「私がハルカよ!!」
ドンッ!
そんな効果音が聞こえてきそうな勢いと共に、1人の少女が現れる。
外見だけなら非常に可愛らしい少女だが、その仕草からは自信と誇りが溢れていた。
「……はい?」
ミオが首を傾げる。
ここは桃色青春高校の野球部のグラウンドだ。
当然、野球部員以外が立ち入ることはできない。
それなのに、目の前には1人の少女が立っている。
「えーと……。確か君は、スターライト学園の投手だったかな?」
たまらず、アイリが訊ねた。
すると、ハルカは胸を張って答える。
「その通り! 2年生で4番ピッチャーを任された、スーパースターよ!! そして、野球連合東京都支部の学生会長も務めているわ! そんな私がちんけな野球部を見に来てあげたんだから、感謝しなさい!!」
「は、はあ……」
ノゾミが微妙な顔をする。
ハルカの顔を知らないわけではない。
名門高校で大活躍する彼女は、確かに桃色青春高校野球部のメンバーから見て格上だ。
「えー……と」
ユイが言葉を選びながら、言う。
「あなたを呼んだ覚えはないのですが……」
「そんなの関係ないわ! せっかくこの私が来たんだから、光栄に思いなさい!!」
(なんなのですか、この人?)
ユイは思わず本音を漏らしそうになるが、なんとか堪えた。
「まあまあ。皆の衆、落ち着くでござる」
セツナがとりなすように言う。
「せっかく来てくれたんだ。歓迎すべきでござろう。ここは茶菓子でも……」
「あら? 気が利くじゃない! ありがたく頂くわ――って、何よこのマズそうなお菓子は!? こんなもの、誰が食べるっていうのよ!?」
「なっ!? そ、そこまで言われると傷付くでござる……」
準備したお茶菓子を酷評され、セツナが凹んだ。
ハルカがさらに続ける。
「フンッ! こんなショボい野球部で、よくやるわね!!」
「その辺にしておけよ。ハルカ」
ここでようやく、龍之介が止めに入った。
ハルカと旧知の間柄なのは彼だけなのだが、ここまでは様子を見ていたのだ。
「本当のことを言って、何が悪いの? 噂は聞いているわよ。学園長の肝いりとかで、最低限の設備を整えられたらしいけど……。まだまだ部員数も揃っていない。こんな環境じゃ、満足に練習だってできないでしょ」
「問題ない。野球ロボがいるからな。彼らが練習の補助をしてくれる」
「こんな出来立ての野球部じゃ、ロボの性能だって最低限に制限されてるでしょ? それじゃあ、とてもじゃないけど無理だわ」
ハルカが龍之介の言葉を突っぱねる。
そして、再び自信たっぷりに胸を張った。
「野球素人の女子選手たちに、最低レベルのロボ。こんなカスみたいな環境で練習するあんたたちが、哀れで仕方な――」
「お前、喧嘩を売りに来たのか?」
龍之介がドスを利かせた声を出す。
すると、ハルカがビクッと体を震わせた。
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。私とあんたの仲でしょ? 固い絆で結ばれたチームメイトで……」
「……『元』だろ? もう分かってるんだよ。お前がどういう人間かは」
龍之介はそう吐き捨てる。
彼は中学時代、ハルカと共に野球を頑張った。
中学大会で優勝した後に彼女へ告白したが、盛大に振られてしまったのだ。
激しい罵倒の言葉と共に。
あの時のショックは、今でも忘れられない。
ハルカは、思わせぶりな態度で弄んでいただけだったのだ。
龍之介はそのように感じ、野球から距離を置くことになった。
「俺をバカにするのはいいだろう。だが、愛するチームメイトをバカにすることは許さない。帰ってくれ」
「くう……! ふ、ふんっ! あんたなんか知らないっ!!」
ハルカは悔しそうな表情を浮かべると――踵を返した。
そして、グラウンドの出口へと去っていく。
その背中は、どこかションボリしているようにも見えた。
「帰ったか……」
「いったい、何をしにやって来たのでしょうか……?」
ミオが首を傾げる。
それは皆の疑問だった。
そこへ、1人の女性が現れる。
「……おや? ハルカ君はもう帰ったのか?」
「理事長? 珍しいじゃないですか。どうしてグラウンドに?」
現れたのは、桃色青春高校の女性理事長だった。
高校の知名度を上げるため、野球部に予算を割いている。
だが、野球技術については素人らしく、グラウンドに来ることは少なかった。
「ほら、今回の大会で野球部が悪くない成績を出しただろう? それが野球連合東京都支部に認められて、学生会長であるハルカ君が表敬訪問に来るって聞いていたんだよ」
「なるほど……」
女性理事長の言葉に、龍之介が頷く。
確かに今回の大会は、初出場としては好成績だった。
1回戦の大草原高校戦は、やや乱打戦となるも6対5で勝利。
2回戦のプリンセスガーディアン・ハイスクール戦は、投手戦となり3対2で勝利。
3回戦の大火熱血高校戦は、熱戦となり4対5で敗北。
ただ、その大火熱血高校は最終的に決勝まで勝ち上がり、春夏連覇を成し遂げているスターライト学園を相手に1点差で惜敗している。
実質的に見て、桃色青春高校は甲子園出場校レベルに達していると言えなくもない……かもしれない。
「それで? ただの物見遊山みたいな表敬訪問ですか?」
「いや、違うぞ。既存野球ロボの強化と、新たな野球ロボの導入が認められた。ハルカ君はその通達に来るという話だった。まぁ事務的な許可は既に下りているから、あくまで口頭による形式的な通達だがな」
「既存野球ロボの強化……ですか?」
アイリが訊ねる。
すると、理事長は頷いた。
「あぁ、そうだ。弱小野球部だと、ロボの性能は最低限中の最低限に抑えられているからね。今回の大会の成績で、少しは引き上げられることになった」
野球ロボは、あくまで人数不足を補うためのものである。
あまりにも高性能にしてしまうと、『人が出るよりもロボにやらせた方がいいじゃん』となる。
それは好ましくない。
一方で、桃色青春高校のように『人数不足ではあるが優秀な選手が揃っている』場合、あまりにも低性能なままとするのも良くない。
球技としての野球のバランスが崩れ、スポーツを通した青少年の健全な発達を阻害する可能性があるからだ。
そのため、野球ロボの性能はそれぞれの野球部に合わせて微調整がされることになっている。
基本的には低性能だが、その中でも多少の上下があるということだ。
「そういう訳で、これが既存野球ロボのリミット解除ボタンだ。――ポチッとな」
理事長が、どこからともなく取り出したボタンを押す。
すると、ロボ0号から9号までが光り輝き始めた。
「な、なんですか!?」
「眩しいですわ……!」
皆が驚く中、光が収まると――そこに新たな野球ロボの姿があった。
『ピピッ! リミッターの一部解除を確認。私の野球性能が更新されました。今後ともよろしくお願いします』
見た目は、これまでとあまり変わらない。
だが、性能が少しばかり向上している気配があった。
「すげえ……!? これが野球ロボの更新か……」
龍之介が呟く。
ちょっと性能が良くなったぐらいで、ミオの打撃やアイリの守備に及ぶわけではない。
しかし確実に、チームとしての穴は小さくなるはずだ。