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あったかもしれない世界線だー!
「みんな、大好きだよ!」
テレビの向こうで、その言葉が弾けた瞬間。
胸の奥で、何かがぱちん、と音を立てて弾けた気がした。
そのときの俺は、まだ子どもだった。
恋なんてものは、少女漫画の中だけにあるものだと思っていたし、ましてや自分がそんな感情を抱くなんて、想像もしていなかった。
けれど、落ちた。
それはもう、驚くほどあっさりと。
相手は、俺より一つ年下の男。
同性だった。
普通なら「おかしい」とか「変だ」とか、そういう言葉が頭をよぎるのかもしれない。
でもそのときの俺には、そんなことを考える余裕すらなかった。
ただ、目が離せなかった。
愛嬌のある笑顔。 少しだけあざとい仕草。 カメラに向かって手を振るときの、くしゃっとした表情。 その全部が、なぜだか俺の心の奥にまっすぐ突き刺さった。
九歳の、まだ何も知らない子どもの胸に。
(……好き)
気づけば、そう思っていた。
理由なんて分からない。
理屈もない。
ただ、その瞬間から、世界のどこよりもその人が輝いて見えた。
そんな俺が、小さい頃に“推し”に会った話をしよう。 これは、俺がまだ十歳だった頃の話だ。
キーンコーンカーンコーン…
帰りのチャイムが鳴ると同時に、教室の空気が一気にほどけた。
椅子の引きずる音、ランドセルの金具が鳴る音、友達同士の笑い声。
みんなが一斉に立ち上がり、我先にと教室の外へ飛び出していく。
その流れの中で、俺もランドセルを背負った。
けれど、みんなみたいに走ることはしない。
ただ静かに、教室の扉をくぐって廊下を歩き出す。
廊下では、同じ学年の女子たちが固まって立っていた。 俺が横を通り過ぎたとき、ひそひそと声が聞こえた。
「いるまくんって、かっこいいよねっ!足速いし!⸝⸝⸝」
「うんうん!でもさ、ちょっと話しかけにくいよねー」
その言葉に、俺は何も反応しなかった。
聞こえていないふりをして、そのまま通り過ぎる。 慣れている。
俺は昔から、話しかけられにくいらしい。
原因は分かっていた。
この目つきだ。
母親に似て、俺の目はつり上がっている。
そのせいで、怒っていなくても怒っているように見えるらしい。
幼稚園のころから、よく言われた。
「こわい」
ただそれだけの理由で、友達はあまりできなかった。
(……母さん、今日も遅いのかな)
靴を履き替えながら、ぼんやり考える。
姉ちゃんと兄ちゃんは、きっと今日も勉強で忙しい。 家に帰ったところで、誰も相手をしてくれない。
テレビを見るか、宿題をするか。
そんな時間が続くだけだ。
(帰っても、暇なんだよな)
ふっとため息が出た。
校門を出て、少し歩いたところで足を止める。
そして、進む方向を変えた。
家とは反対の道。
少し先に、小さな公園がある。
(今日は、寄り道していこう。)
そう思って、俺はゆっくりと公園へ向かって歩き出した。
公園に着いた。
遊具は少ない。
古いブランコと、錆びたシーソー。
小さな滑り台がひとつ。
人もほとんど来ない、静かな公園だ。
たまに中学生のお兄さんたちが来て、シーソーの端に立って危ない乗り方をして遊んでいるのを見ることもある。
けれど今日は、その姿もなかった。
風の音だけが、静かに鳴っている。
俺はベンチに腰を下ろして、ランドセルを開けた。 中から、今日出された宿題のプリントを取り出す。
紙の真ん中に、大きく書かれていた。
(……将来の夢)
俺はプリントをじっと見つめた。
消防士。 警察官。 野球選手。
クラスのやつらは、きっとそんなことを書くんだろう。 でも、俺にはない。
別になりたいものなんて思いつかない。
(……GODって書こうかな)
ふと、そんなくだらないことを思った。
神。
なれるわけない。
そんなの、分かってる。
それでもなんとなく面白くて、筆箱から鉛筆を取り出した。
カリ、カリ、と音を立てて書く。
GOD__。
自分でも少し笑いそうになった、そのときだった。
ぶわっ!
急に、強い風が吹いた。
「あっ!」
プリントが、ふわりと浮き上がる。
俺は思わず声を上げて立ち上がった。
紙は風に乗って、公園の中をひらひらと飛んでいく。
「ちょ、ま!」
慌てて追いかける。
ブランコの横を抜けて、砂場を横切って、さらに先へ。
そして、 ひらり、とプリントは一人の少年の足元で止まった。
「あっ……!」
俺は駆け寄る。
「すいません!それ、俺の!」
そう言って手を伸ばす。
少年はしゃがみ込んで、プリントを拾った。
そして、俺に渡そうとして顔を上げる。
その瞬間
「……!」
俺の目が、大きく見開いた。
テレビで何度も見た顔。 忘れるわけがない。
胸が、どくんと強く鳴る。
「……いとま……なつ……?」
思わず、名前が口からこぼれていた。
「……?」
少年…いや、なつは、小さく首を傾げた。
その仕草が、すごい可愛かった。 テレビで見ていたときと同じ、少しあざとい動き。 それを目の前で見てしまった瞬間、俺の顔が一気に熱くなる。
「これ、お兄ちゃんの?」
そう言って、なつはプリントを差し出した。
「おにぃちゃ…っ、///」
思わず変な声が出る。
やばい。 嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
けど
(俺、年上だし…)
こんなところで顔真っ赤にしてたら、かっこ悪い。 俺は慌てて咳払いをして、平然を装った。
「そ、そう。ありがとう。」
なつはプリントをちらっと見た。 そして、そこに書いてある文字をゆっくり読んだ。
「……ごっと」
小さく呟く。
「……神様になりたいの?」
「ぇ、……!?」
俺は一瞬で固まった。
やばい。見られた。
「いや、そのっ!ただ書いただけ!す、すぐ消すし!///////」
慌てて言い訳する。 顔の熱がさらに上がるのが分かった。
なつは少しだけ目を丸くして、それからふっと笑った。 でも、すぐに話題を変えるように、また別の方を見た。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「あれ、取って?」
「あれ?」
なつが指差した方向を見る。
公園の端にある、大きな木。
その枝に、 赤い風船が引っかかっていた。
さっきの強い風で飛ばされたのか、枝の先に絡まって揺れている。
「さっき風吹いた時に、ひっかかったの」
なつは少し困った顔をして言った。
「取って?」
(俺、高いとこ苦手なんだよなぁ……)
木の下から見上げながら、内心で弱音を吐く。
枝は思ったより細いし、足をかける場所も少ない。
そのときだった。
「あのね……あのね……」
振り向くと、なつが少しうつむきながら俺の服の裾をぐいぐい引っ張っていた。
「……もらったやつなの……とって?」
泣きそうな顔で、俺を見上げてくる。
「っ、……!///」
だめだ。 心臓に直撃した。 可愛い。可愛いが すぎる。
(やばい……)
胸の奥を、矢で射抜かれたみたいな感覚が走る。 けど、ここで「無理」とか言ったら、 絶対かっこ悪い。
「わ、分かった……」
俺はできるだけ落ち着いた声で言った。
すると、なつの顔がぱっと明るくなる。
「!ありがとう!おにいちゃん!」
その笑顔を見た瞬間、逃げ道は完全になくなった。
俺は覚悟を決めて、木に手をかけた。
ざり、と靴底が幹をこする。
枝をつかんで、足を上げて、体を持ち上げる。
少しずつ、少しずつ登っていく。
風船は、枝の先でゆらゆら揺れていた。
「っ……あと、もーちょい……」
手を伸ばす。 あと少し。 ほんの少しだけ届かない。 下から、なつの声が聞こえる。
「おにぃちゃん……!」
見下ろすと、なつが両手をぎゅっと握っていた。
「がんばって!がんばって!」
その声に、思わず笑いそうになる。
(……応援されてる)
なんだか、ヒーローみたいだ。
「よし……!」
俺はもう一度枝に体重をかけて、ぐっと手を伸ばした。
パシっ!
指先に、ふわっとした感触が触れた。
「!取った!」
赤い風船のひもをしっかり掴む。
その瞬間だった。
グラッ
枝が、わずかに揺れた。
「あ、……」
足の置き場が、ずれた。
次の瞬間、 体がふっと軽くなる。
「ぇ、……」
視界が一瞬でひっくり返った。
ドサッ!
俺はそのまま、木から落っこちた。
…… ……あれ、 痛くない?
恐る恐る目を開けると、視界いっぱいに茶色いものが広がっていた。
枯葉だ。 どうやら、誰かが掃き集めた枯葉の山に落ちたらしい。
クッションみたいになっていた。
「……ぃ、生きてる……」
呆然と呟く。 体を少し動かしてみる。
腕も動く。 足も動く。 怪我もない。
そのときだった。
「おにぃちゃんありがとうっ!」
ぱたぱたと小さな足音が近づいてくる。
次の瞬間
ぎゅっ!
なつが、そのまま俺に抱きついた。
「くぁw背drftgyふじこlp;@:!?//////」
声にならない声が口から飛び出した。
頭が真っ白になる。 近い。 めちゃくちゃ近い。
というか…
(だ、抱きつかれてるッ!///)
なつの腕が、俺の体に回っている。
顔も、すぐ目の前。
甘い匂いまでしてきそうな距離だ。
心臓が、ありえない速さで暴れ始める。
「ありがとう、おにいちゃん!」
なつは嬉しそうに笑って、俺の顔を覗き込んだ。 その笑顔が、太陽みたいに眩しくて。
俺はもう、完全に思考が止まっていた。
「ありがとうお兄ちゃんっ!大好き!///」
「ぇ……///」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で何かが止まった。
テレビで見たセリフと、同じだ。
あのとき。 画面の中で、なつが笑いながら言っていた言葉。
確か、撮影された場所は公園だった。 ここじゃないけど、遊具が少ない感じは少し似ている。
(……同じだ)
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「………… ///////」
言葉が出ない。 でも、 すっげー嬉しい。
そんなことを思っていると、なつがきらきらした目で俺を見た。
「おにぃちゃんっ、名前なんて言うの?」
「ぃ、いるま……」
少し噛みながら答える。
すると、なつは小さく口の中で繰り返した。
「いるま……」
まるで覚えるみたいに、ゆっくり。
そして、にこっと笑った。
「覚えとくね!」
なつは嬉しそうに言う。
「いるまおにいちゃんっ!」
その呼び方を聞いた瞬間、また心臓が大きく跳ねた。 ただ名前を呼ばれただけなのに。
それだけなのに、胸の奥が妙にくすぐったい。
「ねえ、いるまおにいちゃん!いっしょにあそぼ!」
「えっ、……!」
ぐいっ、と手を引っ張られる。 小さくて、あったかい手。 なつはそのまま、楽しそうに俺を引っ張っていく。
「いるまおにいちゃんは、ヒーロー役ね?」
「ヒーロー……」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ引っかかった。
ヒーロー。
(……無理だ)
そんな役、俺には合わない。 だって前に、先生が言ったんだ。
みんなで劇の役を決めていたとき。
「うーん、いるま君は悪役の方が似合うんじゃない?」
笑いながら、そう言われた。
そのときクラスのみんなも、なんとなく納得した顔をしていた。
つり目で、怖そうで。
俺はきっと、 悪役の方が似合う。
そう思って、少しだけうつむく。
「……いいの?俺で」
小さく聞く。
すると、なつはきょとんとしてから、すぐに笑った。
「うん!」
迷いのない声だった。
「だって、俺の風船とってくれたヒーローだもん!」
その言葉が、胸の奥にすとんと落ちる。
さっき木に登ったこと。 落ちたこと。 必死で取った風船。 全部、見ていたんだ。
「ぅ、うん……ヒーロー役やる!」
気づいたら、そう言っていた。
なつはぱっと嬉しそうな顔をする。
「やったー!」
俺は少し笑って聞いた。
「なつはなにやるの?」
すると、なつは胸を張って言った。
「俺はねー、悪役!」
そして、目をきらきらさせながら続ける。
「やってみたいんだ!」
「そっ、そっか…じゃあ、悪役で…」
「あ、台本どうしよ……もってきてないや」
なつが少し困った顔をした。
「ぁ、じゃあ……」
俺はランドセルを開ける。
中をがさごそ探って、一冊の紙の束を取り出した。 まだ役が決まっていない、学校の劇の台本。 しかも、ちょうどヒーローものだった。
「これ、使う?」
なつの目がぱっと輝く。
「わっ、ありがとういるまおにいちゃん!」
「……うんっ///」
ちょっと照れながら渡す。 なつは台本をぱらぱらめくると、嬉しそうに頷いた。
「よーし、じゃあいくよー!」
そして、少し離れて立つ。
「よーい……アクション!」
その瞬間だった。 さっきまで笑っていたなつの雰囲気が、すっと変わった。
「…!」
目つきが鋭くなる。
背筋が伸びる。
空気が、ぴんと張りつめたみたいに感じた。
「……クク」
小さく笑う。
「……ククククク……」
そして
「あーはははっ!」
高く響く悪役の笑い声。
「その程度か?正義のヒーロー気取り野郎!」
声も、表情も、さっきまでのなつとは別人みたいだった。
「結局、お前の大事な大事な、仲間が傷ついていくだけじゃないか!」
一歩、こちらへ近づく。
「無様!阿呆!バカ!間抜け!」
夕方の静かな公園に、なつの声が響く。
「この世に産まれたことを後悔するんだな!」
その瞬間。
俺は、 一瞬でその世界に引き込まれていた。
ただの公園じゃない。
ここは戦場で。 目の前にいるのは、ただの少年じゃない。
この物語の悪役だった。
胸がドクンと鳴る。
(すげぇ……)
さっきまで風船を持って笑っていた子と、同じ人とは思えない。
でも、ぼーっとしている場合じゃない。
今、俺は。 この物語の ヒーロー役なんだから。
「仲間の犠牲を無駄にしない!」
俺は、できるだけ声に力を込めた。 胸の奥から言葉を押し出す。
「俺はお前を倒して!母さんや父さん…国のみんなの笑顔を取り戻したいんだ!」
言い終わった瞬間、少しだけ息が上がる。
なつは、ぱっと目を見開いた。 一瞬、本当に驚いたみたいな顔。
(……あ)
やりすぎたか?
そう思った瞬間、 なつの表情がまた変わる。
すっと、悪役の顔に戻った。
「取り戻す?」
小さく鼻で笑う。
「はっ、笑わせるな」
さっきまでの柔らかい声とは違う。
少し低くて、冷たい声。
「貴様のような偽善者が何を言う」
一歩、近づいてくる。
「いい子気取りも大概にしろ」
夕日の光が、なつの横顔を赤く染めていた。ぐっと俺との距離を近づけて。
「貴様は、もう負けている。 吾輩に勝負を挑むところから、貴様は死んだのも当然だ!」
次の瞬間
ガシッ
なつが、俺の手を掴んだ。
ぐっと強く引っ張られる。
「わっ……!」
バランスが少し崩れる。
そして、なつは俺の腕を持ち上げながら、にやりと笑った。
完全に悪役の顔だ。
「この腕を折ることも…」
少しだけ力を込めて。
「吾輩には容易いことだぞ?」
「……!」
距離が近い。 近すぎる。 演技だって分かってるのに、心臓がまた暴れ出す。
すると、なつはぱっと手を離した。
さっきまでの鋭い目つきが、すっと消える。 いつもの、あの表情に戻った。
「いるまおにいちゃんすごい!」
目をきらきら輝かせながら言う。
「ちゃんと、感情が目に出てた!すごいよすごい!」
なつは興奮したみたいに身振り手振りで続けた。
「ほんものヒーローだった!✨️」
「そ、そう……?」
俺は少し戸惑いながら答える。
すると、なつは大きく頷いた。
「うん!いるまおにいちゃん、役者向いてるんじゃない?」
役者。
その言葉が、胸の奥に残る。
(役者……)
そんなこと、考えたこともなかった。
俺なんかが。
でも、 さっき演技をしていたとき。 少しだけ楽しかった。
「俺ね、夢学園っていう国立高校に通うのが今の目標なの!」
胸を張って言う。
「もし、おにぃちゃんが役者になりたかったら……」
少し照れたみたいに笑って。
「いっしょに夢学園で役者さんになろ!」
「……いっしょに?」
思わず聞き返す。
「うん!///」
なつは少し頬を赤くして頷いた。
俺はしばらく黙る。
(……いっしょに)
そんな未来、想像もしたことなかった。 でも、 もしそんな未来があるなら。
「……………か、考えとく///」
そう答えるのが精一杯だった。
なつは嬉しそうに笑う。
「うん!考えといて……!あと_」
そのときだった。
「なつくーん!いたいた!」
公園の入口の方から、男の人の声が聞こえた。
振り向くと、一人のお兄さんが走ってくる。
息を少し切らしながら言った。
「撮影中に、勝手に移動しちゃダメだよ?」
なつは少し気まずそうに風船を見せる。
「風船売ってたから……」
「それでも、だーめ」
お兄さんは苦笑いしながら言った。
「ほら、行くよ」
「はーい……」
なつは返事をして、歩き出す。 でも途中で、くるっと振り返った。 そして大きく手を振る。
「あ、おにいちゃんばいばい!」
にこっと笑って。
「また遊ぼっ!」
夕方の光の中で、赤い風船がゆらゆら揺れていた。 俺はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
てな感じのif作った。
書いててすごい楽しかった。