テラーノベル
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僕は、やりたくもない空手道場に所属し、今日はその大会に来ていた。何故かというと、ここで、きっとアイツに会えると思っていたから。
周りでは、僕と同じ小学生達が、わーわーと叫びながら走り回っている。うるさい。
遠くに、見慣れたへの字口の男の子を見つけた。はは、やっぱり力自慢の阿呆のままだな。僕は、ヒロトの存在を確認できたことに満足して、早々に空手を辞めた。
中学に進学して、一年生の教室。クラス表で、ヒロトと同じなのは確認済みだ。名前の読みが、前と全く変わってないから、なんとも分かり易い。
席替えで、前の席にヒロトが座った。こちらを少し気にしている様だが、俺より背が低いせいか、ビビってるみたいだ。
俺は、後ろから、ヤツの背中に向かってシャーペンを何度も突き刺す。
「…な、なに?大森くん…。」
「…若井、滉斗。」
「…なんでフルネーム?」
滉斗の怯える顔が面白くて、俺はククッと笑った。
「へー元貴、ここに痣あるんだ。」
あれから一年経って若井は、俺を元貴と呼び、周りをうろちょろするようになった。珍しく体操着に着替えた俺の左脚を見て、若井がそう言った。
「…若井は?右腕、無いの?」
「右腕?なんも無いけど、なんで?」
自分の右腕を確認しながら、若井が俺に聞き返す。別に、と応えて教室を出ていく。
大森元貴として生まれ変わった俺の脚には、前世と同じ場所に痣がある。そして、さすがに能力は無いにせよ、記憶は残っているのだ。おそらく、この痣は前世の記憶を残す手がかりになっている。記憶を引き継げたのは、術者故の特権だろうか。そして、痣の無くなったヒロトは、若井滉斗として生まれ変わって、その生を全うしている。
少し寂しさはあるが、その方が都合がいい、とすぐに切り替えた。
だって、リョウカのことを覚えていたら、俺が貰えないから。
肝心のリョウカには、まだ逢えていない。リョウカという女の子を方々探してはいるのだが、なかなか見つけられない。同い年なのか、年上か年下か、それさえもわからない。生まれ変わる細かなタイミングは、こちらでは操作できなかった。もしかして、一緒に転生出来ていないのかも、と最近では不安になっていた。
時は過ぎ、俺たちは高校生になり、若井と中学生から組んでいたバンドを一旦解散した。プロ意識に欠けていたからだ。
俺は、小学生の頃から音楽の道に進むことを決めていた。なぜなら、きっとリョウカも音楽をしていると思ったから。若井だって、前世の記憶がないのに、ギターを始めて、俺と一緒にバンドを組んでいた。
それに、もし音楽の世界で逢えなかったとしても、俺がこの世界で大きくなれば、客として、ファンとして、逢える人の間口は大きく広がる。きっと、この道にいれば、いつかはリョウカを見つけられるはずだ。
芸能事務所の音楽科で、ある日ボーカルレッスンがあるから来てみないかと誘われた。俺は、レッスンには興味がなかったが、とりあえず見学だけでも、と言われたので仕方なく参加した。
「ほら、ここには収録ブースもあって、マイクで実際に音録りしてレッスンも出来るんだよ。」
「へぇー。」
事務所のスタッフがあれやこれやと説明してくれるが、適当に返事をしてやり過ごす。
「あ、今ちょうどレコーディング練習してる子がいるよ。」
スタッフが指差すガラスの先に、俺の目は釘付けになった。
ガリガリの身体に、マッチ棒の先みたいな頭。小さな口を一生懸命に開けてボーカルレッスンを受けている、垂れ目で前歯の大きい、なで肩の男の子。
ああ、いた。
見つけた。
やっと逢えた。
なんだ、今度はちゃんと男の子だったんだ。リョウカちゃんかと思って、ずっと女の子を探してたよ。
リョウカのレッスンが終わるのを待って、ずっと見つめていた。
「お疲れ様でした、ありがとうございましたー…。」
スタッフ達にペコペコと頭を下げて、俺を見つけると、リョウカの動きが止まった。
「…あの。」
「はい。」
「…僕に用ですか?」
「…はい。ちょっと、話しません?」
「はぁ…。」
そっか、リョウカも記憶なしか。これは、また好都合だ。俺はニヤリと笑って、リョウカと他愛もない話をした。
高二になり、プロデビューを目指すバンドを組むことにした。今度は、リョウカを見つけるためじゃない。俺の傍に捕え続ける為だ。
まずは、違う高校に通う若井を、駅で待ち伏せし、話しかける。
「久しぶり。」
「あ、元貴!久しぶり!」
「まだギターやってんの?」
「もちろん!ずっと練習してるよ、結構自信ついて来たんだ。」
「ふーん。あのさ、今度デビュー目指した本気のバンド組むんだけど、若井、どう?」
「え、えマジ?マジで!?やる!やりたい!!えめっちゃ嬉しい!!」
「はは、じゃあ、決まりね、よろしく。」
素直に俺に懐いてくる若井を、俺は親友として大好きになっていた。友人として付き合うなら、こんなに良い奴は他には居ない。俺は、若井の事も手放す気など毛頭無かった。これで、コイツは俺とずっと一緒だな。あとは…。
「すみません、ちょっといいですか?」
「え?あ、はい。」
事務所で見かけた、金髪になっているリョウカを呼び止めた。
「あの、俺今バンド組んでて。キーボード探してるんですけど、金髪の優しいお兄ちゃんがいいなって思ってたら、あなたがぴったりで。」
「え、キーボード?」
「俺のバンド、99%デビューするんで、どうですかね?一緒にやってくれませんか?」
「あ、うん、いいよー。」
あっさり俺の手の中に入ってきたリョウカは、藤澤涼架という名前になっていた。
やっと捕まえたよ、涼架。
始めて涼ちゃんをスタジオに連れて行った時の若井の顔、すっげー嫌そうで、俺はちょっと心が痛んだ。お前あんだけリョウカの事愛してたじゃん、って言ってしまいそうになった。良心の呵責が無いわけではない。けど、これはやっぱり俺にとってありがたい話なわけで。
心置きなく、涼ちゃんを俺のものにできるんだから。
二人を無事、傍に捕らえられた事に満足していた俺に、スタッフが相談を持ちかけてきた。
「元貴くんのバンドに、是非紹介したい子がいるんだけど。」
「うん?誰?」
「えっとね、二人。」
「…二人?」
「ドラムの山中綾華さんと、ベースの高野清宗くん。どちらも、元貴くんのバンドにピッタリだと思うんだよね。」
「ふーん…。いいよ、会ってみる。」
俺が、事務所に赴くと、女性と男性の二人が、手を前で揃えて、立っていた。
「初めまして、山中綾華です。」
「高野清宗です。」
「…大森元貴です。」
俺は、この二人を見た時に、何故か少し心が動いた。魂が、触れた気がした。
この二人は、もしかして…。
俺は、二人に手を伸ばして、そっとハグをした。
「…逢いに来てくれて、ありがとう…。」
二人は、きょとんとした顔で、少し困惑していた。
晴れて五人体制となったバンドで、俺たちは活動を始めた。きっと、このバンドは凄いものになる。そう予感していたし、そうさせるつもりだ。
ある時若井に、大切な彼女が出来た、と伝えられた。俺は、心からホッとして、幸せになってくれと、願った。
大丈夫、全てうまくいっている。俺はこの世界を愛し始めていた。
もちろん、涼ちゃんも。
「涼ちゃーん、すきー!」
「元貴、わかったわかった。」
最近、涼ちゃんが俺の絡みに少し照れるようになってきた。涼ちゃんの気持ちが俺に向くまで、あともう少しかな。
そんな事を考えながら、俺は涼ちゃんにちょっかいをかけ続けた。困った顔をして笑うのが、大好きだった。
ある日、涼ちゃんの一人暮らしをしている部屋へ、俺は一人で遊びに行った。
「うわぁ、ぐちゃぐちゃ。」
「ごめんね。ま、男の一人暮らしなんてこんなもんよ。」
涼ちゃんがそう言いながら、片付けにもならない、その辺の物を適当に傍に投げる動作で、俺が座る場所を確保する。
「…どーせ、家でも全部やってもらってたんでしょ。」
「んー、俺ひとりっ子だからね。」
「関係ねー。」
そんな処は、全てお世話されていた帝だった頃と変わらないんだな、と可笑しくなって笑ってしまった。
「なに?」
「ううん、涼ちゃんらしいな、と思って。」
「なにそれ。」
ベッドにもたれて床に座る涼ちゃんの隣に座って、不意にぐいっと服の襟元を引っ張って、鎖骨の下を確認する。
そこには、やはり赤茶の花紋様はない。
「…も、元貴…?」
ふと顔を上げると、真っ赤になって、驚きの表情で俺を見つめる涼ちゃんの顔が目の前にあった。
「何、してんの?」
「…なんだと思う?」
「へ?…いや、わかんない…。」
「…確認。」
「…なんの?」
そのまま、ゆっくりと顔を近づけていく。目を見開いたまま、涼ちゃんの反応を見逃さずに、ゆっくりと、ゆっくりと。
二人の吐息が鼻をくすぐる位置まで近づくと、涼ちゃんが逃げるでも顔を背けるでもなく、ギュッと目を瞑った。
貰った。そう思った。
そのまま、触れるか触れないかの僅かなキスをして、顔を離す。
「…元貴…。」
「…どう?」
「ど、どう…って…?」
「嫌?」
俺が、熱い視線で涼ちゃんを見つめると、揺れる瞳でしばし黙った。
「…嫌じゃないよ。」
小さな声で、そう漏らした。
俺は笑って、涼ちゃんの首に腕を回して、膝に乗る。そのまま、また上から被さるように、今度はしっかりと唇を合わせた。
涼ちゃんも、俺の背中に両手を回して、優しく抱きしめる。
俺は、やっと手に入れた涼架を、深く深く味わった。舌を入れて、存分に口内を玩弄する。
「…はぁ、ちょ、ちょっと…!」
「…ん?」
涼ちゃんが、トロンとした目で、俺を引き離した。
「…ダメじゃない?俺、二十歳だよ…?」
「だから?」
「元貴、まだ未成年じゃん…。」
俺は、ニヤリと笑って、顔を近づける。
「…もう、五つのガキじゃない、十七の大人だよ。」
キョトンとする涼ちゃんの顔を、両手で優しく包む。
「『をのこ』だろーと、関係ないね。」
もう一度、キスを落として、柔らかな声で伝える。
「大好きだよ、涼ちゃん。今度こそ、俺だけのものになって。」
「…うん。」
涼ちゃんは、優しく微笑んで、俺の告白に応えてくれた。
そのまま、二人で抱きしめあって、ずっと熱い口づけを交わし続ける。
頭の隅で、カチャリ、と時計の鳴る音が聞こえた気がした。
結い、結い、結い、結い…
あの唄が、今度はちゃんと、俺と涼架を結びつけてくれた。
もう二度と、離さないよ、俺だけの涼架。
コメント
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わーお!!!もしかしてあやかちゃんと高野って、リョウカ様の子供だった、、なんてことありますか?!一緒に生まれ変わった、、、とかあるかなぁ🥲💞幸せになってくれて良かった、、、、、、、心から安心しました。
あーなるほど、そゆことなのね!モトキ受けで最高だった。 綾ちゃんとタカシ!いい、いい、すごく良かった。実はリアルモトキが作中のモトキなの?と思えてきちゃうw
どう❤️💛に向かうのかと思ったら、輪廻転生するとは…!まるでbreakfastの世界線とが繋がったかのようでした。💙💛も大好きですが、❤️💛強火担凄く分かります笑🤭1話1話とても丁寧で素晴らしいです😭次も楽しみにしています〜