手の人差し指に近づけた。
「ミノリ。俺の血でいいなら吸っていいぞ」
「えっ? 本当に……いいの?」
「ああ、いいとも。苦しそうなお前を放っては置けないし、現に今、お前の顔色が悪いのも確かだからな」
「そ、それは、その……」
そう言いながら俯く様を見て、いつものミノリではないことを確信した。
いつもなら「う、うるさい!」とか言いそうなのに……。まあ貴重な一面が見られたからいいか。
俺は左手の人差し指の先端を包丁で少し切ると、ミノリに差し出した。
「ほら、遠慮するな。あっ、でも加減はしろよ。俺の身が持たないから」
久しぶりに自分以外の血を見たせいか、ミノリの目が紅くなっていた。
少し躊躇いながらも、その指を自分の口の中に入れたミノリは、目を閉じた後、俺の血を吸い始めた。
「どうだ? おいしいか?」
ミノリは吸血を一時中断すると、こう言った。
「あんたの血、鉄分というより鎖っぽい味がするんだけど、どうして?」
「あー、それは多分、俺の体の中に鎖を宿しているからだと思うぞ」
「ふーん、そうなんだ……。まあ、どうでもいいけどね」
ミノリはそう言うと、再び血を吸い始めた。それから、数十秒後……。
「あー、おいしかった! ごちそうさま!」
ミノリは俺の血を吸うのをやめた。
「ん? もういいのか?」
「ええ! もう大丈夫よ! おかげですっかり元気になったわ!」
「そうか、そうか。それは良かった」
「ねえ、ナオト」
「ん? なんだ?」
全員分の『七草がゆ』を運ぼうとした時、ミノリは笑顔で両手を広げていた。
俺にはミノリがおいでー、と言っているかのように思えたため、望み通り抱きしめてやった。
「急にどうしたんだ? もしかして、まだ血が足りないのか?」
「ううん、そんなことないわ。ただ、こうしたかっただけ」
「……そうか」
「ええ、そうよ」
吸血鬼は一度死んでいるから心臓の鼓動や体温を感じないというが、それはミノリには当てはまらない。(ミノリはモンスターチルドレンだから)
どこにでもいる女の子の温もり。
小さく、まだ弱々しい心臓の鼓動。
あと、ほのかに優しい香りがする。
『七草がゆ』を作っていたからかな?
俺がふと、お茶の間に目をやると他のみんなが集合して、こちらに羨望の眼差しを向けていた。
俺は、そのことをミノリにこっそり伝えた。
「なあ、ミノリ。みんなが見てるのに、こんなことしてていいのか?」
「あら、今頃気づいたの? あたしがあんたを抱きしめた時から、ずっといたわよ?」
「マジか?」
「ええ、マジよ」
「えーっと、じゃあ、そろそろ朝ごはんにするか?」
「ええ、そうね。あっ、ナオト。ちょっと待って」
抱きしめ合うのをやめて、再び『七草がゆ』を運ぼうとした俺をミノリは呼び止めた。
「ん? なんだ?」
「少し、屈んでちょうだい」
「ん? 俺の顔に何か付いてたか? それならそうと言ってくれれば……」
俺がそう言いながら屈んだ刹那、ミノリは俺の右耳に左手で触れながら耳元で、こう囁いた。
「ナオト、いつもありがとう。大好き」
その後に聞こえたのは間違いなく耳に『キス』をした音だった。
俺はミノリの不意打ちのせいで、しりもちをついてしまった。
「ミ、ミ、ミ、ミノリ! お前、いきなり何してんだよ! お、俺なんかにそんなことする必要はないんだぞ!」
おそらく顔が真っ赤になっているであろう俺をミノリはクスクスと笑いながら、見ていた。
「へへーん! あたしはただ、あんたのその顔が見たかっただけよ、バーカ! さあ、みんな! 朝ごはんにするわよ!」
動揺しまくっている俺を無視して、みんなに『七草がゆ』を運んでいるのは間違いなく、いつものミノリだった。
はぁ、まったくあいつは、いつもいつも俺をからかいやがって! 俺はスッと立ち上がると、ミノリを追いかけ始めた。
「こら! ミノリ! さっきのはどういうことだ! 説明しろ!」
「バーカ! バーカ! あんたが隙だらけなのがいけないよー!」
「な、なんだとー!?」
「あ、あの! 喧嘩は、ほどほどに」
「ナオ兄! 頑張れー!」
「兄さんたちは朝から元気ですねー」
「マスター。そんな血を吸うことしか考えていない吸血鬼と『かけっこ』をするよりも、私と散歩に行きませんか?」
「ナオトさん。せっかくの『七草がゆ』が冷めてしまいますよ」
みんながそんなことを言っているのにもかかわらず、俺とミノリ(吸血鬼)はちゃぶ台の周りを走り回っていた。
さっき血を吸われたせいか体にほとんど力が入らなかったが、それでも『はじまりのまち』に着く前に、こいつを調教……もとい、教育してやる! という思いは消えなかった。
それからずっと走り続けていると『念話』でミサキ(巨大な亀型モンスターの本体)が『はじまりのまち』に到着したことを知らせてくれた。
「ご主人、『はじまりのまち』に到着したよー」
「おう、そうか。教えてくれてありがとう。ゆっくり休んでいいぞ。昨日、寝てないんだろ?」
「ううん、僕はちゃんと寝たよ。まあ、僕の外装の方は結構疲れてると思うから、少し休ませることにするよ」
「ああ、わかった。ちゃんと休めよ」
「うん、ありがとう。それじゃあ、お休みなさい」
『念話』が終了した後、俺はミノリを追いかけるのをやめると、朝ごはんを食べることにした。
ミノリはもうおしまい? という顔をしていたが無視した。
今日も、そんな賑やかな一日が始まる。
結局、ミノリの異変が何なのかよくわからなかった? それはミノリがいつもより少し『デレる』というか『デレやすくなる』というか……まあ、そんな感じだ。
えっ? どうしてミノリが『七草がゆ』を作ったのかって? それはおそらく、これから『はじまりのまち』に行くから、精をつけなさい! って意味だと思う。
まあ、当の本人がどういう意図でそうしたのかは、本人しか分からないんだけどな……。
俺はミノリ特製の『七草がゆ』を食べながら、材料はどうやって集めたんだ? とか、そもそもそれを食べたことあるのかな? について考えていた。
けど、今はそんなことはどうでもいい。こうして、みんなで楽しく食べていられるこの時間を楽しむことの方が大切なのだから……。
お袋。俺は異世界で頑張ってます。だから心配しないで俺が帰るのを待っていてください。
俺は、そんな届くはずもないメッセージを送り終えると、『七草がゆ』を一口、口の中に入れた。
あー、おいしいな。また、作ってくれよ。ミノリ。
ニコニコ笑いながら、自分の作った『七草がゆ』をおいしそうに食べるミノリはとても明るく、無邪気で思わず微笑みを浮かべてしまいそうなほど、可愛らしく見えた……。