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『秋風月夜は亡くなりました。秋風月夜は亡くなりました。亡くなりました。亡くなりました。亡くなりました……』
その言葉が頭の中で何度も巡った。僕には突然のこと過ぎて、その言葉の意味を理解出来なかった。
さっきまで強気だった日向は、完全に脱力しきっていて、僕らの周りの空気がとても重い。
「とりあえず、着いてきて下さい」
そう言って丑三さんは車の方に歩いていった。そして、その後ろを日向もついて行ったので、僕も追いかける。
何が起こっているのかは、今の僕にはさっぱりわからない。ただ確実なのは僕の心を支えていた何かが消えてしまったという事だ。
大切な大切な何かが。。。
「着きました。こちらです」
数分だけ車で走り、着いたのは近所の病院だつった。そこから更に中に入り、奥へ進む。
誰もいない病院というは、信じられないほど静かで少し怖い。そのせいか冷汗は止まらないし、鳥肌だって凄い。
少しして丑三さんは、とある部屋の前で止まった。そこはとても病室というような雰囲気ではなく、なんと言えば良いのか。とにかく不気味だ。
ドアに掛けられているプレートには『霊安室』とある。
丑三さんは何も言わずにドアノブをひねり、ドアを開けた。
時間の経過とともに扉の隙間は大きくなり、中に何があるのかが見えてくる。
「月夜さん……」
僕は思わず言葉を零した。
扉の向こうに居たのは彼女、秋風月夜だった。
だが、そこで眠っている彼女はまるで死んでいるかのようだ。
死んで、ないよな?
その時僕の頭 に激痛が走り、身体の芯から何かの音がした。
痛みとともにその音はどんどん大きくなっていく。
『『ミンミンミンミンミンミンミン』』
『『『ミンミンミンミンミンミンミン』』』
『『『『ミンミンミンミンミンミンミン』』』』
ああ、そうか。
僕は日向と丑三さんの横を通り過ぎ、彼女のそばへ向かう。そして、瞬きをした。
周りを見渡せば木々が生えていて、足元には少しだけ雑草が、空は晴れていて星空がよく見える。
そして、蝉が鳴いている。
彼女が死んだという事に対する実感が急に込み上げてきて。僕はその場からどうする事も出来なくなった。
彼女とともに過ごした時間が、はるか遠い昔の事のように感じられる。
「ずっとこのまま、時が止まれば良いのに」
純粋にそう思った。彼女と別れる事無く、ずっとここにいたかった。
でも、やっぱり別れは来るんだな。
「孤城さん。そろそろ……」
僕の肩を優しく叩きながら、丑三さんが言った。
僕は何か抵抗する訳でもなく大人しく、月夜さんに背を向けた。
「待って」
呼び止められた気がして振り返る。
だが、そこにいる彼女は相変わらず目を瞑って倒れているし、周りはただの壁で、足元もただの床。蝉だってたぶん、ただの幻聴だ。
「どうかしたか?」
日向が問いかけてきて、僕はそっちを見て言う。
「いや、何でもない」
日向を先頭にして、僕らは彼女の元を後にした。
扉がギリギリと音を立てながら閉まっていく。
「……っ、あれ?」
突然身体がふらついて、しゃがみ込む。
頭がまだ痛い。蝉が五月蝿い。
『『『『『ミンミンミンミンミンミンミン』』』』』
あれ? おかしい。この音は外からしている。
視界もぼやっとしてきて、身体が沈んでいく。
『『『『『『ミンミンミンミンミンミンミン』』』』』』
***
ゾッとした恐怖に突然襲われ、目を覚ますと同時に身体を起こす。
今は何時だ。
そう思った時、ちょうどアラームが響いた。そうか。今が十二時か。
今日はやけに蝉が五月蝿いな。昨日はこんなに鳴いてなかったじゃないか。
いや、この蝉はただの幻聴か。だからたぶん、規則性もクソも無いだろ。冬にだって鳴くぐらいだからな。
でもこの暑さなら、深夜に蝉が鳴いてたって、意外と驚かないかもしれない。寝ていたのはせいぜい四時間ぐらいなのに、汗がだいぶパジャマに染みてる。
あれからずっとうなされ続けて、こんな事を繰り返してるな。
今だって高二のガキだが、それでもこう言える。あの頃の僕は若かった。
今から頑張れば、変われれば、何かになれるって本気で信じてた。
そんな簡単に変われる訳ないのにな。
まあ、それを若さと呼ぶのだろうか。
思えばただの好奇心から全ては始まった。
一人で何かをしてみたい。そんな誰でも抱く、よく当たり前の感情が起因だった。
あの日の僕は、今の僕を見てどう思うだろうか。特別何か成長したとは言えず、既にいないある女性を二年経った今でも待ち続ける僕を。
ベンチに座る彼女を一瞬想像して、自販機の前まで行く。ポケットから財布を取り出し、慣れた手つきでブラックコーヒーを買う。
「苦っ……。」
僕は、少しは、大人になれたのだろうか。