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●カノジョが出来たらしいですおお勇者よ死ぬとは何事だ。
いや情けないのは国王だろう。
魔王軍は宮廷を焼いている。
近衛師団は既に刀折れ矢尽き壊滅状態。
お抱え占い師が防御呪文で時間を稼ぐ始末。
「どうあがいたって撃退するのは無理だと思いま…」タロット術者が息絶えた。
魔力を使い果たしたらしい。
「閣下、ご決断を!」家臣が血相を変えて乗り込んできた。
翼竜が屋根をついばんでいる。
抜け穴はゴブリンとトロールの歩兵に塞がれた。
このような軍勢を華麗に蹴散らすべくレベル∞の勇者を雇った。
だが彼は法外な報酬を酒池肉林に費やしたあげく脳梗塞で倒れた。
「ぐぬぬ…なぜ予知できなかった」王は生き残った占術師集団を見回した。
そして無言の衆をなじる。
パラパラと天板が剥がれる。
宮殿は1分も持つまい。
幸い王には切り札があった。
玉座の裏に密使や替え玉が出入りする召喚門がある。
英霊の森には強力な聖神がおり魔王でも篭絡できない。
施術者を選抜し転移の準備をさせる。
同時に王宮の扉が突破された。
「せめて余の盾となれい」やおら剣を抜くと家臣の列越しに前衛のオークどもを威嚇する。
「お待ちください」占い師の一人が進言した。
召喚門に異常を感知したというのだ。
●旧世界持続化給付金激しい縦揺れを軸に部屋が旋回すると月日も一気に巡っていた。
何しろ朝九時に出勤して定時に会社のエントランスで翼竜に出くわした。
街並みはすっかり退化しておりすべて石造り。
スマホの日付は西暦1970年だ。
ありえない。
それから甲冑やら如何にもなローブ姿の老婆が事務所に出入りしてサーバー室や会議室に勝手な変更を加えたたあげく夜半に全員が金縛りから解放された。
魔導士《マギ》の話では建物ごとレーキ帝国に接収されたらしい。
つまり王室直属の機関として21世紀日本のコールセンターが召喚されたという次第だ。
その辺の意思疎通は魔法が解決してくれる。
「しかし何故にコールセンター?」オペレーターの山吹翠が電話線をくるくる弄ぶ。
「釈明しよう!」マギが呪文を唱えた。
窓のカーテンが切って降ろされた。
古来より辺境領にパコラ王国とサタニック魔国の二大勢力あり。
王都歴117年。
落ち延びようとするパコラ王の転移ゲートに魔王はパワーを注いで妨害した。
しかし敵もさるもの。
王は魔王を道連れに自爆を図った。
かくて辺境領は消失したが転移パワーの暴走は時空の摂理を乱した。
結果、日本という異世界にゲートが生じレーキ帝の治世に扉が現れた。
「生活補償とな?」密偵の報告は寝耳に水だった。
だが辺境領消滅を教訓として軍事より経済を優先し賢帝と呼ばれるレーキは善処を図った。
日本という国は有事に弱いが経済に強い。
おまけに異界の科学技術は願ってもない僥倖だ。
従順《テイム》の術者をありったけ動員せよと魔道省に命じて相手国を丸ごと併合した。
「よかろう。
丁重に扱え。
衣食住もくれてやれ」「正気ですか?恵んでやれと仰る」「彼奴等は金の生る木だ。
丁重に扱え」大臣とやり取りのあと帝国は日本人を難民救済する政策決定をした。
「と、いうわけで閣下、圧倒的にマンパワーが足りません」センター長に昇格した山吹は窮状を訴えた。
「どういう事だ?」「残念ながら邪の魔力が注入されておりまする。
敵の挟撃かと」手のひらの水晶玉がどす黒い。
「なんと!万策尽きたか」王は宙を仰いだ。
そして眼光をきらめかせた。
「そうだ!敵はゲートの途中におるのだな?」「はい。
毒々しい濁流が注がれております」、と占師。
「ならば目には目を歯には歯をだ。
こちらもありったけの魔力を投入せい!」「そんなことをすればゲートが壊れます。
どころか王都が粉みじんに…」側近たちがざわめく。
「構うのもか!魔王に渡すぐらいなら臣民と共に散ろうではないか」檄を飛ばすが聴くものはいない。
どころか衛兵が制止しにかかった。
「王様がご乱心あそばれた」十重二十重にのしかかる兵士達。
もまれながら王は決死の呪文を唱えた。
「か、対抗呪文《カウンタースペル》を!」とっさに占い師たちが無効化を試みる。
しかし玉座が白熱した。
強烈な奔流は召喚門を打ち破り王宮を火球に変えた。
【パコラ王国に栄光あれぇええ!】正邪混然一体となって断末魔の叫びを飲み込んでいく。
王都歴117年。
パコラ王国と隣国サタニックを含む辺境領は地図から消えた。
●お客様には懇切丁寧に「何でよそ者に金を払うんだ?しかもゴミ掃除人風情が!」受電卓で新人が暴れていると通報があった。
山吹は顔をしかめる。
「ちょっと羅生君」羊頭狗肉を地で行く巨漢がパイプ椅子からはみ出している。
給付金は転移に巻き込まれた旧日本国民全員に申請資格がある。
人権を与えられている筈のオークでも頭ではわかっているがつい粗暴さが口に出る。
「この野郎!」荒ぶる彼から魔導フォンを取り上げるしかない。
所長権限で呪文を唱えた。
あとは日本人スタッフに引き継ぐ。
翠はうんざりしつつ何度目かの絵巻を投影した。
テイムの力でオークは平静を取り戻した。
「ついすみません…しかしあの野郎が…」本人は給付の意義を理解しつつも感情的になってしまったという。
「誰だって切羽詰まったら我を忘れるわ。
それは羅生君だって同じでしょう。
人はピンチを感情で切り抜けるの。
君は元戦士よね」新人をいさめる時は頭ごなしより同じ目線が効果的だ。
「確かに戦場では四の五の言ってられません」「そうよね。
先ほどのお客様も災害瓦礫と戦ってる」するとオークは肩を怒らせた。
「俺だって毎日が戦争ですよ。
帝王の命令だからやってるんだ。
誰が電話番なんか」羅生の机には赤ペンだらけの報告書がある。
山吹がダメ出しした通話記録だ。
「慣れない仕事で嫌になるわよね」「ああ、イライラする」オークは拳を振り上げた。
「羅生君の言う通り毎日が戦争よ。
それはお客様も同じ。
いわば戦友じゃん」山吹はスカートのポケットから赤い録音石を取り出した。
そっとオークに握らせる。
「これは?」「戦友である私から君に武器を授ける。
それでしっかり練習なさい」「所長…」オークは言葉を詰まらせた。
翠は見逃さなかったのだ。
赤ペンに添えられた羅生なりの反省点を。
●聖十戒大僧正は降臨すれども統治せずセンター長の業務は新人研修から機器トラブルまで多岐に渡る。
しかし天文学的な作業量を随時かつ横断するなど不可能。
当然ながら中間管理職が要る。
「今度は何なの?」回転灯が山吹翠を照らす。
オークを諫めた後、遅いランチを温め直した矢先にこれだ。
「兎に角来てください~」甲高い涙声。
母子世帯向の相談窓口は五時から遅番の男性スタッフが詰める。
前職はもめ事処理に長けた冒険者組合や酒場の面々だ。
栗里栗鼠《くりさとりす》はなぜ残業しているのだろう。
壁のバスタードソードを外して一目散に非常階段を下りる。
フロアは阿鼻叫喚地獄だった。
泣きじゃくる栗鼠を落ち着かせて現任者から事情聴取する。
「だって終んないんですよぅ」聞けば未決済の書類が崩壊したという。
「フロア長はどうしたの。
トイレ?」男子社員に捜索させ本人の宝珠にも呪符を送る。
「聖十戒《せくろす》さんなら帰りましたよ。
ほれ直帰って」あろうことか白板のインキが剝げかかっている。
翠が真っ赤になった。
「ちょちょ直帰ですってぇ?」●直帰「お疲れ様です」ひととおり状況整理は済んでいる。
「栗鼠さん、もういいから、いいから。
それに、もう、大丈夫ですって」顔を覆う栗鼠の手が震えている。
「どうしたの。
大丈夫、お疲れ様です~。
栗鼠さんの分も取るから、はい、こちら」小さな袋に入れてもらう。
「え、なんですか、これ」袋に入った石貨を見て、栗鼠が恐る恐る聞く。
「あ」翠は鞄に入れていた袋の口を開こうとする。
翠の指の先、石貨の上に、白い紙が載って、そこに何かが書いてあった。
「あ~、やっぱりそうでした。
お疲れ様です」栗鼠が袋から紙面を取り出す。
書いていたのは、「玉鋼石で何かを製作するなら、必ず、これを買わなければならない……」翠が小さな袋を持ち上げて、紙面を見せる。
聖十戒の殴り書きだ。
山吹翠は気が遠くなった。
これはリーダー研修で教えた専任業務だ。
玉鋼石はこの世界のDVDとも言える記憶媒体だ。
幻術使いがイリュージョンを記憶させたり吟遊詩人が動画を上映しながら即興したりする。
この会社では顧客名簿がわりに活用している。
日本政府がプライバシー保護の重要性を説いた甲斐があって流通や取扱いが厳しく制限されている。
「玉鋼石の購入は専用の石貨を持って直接買い付けに行ってねっていったのに」「俺、お楽しみがあるから~って定時で直帰されました~」栗鼠は涙目だ。
玉鋼石は言いつけ通り王都の妖怒炎魔電《よどめらでんき》で買いに行ったようだ。
領収書は翠も確認している。
問題はそのあとだ。
「あれだけ初期化《フォーマット》してねって言ったのに~」面倒くさい作業であるがリーダー格が念じながら署名しなければならない。
「それで、十戒さん、あたしに『お前、玉鋼石がかりね、まかせた』って!ムニムニ、あたしの尻尾さわるんですうぅ」泣きじゃくり、しゃくりあげ、過呼吸になる。
「あのセクハラ僧正~」とりあえず初期化は翠の権限でも可能だ。
幸い、まだ活性期限内にある。
放っておくと邪念に汚染され誰でも読み書き可能になる。
そうなったら高価な玉鋼石を破棄するしかない。
ふーっっと肺を振り絞り、翠は初期化にとりかかった。
「セクロスは後でこってり絞るから貴女は手伝ってくれるかしら」「ああ、いいですね。
これで、いいんですね」栗鼠はうんうん唸りながら何度か首を振り、書いて見せる。
「え、いいんですか?」「これでも良いですか。
これで」「ええ? これで良いですよ」
翠が丸い石を、栗鼠が石を、翠が丸いものを重ねている。
「これが、良いんです」栗鼠は、翠に石を投げたり石を重ねたり、何度も頭に叩きつけたり、丸いものを重ねに重ねたり、栗鼠は何度も丸いものを受け止めたり、重ねたりと、何度も受け止め、丸いものに石を入れる。
「どうですか?」「うん。
これなら、良いですね」「それでいいんです。
これで、いいんです」栗鼠が満面の笑みで、翠を見る。
翠は、顔を真っ赤にしてお札を掲げる。
結局、初期化は十一時過ぎまでかかった。
「栗鼠、良かった」翠が、栗鼠の頭を撫でる。
「翠さん、ありがとうございました」●翌日翌朝、翠は出勤してきた大僧正と話し合うことにした。
非常勤とはいえ本職はプライドの高い仕事だ。
そこを頭ごなしに叱っても火に油を注ぐだけだ。
人は自分の信念を否定されるとますます意固地になる。
これをバックファイヤー効果というのだが異世界の人々に通じるかわからない。
だが一緒に仕事が出来ている。
続けていくうえで価値観の共有は大切だ。
翠は彼を上から目線で責めるのではなく本人の非を悟らせ自省を促した。
「ここは冒険者組合の業務と一部重複しています。
モンスターが人里で暴れた場合の支援金給付。
今まで冒険者個人加入の形で保険はありましたが保険でカバーできない不可抗力というものはあります。
誰もが最強チートを使えるわけではないのですよ。
どうしようもない不運にあえぐ人が出てきます。
そんなピンチを勇者は放っておきますか?」言われて大僧正は考え込んだ。
「衆生を救うのは神の責務である」「いえ、神様を拝んでいる間に空腹を抱えた子供が死んでいきます。
息も絶え絶えの子供に詠唱を強いるだけの体力を期待できますか?」翠は大僧正の魔導端末にガルブレイス龍の大暴虐事件を映した。
荒ぶるモンスターが容赦なく村を焼き払っている。
「ぬうう。
近衛師団が出遅れたために無辜の命が失われた」大僧正の正義にスイッチが入った。
今にも画面を叩き割りそうな勢いだ。
翠はスカートの裾が腰まであがるのも気にせずサッとモニタを抱えて一回転した。
大丈夫、翡翠は無事だ。
これ一枚でワンフロア分の机が買える。
「近衛師団はチート勇者ぞろいでしょう。
言い換えれば国こそが最強の勇者と言えます。
生死の境をさまよう罪なき人々を助けてこそ救済者ではないのですか?」「金をバラまくことが勇猛といえるなら悪徳商人どもも勇者ではないか」「いいえ、彼らは将来の顧客を見込んで投資しているだけです」「それは知っている。
税だって無辜の民から集めているではないか。
それは国の栄のためだろう。
何もかも失った者は確かに気の毒だ。
だがその救済がどう国の栄につながるのだ」大僧正は直球勝負の命題で挑んできた。
●ノブレスオブリージュ翠は押し黙り天井を仰いだ。
採光を重視した天窓。
日ざしが鈍り空が曇り始める。
「私たちは勇者に救われた命を使っている。
人々がどれくらい危機に瀕することか。
今ここで言う救いとは救いがどうなるかを知りたくてしょうがないということですか?」「その通りだが、それをどのように解決するかを考えている」大僧正なりに真面目に考えているらしい。
翠は直球を投げた。
「あなたの言う救いとは何ですか?」宗教家に対するストレート勝負だ。
「そのために君は戦ったといいたいのか?」「その通りです。
私たちは勇者の力で世界を救うのです」「君も救われたのか?」「救われるのはあなたです。
それだけじゃないですが」翠は立ち上がって彼に近づいていった。
「どう言うつもりか?」「論より証拠をこのタブレットに映しています」彼女が持ってきた板は蒼い光を放っている。
魔法の鏡のように見える。
「私は剣を握ることはできません。
殆どの衆生も無力ですが、私に関してはセンター業務で何とか出来ます。
そして衆生に関しては……」翠は画面を指さした。
旧日本の政府開発援助額が円グラフ化されている。
その内訳は発展途上国や貧困国の救済だ。
難民の子が学び反政府勢力を武装解除し農業を教えている。
大僧正が目を見張る。
「この翡翠は給付システムの一部品。
しかし私が活用すれば私を救済するが出来ます。
世界平和を約束する私は勇者ではないということですね?」「その通りだ。
君が勇者でなければ世界は救えない。
ならば君がどうしたいか、私は問うよ」「世界平和を!私はそれに協力します。
給付世帯の具体的な使途は……個人情報を知るわけにはいきません。
ですから、それに賭けましょう」翠は翡翠の前に立っていた。
「お前の言うとおりだ。
翠。
私が、給付金の使途は家族の問題だから、私は詳細に関して知るべきではないというんだな」そこに栗鼠がやってきてそっと翠に耳打ちした。
彼女の瞳が潤まり彼の顔が赤くなった。
「そんなことはありません。
貴方が何かを悩んでいることは知っていますよ。
勤務中に女子にちょっかいをかけたり定時後に遊び歩いたり。
セクハラでなく何かもっと別の理由があるだろうと思っていました。
もっと深い理由で」大僧正は黙ったままだ。
翠は栗鼠を見やり。
「彼女は傷つきやすい方だとも考えられます。
人それぞれです。
親密を履き違えた濃厚接触やサボりはあってはならないと思います」栗鼠は無言で頷いた。
「俺は聖十戒の教えに従って救済していた。
ある檀家が面倒に巻き込まれた」翠は言った。
「栗鼠。
それは誰なの。
栗鼠」「……私の…お兄さん、です」翠は彼女の顔を見た。
栗鼠は大僧正を見た。
その目には、涙が流れていた。
「私を助けてくれて。
あの日のこと。
とても嫌だけど。
でも、本当に本当に、お兄さんのこと。
お兄さんに一生懸命になってくれて、私は。
私は今、聖十戒さんの口から聞きたかった。
給付金をだまし取られて、困ってる兄を寺や檀家の力でどうにかしようと頑張ってくれて…」大僧正は何も答えないか。
「ポンと兄の家に金塊が投げ込まれたの。
……私は贈り主が誰なのか、知りたい。
……本当に、この人なのかな、って」「お前は誰だと思うのだ。
誰が救世主にふさわしいと思うのだ」大僧正は重い口を開いた。
「私は、……その、私は」彼は彼女をしっかりと手を握った。
「大丈夫だ。
そのうち、知る事になるさ」大僧正も大僧正でそう言いながら、視線を泳がせる。
翠は彼に何度も向かって頷いた。
「しゅ…衆生の救済は神の責務である」、と大僧正が声をうわずらせる。
翠は少しだけ微笑んで見せた。
後日、寿退社する二人の為に宴が催された。
●Shopping Expedition賢者結界《メジメッシュ》はインターネット上位互換の魔導調査網だ。
正午の玉音放送が気になるニュースを伝えた。
旧世界持続化給付金の申請手続きは予想を上回るペースで増加しておりセンター業務がひっ迫している。
スタッフの不眠不休の受付業務で疲労が限界だ。
いっぽう、レーキ帝は元老院からプライマリーバランスの悪化懸念を指摘されている。
異世界難民は帝国にとって本当に金の生る木になり得るか。
先日、臣下のマッサン藩王国・王立アカデミーが厳しい内容の白書を発行した。
政治問題に発展しかねないなかレーキ帝は強気に出た。
コールセンターの増設である。
それを見ていた翠は、「ああああ、もう、お金ないんだから」と言う。
旧世界開発庁は帝国復興院の外局である。
業務増強にあたって職員に一時帰休が命ぜられた。
その間の給付業務は復興院がじきじきに執行する。
山吹翠はひさじぶりの休日に戸惑いをおぼえた。
激務は急に止まれない。
仕事とはそういうものだ。
弾みがついたペースを休暇で乱したくない。
働きたい。
そういう意見をまとめ彼女はレーキ帝に直訴した。
「何と日本人は殊勝な種族か!よろしい。
よきに計らおうぞ」彼は深く感銘し王立アカデミーに魔導タブレットを急遽開発させた。
翼竜がまだインクのにおいがするパッケージを届けに来た。
皆がどよめいた。
「結局、うまいこと言われて人柱にされたわ」翠は巻物《とりせつ》を読んでげんなりした。
タブレットは怪砂利水魚が擬態して狩りをする習性を応用している。
鱗の一枚一枚が高解像度の発光素材だ。
怪砂利水魚は群体の肉食生物だ。
その各個体が獲物の情報を共有するため千里眼機能を持つ。
この支給品は旧日本の技術を流用しており近日発売予定だ。
レーキ帝は翠に最終出荷版のテストとサーバー増強を命じた。
初期化済みの翡翠が大量に要る。
翡翠の初期化は明日、明後日ということで、夜の九時半に出発することに決定した。
翠が行ったのは、小高い山の頂上にある『月山』という名の神社だ。
日が沈み、魔太陽が顔を出した。
小高い山の周りは、木々が生い茂り、木々は葉を落としている。
その葉の間に、暗く陰のある小さな鳥居があり、その先には長く続く坂がある。
上を見ると、小さく、長く続く白壁が立っている。
「お、きたきた。
これが、この坂で、ここが、この坂で……」翠を見上げる。
満月を背負って山ガールが集合した。
「ん? なんか雲行きが怪しくない?」情報シス管のエミリアが雲をあおぐ。
「はい。
この坂の上です。
歩きましょう、翠さん」エルフのリーナが若草色のスカートを翻す。
「そうだね、歩こう」山吹翠はそっけなくスルーした。
ライムグリーンのドレスにぶつけてくるとはエルフとはいえ嫌な性格の女だ。
「はいっ」エミリアは屈託ない。
好対照だ。
三人は、坂を上り始めた。
小高い山を登る道は、尾根よりも下に行くほど、暗く陰が増してくる。
坂の上から白壁を見下ろすと、どこまでも続く闇の底に何か黒い影が見える。
●サタニック王国の影
闇に浮かぶのは人面。
闇に見えるが影ではない。
人面の中に人の顔が見える。
その影は闇に浮かんでいるには長い。
やがて暗闇は人面の正体である顔、人面の中に人がいるのだと気づいた。
「あっ、お願い、見て」 翠は、ライムグリーンのスカートをひるがえして、先頭をゆく。
「こんなの、人間だよ」 エルフのリーナが振り返って言った。
後ろを振り返ると、暗闇から人面の生き物がいる。
「うーん……」 翠は言葉を濁して、エルフのリーナの頭を撫でる。
リーナが気づいたらしい。
「見えちゃった」 翠が人面に顔を近づける。
顔の輪郭を確かめるように……。
「これ、人じゃない?」「あ、あなたは」 エルフのリーナが驚いて彼女の顔を見る。
顔の輪郭は二の腕ほど……いや、胸から腹にかけての線が薄く、人間っぽくはない。
「人間かな」と翠が言う。
「ええ、こんな綺麗な人じゃないけどね」そう答えながら、ふと、翠は手に、ライムグリーンのドレスがついたまま、空に浮かぶ月から目を離した。
「あっ」 リーナが自分の手の甲に何か当たっているのに気づいて慌てて手を引っ込める。
「えっ」「これ、どうしたの」 リーナが呆然と彼女を見上げる。
「その……なによ……?」リーナは少し不安そうに翠を見上げ、それから、翠の手を掴む。
「私を“見て”よ」 翠はそのまま手を引っ張って、彼女を月から引き離した。
「え……」 翠は驚いて驚いてしまった。
それなのに彼女は、こんなとき、自分のような人間を見て「かわいい」とか「綺麗」と言うことをしてくれる。
初めての経験に何だか嬉しくなって、翠は彼女の手を握って、目を閉じる。
──そう。
私たちは“見える”の。
見える。
私の目に白糸(しらと)のように──。
●カウンタースペル──……。
────。
──…………。
────。
「大丈夫?」情報シス管に揺り起こされた。
「ここ……ここ、は?」リーナが少し震えながら、自分の手の甲を見て戸惑っている様子で、翠を見上げる。
「ここ――は。
あっ、なんか」 リーナは手の甲を擦って、それから、自分の顔に指を当てる。
「見えてる」「えっ、なにが……?」 翠はちらりとリーナのほうを見る。
「お母さんが“目”に触れて、それで気付いたの」 リーナの話は続く。
「何を言っているのか、お母さんの目って?」翠はかぶりを周囲を見回した。
赤黒い樹々のふちが鈍く光っている。
ぼんやりした薄暗がりに彫りの深い人面像が鎮座している。
月山にこんな場所はない。
エミリアが身を乗り出す。
そして虎目石《タイガーアイ》を取り出した。
「メジメッシュのサーバーですね。
活きています。
誰が運営してるのかしら」それを聞いて翠は直感した。
「月山ってパワースポットよね。
力の源泉は…」石の模様が複雑に揺れ動く。
それをエミリアは読み取った。
「反応あり」人面像は赤黒く隈取られている。
リーナは熱病にうなされたように歩く。
そして人面像にひざまづく。
誰もいない空間に両手をさしのべる。
「お母さんは“お母さん”に戻らなければいけない。
私はまたここに帰るんだ。
でも、お父さんが戻らなければいいだけ。
だから、“目”に触れることはできない。
だから、私はここに戻るんだ。
でも、お母さんが戻った場所は――。
そうか」リーナはそう言って小さくため息をついた。
エミリアが虎目石を放り出した。
火傷するぐらい加熱している。
真っ白だ。
「私のお母さんって、お父さんに似たんだ」 リーナはそう言って目を伏せたが、翠は目の前のこの少女がなにを言いたいのか分かった。
「お母さんって、お父さんとお母さんが“目”に触れたことがないって、そう言う意味?」翠がタイガーアイを見やる。
「そう、ここに帰ってきたのはこれだけじゃないの……」 リーナは顔を上げて翠を見ると、「お父さんが“目”を通して帰ってきてきた。
お父さんが“目”に触れて戻ってきた。
その時、何の意味もなく――」翠は先ほどリーナと出会った場所を思いだした。
何かの意味があってあの場所を選んだのだろうと、それがリーナの意図であることを彼女は知っている。
リーナは先ほど翠に“お母さん”と呼んだ少女の言葉を頭の中で反芻していた。
「“目”が通ったことがあるって?」 確かにリーナは“目”に触れたことがあるのだと言った。
それは恐らく翠の思い込みではなく、実際に目の前にいたのが“目”だったのだろう。
「そうだ……ここに戻ってきたのも、この“目”で戻ってきた。
何か意味があったんじゃないの……」 リーナはそう言った。
「リーナ。
翠さん、逃げて下さい」エミリアは人面像めがけて護符を何枚も放り投げる。
「召喚ゲート?! まさかこんなところを通ってたなんて」翠はリーナのドレスを掴んで駆け出した。
●不正受給者「待って! なんか嫌な予感がして」リーナは自分の衣装をめくる。
膝に一つの印が描かれていた。
「あの人は何を見ていたの?」 リーナは頭の中を整理して考え直す。
「何を見ていたんだろう。
とにかく、ここへ帰ってこなくていいみたい」リーナはそう言って人面像を見上げる。
「貴女はここに来たことがあるのね?」翠は状況を推察した。
そしてリーナの紋様。
因縁深い何かがある。
「どこに行ったのかしら」記憶が眉の裏側に引っかかってむず痒い。
「何だったんだろう、あれは」「あれリーナは何を見られてたんだろう」 、と翠は立ち止まって人面像を見つめた。
リーナはつぶやいた。
「“目”の?はっ!」「あっ!思い出した!!」翠は目をぱちくりした。
「あー、なんだ、そっか。
そういうことだったんだ。
ああ、よかった。
これでもう大丈夫。
うん、解決よ。
安心して」翠は胸を押さえると大きく息をついた。
「なるほど。
なるほろ。
だからあんなに変な感じがしたわけかぁ。
ふーん。
それで、あの子の名前がそうなんだ」と納得する。
しかし次の瞬間には、翠は再び走り出していた。
リーナは追いかけながら叫ぶ。
声の限り叫んだつもりだが彼女の声は全く届いていないようだ。
何より翠の姿はすでにそこになかった。
彼女は風のような速さで坂を下っていった。
リーナは後を追おうとするエミリアを引き留めた。
今は一人で考える時間が必要だった。
坂の行き止まりに黒光りする石碑があった。
それは巨大な一枚岩で出来た塚だった。
苔一つ生えておらず表面がつるりとしている。
頂上まであと一メートル。
しかし翠はその石に触れることができなかった。
彼女は見えない壁に弾かれた。
結界か障壁魔法だろうか。
触れようとしても身体の前面をなぞるだけに終わるのだ。
後ろから近づいてくる人の気配がする。
リーナは振り返った。
エミリアが肩で息をしながら追いついてきた。
翠に何かあったのではないか。
心配したのだが、彼女の様子を見ているうちに、どうも違うことに思い至る。
エミリアの顔色はいつもどおりだし足取りもしゃんとしていた。
何より翠と一緒なのだ。
翠は何も答えない。
ただ黙々と歩き続けていた。
「ねぇ、これなにかな?」翠の指さす先をリーナは見る。
そこにも人面像があり、あの”目”が優しい光を灯していた。
そしてリーナは言った。
「そうか、そうか。
お母さんを探してたんだな、私に何かを見られてたんだな、あの人は」 翠が“目”を見て何かを言った。
」すると。
翠は「それはお母さんじゃないわ」「いいえ、お母さんは私のお母さんなの」 リーナが言葉を振り絞り、人面像の額を思いきり指でグリグリと突きながら言った。
「リーナ!しっかりして!!石が子供を産むわけないじゃない!」「“お母さん”という名前だったんだ。
なんで“お母さん”のことを誰も知らないんだろうね」リーナはそう言って笑う。
そして今度は翠のスカートにしがみついた。
「お母さん…」「ちょっと、リーナ。
あたしは翠よ。
お母さんじゃない!」すると、リーナの頭上に無数の光る球が現れた。
「“目”、“耳”、“肌”ここから出られないように、縛り上げて、消して……」リーナがそう言うと、それぞれの光球が光るのを見た後、その光の正体が頭の上から下の地面に流れた―しばらくの後、緑の光に包まれる。
「緑色、どうしてこんなに綺麗?」 リーナは光が晴れると、自分がさっきまでいた場所と、さらに奥の壁まで光っていた。
――どこまでも続く、緑の壁?「前からこの世界にいたの?」 リーナが尋ねる。
「ええ、」 翠は思い出したように答える。
「何度も考えたわ」「何をしていたの?」「何もしてないよ」 リーナは立ち止まる。
「言わなくてもいいのよ。
覚えていないと言えばいいのよ」。
翠は不思議に思った。
本当に覚えていないのであれば、あのパーティーに出かける意味があるのだろうか。
そして、リーナの紋章。
“私は何を見ていたんだろう?” リーナの紋章を見つめています。
人型は、膝に紋章が描かれている。
「リーナは私を見ていた」翠は思い出したように言った。
「そんなのありえないよ」 リーナはそう言ってから背を向けた。
「彼女が何を見ていたのか、覚えていないんでしょう?」翠は言った。
リーナは頷いた。
「彼女が何を見ていたのかは知らないけど、あなたに知られないようにすることが重要よ。
もし知ってしまったら、これから起こることからあなたを守ることができなくなってしまうから」翠は、自分の胸を指差し、「彼女はあなたを殺そうとしたわよね」と言った。
「それにしても、彼女について私が知っていたことが意外だった?」翠の言葉にリーナはうなずいた。
「うん」「私は、彼女と会ったことがある」その瞬間、翠は目をそらした。
しかしそれは一瞬であり、すぐにまた彼女をじっと見据える。
彼女は黙って話を聞いていた。
そして、静かに翠の手を取った。
その時の彼女はまるで少女のようにあどけなかったと 思う。
それからしばらくして口を開いた。
「リーナ。
騙されては駄目。
貴女は騙されているのよ。
偽の記憶を受け付けられてる。
あの石像は貴方のお母さんでも、生き物ですらない。
ただの魔道具。
呪われた石。
ここにあるのは王国の魔力を不正に搾取する装置。
レーキ帝が国民のために良かれと思って支給している数々の社会福祉を不正に受給している輩が設置したとおもう。
早くここを離れましょう。
そしてレーキ帝閣下にこのことを報告しなきゃ!」翠は早口にまくし立てると握られた手を引き抜こうとした。
だがリーナはその手に力を込めそれを阻止する。
ものすごい力だ。
「グォロロロ!」リーナの目が釣り上がり、口が歪んで牙を剥いた。
華奢な体が筋肉粒々になりドレスの背中が裂けた。
ブラのホックがパチンとはじけ、下着姿になる。
そのまま白いぼろ布を散らして毛むくじゃらになり、どんどん巨大化していく。
「リーナ!」翠は叫び手を離そうとするがびくともしない。
やがて翠は巨大な化け物の頭頂に座り込むことになった。
怪物の顔は人間に似通っており耳もついているが目の位置は異様に大きく不自然である。
彼女の顔の前では、大きな目玉が見開かれて、こちらを覗き込んでいる。
口の中には赤い肉の壁があり唾液で光っている。
「翠さん、これを!」エルフのエミリアは即興で戦闘呪文を唱え、翠の手元にレイピアを召喚した。
「リーナを殺せっていうの?」
「そうしないと、彼女まで感染してしまいます! お願いします」(仕方ない)「翠さん」とエミリア。
「大丈夫ですか? 正気に戻っていますか。
私のことは覚えていますね。
私がサポートに入ります。
攻撃呪文を使いながら援護するので頑張ってください。
翠さんの魔法力が尽きる前に決着をつけるのです!」「わ、わかった。
やってみる」「グアオオオアアーッ!」と獣の声をあげながら突進してきたリーナに、翠は呪文を詠唱する。
すると翠の周囲に風が巻き起こり彼女の体を浮き上げた。
そして次の瞬間にレイピアが振られ、 風の刃となって放たれていた。
「ハァ」彼女はほっとする。
しかしリーナは一瞬、身をひるがえすと空中に跳躍し翠めがけて襲い掛かる。
「うわっ!」翠は悲鳴を上げると落下しそうになる。
だが、その直前にまた風が巻き起こって彼女の体勢を立て直した。
翠は自分の体がふわりとしていることに驚く。
いつのまにか足下に草花や木の枝などが散らばっていた。
どう見ても幻覚だった。
再びレイピアが振るわれると風が起き、それが真空波となると、翠が放った以上の威力で放たれた。
空気中の分子と反応して、炎が生まれ爆散し煙が上がる。
それはたちまちのうちに広がっていく。
(すごい。
こんなことが私にできるなんて)「翠さーん。
まだです。
今、彼女が動きを止めました。
チャンスです!」エミリアの声で我に返った翠は、駆け出した。
(あの角を折らなきゃならないのに。
でも、今の私になら魔力でリーナを解呪できるかもしれない)彼女はジャンプした。
「リーナ! 貴方を殺すわけにはいかない。
正気に戻って!」そのときリーナの背後に巨大な白い雲が現れた。
そこから雷のような光が地上に突き刺されリーナに向かって落ちたとき、「グオアッ!?」彼女は苦痛のうめき声を上げながら吹き飛んだ。
「翠さん、早く! 今です!」とエミリアは叫ぶ。
「ああっ、でもだめかも」翠は人を殺した経験がない。
いや、旧世界の日本人なら殆どがそうだ。
人を殺めてはいけない、かけがえのない命、基本的人権。
そんな言葉で律せられている。
ましてやリーナは大切な同僚だ。
「絆」というキーワードに護られている。
「リーダーなら決断を下してください!」エミリアが声を嗄らして叫んだ。
●バックファイヤー●鼠の一声「ダメです!」明後日の方向から警告が入った。
前従業員の栗鼠だ。
寿退社したはずなのになぜここにいるのか。
山吹翠は戸惑った。
その一瞬の隙をついて身体を抱えられる。
ライムグリーンのドレスがめくれ奥の白い生地が露呈するが、気にする暇はない。
大柄な男性が軽い身のこなしで翠を抱え安全な場所に着地する。
その傍らに栗鼠がいる。
「リーダーなら前言貫徹してください!」と促し、隣の大男が叫ぶ。
「バックファイヤー効果だ。
あの時の説教をお忘れか?」「聖十字大僧正! そうか、頭ごなしに𠮟っちゃいけないんだ」そうなのだ。
得体の知れない力に操られた者を力づくで制御しようと試みればかえって破滅を招く。
翠は呼吸を整えて荒ぶるリーナを静かに諭し始めた。
「リーナ!聞いて。
あたしよ、わかるでしょ。
翠よ」翠はそっと抱き寄せて頭をなで始めた。
彼女は少し大人しくなったようだったが相変わらず凶暴化していた。
そして何かを言いかけていたが「グゥウウ……」とだけ言うと口を閉じ、やがて目を閉じた。
そして元の人の姿に戻ったが今度は眠ってしまったようだ。
栗鼠と聖十字大僧正はそれを確認して、ほっとして笑みを浮かべるのであった。
「夫婦お揃いでなぜこんな所へ?」エミリアがようやく口を開いた。
「不法侵入者を追って来たら、この付近で見失ってしまったのだよ」、と大僧正。
「また、兄の家に給付金が投げ込まれたの!」、と栗鼠がいう。
どうも月山界隈の民家にまた金塊が投げ込まれる事件が多発している。
それをこの二人は追いかけて来たのだ。
「それより、この方は?」栗鼠が尋ねる。
「あ、こちらは……」と説明しようとしたが、「翠さんの知り合いの山吹さんですよ」と横合いから遮るようにエミリアが割り込んだ。
翠はそのやりとりを聞いて違和感を感じたが、「そいつはどんな格好をしていましたか?」と夫婦に訊いてみた。
この二人はこのあたりの住民から、最近になって、謎の僧侶と魔女の姿をよく見かけるという噂を耳にしているのである。
栗鼠と大僧正は、自分たちも同じようなことを見かけたことを伝えた。
それから、二人同時に、こう言いだした。
―――まるで別人だ、と。
それを聞いた途端に、――やはり、そうだったのか。
と確信する。
だが今は、――そんなことは後回しよ。
「とにかく、その男の行方を捜しましょう。
何か手がかりになるかもしれませんわ」栗鼠夫婦の家を出た一行は、近くの公園に移動した。
そこでエミリアが提案したのは、魔法陣による追跡だった。
「実は先日、あの男が使っていたと思われる魔法陣を見つけましたの。
これで追えますわ」それは、二人が持っているペンダントと同じものだった。
三人は、公園の一角にあるベンチに腰掛けた。
翠は二人の前に立って説明を始める。
「まず、これから説明するやり方ですけど……」それから彼女は手短かに手順を説明した。
・魔法陣の上に立ち、魔力を流すこと。
・すると、周囲の風景がぐにゃりと歪み始め、気がつくと別の場所に移動していること。
・その場所には、何らかの痕跡が残っていること。
・ただし、場所によって痕跡の種類が違うため、どこで転移が起こったかを特定しなければならない。
「あの、それでしたら」とエミリアが口を挟んだ。
「翠さんが使った方が早いのでは?」「そうなんだけど」と翠は困った顔をした。
「これ、一人では使えないのよね」「え?」エミリアは意外そうに目を見張る。
「どうしてですか? だって、今まで一人きりで何度も試したって言ってたじゃないですか」「あ、うん。
でも、あの時は、他に人がいなかったの。
だから、どうしても必要だったの」「じゃあ、今回は……」と栗鼠は呟く。
「二人でやりましょう。
そうすれば早く済みますね」こうしてエミリアと栗鼠と翠は、公園の中央に集まって、例の魔法陣の上に立ったのである。
***(おかしい)(何か、嫌な予感がする)山吹翠は、魔法陣の中心に立った。
彼女の周囲にはエミリアと、栗鼠の大僧正が付き添っていた。
しかし奇妙なことがあった。
それは、翠自身が感じていたのだが……。
(エミリアが呪文を詠唱しない)そう、いつものように彼女は何もしない。
呪文を詠唱するのは、あくまでも栗鼠の役目なのだ。
「どうしたの? エミリア」と翠は囁いた。
「すみません」と栗鼠は謝る。
「でも、呪文を忘れてしまいました」「何ですって!」翠は仰天した。
呪文は厳しい精神修養をして脳裏に刻み込むものだ。
さもなくば咄嗟の戦闘で役に立たない。
ましてや転送魔法で呪文を忘れてしまったら帰れなくなる。
遭難防止の観点から魔法陣の呪文は出来るだけ平易で簡素で覚えやすく改良されている。
忘れるなどあり得ない。
しかも栗鼠はレベルの高い術者だ。
これはいったいどういうことだろう? 翠は戸惑った。
すると、エミリアが翠の袖を引っ張った。
「翠さん、あれを!」と指差す。
彼女の視線の先には……巨大なネズミがいた。
「キャーッ!」翠は悲鳴を上げた。
「ちょっと、やだぁ」「翠さん!しっかりしてください!」とエミリアが叫ぶ。
「こいつは幻覚です。
落ち着いてください」「えっ?」翠は周りを見た。
いつのまにか辺りの風景は一変している。
巨大な森に変わっていた。
そこには辺り一面、猫目石が落ちていた。
「こ、これは!?」「わかりませんが、ここは幻覚の世界です」エミリアが答える。
「気をつけて」と。
「幻覚の中には魔物が棲んでいることもありますから」「大丈夫よ」と翠が微笑んだとき、「キャハ!」という甲高い声が聞こえた。
「えっ?」エミリアは振り返る。
「なに?」翠も振り向いたが、その視界の端をかすめたものがあった。
エミリアと大僧正の背後には誰もいないはずだった。
ところがそこに人影が見えるではないか。
その人物は二人に襲いかかると、その腕を掴んだ。
(いけない!)翠はその人物を知っていた。
それは――(山伏!?)と彼女が思った時、大僧正が声を張り上げた。
「むん!」彼は錫杖を振ったのである。
大僧正の手を離れたそれは回転して勢いを増して襲ってきた人面像を叩き割った。
翠はそれを見て息を呑んだ。
なんと驚くべきことにそれはエミリアにそっくりな顔つきをしている。
しかも、彼女の背後にもう一人現れた。
それもまたエミリアの姿をしていた。
(どういうことなの?)翠が困惑している間にも、二人は次々に増えていき十人以上になった。
その全てが山伏姿だった。
彼らはエミリアと大僧正に次々と掴みかかってきたが、二人に敵う者はいないようだ。
あっという間に撃退された。
そして最後に残ったひとりが、こちらを向いて叫んだ。
「グハッ」と吐血した。
そして彼女は地面に崩れ落ちた。
その姿に山吹は見覚えがあった。
彼女は大僧正の妹である山吹翠だったのだ。
彼女は口から真っ赤な鮮血を流している。
大僧正は「翠!」と叫んだが遅かった。
既に事切れているようだ。
大僧正と栗鼠夫婦は死体の前で祈り始めた。
――「おぉ、翠よ」――「こんなことになるなんて、まさか思わなかったわ」翠は二人に声をかけたが、反応はなかった。
「ねぇ、あたしのこと見える?」二人は翠の問いを無視して、翠の死装束を脱がせたり、化粧箱から櫛を取り出したりした挙句、白木で出来た棺桶に収めてしまった。
さらに墓石の前に運んできて手を合わせる。
そしてようやく立ち上がった。
「この者は我々の責任です。
埋葬させていただきます」「あの、待って!」翠は呼び止めたが二人の耳には届かないようだった。
「お願い、せめて話をさせてください」だが二人は無視したまま墓を運び始めた。
「ごめんなさい」「あの人たちを恨まないで」翠は必死で訴えた。
――「いいんです」大僧正と栗鼠が揃って答えた。
「むしろ、ほっとしているぐらいですから」「ほっと?」と翠は聞き返した。
「あなたたちはあの人を殺せなかったんでしょう」と翠は聞いた。
栗鼠が黙って首を縦に振る。
「なぜですか?」大僧正は「私はもう年です」と言ったが栗鼠は何も言わなかった。
そして翠は気づいた。
「あの人は死んでないわ」翠が叫ぶ。
大僧正がそれを聞いて目を丸くしている。
「翠よ、何を言い出すのだ」「あの人が、そんな簡単に殺されるはずがないでしょう」翠の言葉に大僧正は、ぽかんと口を開けたまま何も言えずにいた。
栗鼠だけが口を開いた。
「あの方が死んだらどうなるのかしら?」彼女は不安げに言った。
「私たちはどうやって帰ればいいのかしら?」「それは……」と翠が言いかけたとき、突然地鳴りが始まった。
ゴツンゴツンという音が響き渡る。
大地が裂けるのがわかった。
やがて足元が大きく揺らぎ始める。
二人は悲鳴を上げて抱き合った。
「翠!」「お姉さま?」と二人は同時に言った。
「無事なのね?」「翠こそ、生きていたのですね」「ええ、何とか、ね」と翠が答えると「きゃーっ」と二人は悲痛な叫びをあげた。
「助けて」「大丈夫よ」と翠は言いながら、二人の手を取った。
「一緒に帰りましょう」「ええ」と栗鼠は嬉しげに応じた。
「あの方のおっしゃる通りね」「あの方は誰なの? お姉様」と山吹が尋ねた。
「それは――」と翠が言う前に「私よ」と声が響いた。
翠は驚きのあまり目を見開いた。
その瞬間、辺りの風景が歪む。
気がつくと元の公園に戻っていた。
魔法陣の上に立つ翠たちの周囲にも変化がある。
そこは先ほどまでいた公園ではなかった。
「ここはどこ?」と翠は呟いた。
「おそらく、あそこが目的地なのでしょう」とエミリアが答えた。
彼女の視線の先には……あの巨大なネズミが立っていた。
***「エミリア?」と翠はつぶやいた。
「どうしてここに?」エミリアは静かに首を振る。
「わかりません。
でも、あの方に呼ばれたような気がしました」「じゃあ、やっぱり?」と翠は尋ねる。
「ええ、間違いありません」エミリアが断定する。
「あの方とは、翠さんが話されていた『あの方』のことです」「でも、どうして? どうしてエミリアに呼びかけたの?」「それは……」エミリアは困った顔をした。
「すみません、わからないのです」「じゃあ、あの山伏は?あの人たちはどうしてあんなことをしたの?」「それは……」エミリアは困った顔をした。
「わかりません」「じゃあ、どうして?」と翠は質問を繰り返した。
「それは……」エミリアは困った顔をした。
「すみません、本当に知らないんです」「どうして?」と翠はしつこく尋ねた。
「えっと、それは――」エミリアは言葉を詰まらせた。
そのとき、巨大なネズミが声を発した。
「山吹翠、お前は我々を誤解している」「どういう意味?」と翠は問い返す。
「我々は、お前たち人間の敵ではない」とネズミは告げる。
「我々の敵は人間だ」「でも、あなたたちは、あたしたちを騙したんじゃないの?」と翠が反論すると、エミリアが慌てて口を挟んだ。
「翠さん、違います。
騙すつもりなら、わざわざ呼び出したりしません」「そうかもしれないけど」と翠は不満そうに唇を尖らせる。
「じゃあ、どうすればよかったっていうの?」「翠さん」とエミリアが翠をたしなめる。
「落ち着いてください」とエミリアは続ける。
「エミリアは知ってるの? あれの本当の目的」と翠がエミリアを見る。
エミリアは、一瞬躊躇してから答えた。
「いえ、まだ確信が持てなくて」――「エミリアさんよ、どうか翠さんを説得してください」大僧正が頼み込んだ。
「お願いします。
あの方を救えるのはあなただけなのです」「それは無理です」とエミリアが答える。
「な、何故だ? 貴女は魔法使いだろう」と大僧正が抗議する。
「ならば何故、あの方がお亡くなりになるのを阻止できなかったのですか」エミリアが押し黙った。
「それは――申し訳ありません」と彼女は謝ったが言葉が出てこなかった。
翠はその様子を見て察したようだ。
「それは、エミリアが知っていたのは、あの人が生きていることだけで」と翠が代わりに説明し始めた。
「詳しいことは知らなかったからよ」と彼女は言った。
「翠さんの言うとおりだと思います」とエミリアはうなずいた。
「だから私が責任を取って、ここに来たわけで」と彼女は続けた。
――エミリアの話を聞き終えたあと、大僧正は「なるほど」とうなずくと、「やはり翠の推測は正しいようだ」と感心した様子だった。
「私の考えが間違っていないと?」翠が確認した。
大僧正がうなずいてみせる。
「ああ」――エミリアは黙って大僧正と翠のやり取りを見守っている。
翠が、ふぅと小さく息を吐き出すと、「あのさ」と大僧正と栗鼠夫婦に声をかけた。
山伏夫婦が、何事かと翠を見た。
「あたしに、あなたの願いをかなえる方法があるんだけど、やってみる気はないかな」翠が唐突に提案した。
「何を言う」と大僧正は怒りを露わにした。
栗鼠も、そうだとばかりに声を上げた。
「私に、その力があれば、そもそも翠に頼らなかったはずですよ」だがエミリアが「お願いします」と懇願した。
山吹夫婦が驚いて彼女を見る。
「いいんです」とエミリアが微笑んだ。
「わかった」と翠がうなずき、二人の間に割って入った。
山吹は驚いたように翠を見上げた。
「本当なのですか?」と彼女が尋ねる。
「試してみる?」と翠は尋ねた。
山吹夫婦は黙って顔を見合わせたが「はい」と揃ってうなずいた。
――そして数分後。
山吹翠が大声で何かを言い出したのだが、残念なことによく聞こえなかった。
「翠!」とエミリアが呼びかけても彼女は無視していた。
やがて声は収まり、エミリアが翠の手を取る。
翠は振り返ると笑顔で応じてくれた。
「エミリア!」「良かった」と栗鼠が安堵した表情を見せる。
翠は栗鼠に抱きついた。
栗鼠もうろたえてはいたがしっかりと翠を抱き留めていた。
エミリアはそんな二人を見て、なぜか複雑な心境になった。
「翠、もう行きましょう」と彼女をうながした。
だが、翠は動こうとしない。
「ねえ、大僧正」と彼女に話しかけた。
「なんだ?」大僧正が怪しみながら答える。
「大僧正が、今度こそ、みんなを幸せにする方法を、ちゃんと考えるって約束してくれたら、あたしも考えてあげてもいいけど」翠の言葉に、大僧正が苦笑する。
「お前、何を言っておるかわかっとらんの」「大僧正」栗鼠が彼を遮る。
「お姉さまのおっしゃっているのは」とエミリアが口を開いたとき、栗鼠の声が被せられた。
――翠と栗鼠は、手を取り合い笑い合っていた。
だが突如として地響きが襲ってきた。
二人は手を放すと、それぞれ杖を構えた。
エミリアは呪文を唱え始めるが間に合わないようであった。
揺れはますます激しくなり立っていられないほどだった。
地面が激しく波打つ。
そのとき「やめろー」という怒声とともに何者かが現れた。
それは巨大な蛇のモンスターであるらしい。
「お前は……」と翠が叫ぶ。
「あのときの……」と栗鼠もつぶやく。
巨大な蛇の怪物は、翠たちに襲いかかろうとするが、エミリアの魔法に阻まれた。
「これは、どういうことだ?」と翠が叫んだ。
「あの方は……」とエミリアが答えたとき、地響きがおさまった。
そして、そこには、巨大なネズミが立っていた。
***「あの方が、なぜここに?」とエミリアが驚きのあまり目を大きく見開いた。
「あの方とは?」と翠が尋ねる。
「ええ、それは……」とエミリアが言いかけたとき、巨大なネズミが声を発した。
「山吹翠、私はお前の知っている者ではない」「えっ?」と翠が聞き返す。
「どういう意味?」「私は、かつてこの世界を救ったことがある」とネズミが言う。
「しかし、その代償は大きく、私は、二度と人前に出ることができなくなった」「でも、それじゃあ……」と翠が言いかけると、ネズミが「心配はいらない」と答えた。
「お前たちが私を必要としてくれる限り、私はお前たちの味方だ」「えっ?」と翠は戸惑った。
「どういう意味?」「私は、お前たちの敵ではない」とネズミが繰り返す。
そのとき、「待ってくれ」と、山伏が翠たちの会話に割り込んできた。
「俺の願いは叶えられたのか?」と彼は尋ねた。
「はい」とエミリアがうなずく。
「あなたは、翠さんのおかげで、救われました」「そうか」と山伏は満足げに答えた。
「これで安心して逝ける」「え?」と翠がつぶやいた。
「ちょっと、あんた、まさか……」「では、そろそろ時間だ」とネズミが告げた。
「待って」と翠が呼び止める。
「あたしはまだ何も……」「翠さん」とエミリアが翠を抱きしめた。
「ありがとうございました」と彼女が囁く。
「どうして?」と翠がエミリアの肩越しに尋ねる。
「あなたが、私たちを助けてくれなければ、私たちはここに来ることはできませんでした」とエミリアが答える。
「だって、あたしは……」と翠が言いかけて止めた。
――山吹夫婦が互いに寄り添っていた。
「翠」と大僧正が声をかける。
「翠」と栗鼠が翠を呼ぶ。
「お姉さま」とエミリアが翠を呼んだ。
翠は、三人の顔を見つめた。
「わかった」と翠がうなずき、エミリアから離れた。
「じゃあ、またね」と翠が別れを告げる。
「お元気で」とエミリアが告げる。
「達者でな」と山吹が告げる。
「お姉さま」と栗鼠が告げる。
「うん」と翠がうなずいた。
「さよなら」翠は、そう告げると歩き始めた。
「さようなら」とエミリアが告げる。
――エミリアは、翠の背中を見送った。
彼女の姿が見えなくなるまで、ずっとそうしていた。
「行ってしまいました」エミリアは誰に言うでもなく、そう呟いた。
「エミリア」と声をかけられて彼女は振り返る。
山吹大僧正が近づいてきた。
「どうかしましたか?」とエミリアは尋ねた。
「いいのかね」と大僧正が問いかける。
エミリアがうなずく。
――「さて、これからどうするかだな」と山吹が言った。
「エミリアさん、何かアイデアはありませんか?」と栗鼠が尋ねる。
「そうですね」エミリアは、少し考えてから話し始めた。
「とりあえずレーキ帝国には、もう戻りたくありません」と彼女は主張した。
「私も同感だ」と山吹が同意した。
――「お師匠様」と栗鼠が声を上げる。
「なんだ?」「私も一緒に行ってもいいでしょうか」「いいぞ」「エミリアは?」と大袈裟な口調で尋ねてくる栗鼠に対し、エミリアは静かにうなずいた。
――「お兄ちゃんも」と言いかけた栗鼠をエミリアが制止したのだが、「あのな」と栗鼠は諦めなかった。
――そして結局は、三人ともついていくことになってしまった。
――大僧正だけが、「まあ仕方あるまい」と言っただけだった。
「お父様!」突然聞こえてきた叫び声は間違いなく娘であるはずの声であった。
その声があまりにも緊迫していたため父は驚いて顔を上げたのだった。
だがすぐに顔の険を消すと、落ち着いた様子で尋ねた。
「いったい何事か?」すると声の調子を一段落とした声音がかえってくる。
「申し訳ありません、少々急ぎでしたもので」そして声の主、娘が言葉を継ぐ。
「ただ……」父の目が細くなる。
何やら言いにくいことのようだ。
「申せ、今はどんな情報も欲しい」そして急かすように言葉を足した。
「それに、お前がわざわざここまで足を運んだということは、それほどまでに重大な事態が発生したということであろう?」声は返ってこない。
だが、しばらくして意を決したかのような響きの声が続いた。
「……わかりました。
申し上げます。
実は、陛下が行方不明に」「なんだと!?」「お心当たりは?」「な、何を馬鹿な!私が王を置いて逃げ出すなど……」と慌てて立ち上がりかけ途中で思い直して座りなおした。
そして咳払いをし「とにかく詳しい説明をするがよい」と言うと、目の前の娘、いや王女に対して座るよう身振りをして促した。
王女は一瞬だけためらう仕草を見せ、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
だがそれでも表情に変化は見られない。
いつもならもっと感情が表に出やすいはずなのに……。
だがそんなことを考えている場合ではないと思い直し、「して、それは事実なのか?」と尋ねた。
王女が肯定したのを確認して父がさらに尋ねる。
「どこへ行くと言っていた?」やはり声はない。
しばらく待つと「…………へ」「なんだ?」よく聞こえずにもう一度聞き返した。
王女が今度ははっきりとした声で告げた。
「日本へ」……その途端、父の顔に明らかな狼の色が走ったのを見て王女の表情にかすかな緊張の色が浮かんだのは、それが初めてのことだったかもしれない。
「日本だと?」だが父はそれ以上追及する気はなさそうに、別の質問を投げかけることにしたようであった。
だが王女はすぐに答えることができなかった。
「なぜそんなことを?」という疑問をぶつけられたら答えることができたのだろうか?……王女は黙り込んだまま下を向いてしまっていた。
その様子を見て父が尋ねる。
「本当に知らないのか?」「は、はいっ」やっと反応らしい反応を示したもののその返答は明らかに嘘であった。
王は知っていたのだ。
自分が何をしようとしていたかを。
だからこそそれを邪魔しようと動き出したのではないか……。
だがそのことをここで明かすことはできないのだった。
それは、おそらくは死よりもつらい責め苦となって自分をさいなみ苦しめるだろうとわかっていたからである。
だからこの場を切り抜けるために考えねばならなかった。
どうやってごまかせばよいのかを。
……もちろん答えは出ないままだった。
「どうやら、私の勘違いだったようである」と、やや間があって王が答えた。
その声は落ち着いているように思えたが、どこか無理に平静を保っている感じもあった。
それが本音ではないとわかっているせいかもしれなかったが。
「そ、そうなんですの」と何とか相槌を打つことができたのは、自分の能力に少しばかり誇りを持つことができてきたせいなのだろう。
この国では、王族は生まれながらに人より秀でたものを持っていると信じられているから。
とはいえ自分の中にある自信が揺らいでいることも否定できなかった。
今のこの状況を作り出した張本人が自分でないと知ったら父は一体どういう顔をするだろうかと不安になる。
「ところで、そのことについて詳しく知りたいのだが」「ええっと……」「そうだな、ではこういうのはどうだ?」「え?」「私とお前の二人だけで話をしようではないか」「ええっ?」「何か問題でもあるのか?」「いえ……」「ならば早速行こうではないか」「ええっ?」「ほれ、早く」「ええっ?」こうして、王女は半ば強制的に連れ出されたのだった。
***「それで、どういうことだ?」王の口調は詰問するようであったが、王女はその声がかすかに揺れていることを感じ取っていた。
「申し上げられません」「どうして?」「申し上げる必要を認めておりません」王女としてはこれが精一杯である。
だが、これで納得できるとは思ってはいないし、できればこれ以上踏み込んでほしくないという気持ちは変わらなかった。
だが王は、娘の気持ちを理解した上で無視することにしたようだった。
「どうして?」再び繰り返される。
王女の顔に困惑の色が現れる。
どうしてこうも簡単に見破られてしまうのだろう。
やはり自分の考えていることはお見通しということか。
いや待て。
そこで一つ思いついたことがある。
今、自分が恐れているのは王がこのことを公表することではないのではないだろうかと。
もし王がこのことを誰かに告げ口したとして、それによって他の貴族が自分に対して敵意を抱いたとしてもかまわないと思うほどの決意で父を止めたはずだ。
そして、父もまた同じように決意していたとしたら。
そう考えることによって王女は一つの結論に達する。
王は知っているのではなかろうか。
王女の真の目的が別にあったということを。
そう思うと一気に気が楽になったような感じだった。
同時に先ほどまではなかった恐怖を感じるようになったのだったが、王女は気にしないように努力した。
「では、逆にお尋ねいたしますわ」「うむ」「何故お止めになったのですか?」すると、王は目を閉じた。
どう言えばいいか言葉を選んでいるかのように見えた。
「まずは、感謝すべきなのだろうな」そして、王はゆっくりと語り始めた。
……王は以前から日本のことを非常に気にしていた。
理由は色々あるが、中でも最も大きかったと思われるものは日本について書かれた書物が非常に少なかったからだと言われている。
特に歴史に関してはまったく皆無に近い状態であったと言えるかもしれない。
だが王はそれをさほど不自然には感じていなかったようだ。
確かにそういう民族がいるというのは昔から伝えられていた。
それに、王自身もそのような伝承については聞いたことがあったからである。
ただ問題はそれらの話が必ずしも事実に基づいたものではないということだった。
たとえば中国の歴史に登場する王、もしくは皇帝と呼ばれるような者たちが実在していたという証拠は何一つ残されていない。
また日本についても同じことである。
それらに関しての記述はすべて伝聞であり信憑性が低かったのだ。
だがその程度であっても王は真実を知りたいという願望を持っていたのは間違いない。
そのことに関する記憶もかなりはっきりしていたようで、王にとってそれらは空想ではなく現実の出来事のように思われるものだったらしい。
しかし残念なことに、この世界には日本に纏わる資料がほとんど存在していなかったのである。
そのため彼はその真相を知ることができず、もどかしい思いを抱え続けていたのだ。
だがそんな状況にあるときに、彼の元にとある情報がもたらされたのであった。
それは、日本の国が異世界に存在し、そこには勇者なる人物たちが存在しているというものである。
これを聞いたときの王の衝撃がどれ程のものであったかは想像もつかない。
何しろそれまでに一度も考えたことがなかったのだから当然だ。
だがその時の王の行動は実に早かった。
そして直ちにその情報を確かめようとしたのである。
そして、その方法は意外にも簡単かつ迅速に行うことが可能なものとなっていた。
つまり召喚術を行えばいいだけの話であったのだから。
***王は城の地下に広がる空間にいた。
周囲には無数の柱が立ち並び、その上には様々な色の魔法陣が浮かんで輝いている。
ここは、地下深くに作られた王専用の秘密工房だった。
といっても特別な装置が並んでいるわけではなく、ただ部屋の中央に石造りの儀式場があるだけなのだが。
王は、部屋の中心に立つと、静かに詠唱を始めた。
「…………」詠み手となる者の言葉に応じて魔素が集まり、やがて光の奔流となって王の体に降り注いだ。
光はさらに輝きを増すと徐々に形を成していく。
それは巨大な竜の姿を模り、まるで脈打つように全身を震わせた。
……それはこの世に存在する生物のうちで最大級の力を有するとされる魔物の一種に他ならなかった。
それ故にその力は強大で、その巨体を召喚することは、王といえども容易なことではなかったが、それでも成功させることができたのである。
それはまさに奇跡と呼ぶに相応しい出来事だった。
王は、儀式の成功を確信すると、静かに目を開いた。
そしてそこに現れた姿に驚きの声を上げる。
「な、なんだこれは?」それは、今まで見たこともない異様な姿をした生き物であった。
いや、正確にはその姿を見たことがないわけではない。
なぜならば、その生物の顔に見覚えがあったから。
……だがその生き物が、このような場所で王の前に現れるなどということはあり得ないことであった。
いや、そもそもその存在すら信じられないものである。
そのはずなのに……。
「なぜここにいるのだ?いや、そもそもなぜこんなものが召喚できたのだ?」王は混乱した様子だった。
それも仕方がないかもしれない。
彼でさえ、これほどのことが起こるなどと考えたことはなかったのだ。
だが、今起こっていることが紛れもない事実であることだけは確かだった。
「まあ、よい。
とにかく今は……」王が視線を向けた先には、一人の男が立っていた。
「誰だ!?」「私は……」男は答えようとしたが、王は途中で遮った。
「いや、待て!貴様はまさか!?」「ええ、そうです」「そんな馬鹿な……」「信じたくないのはわかりますが、事実なのです」「だが……」「あなたが王としての責務を果たす気なら、この事実を受け入れるべきでしょう」「……わかった」王はようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「して、何用かな?」「はい、実は……」「なるほど、よくぞ知らせてくれた。
礼を言う」「いえ」「では、すぐにでも行動に移るとしよう」「そうですね」「うむ」その時、エミリアが部屋に入ってきた。
「陛下!」「どうした?」「大変です!エルフたちが森の奥で大規模な戦闘を行っている模様です」「なんだと?」「しかも、かなりの数の兵士が参戦しているようです」「……よし、それでは出陣だ」「はい」王は、娘に声をかけた。
「お前も来るがよい」「は、はいっ」
***王女は、父の後をついていった。
もちろんその顔は緊張している。
自分の計画が失敗した以上、これからどういうことになるのかわからないのだから。
だが、その心配は無駄に終わることになった。
王は突然立ち止まると、振り返って言ったのだった。
「お前はもうよい」「え?」「後は私がやろう」「ええっ?」「安心するがよい。
責任は私が持つ」「ええっ?」「それと、これを持っていけ」王は、懐から小さな箱を取り出すと、それを王女に手渡した。
「これは?」「お守りのようなものだ。
持っていればきっと役に立つだろう。
持って行け」「ええっ?」「では、行くとするか」「は、はいっ」王は、再び歩き出す。
王女は慌ててその後を追った。
「あの、お父さま?」「ん?」「本当によろしいのですか?」「ああ、問題はない。
それに、あれを何とかできるのは私しかいないだろうからな」「えっ?」「では、始めるとしようか。
私の計画を実行する時が来たのだ……」「はい……」そして、二人は森の中へと消えていった。
―――そして、それから一時間程が過ぎた頃、戦場に新たな変化が起こった。
突如として、エルフたちの動きが鈍くなったのである。
「な、何が起きているんだ?」「さっぱりわかんねえよ」「何が起きてるっていうんだよ?」「誰か説明してくれよ」兵士の間に戸惑いが広がり始めた。
だが、そんな中にあっても戦い続ける者はいる。
そしてその中には当然のように勇者の姿もあったのである。
「くそっ、また増えやがった」「ちくしょう、一体どうなってんだ?」「知るか!とにかくこいつらを何とかしないと」「そうだな。
でもどうすりゃいいんだよ?」兵士たちは混乱していた。
それも無理のないことだろう。
何しろ敵の数が一向に減らないのだから。
それどころか、逆に増えているような気さえするのである。
このままでは、いずれ全滅してしまうだろうと思われた。
「くそっ、どうすりゃいいんだ?」「とにかく戦うしかないだろ」「ああ、そうだな」その時、誰かが叫んだ。
「おいっ、あれを見ろ!」見ると、森の向こうから巨大な影が現れるところだった。
それは竜の姿を模った魔物だった。
「な、なんだあれは?」「まさか、あれが魔王なのか?」「いや、違うだろ」「でも……」兵士たちの間に動揺が広がる中、竜は口から炎を吐き出した。
それは瞬く間に広がり戦場を包み込むと全てを焼き尽くしていく。
そして、その炎が収まった後には……「うわあっ!」「助けてくれーっ!」「熱いっ!熱いよっ!」兵士たちが燃え盛る炎の中で苦しみ悶えていた。
だが、彼らに助けを乞える者は誰もいない。
なぜなら、彼らは既に息絶えているからだった。
そして、竜は次の獲物を求めて再び動き始めるのだった。
だが「そこまでだっ!」突如、声が響く。
そして、どこからか放たれた光の矢が竜の体を貫いた。
その衝撃によって、竜はその場に倒れ伏す。
「大丈夫か!?」そう言って駆け寄ってきたのは、一人の青年だった。
彼はそのまま兵士の一人を抱え上げると安全な場所へと運んでいく。
それから再び戦場へと「大丈夫だ、あとは任せろ!」「ああ、頼むぞ」青年は頷くと、再び敵へと向かっていった。
彼の名前は佐藤康太という。
彼はこの世界に召喚された勇者の一人である。
その実力は凄まじく、彼一人で戦況を変えることができるほどだと言われていた。
実際、今も彼が参戦したことで劣勢だった状況が「おい、康太が来てくれたぞ!」「助かった!」「これで勝てるかもしれないぞ!」味方からは歓喜の声が上がり、敵からは動揺する声が上がる。
だが、それも無理のないことだろう。
なぜなら、康太の力は圧倒的であり、彼一人でも十分な戦力となり得るからだ。
しかも今回は、今までにない程の数の兵士が参加している。
つまり、戦力差は圧倒的と言えるはずだ。
***だが、戦いが始まってすぐにそれは間違いだったと気づかされた。
敵が強くなっていたのだ。
最初は互角の戦いを繰り広げていた彼らだったが、時間が経つにつれて劣勢になっていく。
その理由は明らかだった。
敵の中に明らかに強力な個体が現れたからだ。
その数は多く、しかもそれぞれが手強い相手であった。
そのため、次第に押され始めていくことになる。
***しかし、それでもまだ彼らは戦い続けていた。
だが、それも長くは続かなかった。
康太がその身と引き換えに敵の大半を屠り去ったからだ。
そして、その隙に他の兵士たちが態勢を立て直すことに成功した。
だが、まだ戦いが終わったわけではない。
むしろここからが本番と言えた。
「康太、その傷、大丈夫か?」
「大丈夫だ。
俺はまだ戦える」
青年、康太の言葉に味方たちは勇気づけられる。
敵が強大であっても、彼らはこの戦いを通じて新たな絆を結んでいた。
「そうだな。
皆、康太の言う通りだ!まだ我々は戦える!」
「そうだ!康太のためにも、我々は戦うぞ!」
そう、戦場に残った者たちは再び立ち上がる。
それぞれが持つ意志、想いを胸に、強大な敵に立ち向かう決意を固める。
「康太、お前の背中を見てるぞ」
「ああ、頼む」
康太はまだまだ戦い続ける決意を示し、再び戦場へと足を進める。
その背中は強く、力強く、彼らに希望を与える。
戦場には再び炎が舞い、兵士たちの絶叫が響く。
しかし、それらは康太には届かない。
彼はただ前へ、前へと進み続ける。
その姿はまるで一本の矢のように。
そして、再び彼の前に敵が立ちはだかる。
その敵の中には、さらに強大な力を持つ個体が見える。
しかし、康太は怯むことなく立ち向かう。
「よし、行くぞ!」
その言葉と共に、康太は再び光の矢を放つ。
その一瞬、戦場全体が静まり返る。
そして――
「うおおおおおおっ!」
その光の矢は敵を貫き、巨大な爆発を起こす。
その爆風は戦場全体を覆い、その中で康太の姿は見えなくなる。
しかし、彼らの中にあった絶望感は完全に消え去る。
それは、新たな希望が生まれた瞬間でもあったのだ。
それから、しばらくして……康太たちは、敵の大軍と戦っていた。
その数は膨大で、数えきれないほどだ。
だが、それでも彼らは戦うことをやめない。
なぜなら、この先に待っている未来を知っているから。
そして、そこには自分たちと同じような仲間がいると信じているからだ。
そして、またもや戦いが始まる。
康太たちの戦いはまだ始まったばかりなのだ。
戦いの最中、康太たちの目の前に一人の少女が現れる。
彼女は、かつて敵だった存在。
しかし、今は味方となっている。
少女の名前は「美緒……」美緒はその手に武器を持ちながら、康太たちに話しかけてくる。
「みんな! 私が来たよ!」彼女の手に持つ武器は、康太の持つものとよく似ている。
いや、同じと言っていいだろう。
それは、彼女が『光』の力を持っていることを意味している。
「美緒、よく来てくれたな」康太はそう言い、彼女に近づく。
すると、彼女は笑顔を見せながらこう言った。
「うん、私は大丈夫だよ。
それより、康太こそ大丈夫? 怪我とかしてない?」「俺は大丈夫だ。
心配してくれてありがとな」康太の言葉を聞き、美緒は安堵した表情を見せる。
そんな彼女を見ていた康太だったが、ふとあることに気がつく。
(ん? 美緒の後ろにいるあの子は誰なんだ?)康太は不思議そうな顔をしている。
なぜならば、彼の目に映るその少女の姿が、どうしても美緒と同一人物だとは思えなかったからだ。
「なあ、ちょっといいか?」「なに?」「その子は誰なんだ?」康太は少女の方を指差しながら尋ねる。
すると、少女は不機嫌そうな顔になり、康太を睨みつける。
そして、大きな声で叫んだ。
「誰があなたなんかに教えるもんか!」「え?」康太は驚いた顔をする。
そんな彼の様子を見た美緒は、慌てて少女を宥めようとする。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ね? ほら、康太も謝ってるし」しかし、少女は聞く耳を持たないようだ。
それどころかさらに怒りを募らせているように見える「うるさい! お前なんかに指図される筋合いはないんだよ!」「な、何よ、その言い方! 失礼じゃない!」美緒も負けじと言い返す。
だが、その言葉を聞いた少女は激昂したようだ。
「黙れ! このクソ女が! ああ、ムカつくぜ!」
「くっ、言わせておけば!」美緒は拳を握りしめ、少女に向かって突進する。
だが、少女はそれをひらりとかわすと、逆に美緒に殴りかかった。
「うわっ!?」美緒はその攻撃をまともに受けてしまい、地面に倒れ伏す。
そんな彼女を見下ろしながら少女は言った。
「ふん、ざまあみろ!」「このぉ……!」美緒は立ち上がり、再び少女に殴りかかる。
しかし、またしてもかわされてしまう。
そして、少女は美緒の隙を突いて反撃する。
「ぐあっ!?」今度はまともに攻撃を受けてしまい、美緒は再び地面に倒れ伏す。
だが、それでも諦めずに立ち上がろうとする。
だが、そんな彼女に向かって少女は容赦なく蹴りを入れた。
「がはっ!?」美緒は再び倒れ伏す。
そして、少女はそんな美緒を見下ろしながら言う。
「あははっ! ざまあみろ!」「ぐっ……」美緒は悔しそうな顔をしながら少女を見上げる。
だが、彼女の視線は少女ではなく「さあ、次はあんただよ!」少女は康太の方を向き、ニヤリと笑う。
しかし、康太は動揺する素振りも見せずに答える。
「ああ、構わないぞ」「え?」まさかそう返されるとは思っていなかったのだろう。
少女は驚きの表情を浮かべる。
だが、すぐに冷静さを取り戻すとこう言った。
「ふん、後悔しても知らないからね」少女はそう言うと、康太に向かって突っ込んでくる。
そして、そのまま殴りかかってきた。
だが、その攻撃はあまりにも単調で避けやすいものだった。
康太はそれを難なく避けると、逆にカウンターを決める。
「ぐあっ!?」少女は吹き飛ばされ、地面に倒れる。
そして、「くっ、このぉ!」すぐに立ち上がると、再び康太に向かってきた。
だが、何度やっても同じことだった。
「くらえっ!」少女は今度は蹴りを繰り出すが、それも簡単に避けられてしまう。
その後も何度も攻撃を仕掛けるが、その全てが失敗に終わる。
そしてついに力尽きたのか、その場に座り込んでしまった「はぁ、はぁ、なんで当たらないのよ」少女は肩で息をしながら康太を睨む。
だが、彼は涼しい顔をしているだけだった。
そして、ゆっくりと少女に近づいていった。
「ひっ!?」少女は怯えた表情を浮かべるが、逃げることはできなかった。
何故なら、腰が抜けてしまったからだ。
彼女はそれでも必死に逃げようとするが、体が言うこと「ねえ、もう諦めなよ」「うるさい!黙れ!」少女は怒鳴りながら立ち上がる。
だが、足元がふらついていて今にも倒れそうだ。
そんな彼女に向かって康太は手を伸ばす。
そして、その頭を掴んだ「な、何するの!?」少女は抵抗するが、全く歯が立たない。
康太「うるさい、黙れ!」康太は少女の頭を地面に叩きつける。
鈍い音が周囲に響く。
少女は苦しそうな呻き声を上げるが、それでも康太は手を緩めない。
何度も、何度も叩きつける。
やがて、少女は動かなくなる。
「ふう」康太は大きく息を吐くと、周囲を見渡す。
すると、「みんな、大丈夫か?」康太が声をかけると、仲間たちは次々と答えてくれる。
「ああ、大丈夫だ」「私も大丈夫よ」「僕も問題ないよ」「平気です!」仲間たちの無事を確認し、康太はホッとする。
そして、改めて周囲を見渡した。
そこは地獄絵図「おい、これは一体どういうことだ?」「わからない。
突然、みんながおかしくなったんだ」「私も何が何だかわからなくて……」康太たちは戸惑いを隠せない様子だった。
だが、いつまでもこうしてはいられない。
一刻も早くここから脱出しなければ……そう考えた時、突然周囲が光に包まれた。
そして、気がつくと康太たちは全く別の場所に立っていた。
「ここは……どこだ?」
康太の問いに誰も答えられない。
その周囲は白く、光が溢れている。
視界に入るのは無数のドア。
それぞれのドアには異なる象徴が描かれている。
「何これ……」
康太が呟くと、ドアの一つが光り、ゆっくりと開いた。
その先には、美しい花畑が広がっている。
「これは……」
美緒が驚きの声を上げる。
その花畑は彼女の故郷、祖母が大切にしていた庭に酷似していた。
「もしかして、これが……」
康太が言ったのは「家路への扉」。
そのドアは美緒の家路を示しているかもしれない。
「でも、どうしてこんなところに……」
彼らがその場で困惑していると、別のドアが開いた。
今度は康太が目を疑った。
そのドアの先には、彼が幼い頃に住んでいた家があった。
「これは……」
康太が目を見開く。
「家路への扉……」
他のメンバーも納得する。
それぞれのドアは彼らの家路を示している。
「だとしたら、これは俺たちがこの世界から帰るチャンスかもしれない」
康太がそう言うと、全員が彼を見つめる。
帰る。
その一言に、彼らは一瞬、希望を見た。
「でも、この世界のことは……」
一人の兵士が言い出すが、康太が首を振る。
「ここで戦い続けても、何も解決しない。
それよりも、一旦帰ってみんなで考えるべきだ」
その言葉に全員が頷いた。
そう、今は一旦立ち止まり、考えるべき時だ。
一つずつドアが開いていく。
それぞれのドアの先には、彼らの家が見える。
彼らは心を決め、そのドアをくぐった。
家路への扉が閉じるとき、彼らは一つだけ誓った。
この世界に再び召喚されたときは、今度こそ真の勇者として戦うと。
そして彼らは、それぞれの家路へと戻った。
戦場から逃れた彼ら「あれ? ここはどこだ?」康太は目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
そこは薄暗く、まるで洞窟の中のような雰囲気だった。
「俺は一体……」康太が状況を理解できずにいると、突然目の前に人影が現れた。
それは……「え? なんで美緒がいるの?」康太は「え? なんで康太がいるの?」二人は同時に叫んだ。
だが、すぐに我に返り、周囲を見渡す。
「ねえ、ここどこなの?」「俺にもわからない」康太と美緒はお互いの顔を見ながら話す。
すると、そこへ一人の男が現れた。
その男は長身で細身で「ようこそ、勇者様」男はそう言いながら、恭しく頭を下げた。
そして、再び顔を上げると自己紹介を始めた。
「私はこのダンジョンのマスターです」「ダンジョン?」康太が首を傾げると、美緒が口を開いた。
「ここは一体どこなんですか?」美緒の問いかけに、男は落ち着いた様子で答える。
「ここはダンジョンと呼ばれる場所です。
「ダンジョン?」康太が首を傾げると、美緒が口を開く。
「ここはどこなんですか?」美緒の問いかけに、男は落ち着いた様子で答える。
「ここは異世界です」(異世界?)康太と美緒は同時に心の中で呟いた。
だが、すぐに気を取り直して質問「異世界って、どういうことですか?」美緒が尋ねる。
すると、男は少し考え込んでから話し始めた。
「ここはあなた方がいた世界とは異なる世界なのです」「異なる世界?」康太と美緒は同時に首を傾げる。
すると、今度は美緒が尋ねた。
「どうして私たちがここにいるんですか?」男は少し考えて「それは私にもわかりません。
ですが、少なくとも私の仕業ではありません」「そうなんですか?」美緒が不思議そうに尋ねる。
すると、男は少し考えてから口を開いた。
「はい、信じてもらえないかもしれませんが……」康太と美緒は顔を見合わせる。
そして、康太が口を開いた。
「じゃあ、どうして俺たちはここにいるんだ?」「それはわかりません」男は申し訳なさそうに言う。
しかし、康太は諦めずにさらに質問を続ける。
「元の世界に帰る方法はあるのか?」「わかりません」男は首を横に振る。
だが、康太はさらに食い下がる。
「何か手がかりとかないのか?」「すみませんが、今は何も……」康太は「そうか、わかった」とうなだれた。
「八方手を尽くしてなすすべがないのなら仕方ない」やおらバスタードソードを構えた。
そして切っ先を男に向ける。
「お、おまえ、まさか?!」男の表情がこわばる。
「そうさ。
お前が一番恐れていた。
そして最も可能性が高いと考えて何度も何度も思い描いてきた展開だ。
単刀直入に言う!しね」「のわーっ!?」男はのけぞった。
「いきなり、何を言い出す? と言いたいのだろう」康太は笑った。
「ちょ、おま。
俺のセリフ」男は身構える。
その背後には邪悪な影が揺らめいている。
「そうだ。
お前は魔王だ。
死ねーっ!」康太は斬りかかった。
「ちょ、おま、やめ」男は剣をかわす。
だが、康太は次々と攻撃を加える。
魔王は防戦一方だ。
「やめろ、やめるんだ」「死ねーっ!」康太の一撃が魔王を襲う。
しかし、それは間一髪でかわされた。
カンッ!とバスタードソードが宙を舞う。
そして……。
「ぐはあっ!?」何ということだ。
剣は康太の額に深々と突き刺さっていた。
「……」康太は白目をむいて死んだ。
「はーっ、はーっ」魔王は肩で息をしている。
「ふう、危ないところだったぜ」額の汗を拭うと、康太の亡骸を見下ろした。
「でもまあ、これでようやく片付いたな」魔王は大きく息を吐いた。
そして、康太の亡骸に背を向けた。
「やっと死んだが。
黒魔王康太。
俺も魔王だ。
だが魔王は魔王でも正義の魔王。
白魔王なのだ。
俺は長い間お前を追っていた。
そしてようやく倒したのだ。
」そして、魔王は立ち去った。
エピローグ2「勇者様、ありがとう」旅の賢者が礼を言う。
「いえいえ、お役に立てて何よりです」と康太が答え、握手を交わした。
「これで魔王討伐の旅が終わりましたね」と美緒が言う。
「そうだな」と白魔王は微笑みながら頷きました。
「長かった旅もついに終わったんだ。
本当に感慨深いな」
美緒も満足そうな表情を見せました。
「でも、あの魔王の言葉が気になるわね。
彼は正義の魔王だって言ってたけど、本当にそうなのかしら」
賢者は考え込むような表情で話しました。
「魔王にもさまざまな存在があります。
正義の魔王というのも、一種のバランスを取るための存在として現れることがあるのかもしれません。
しかし、それは魔王自身の信念や行動によって判断されるものです」
白魔王は深く考え込みながら言葉を続けました。
「魔王の言葉には何か深い意味があるような気がする。
私たちがこの異世界に来る前に、何かが起きていたのかもしれない。
魔王が何を追っていたのか、それも気になるな」
美緒も納得したようにうなずきました。
「そうね、私たちがこの異世界に来るきっかけになった何かがあるはず。
でも、それはもう分からないのかもしれないわ」
白魔王は少し寂しげな表情を浮かべながら続けました。
「でも、少なくとも私たちはこの異世界で多くの経験をし、成長することができた。
勇者の旅は終わったけど、私たちの冒険はまだ続くんだ。
新たな目標を見つけて、新たな旅に出ようじゃないか」
美緒は笑顔で頷きました。
「そうね、私たちの物語はまだ終わらないわ。
新たな冒険が待っているはずよ」
そして、白魔王と美緒は手を取り合って新たな冒険の始まりを感じました。
彼らの心には希望と勇気が満ちていました。
この異世界での経験を胸に、彼らは未知の世界へと踏み出すのです。
「私たちはまだ冒険者なんだ。
どんな困難が待ち受けていようと、一緒に乗り越えていけるよね、美緒?」白魔王が問いかけると、美緒は微笑んで答えました。
「もちろん、白魔王。
私たちならきっと乗り越えられるわ。
新たな冒険に向かって、一歩ずつ進んでいきましょう」
二人は握手を交わし、心強い絆で結ばれました。
そして、新たな旅路へと歩みを進めるのでした。
彼らの冒険はまだ始まったばかりであり、数々の困難や謎が待ち受けることでしょう。
しかし、白魔王と美緒は互いを信じ、助け合いながら、新たなダンジョンや異世界の謎に立ち向かっていくのです。
彼らが果たす運命や新たな出会い、そして成長していく姿を描く物語は、まだ続いていくのでした。
終わり