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寒暖の差が少しずつ激しくなる10月。担任がいつものようにだるそうな声でSHRを始めた。
「えー…文化祭があります」
「「「ガッポォォイ!!」」」
心踊る言葉に一同は盛り上がる。文化祭。体育祭とは反対に文化芸術に関連する行事。盛り上がるモブどもと違って俺はやる気ゼロの興味なし。むしろ冬に備えてあとで親に冬着送ってくれと連絡するか考えていた。
「文化祭!!」
「ガッポイの来ました!!」
「何するか決めよー!!」
「いいんですか!?このご時世にお気楽じゃ!?」
「切島…変わっちまったな」
「でもそーだろ。敵隆盛のこの時期に!!」
切島の疑念は至極当然なこと。小耳に挟んだことだが、敵に襲撃されたUSJ直後の体育祭は反対な意見があったという。林間合宿襲撃後はオールマイトの引退以降に敵が活発化。ステインの思想賛成する者、敵連合の影響、死穢八斎會。そんな中で文化祭すんのはどうなんだと苦情がきてもおかしくはない。だが担任は切島の意見に待ったをかける。
「もっともな意見だ。しかし雄英もヒーロー科だけで回ってるワケじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとしたら文化祭は他のサポート科・普通科・経営科の生徒達が主役……注目度は体育祭の比にならんが、彼等にとって楽しみな催しなんだ。そして現状、全寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じてる者も少なからずいる」
「そう考えると…申し訳たたねェな……」
「あぁ。だからそう簡単に自粛とするワケにもいかないんだ。今年は例年とは異なり、ごく一部の関係者を除き学内だけでの文化祭になる。主役じゃないとは言ったが、決まりとして1クラス1つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」
そう言うと寝袋にこもったまま教室の隅で蹲って寝始めた。相変わらず自由な担任を慣れたようにクソ眼鏡とポニーテールが教卓に立つ。
「ここからはA組委員長飯田天哉が進行をつとめさせて頂きます!スムーズにまとめられるよう頑張ります!!では!まず出し物の候補を挙げていこう!希望のある者は挙手を!」
クソ眼鏡の言葉に複数の手が上がる。黒板に書き出される候補に頬をつきながら眺めた。
「一通り皆からの提案は出揃ったかな」
「不適切・実現不可・よくわからないものは消去させていただきますわ」
「あっ」
「無慈悲っ」
「は?」
黒板から実現不可のものは消された後、あっちこっちに意見が出るわ出るわでまとまらない。あっという間に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「実に非合理的な会だったな。お前ら、明日の朝までに決めておけ……決まらなかった場合………公開座学にする」
「「「公開座学!!」」」
「ただの勉強じゃん」
「冗談っしょぉ…」
「みんな!今日中に出し物決めようぜ!!」
「「「おぉ!!」」」
何が決まっても文句は言うまいとしていた爆豪でも、イベントなのに勉強すんのは嫌だと心底思った。
夜に文化祭の話の続きをしねぇかと誘われたが断った。人が多けりゃ決まらねぇし意見も出てくる。そんな無駄な時間過ごすわけねぇだろとその日は寝た。翌日、昨夜の話し合いで決まった出しもんはバンドとダンス。理由は他科へ何か貢献できないか、と胸糞悪い理由。
「ダンスの振り付けに衣装!色々決めないとねェ!!」
「どういうのが喜ばれるだろうか!!」
「やっぱ流行りのやつっしょ!なぁ!耳郎!!」
「んん」
能天気に花を飛ばすモブどもは知らない。ヒーロー志望のお人好しで良かれと思って決めたんだろうが、理由が理由なだけに人によったら傲慢だと捉えてしまうことを。
「なぁ聞いた?ヒーロー科A組、ライブやるんだって。俺たちの為に」
「私たちのためって何それ。自意識過剰なんじゃないの?」
「ほんといい気なものだよ。一回敵に襲われてるのに、のこのこ合宿なんか行ってまた襲われて。しかも怪我人まで出して。そのせいで俺らまで。振り回してる張本人なのによくもまぁ……」
ちいせぇ声で話してるつもりの普通科の話し声を拾う。だから嫌だったんだ。あぁいう奴らがいるから、ヒーロー精神のこいつらに虫唾が走ってしまう。誰も悪くねぇ。そう言っちまうのは簡単だ。だからってこっちの都合も知らねぇで好き勝手に言われんのもお門違い。文化祭の出しもんに文句はねぇ。理由がクソでも、こいつらが考えて出した結果だ。好き勝手言ったモブどもの顔を覚えた。今に見てろ。反骨精神叩き潰して恥かかせてやる。
「文化祭はちょうど一ヶ月後!時間もないし今日色々きめてしまいたい」
共同スペースで響くクソ眼鏡の声。学校で決まらなかった話を進めたいんだろ。カッタリィ。
「まずは楽曲を決めないとね!何にする?」
「俺、そういうの疎いからみんなの意見に従うよ」
「俺もだ」
「とにかくさ!おもてなしなんだから、なるべくみんなが知ってる曲をやるべきなんじゃね?やっぱノれるやつっしょ!」
「踊れるやつ〜!!」
「皆の意見をある程度総合すると、楽曲は4つ打ち系だよね。ニューレイヴ系のクラブロック。ダンスミュージックだと本当はEDMでまわした方がいいけど、皆は楽器やる気なんだよね?」
「「「はあ?」」」
聞き慣れない音楽用語に目が点になるモブども。置いてけぼりになってる奴らを無視して耳女が楽器できる奴は居るかと聞いても静寂だけが返事する。なんでこいつらバンドやるなんて言い出したんだ。バカだろ。CD流してダンスだけすればよかったんじゃねぇのかコレ。
「まず、バンドの骨子ってドラムなんだけどさ。ウチ、ギターメインでドラムは正直まだ練習中なのね。初心者に教えながらウチも練習しなきゃだと一ヶ月じゃ正直キツイ」
「……あ、つーかおまえ。昔音楽教室行かされてたっつってたじゃん」
「あ?」
「「「え〜〜〜意外!!!」」」
なんで上鳴がそんなこと知って………いや、話したわ。楽器を弾く動画を見せられてなんか楽器できる?と言われたから音楽教室に行かされてたって答えてた。けど話したのは合宿の時だったしよく覚えてんな。アホのくせに。
「爆豪ちょっとドラム叩いてみろよ」
「誰がやるかよ」
「かーなりムズいらしいぞ」
「……………」
しょうゆ顔達は耳女の部屋からドラムを運び出した。ドカリと設置された椅子に座り、ドラムの位置調節をする。イラついたまま最初にクラッシュシンバルを鳴らし、ハイハットとスネアドラムにキックペダルをテンポ早くソカのリズムで叩く。最後にクラッシュシンバルで鳴らしてシメ。
「あ?」
「か…完ペキ」
「すげェ」
「才能マンキタコレ!」
「爆豪ドラム決定だな!」
「あ?そんな下らねーことやんねェよ俺ァ」
ドラムなんて叩くだけだろ。乗り気にならねぇ誘いを断って椅子から立つ。喉乾いたから飲みもんを取りに離れる俺を耳女が呼び止める。
「爆豪お願い!つーかアンタがやってくれたら良いものになる!」
は?なんて言いやがった。良いものになる?驕るのも大概にしろ。
「なるハズねェだろ」
どいつもこいつもビクビクしやがって。顔色伺いして気色悪い。なんで俺が、低レベルのモブどもにおもてなししなきゃならねぇんだ。
「アレだろ?他の科のストレス発散みてーなお題目なんだろ。ストレスの原因がそんなもんやって自己満以外のなんだってんだ。ムカツク奴から素直に受け取るハズねェだろが」
「………」
「ちょっと…そんな言い方…」
「そういうのが馴れ合いだっつってんだよ」
「いやしかし…たしかに…配慮が足りなかったか…」
「話し合いに参加しねェで後から腐すなよ」
「ムカツクだろうが。俺たちだって好きで敵に転がされてんじゃねェ…!!」
ヒーローを目指したくて最難関である雄英に入学した。努力して掴み取った場所。ヒーローになるために挑んだのに異常発生が多発。好きで敵に襲われたんじゃない。好きで寮に入ったんじゃない。好きで迷惑かけたんじゃない。なんで自分が、なんで今年に限って。もううんざりするほど自己嫌悪に駆られ、自分を追い込んだ。それでも雄英にいるのはヒーローになるため。夢を叶えるために自分の意思でここにいる。
「なんでこっちが顔色伺わなきゃなんねぇ!!てめェらご機嫌取りのつもりなら辞めちまえ!!」
こいつらも理由がどうであれ雄英にいる。大怪我をした奴がいる。恐怖に陥った奴もいる。涙を流して自分を責めた奴がいる。怖くても奮い立たせた奴がいる。それでもヒーローになるべく頑張っている奴らを、赤の他人が貶すのは大間違いだろうが。
「殴るンだよ……!馴れ合いじゃなく殴り合い…!!やるならガチで………」
俺らはヒーロー科だ。他所の誹謗中傷、評価はヒーローになってからも付き纏う。だがそれがどうした。弱みを曝け出してみっともない。堂々としてりゃあいいんだよ。中途半端な気持ちでやるな。やるなら全力で。貶す奴をギャフンと言わせるモンを見せつければいい。どんな状況でも覆すのがヒーローだろうが。
「雄英全員、音で殺るぞ!!」
首を掻っ切って宣言する爆豪に、聞いていたA組がわぁ!と湧き立つ。
「「「バァァクゴォオオ!!」」」
「理屈がやばいけどやってくれるんだね!」
「ガチでだぞ!」
「分かった!ガチガチ!」
「素直じゃねぇなぁ!」
「俺はいつだってマジだ」
喝を入れた途端モブどもに囲まれた。鬱陶しい。いっぺんに喋んな邪魔だどけ!てか飲みもん取りに行かせろやクソモブども!!
その後補習組を加えて話し合い。やれ楽器が、やれ演出が。誰がどれにこれがしたいと盛り上がる。
「全役割決定だ!!!バンド隊!演出隊!!ダンス隊!!みんな!明日から忙しくなるぞ!!!」
「「「おぉぉ!!!」」」
深夜一時回った頃にやっと役割分担が決まった。ギターはアホ面。ベースに鳥頭。キーボードがポニーテール。ギターボーカルは耳女。このメンツで一ヶ月。まぁ経験者がいるからなんとかなるか。
「バンド名はスパークエレキッズなんてどうだ!!」
「夜間葬団」
「どうでもいい」
「A組全員で挑むという意味を込めて…Aバンドというのは…」
「それだ!」
もう解散でいいだろ。
欠伸を出しながら爆豪は部屋に戻った。
文化祭に向けてというがインターン組は補習、俺と半分野郎は仮免補講であまり他の奴らとの練習や話し合いはできない。時間がとれない上に曲が決まってねぇから練習もクソもねぇ。だから必然的に休憩時間にバンド隊が集まって話し合いをするだろうと思っていた。だがそれは杞憂に終わりそうだ。
「あれから考えたんだ。確かにウチらが良かれと思ってきたことって、単なる自己満足だったって」
手にしているファイルを強く握りしめながら耳女は語る。部屋に戻って俺が言っていたことを改めて考えさせられたこと。散々な目にあってもヒーローになりたいこと。音楽でA組や他の科も楽しませたいこと。本気で成功させたいと真剣に話した。
「だから全力しなきゃみんなに失礼だって気づいた。やるからには全力で楽しんでほしいし、嫌なことから忘れて笑ってほしい。だからこの曲をみんなとしたい」
渡されたファイルを開くとドラムの楽譜。曲名は『Hero too』。意味は、私もヒーロー。
「ダメ、かな……?」
「……やるからにはガチだ。分かってんだろうな」
「うん!じゃなきゃロックじゃないよ」
前と比べてマシになった心意気に口角が上がる。曲が決まってからはバンド隊はひたすら死ぬ気で練習。上鳴は初心者なのに一週間でコードを覚えた。耳女の教え方がいいってのもあるがやる気が違う。ギターに情熱注ぐなら勉強も力に入れてほしいところだが。
今週は仮免講習がなく、休日ってこともあって朝から練習漬け。適度な休憩を挟みながらドラムを叩く。文化祭成功させる気前は上等だがあいにく俺はガチ中。下手くそな奴いると怒りしか湧いてこねぇ。
「常闇ィ!!もっと音粒たたせろっつったろトリ頭!!そんなクソヘニャリフで雄英の奴ら耳ぶっ壊せるんか!?アア!?」
「粒立たせるとは!?」
「常闇、レッスン3のとこ」
「上鳴!!てめェも走ってんだよ俺に続けや!!」
「いや、おまえが勝手にアレンジすっから混乱すンだよ!!」
最初に比べて幾分かマシになってきたが幾分かだ。未だに自分の音に酔う奴と、初心者でコードを覚えたが合わせらねぇアホが足を引っ張る。怒りのあまりスティック折っちまったが、明日暇そうな教師を捕まえて自分用と弁償分のスティック買って耳女に返せば問題ないだろ。
「チィ!!」
「粒立たせる……難しいな…………」
「まぁまぁ。朝から練習漬けでしたし、今日はこれくらいにしましょう。今日は特別なお紅茶がありますの。よろしければ皆さん飲んでくださいまし」
「そうだね。もう遅いしこれくらいにしようか」
「む。では有り難く頂こう」
「八百万いつもありがと!!飲む飲む!な、爆豪!!」
「離れろやクソが。なんで俺まで」
いつの間にか陽が沈んで窓の外は暗くなっていた。首に手を回したアホ面を殴って楽器を片付ける。そのまま紅茶を飲むハメになり、座れるとこを探す。
「飲んだら部屋に戻るからな」
「今日はやけにカリカリすんじゃん。どうしたの?」
「………ここんとこ構ってやらねぇで拗ねてるやついっからその相手だ」
「もしかしてトビちゃん?俺相手したい!久しぶりにトビちゃんと遊びたいし!」
「ん。じゃあ頼むわ」
仮免講習にバンドの練習でトビとぐるぐるの相手してやれてない。元気があまりすぎてちょっかいかけに来る始末。服を隠したり部屋を散らかしたり。頭を突くわ裾を引っ張られるわ。カバンの中に入ったり、動かないようにされたりと。オビトの相棒だし無碍にできねぇのに鬱陶しすぎて野に返してやろうかと本気で考えるようになった。だからアホ面の言葉に頷いた。遊ぶ相手がいれば落ち着くだろ。
「トビちゃん?」
「あぁ、常闇知らないっけ。こいつ部屋に動物……動物?飼ってんだよ。常闇も見に来る?まじで動物か?って思う見た目してっから」
「ほう。それは見てみたい」
「あ?なんでテメェまで」
「いいじゃん!同じバンド隊仲良くしようぜ!な!」
「…………上鳴の部屋に連れてく。部屋で待ってろ」
「OK!常闇もそれでいい?」
「承知した」
紅茶を飲んでからトビとぐるぐるを毛布に包んで上鳴の部屋に行った。予想通り新しい玩具にじゃれつく二匹は楽しそうだ。
あ?元気すぎ?知らねぇよ。また気ぃ向いたら遊び相手頼むわ。
文化祭前日。A組は体育館で閉館ギリギリまで音楽、ダンス、演出の確認をしていた。
「ツー!トントンツー!トントンツー、パッ!!で、青山中央、緑谷ハケる」
「ウィ☆」
「ラジャ!」
「緑谷!!動きまだヌルいからグッ!!グッ!!意識!!」
「ラジャ!!」
楽器なしで中央にただ突っ立ってるだけの時間。正直暇だ。
「緊張して参りました」
「本番で変なアドリブしないでね?」
「あ?」
「混乱しちゃうから」
「言い方トゲあンな!」
「上鳴、おまえだけではないぞ」
少しアレンジしただけだろうが。本番はしねぇよ。うるせぇな。
「爆豪は緊張しねぇの?」
「しねぇよ。殺されるわけでもあるまいし」
「時々物騒なこと言うよねかっちゃん。慣れたけど」
「かっちゃん言うなアホ面。てか緊張する必要ねぇだろ」
殺気を浴びて、いつ殺されるかと命の危機に晒された地獄修行のおかげなのか緊張なんて今更しない。する必要もない。
「一ヶ月マジで練習したんだ。音楽なんて簡単に身につけれるわけねぇのにテメェは一週間でコードを覚えた。鳥頭も言われたことをちゃんと修正する努力をした。耳女がびっしり書いたアドバイスノートをヨレヨレになるまで練習したんだ」
俺も貰ったが、音楽に通じてるだけあって的確に書いていた。人によって内容が違うのは当たり前だが、分かりやすく纏めていたから驚いた。3人分で楽器も違う。なのにあんなびっしり書くのにどれぐらい時間を費やしたか想像したくない。それをこいつらは聞いて、メモを取って、試してまた聞いて。間近で見てきた分、こいつらがどれぐらい成長したのかも分かる。
「恥じることなんざねぇし胸を張れ。最初に比べて上達したんだ。コンセプトは変わらねぇ。音で殺る。その心意気だけあれば充分だろ」
そう言ったら何故かアホ面にどつかれ、鳥頭に恥ずかしい奴と言われた。ポニーテールは口に手を当てるし、耳女に目を見開かれた。なんだよ。俺は間違ったこと言ってねぇだろうが。
「モウ!ガルルル、9時ダロ!?生徒はァア”ア”ア”9時まデダロォ!!」
「やっべ帰りまーす」
明日はいよいよ文化祭本番。あのくそモブどもに目にもの見せてやる。
暗闇の中、幕が静かに開いてヤジと声援が飛ぶ。ステージでは拳を突き出して立つダンス隊と緊張を和らげるために息を細く吐き出すバンド隊。手元のスティックをくるりと回す。開始の合図はいつだってドラムから。
「いくぞコラァアア!!」
この日のためにマジで取り組んだ。モブどもの本気を、熱意を曝け出してやるのがドラム俺の役目。
「雄英全員、音で殺るぞ!!」
爆破と共に音の嵐。スポットライトがダンス隊とバンド隊を照らす。爆風が音を届け、観客の目はステージしか目に入らない。
「よろしくお願いしまァス!!!!」
ボーカルの耳女が高らかに叫ぶ。ダンスと今までにない演出。透き通る歌声と音楽にモブどもが口を開いて盛り上がる。その様を、ドラムを叩きながら眺める。
『一人は寂しいよ』
ガキの頃、誰かに言われた言葉。今でも人が多いは嫌いだ。触れられんのも吐き気するほど嫌いだ。協力なんて尚更。仲良しこよしなんて反吐が出る。人の心なんて見えやしない。傍に置くのは従順に従って動いてくれる信用できる奴と、いつでも切り捨てれる信頼ある奴だけ。信用するな。信頼を置くな。線引きして優位に立つのは己だけだとあの人は言った。信頼するのはオビトとオビトの相棒二匹に親だけ。それでいいと今でも思ってる。それに俺は一人じゃない。このステージにいる時点で誰が孤独なんだと問い掛けたい。
『成長したな』
入寮するときに担任に言われたこと。あん時は己が強くなってるか弱くなってるだけだと告げた。今なら前の自分より変わったって言える。それが成長したのかは分かんねぇ。けどこいつらを焚き付けるぐらいには弱くなったと思う。
「 Yeah, I’ll be! 」
人に言っといて耳女がアドリブをした。感情昂ってるのは観客だけじゃなく耳女も同じらしい。それでもいいかと思うのは変化してる証拠。なぁオビト。今の俺を見てアンタは腑抜けだと、しょうがねぇなと笑うだろうか。
紙吹雪と紙テープが舞っていくのを、赤い目が眩しそうに細めた。
余韻に浸る間もなく次の組に明け渡すため、急いでセットを片付ける。演出のために出した半分野郎の氷を分解して屋外にある手洗い場に貯めこむ。成功が失敗かと問われれば間違いなく成功だろう。目に入ったモブどもの顔を見りゃ、補講にいたガキどもみてぇにはしゃいでいたから成功だわ。
「爆豪お願い!」
「俺をこき使うたァいい度胸だな…じゃんじゃん氷持ってこいや!」
両手を火花散らして氷を溶かす。別の区画で半分野郎も火で溶かしていた。なんで俺が後始末しなきゃなんねぇんだ。イライラしながら氷を溶かしていると、小休憩なのか体育館からわらわらとモブどもが出てくる。
「A組!!」
「楽しませてもらったよー」
「わっ!!やったァあざっス!!」
モブどもの言葉に切島が嬉しそうに返事をした。
「ああ…楽しかった。良かったよ」
目をつけていたリーゼント野郎が顔を出す。傍にあの女もいた。爆豪の目が二人を捉えていると、2人は俯いていた顔をくしゃりと顰めて口を開く。
「ごめん!」
「こき下ろすつもりで見てた!ホントにすまん!」
謝罪を吐いて逃げるように去っていったリーゼントとツインテールの姿に勝ち誇る。
「うし、これで全部か」
玉がいつにも増して氷を持ってくっから捗ったな。やっと終わったと息を吐いていると声をかけられる。
謝罪を吐いて逃げるように去っていったリーゼントとツインテールの姿に勝ち誇る。
「うし、これで全部か」
玉がいつにも増して氷を持ってくっから捗ったな。やっと終わったと息を吐いていると声をかけられる。
「終わった?」
「あぁ……、………?」
待て。誰に声をかけられた?
疑問を浮かんだが小さい手が触れたことで吹っ飛ぶ。隣を見ると頬に紫のテープみたいなペイントをした、見たことがある茶髪の子どもがいた。
「じゃあ一緒にまわろ」
ニコリと笑って手を引かれるままその場を去る。
「なぁ爆豪!お前も一緒にミスコン……て、あれ?爆豪は?」
「さっきまではそこにいたんだけど何処行ったんだろ」
「まぁ何処かで会えるだろ。先行こうぜ!」
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ガキの頃、オビトと親に1人になるなと口酸っぱく言われたことがある。なんでかは知らない。山や海、夕暮れ時の細道や神社、彼岸やお盆の時期は必ずオビトか親のそばにいるようにと言われた。お祭りなんて特にそうだ。
赤い提灯が道と屋台を照らし、美味しそうな匂いが風に乗って腹を空かせる。賑わう人と音に、邪魔にならないところで1人突っ立っていた。親父と手を繋いでいた。どれだけ嫌だと言っても絶対手を離すなとババアが怒りを2割増して言われてたのに。いつの間にか1人になる。何故か手を繋いでいても俺だけが取り残される。
声をかけられても無視すること。知り合いが来るまで動かずじっとしていること。どれだけ話しかけられても、心配されても無視した。そうするようにって言われていたがいつからか、陽が沈む時間帯に女がいるようになった。
「一人は寂しいよ」
祭りなのにどことなくオビトが着ているような変わった服。頬に紫のテープみたいなペイントをした茶髪の女。祭りで1人の時、もうすぐ陽が沈みそうな時間帯に何故か隣にいた。
「ねぇ」
反応しないように地面を見てやり過ごす。そうすれば、親が来てくれる。
「私、君と話がしたいの」
親が来たら隣にいた女がいなくなるから無視した。祭りで1人になった時に現れるソイツは中1まで続いた。それから地獄の修行と雄英に入ってから色々あって今まで忘れていた。だから驚いた。出会った時から変わらない姿に。手を引くコイツに。不思議と大丈夫だと警戒も不愉快も抱かなかった。
「ミスコンって凄いね。いろんな人がいて面白かったけど、私はふわふわ浮いてた人が一番綺麗だったな。君は誰がよかった?」
「興味ねぇ。人は人だろ」
「もうちょっと人に興味持ってよ」
子どもに手を繋がれたまま文化祭をまわる。ニコニコ笑う子どもとは逆で俺は無表情のまま。疑問は浮かぶし、怒鳴りたい言葉もある。けど言葉に出さないのは、目の前の子どもが楽しそうだから。ただ、それだけだ。
「あ、お腹空かない?何か食べる?」
「腹は減ってねぇ」
「そう?お腹空いたり、喉乾いたりしたらちゃんと言ってね。私には分かんないから絶対だよ」
「わぁったよ」
構内図もパンプレットもなしに行き当たりばったりで校舎をまわる。さすが雄英といったところか。金のかけ方が違うのか割と凝ったものが多い。
「ねぇねぇお化け屋敷あるよ!」
「お化け屋敷?」
いかにもといった建物の看板に心霊迷宮と書かれていた。心霊迷宮を体験したモブども曰く本格的すぎて怖い、甘く見てた、普通科が普通じゃないなど。肝試しとかホラーものは正直苦い記憶しかないが子どもはアレ行こ!と手を引かれるまま受付を済ましてしまった。
入ってからまずナレーションの音声が流れる。設定は50年前にある一家が凄惨な死を遂げた。殺人犯は一家を殺した後に捕まったが牢獄で謎の死を迎えたと。
『50年経った今でも、なぜか長男の死体だけは見つかっていない………。空き家のはずが、なぜか人のいる気配がすると近所の人は言う……』
意味ありげなナレーションを聞きながら軋む床を歩く。壁には子供が書いたような拙い落書き。何故か落ちている血が付着している斧。床には時間経過を物語る積もった埃と、床だけでなく壁にも埋め尽くす赤ん坊の赤い手形。
「な、なんだか怖くなってきた」
「ただの作りもんだろ」
繋いだ手が痛いぐらい握られるのも構わず歩いていると古時計からボーン、ボーンと薄暗い廊下に響く。聞き間違いか、古時計から赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「もう、無理…怖い……」
「痛いんだが?」
「早く、早く出よ…」
「無視か?」
骨が軋むぐらい強く握られる。早く、早く、と盾にされながら歩いていると天井からポタ、と赤いものが落ちてきた。
「ひっ!」
ポタ、ポタ、ポタポタポタ………。
天井から滴り落ちるほどの大量の血痕。誰もいないはずの空き家。これまで不気味な道と不穏なナレーションに恐怖を抱かせるには十分だったが、天井から滴り落ちる大量の血に更に恐怖が募っていく。ポタ、と最後の血が落ちると天井から大きな音と共に影が落ちる。
「オレヲ、ココカラツレダシテクレ……」
「キャアアアアアアア!!!」
「ぐふっ!」
恐怖のあまり子どもは爆豪に力強く抱きつく。子どもとは思えない腕力に、締め付けられた爆豪は驚きより先に痛みの方が勝る。なんとかもがいて脱出し、ぶら下がっている影を改めて見ると見知った顔。
「へぇ……てめぇが長男か?様になってんな」
影の正体は、体育祭前にA組に宣戦布告しにきた普通科の心操。
頭から血を被った普通科のモブは、前にあった時よりだいぶ鍛えてんなと割れた腹筋見て思った。
「……もっと驚いてほしかったな」
「あいにく人の気配に敏感でな。驚くことはねぇんだわ」
「……そうですか」
マシになったが今でも気配に敏感で苦労する。昔はそのせいで何度も吐いたことがあったがそれは過去の話。害がなかったら無視するが、それでも何処に誰がいるのか気を張ってしまうのは悪い癖。
「こ、怖かったぁ……」
「いつまでしがみついてんだ。歩き辛ぇんだよ」
「む、むり。出口までこのままお願いっ!」
落ち着きを見せた子どもは、爆豪の体に回した手を腕に移る。それでもまだ怖いのかぎゅうぎゅうしがみつく子どもにため息吐く。
「はぁ。そういうことだから俺ら行くわ。中々面白かったぜ」
「お、おう………?」
心操は困惑したまま爆豪を見送る。出口まで腕にしがみつかれたまま爆豪はなんてことないように心霊迷宮を完走。あの爆豪に一泡吹かせてやるつもりで意気込んだC組は落胆し、次に備えて準備に取り掛かった。
「お化け屋敷初めてだったけどあんなに怖いんだね。びっくりしたけど楽しかった」
「ほんとかよ。ほとんど目ぇ瞑ってたじゃねぇか」
「仕方ないでしょ。ほんとに怖かったんだから」
作り込みは確かに凄かったのは認める。怖いか?と言われると隣で馬鹿力で握る奴がいたから恐怖より痛いが勝つ。騒ぐ奴見ると自分が冷静になると言ったのは誰だったか。まさしくその通りだった。
「ねぇ、あの人集りなんだろ?」
「ぁあ?」
一定の場所にワー!ワー!と騒ぐモブども。ゴテゴテしたステージにちょうど尻尾が走り出したのが見えた。
「アスレチックっぽいな」
「うわぁ面白そう。やってみてよ」
「なんで俺が」
「No. 1ヒーローになるんでしょ?このくらいできなきゃ1番になれないよ」
「……………」
さっきまで震えてたのが嘘のように、決まり!とにこやかに手を引かれる。コイツにNo. 1ヒーローになるなんて言ったことねぇのになんで知ってやがる。やっぱ不気味だ。受付を済ませてスタート地点に立つ。がんばれ〜!と呑気に応援する子どもに苛立って仕方ない。
「お!次爆豪が挑戦すんのか!」
「ほんとだ」
「爆豪の記録どうなるか賭ける?近い方が次の屋台で全員分驕り」
「15秒以下」
「それはズル。俺12秒〜」
「じゃあ7秒で」
見知ったイエロー集団。好き勝手に賭け事されるが無視。手足を伸ばして走り出すために構える。
「それじゃあ行きますよ〜。よーい………スタート!!」
合図とともに駆け出す。障害物を越えて急角度の壁をなんなく登り、設置されたボタンを押す。表示された結果は10秒。受付で見てきた1位の記録は5秒。ッチ!と舌打ちして子どものとこに戻る。
「凄い凄い!忍みたいだったよ!」
「こんなん凄くないわ」
「謙遜しないで。惜しかったけどカッコよかったよ」
じゃあ次行こ、とまた小さい手に繋がれる。自分の力量は分かってる。俺程度の力じゃ追いつきたいレベルに達してない。他人に褒められても馬鹿にしてんのかと怒りしか湧かない。俺が目指す背は、姿はこんなもんじゃないのに、この子どもの賞賛はすんなりと入る。
「おい」
「ん?」
「腹減った」
「分かった。じゃあ屋台見てまわろっか」
屋台はそれなりに繁盛していた。たらこ唇と触手が何故かたこ焼きの屋台で販売してたのが気になったが、まぁ他人事だし触れなかった。腹を満たし、無駄な造形をした飲み物を飲む。隣にいる子どもは何も口にしない。食うか?と言ってもいらないよと返される。美味しい?と言葉を発するだけ。よく分かんねぇ奴。屋台ブースを歩いていると訳ありのガキを連れた教師とモブどもにばったり会う。
「あら爆豪ちゃん。切島ちゃん達はどうしたの?」
「あ?なんでクソ髪が出てくる」
「だって爆豪ちゃん。いつも切島ちゃんや上鳴ちゃん、瀬呂ちゃん達といるイメージがあるもの」
「うんうん」
キメェこと言うな!と怒鳴ろうとした時、訳ありのガキがポツリと溢す言葉によって呑み込んだ。
「おねえさんは、だれ………?」
「ん?」
「あ?」
「え、エリちゃん!?」
「ぶふっ!お、お姉さんって……」
「確かに美人さんだもんね!女の人と見間違えるのは分かるよ!でも男の人だからお姉さんじゃなくてお兄さんだね!」
なんかキメェこと言われたが爆破してもいいだろうか。ガキが赤い目でじっと見上くる。横目で隣を見ると、訳ありのガキに合わせてしゃがんだ。
「ふふ、初めまして。私だからよかったけど、知らない人に声をかけちゃダメよ」
「……?」
「ごめんね。私のことは内緒にしてて。きっとその方が君は助かるから」
「……わかった」
「偉い偉い。私達もう行くね。バイバイ」
あのまま駄弁ることせず校舎に向かう。あの訳ありのガキに子守りなんて真っ平ごめんだ。インターン組が救出した可哀想な子ども。不思議な雰囲気を持つあのガキに、この先付き合っていくことになるかもしれないと何故かそう思った。
展示、カフェ、催し物、変わった物など見てまわった。サポート科の熱意とか、射的で大人気ない教師が本気を出したりとか。我が強いと個性的なものが多いなと改めて雄英がどういうとこなのか認識した。
「楽しかった!ね!」
もうすぐ日が暮れる。一通り見てまわったからそろそろこっちの問題も片づけねぇと。
「………なぁ」
「ん?何?」
「てめぇは…一体何モンだ」
「…………」
「ガキの頃からそうだ。お前、ほんと何がしたいんだよ」
勝手に話しかけてきていなくなって、また現れてきたと思ったら文化祭楽しんで。何がしたいのか、なんで俺の前に現れるんだとか色々考えたが結局分からないまま。
「そう、だね……時間もあまりないし」
「……時間?」
「ほんとはね、私、ずっと前から君と話がしてみたかったの」
俺はコイツのことを何も知らない。名前も、家族も、何もかも。ただ祭りの時に現れる変な奴。唯一知ってるのは繋がれた小さい手がずっと冷たいということだけ。
「場所を変えよっか」
子どもの言うことは、あまり理解できなかった。
「ずっと話してみたかった。彼が見込んだ子を、認めた君を直接会ってどんな子なのか確かめたかった」
陽が暮れて、空と地上が赤く染まる。
「私達はすれ違いばかりでお別れしちゃったから、君はどうかなって心配だったの。彼のことどう思ってるんだろうとか、嫌われてないかなっとか色々。でも君をみてる限りそんなことないって分かったわ。むしろ彼のことが好きなんだって安心した」
多分、いや、この子どもの言う彼はオビトのことだ。なんでオビトのことを知ってるんだと問いかけたい。だが口から吐き出したのは空気だけだった。
「ほんとはいけないことだけど、偉い神様に何度もお願いしてここに来たんだよ!私が話しかけてもずっと無視するんだもん。まぁ確かに知らない人なんだろうけど、彼が君にここまで過保護だと思わなかったな。でもそれぐらい大事にしてるんだって知って嬉しくなっちゃった」
ふふ、と会ってから変わらない笑顔。ブラウンの目が細める。
「もう一人ぼっちじゃなくてよかった」
「は?」
冷たい風が吹き抜ける。
「私達は諦めちゃったけど、君は諦めちゃダメだよ。夢も、生きることも、負けそうになっても諦めないでね」
諭すように話す子どもに鼻で笑い飛ばす。諦める?俺が?冗談やめろや。
「諦めねぇよ。俺はNo. 1ヒーローになる男だ。ガキの頃からヒーローになることを夢見てた。それに俺の夢を応援してくれる人がいる。諦めるなと言ってくれた人がいる。どんなことがあっても諦めるわけねぇだろ」
諦めが悪いのはオビトのお墨付き。俺の戦闘スタイルは眉を顰められる。だがそれがどうした。勝てればいい。No. 1ヒーローになればオビトがつけてくれた力も認めてくれる。ヒーローになるためにここまできたのにリタイアなんてするか。
「彼が君に目をかけたの分かった気がする」
「約束だよ」
強い風に吹かれて思わず目を閉じる。次に開けた時には誰もおらず、木の葉だけが舞う。
結局あの子どものことは分からないまま、いろいろあった文化祭は平和に幕を閉じた。
22
No. 1ヒーローになった炎を纏うヒーローを画面越しで見ていた。
『 俺を見ていてくれ 』
その言葉を吐いて口を閉ざしたNo. 1ヒーロー、エンデヴァー。前に見かけた姿とは異なり、憑きものが落ちた顔つきと堂々たる風格。長年の夢を叶えたヒーローはどんな思いであの場所に立っているんだろうか。
《クゥア?》
「なんでもねぇよ」
拍手の音しか流さない映像に、見る気が失せて電源を落とした。
今日はいつもより浮き足立つA組。寒さが近づいてきた頃、各々戦闘服を冬仕様に変えて運動場γに向かう。
「おー!冬仕様カッケェな爆豪!!」
「寄るなクソ髪。見ててさみぃんだよ」
「爆豪って見た目によらず寒がりだもんな。切島は寒くねぇの?」
「動けば寒くねぇ!!」
「でたぁ漢気。俺も冬仕様に変えよっかな」
爆豪も例外なく冬仕様に変更していた。長袖に発汗機能がついた耐寒仕様。冬は夏に比べて汗が出にくいため発汗機能を追加。各々冬仕様に変えた戦闘服を自慢しあっているのに対し、寒がりな爆豪は興味なく首元のネックに顔を沈める。
「!かっちゃんも変えてる」
「……文句あんのか」
「そのスーツ…防寒発熱機能付き?汗腺が武器のかっちゃんにとってとても理に適った変更で素晴らしいと思う」
「うぜぇ」
一目で人の服の性質を正確に当てる観察眼にドン引き、クソナードから距離を取る。和気藹々のA組にザ、ザ、と影が並んだ。
「おいおい、まー随分と弛んだ空気じゃないか。僕らをなめているのかい?」
「お!来たなァ!!ワクワクしてんだよ!」
「フフ…そうかい。でも残念。波は今、確実に僕らに来てるんだよ。さァA組!!!今日こそシロクロつけようか!?」
対面に戦闘服を着たB組一同。B組と初めて合同戦闘訓練。物間が率先にA組を煽り倒す。わざわざ文化祭のアンケートをとり、いかにB組が優秀かを力説していると相澤先生に捕縛布で物理に物間を止めた。
「今回、特別参加者がいます」
「しょうもない姿はあまり見せないでくれ」
「特別参加者?」
「女の子!?」
「「一緒に頑張ろうぜー!!」」
「ヒーロー科編入を希望している」
「「あ」」
「普通科C組、心操人使くんだ」
「「「あ〜〜〜〜!!!」」」
教師の後ろから現れたのは体育祭で唯一トーナメント戦に出た普通科の心操人使。普通科なため戦闘服ではなく雄英の体操服を着ている。しかし首に巻いているのは相澤と同じ捕縛布と口元に機械のマスクを装着していた。
「心操、一言挨拶を」
「……心操人使です。何名かは既に体育祭で接したけれど、拳を交えたら友だちとか…そんなスポーツマンシップ掲げられるような気持ちの良い人間じゃありません。俺はもう何十歩も出遅れてる。悪いけど必死です」
思い出すのは体育祭前に宣戦布告してきた日のこと。目に闘志を燃やし、個性で上手く立ち回りしていたが体が追いついていなかった。貪欲なのに卑屈。だるそうに、自信なさげに背を丸めていたあの日からどれぐらい努力したのか。この場に立つあいつは背筋を張って真っ直ぐこちらを見つめている。
「俺は立派なヒーローになって俺の個性を人の為に使いたい。この場の皆が、越えるべき壁です。馴れ合うつもりはありません。よろしくお願いします」
心操を交えたA組とB組の対抗戦の授業は工業地帯の運動場γに双方4人組をつくり、1チームずつ戦うという。心操はA組とB組にそれぞれ1回ずつ参加。つまり5試合中2試合は5対4の訓練になると。
「そんなん4人が不利じゃん!!」
「ほぼ経験のない心操を4人の中に組み込む方が不利だろ。5人チームは数的有利を得られるがハンデもある。今回の状況設定は敵グループを包囲し、確保に動くヒーロー!お互いがお互いを敵と認識しろ!4人捕まえた方が勝利となる!」
「敵も組織化してるって言うもんね」
「シンプルでいいぜ!」
「ヒーローであり相手にとっては敵!?どちらに成りきればいいのだ!?」
「ヒーローでよろしいかと!」
「双方の陣営には激カワ据置プリズンを設置。相手を投獄した時点で捕まえた判定になる」
「緊張感よ!!」
根津校長モデルのダッセェ名前の檻。誰が考えたんだ。
「自陣近くで戦闘不能に陥らせるのが最も効率的。しかしそう上手くはいかんですな…」
「4人捕まえた方……ハンデってそういうことでいいんだよな」
「え?」
「ああ…慣れないメンバーを入れる事。そして5人チームでも4人捕えられたら負けってことにする」
「お荷物抱えて戦えってか。クソだな」
「ひでー言い方やめなよ!」
「いいよ事実だし」
「徳の高さで何歩も先行かれてるよ!」
こういうチーム組んで戦闘が一番苦手だ。1人で好き勝手に殺る方が気が楽。2人組ならまだしも4人、もしくは5人組とか気が進まねぇ。チーム決めに担任が持つ箱に各々くじを引く。爆豪の数字は4。仲間は耳郎と瀬呂、砂藤。心操は爆豪のチームではなく、切島と物間のチームに決まった。
「スタートは自陣からだ。制限時間は20分」
「時間内に決着のつかない場合は、残り人数の多い方が勝ちとする」
OZASHIKIと書かれた観戦ステージに第一試合に出場するチームがモニターに映し出される。
「じゃあ第一試合!!」
「ノリノリだな」
「START!」
爆豪はクセ付いてしまった人間観察、情報を得る為にモニターをじっと見つめた。
第二試合で対戦していたチームがステージの壊しすぎで移動となり、その間休憩を設けられた。視界の端でオールマイトがクソナードを呼んで隅に寄ったのが映り込み、内心悪態つく。またコソコソしてやがって。そういうところがバレる原因になるんだろうが。
「ッチ」
「おっ?どうした爆豪?」
「別にいいだろ」
「休憩終わる前に戻ってこいよー」
立ち上がって隅でコソコソする2人に近づく。
「……違和感などは?」
「……ないです」
「…………グランノ……つもり……気をつけて…………心操少年がいる」
「………はい」
違和感?違和感、ねぇ。クソナードに聞いてるってことは個性の話か。話すのはいいが、こんな人目ある所で機密情報喋んじゃねぇよ。
「オイ」
「わ!!!っちゃん、びっくりした!」
「てめーら人に守秘強要しといて、バンバンコソコソしてんじゃねェぞ。バレるぞ」
「ムム」
「ムム、じゃねェよ…!!」
悪いことしたみてぇに肩身狭くする2人に舌打ちする。これは俺が悪いのか?悪くねぇだろ。こいつらが間抜けなのが悪い。
「何かあったんか。ワン・フォー・オール」
語られた内容はクソナードの受け継がれた個性が暴発したという。原因は不明。オールマイトでさえ分からない。
「…暴発…」
視線、瞬き、口の動き、声のトーンに変化なし。嘘は言ってねぇ。だがしっくりこねぇ。違和感。いや、俺が口出す問題じゃない。
「ハッ。成長してんのか後退してんのかわかんねェな」
「それが僕にも皆目…」
「いつンなったらモノにすんだ?あ?てめーとやった時より強くなってんぞ俺ァ」
「それは…焦る!」
言葉とは裏腹に笑みを浮かべるクソナードに鳥肌立つ。
「何笑っとんだ。そういうのがマジでイラつくんだ。やめろやクソが!」
ケッ、と吐き捨てて元いた場所に戻った。
3チームが戦い終わり、次に試合する爆豪達はステージに移動する。
「それでどうする?作戦は?」
恐る恐る耳郎は爆豪に尋ねた。USJで先陣切って敵に突っ込んで半分以上倒し、体育祭で実力を知らしめ、期末テストでオールマイトを捕まえたという実力者。誰よりも頭が切れ、誰よりも戦闘経験がある爆豪に指示を仰ぐ。
「皆殺しだ。全員倒すぞ」
「ええ!?」
「でたーボスモードの爆豪」
「いいか。始まったら極力喋るな。俺は先頭で上を進むがお前らは適度に離れた距離でついてこい。耳は常に索敵、しょうゆ顔は周りを見つつ敵を捕縛、タラコは耳の護衛兼戦闘要員。以上」
「え?攻めんのか爆豪?向こうめっちゃ迎撃性能高いの揃ってるじゃん。せっかく耳郎いるんだし隙窺お。隙、慎重に」
「お前今まで何学んできたんだ。もう一度入試からやり直してこい」
「そこまで言う?」
「隙ってどうやってできるか知ってるか?待っといて
できるもんか?隙は窺うもんじゃない。動いて作るんだ。分かったかカス」
「めっちゃ言うじゃん」
「それと一応これ持っとけ」
手榴弾をただのボールのように投げ渡す。瀬呂達は投げ渡された危険物を慌ててキャッチした。
「威力はないが使える。自己判断で使え」
「ちょ、危なっ!」
「まぁ爆豪が言うなら持っとくけどさ。なんで俺は耳郎の護衛やるんだ?いるか?護衛」
「タラコ、てめぇ戦いにおいて有利なのはなんだと思う」
「え、そりゃあ圧倒的な力だろ」
「ちげぇわ脳筋野郎。情報だ」
「あ」
「対戦相手が迎撃性高いと知ってるのも情報。だからしょうゆ顔は慎重にしろとアホなことを抜かした。相手の位置、相手の個性、どこで何をしているのかと探るのが索敵だ。どんな戦いだろうと情報を先に制した方が有利。こん中で索敵能力が高い耳を序盤で倒されちゃ困る。だからパワーガン振りのテメェが護衛役だ。そのご自慢な筋肉で肉の壁として役に立て」
「納得したけど腑に落ちねぇ」
「慣れてくしかねぇって」
「慣れてんの瀬呂達だけだよ」
「切島には負ける」
チームで生存優先されるのは回復待ちや索敵能力がある者。回復待ちはいねぇから索敵能力だけだが先に潰れちゃ士気に関わる。これはチーム戦。1人で突っ走っても意味がない。あいにく協力のやり方なんざ知らねぇから、俺のやり方で協調性を示す。
「それとだ。てめェらが危ねェ時は俺が助ける……で、俺が危ねェ時はてめェらが俺を助けろ」
「「「!!!??」」」
瀬呂達は目を見開くほど驚く。A組の中でトップの実力者。我が道をいく爆豪が助けると、助けろと言った。誰よりも強い爆豪が自分達に。
「負ける気しねぇわ」
その言葉に気を引き締める。爆豪は冗談を言う男ではない。有言実行して必ずやり遂げると瀬呂達は知っている。爆豪が負ける気しないと告げるなら、それは勝てると言っているのと同じ。
『第4セットスタートだ!』
開始時と同時に闘争心を燃やした爆豪達は駆け出した。
タン、タタン、タン
足場が悪い工業地帯。爆豪はバランス悪い配管を平然と飛び移って駆け抜ける。開始してから先頭走る爆豪を瀬呂がテープを使って追いかけ、その後ろを耳郎と砂藤が無言で続く。
「…………」
敵の気配、怪しい影がないか見逃さないよう視界を広げる。索敵係の行動は2パターン。1つは敵に見つけられないように潜むパターン。真っ先に潰されないように適切な位置、適切な距離で味方に情報を渡して最後まで生き残る慎重派。もう1つは先陣切って敵に突っ込むパターン。敵の情報を真っ先に知るため、或いは自分は絶対死なないと確信する自信家。さて、相手チームはどっちの方だ。
「……!」
配管の裏に影が移動したのを確認して立ち止まる。自分の耳に指で叩いて後ろに伝える。先頭にいた爆豪が立ち止まったため、瀬呂達も立ち止まり周囲の警戒を強める。耳郎は指示通りプラグを地面に刺す。空洞音に混じる複数のナニかが張り付く音。
「やられた!」
耳郎が大きい声で知らせた途端、爆豪の背後に聞き慣れぬ声。
「ハイしゅーりょー」
BOOM!
「自信家バカの方だったか」
索敵係が先陣切って特攻するのは愚の骨頂。俺のことを馬鹿にしにきた間抜けにすぐに爆破。爆破した後に別の配管に飛び移り、分割された体の一部を目に入るものからクナイで斬りつけ、更に別のクナイで縫い止める。
「な、なんで!」
空中で切り離した体を慌てて取り戻すB組の取蔭。一部は深く刺されて動けない。更に追い打ちかけるように爆破を起こす手のひらが眼前に迫る。
BOOM!!
女でも容赦なく顔面に爆破した爆豪は、取蔭の顔面に保険として起爆札を貼り付ける。鷲掴んだまま近くの配管に降り立つ。
「あぁそうだ。言い忘れたことあったわ」
プスプスと煙を上げる起爆札を貼られた取蔭。そんな取蔭を乱暴に持つ爆豪。光のない赤い瞳が、攻撃しようとした残りのB組を見下ろす。
「俺の中で決めてることがある。勝負は必ず完全勝利。それが卑怯だろうが死においやろうがどっちでもいい。誰一人逃すな」
誰も爆豪の性質を分かっていない。理解できようがない。オビトの弟子として数年鍛えられ、教えられ、近くで見てきた。爆豪はオビトの圧倒的な強さで勝つ姿に憧れた。化け物じみた強さを持つオビトに何度走馬灯を見せられ、何度死に追いやられたのか数えきれない。殺気を放つ相手には同等の。自分が殺らなければ死ぬのは自分だと脳に、体に刻まれている。目潰しや体の一部を斬り飛ばそうが、憧れであるオビトがやっていいと言うのであれば平気でやる。敵思考を持つそれが敵連合に目をつけられる原因。担任である相澤先生が頭を悩ますほど。爆豪の戦闘スタイルは他から見て独断専行で爆破という派手な個性で目を奪われがちになるが、本来の得意なことは個性をあまり使用しない敵を素早く仕留めるスタイル。そして爆豪は神野事件によって成長した。今まで他人に触れさせないために壁を張っていたのを、少しずつ崩して歩み寄ろうとしている。そのことを情報収集していたB組は知らない。
「俺達の勝利条件は4-0無傷。これが本当に強ぇ奴の勝利だろ」
微笑を浮かべる爆豪に両陣営とも同じことを思った。あ、これ終わったな、と。そしてわずか5分足らず、爆豪の宣言通り4-0無傷の勝利となった。
「必要以上の損壊も出さず、補足からの確保も迅速。機動力・戦闘力に優れた爆豪を軸に3人ともよく合わせた」
試合が終わり、担任から高評価をもらう。先生のこういった具体的な評価を言ってくれるから有り難い。次の試合を見るため空いてるスペースに足を向けるとゾロゾロとしょうゆ顔達もついてくる。何故かアホ面がわざわざ感想言いに絡みに来た。背後で賑やかな声をBGMに歩いてるとオールマイトが笑顔で寄ってくる。
「震えたよ!」
かつて憧れたヒーローは個人の感想を言いに来たらしい。相澤先生みたいに具体性がないただの感想。それでも心の中で喜ぶ自分がいて嫌になった。
「風邪でもひいてんじゃねーの」
思ったより冷めた声で返す。俺の憧れはオビトしかいない。だからオールマイトの言葉はいらない。むしろ俺以外の奴にも声かけてやれと言いたいのを堪える。平和の象徴、元No.1ヒーローの言葉を望む奴らはゴロゴロいる。俺みたいな奴じゃなく、他の奴らに目をかけてやればいい。緑谷ばかり特別扱いせず周りに目を向けてくれたらと余計なことを考えてしまう。
「かっちゃん!」
次から次へと。内心ため息吐く。話しかけにきたクソナードは言いたいことが沢山あんのか口を忙しなく動かす。昔っから、俺はこいつが嫌いでこいつも俺のことを怖がっていた。俺が嫌いなら話しかけなきゃいい。関わらないようにすればいい。オビトと出会ってから人付き合いが嫌になって親とオビト以外の他人を拒絶した。その間にチャンスはあったはずなのにそれでも尚、声を震わせながら関係を断ち切ろうとはしなかった。
『僕にはないものを沢山持ってた君はオールマイトより身近な凄い人だったんだ!!』
俺より強くなると宣言したこいつは、俺が思ってるより強かでバカな奴だった。
「俺ァ進んでんぞ」
暴発したかなんだか知らねーが、俺は立ち止まるつもりはない。神野事件から、喧嘩したあの日から。己が変化しつつあると自覚している。今までの自分を変えようとするのは少しばかり勇気がいる。弱くなるんじゃねぇかと考えたことがある。それでも変わりたいと思えたのは、諭してくれた人達に俺はもう大丈夫だと思わせたいから。
「うん、凄かった!」
「てめーにゃ、追いつけねえ速度でだ」
「超えるよ!」
「現実味もない話だな。てめーには絶対超えられねぇよ」
「見ててよ」
自慢げに、真っ直ぐな目で見つめてくる。
『ちゃんと見とけよ!』
その言葉に込めた想い、意味を俺は知っている。まさかクソナードが俺に言ってくるなんて。その台詞を言われちゃどうしようもねーわ。
「……ふん」
鼻を鳴らして爆豪は緑谷から離れた。
「見てくれって言った結果これかよ」
画面に映る黒く伸びた影。その中心にいるのは切羽詰まった表情を浮かべる緑谷の姿。受け継がれてきた個性。受け継がれたのはどこからどこまで受け継がれたのか。意志か、想いか、記憶か、はたまた全てか。もし全部だとしたら1人の人間に継承者の全てを収まり切れるのか。俺には、あいつは全てを受け止めるなんてことできず自滅する未来しか見えない。あいつの憧れはオールマイトで、オールマイトの全てをトレースしたい願望がまだあるのなら。同じ道を辿るような気がしてならない。
「ほんと、嫌になる」
23
先日クソナードとオールマイトの3人で個性の暴発について話し合った。俺がその場にいていいのかと疑問に抱いたが、オールマイトは秘密を共有する者同士一緒に話し合った方がいいと言われた。
本当に?本当にそう思ってくれたんだろうか。同情されたんじゃ、カワイソウだと思われたんじゃ。クソナードを成長させる踏み台としてうまいこと使おうとしているんじゃないか。メリットは、裏があるんじゃねぇかって卑屈に捉えてしまう。オールマイトはそんなことをする人じゃない。けど全て信じられるかと問われれば頷けない自分の疑い深い性質に嫌気がさす。秘密は絶対に公言しない。墓場まで持っていくと決めている。ただこのまま共有し続けていいんだろうか不安にもなる。もし踏み込んではいけない領域に踏み込んでしまったら?知らなくていいことを知ってしまったら?理解しなくていいことを理解してしまったら?距離をとってほどよい位置にいないと、あの人と同じように消えてしまうんじゃないかってそんな最悪な未来を想像してしまう。トビやぐるぐる、仮面や外套など手元に残ったあの人の名残だけが今の自分を保ててる。でもそれ以外は?また同じ過ちを繰り返して消えてしまったら、今度は耐えれるだろうか。
「本日を以って貴様らの間抜け面ともお別れである!!実にいい気分だ!!準備はいいかプランクトン共!!」
雪が降り始めた12月初旬。仮免補講最終日。ギャングオルカの背後には崩壊した街と敵役のSKの姿。殺意を持ってこちらを睨む。
「さァ始めよう」
もしもの未来に目を逸らして、開始の合図と同時に地面を蹴り上げた。
「仮免許取得おめでとう。爆豪少年、轟少年」
「ありがとうございます」
「ふん」
仮免許を無事に合格した爆豪と轟はタクシーに乗り込む。雄英に帰る道すがら引率のオールマイトから祝いの言葉をもらう。轟は素直に受け取ったが、爆豪だけは居心地悪そうに窓の外を眺めていた。
「これでようやく君達もヒーロー活動できると思うと、なんだかドキドキしちゃうね」
「どっか苦しいんですか?」
「違う違う!楽しみだなって思ってね。緑谷少年達も君達と一緒にヒーロー活動できる日を待ち遠しそうにしてたよ」
「そうですね…俺も緑谷達と一緒にヒーロー活動してみたいです。な、爆豪」
「ぁあ?一緒にすんな半分野郎!俺は他にやることあっからそっちが優先だわ!」
「何かあるのか?」
「そっか。爆豪少年はまず申請しなくちゃいけないんだったね」
「申請?」
仮免許取得するまで要人警護である爆豪は雄英から出る際、必ず雄英の教師か外部のプロヒーローに護衛される。仮免許を取得した今、担任の教師を通して警察署に要人警護を外してもらう手続きをしなければならない。申請が通るまで爆豪は自由に雄英から出ることは許されていない。轟はオールマイトから説明を受けて爆豪に向き直る。
「悪ぃ爆豪。肩身狭い立場にいたなんて知らなかった。俺らが不甲斐ないばかりに」
「はあ?思いあがんな舐めプ野郎。仮免取った今、俺はようやくスタートラインに立てたんだ。こっからだ。こっから俺はてめぇらより活躍してNo. 1ヒーローになんだよ。分かったか舐めプ野郎!」
「そうか。なら俺も活躍しないと」
若いなぁ、とオールマイトは2人の話を聞いて物思いに耽る。最初に出会った頃より随分丸くなり、心身ともに成長した。2人を間近に見ていた新米教師は生徒の成長に思わず涙を浮かべた。
「おいあれ」
「んん!?トラブルか!?」
慌ただしく人々が何かから避けるように逃げていく。間違いなく事件。轢かないようにタクシーが停車しているのをいいことに、爆豪は戦闘服が入ってるアタッシュケースから装備を取り付ける。轟もトラブルに気付き、取得したばかりの仮免許を制服のポケットに入れた。
「ヒーローは?」
「……発生直後か。だが30秒もしないうちに…」
「じゃー俺が行くぜ」
「ム!?いや、まずは周囲の状況を」
「確認した。避難誘導はあんたが頼む」
「あなたは戦えねえが、俺たちは戦える」
「そうだけど!」
タクシーのドアを開け、2人は事件の発生源に向かって駆け出す。波に乗って財布を強奪する敵達を氷で凍らし、爆破でダメージを負わせた。
「まだ取って30分だぞ!!」
空中から敵に向かって爆破した爆豪は手近にあった電柱に捕まり、視線を敵に捉えたままオールマイトに疑問を投げかける。
「30分?じゃあ、何分経ちゃヒーローになれンだよ?」
まだヒーローの卵で正式なヒーローじゃないが、非常時なら自己判断でヒーロー活動できる立場にいる。あと30秒で他のヒーローを待つぐらいなら、0秒の俺らの方が敵を手っ取り早く倒せんだろうが。
「何じゃてめえら。ヒーロー気取りかぁ〜〜!?」
「その財布やバック、人のモン盗ったらダメだ」
「てめェエ〜、こんな氷でェエ…諦めると思ったンかこの俺がァ!!」
半分野郎が敵を凍らせるが、敵どもの中で一際声を張り上げたモブが自力で氷から脱出し、長々と自慢げに計画を話し出した。一ヶ月間窃盗するためにそれはそれは念入りに下調べしてきたんだと。無駄な労働と時間を割いて決行したことに拍手するべきか。そんな下調べできる観察眼と行動力あるなら研究職や探偵で働けば窃盗以上の金貰えるのに残念な頭だ。
「働け!」
「予定潰れて残念だったな」
「残念!?違うな甘いぜ高校生。学生ってやつは認識が甘い!いいか!?俺は炭酸水を操る男!刺激を求めて生きる者!学校帰りのてめェらよりも、よっぽど覚悟が決まってる!」
ベラベラ容易く情報吐くモブ。どいつもこいつも敵ってーのは内密情報喋らなきゃいけない決まりでもあんのか。リーダー格らしき敵はドヤ顔で言い放つと爆豪達に背を向けた。
「必ず逃げるという覚悟がなァ!!」
敵達は一斉に爆豪達から逃げ出す。だが敵より爆豪の方が早く追いつき、敵の前方に回り込んで爆破を浴びせた。
BOOM!BOOM!BOOM!
「!!」
「オイオイ気絶したぞ。足止め程度に抑えたつもりなんだが、お前らに覚悟はないのか?痛ェ目ェ見る覚悟がよォ!!」
「ンなもんあるワケねぇだろ!!」
敵の両腕に付けてる籠手から炭酸水をウォーターカッターのように何本も噴出される。赤い瞳が軌道を読み当たらないよう躱す。次に来る軌道に顔を横に逸らしたが、当たっていたのか頬からチリッと少し痛みだした。籠手から勢いよく噴出されるため反動もそれなりに大きかったのか、敵は耐えれず転倒してしまう。軌道逸らしたウォーターカッターが街灯を簡単に切り裂く。傾いた街灯は運悪くスマホを片手に近づいた1人の市民に向かって落下しようとしていた。
「……!」
敵から絶対に目を離さない爆豪がその状況を見て息を呑む。モブに向かって落下する街灯。避難誘導しているはずのオールマイトがモブに向かって手を伸ばし、庇おうと抱き込む。もう平和の象徴していた姿じゃない。ガリガリに痩せ細った今のあんたじゃどうなるかなんて分かりきってるはずなのに。戦える力はなくても行動は立派なヒーロー。俺からしたら褒められた行動じゃない。
BOOM!
落下しようとした街灯を爆破で吹き飛ばし、地面に重い音が響く。
「ひっ」
「自殺なら他所でやれ!!」
自殺志願者は嫌いだ。大っ嫌いだ。死ぬなら俺の目から離れたところでやってくれ。これ以上失うのはウンザリだ。
「膨冷熱波!!」
最後の敵は轟が倒したことによって事件解決した。爆豪は顔を顰めたまま戦闘体制を解き、敵の人数確認しに動いた。
「二人とも大丈夫かい!?」
オールマイトと地域担当らしきヒーローが爆豪と轟に駆け寄る。
「やや!?君は雄英のヤバイ子だね!?」
「遅ェ寄るなヒーロー辞めちまえクズが」
「コラ!爆豪少年口が悪いよ!」
変なポーズで寄ってきたモブに怒りしか湧いてこない。変なポーズ決めて登場する暇があるなら現場に駆けつけるスピードを上げろ。ヒーローナメてんなら今すぐ引退して隠居しとけ。久しぶりにクズ臭がするヒーローにボコボコにして心身共々へし折りたい衝動に駆られるが、場と立場があるため抑えた。
「通行人のバッグ等を強奪していました。確認した限りの人数全てを取り押さえてます」
「盗品の方は……」
「ん」
強奪されたバックを集めた場所に顎で指す。逃げ出すモブどもを爆破する前にスっておいた。
「燃えカスになる前にパクっといた」
「完璧じゃないか!!!」
抱きつこうとしたモブを躱して半分野郎に押し付ける。多少触れられんのは克服したがソレはダメだ。うっかり殺したくなる。後の処理は遅れてきたクズヒーローに全て任せた。仮免許を持っていてもまだ学生。夜遅くまで引き止める理由はない。
「凄いな二人とも」
ぽん、と細い手が頭の上に乗せられる。No. 1じゃなくなった手は骨かと疑うほど細くガリガリだが、誰よりも救い上げてきたヒーローの手。
「あっす」
「…ん」
「さァ帰ろう。お腹すいてるだろ」
「氷溶かさなきゃ」
「俺手伝わねーぞ」
「戻らないのか?」
「先戻ってろ。俺はまず連絡だ」
「こんな寒い外で連絡しなくても」
「騒がしい連中がいる寮で出来るか。先に連絡した方が先生も把握して書類関連で動けるだろ」
「それもそうか。じゃあ先に戻ってるが、風邪引かねぇ内に済ましとけよ」
「俺の心配すんじゃねぇよクソが」
雄英校内に戻りオールマイトは既に職員寮へ。半分野郎が寮へ歩き出したのを確認してスマホを取り出す。
「……………」
予め登録されていた担任の連絡先。少し指を彷徨わせた後、意を決してタップする。コール音が鳴り響き、3コールしたが出てくれず少し後悔した。忙しかったかもしれない。やっぱ明日に報告すればよかった。諦めて耳からスマホを離そうとした瞬間低い声が聞こえた。
『はい』
「あ、先生。忙しかったか?」
『爆豪?いや、うざい奴に絡まれてたから大丈夫だ。お前から連絡なんて珍しいな。どうした?』
「仮免合格した」
『!そうか。おめでとう』
「ん」
はぁ、と白い息が上がる。白い雪はまだ降り止まず、首元に巻いているマフラーを口元にあげた。
「だから、その…警察とか、申請とかのやつ…」
『あぁ。心配しなくていい。そっちの方は俺がやっておくよ』
「………あんたには、迷惑ばっかかけてんな」
迷惑かけるのはこれで最後だと内心で言い聞かせる。メディア嫌いの先生が俺のせいでメディアに出て頭を下げさせた。俺がやらかしたせいで雄英で寮生活になることを説明しに家庭訪問を回らせた。いらない気を遣わせてしまった。クソナードと夜遅くに喧嘩して、本来取り下げになるはずだった外出届を受理し、あまつさえ墓参りの場所まで送ってくれた。今になって罪悪感が押し寄せる。吐き出しそうになる言葉をぐっと堪えた。ダメだ。耐えろ。喧嘩したあの日のように惨めな失態を犯すな。この人に弱みを見せたのは墓参りの姿だけでいい。これ以上弱い自分を曝け出して迷惑かけんな。
電話越しで自傷気味に笑う爆豪の声に相澤はヒリつく。相澤だけが知っている。子どものように声を上げて泣いた姿を。また1人で傷つく自分の生徒に言い聞かせるよう言葉を強めた。
『おい爆豪、いいかよく聞け。俺は迷惑だなんて思っていない。むしろお前を守ると言っておきながら守れなかった。まだお前は16で、その歳で過酷すぎる体験をさせてしなくていい思いをさせた。教師として、ヒーローとして失格だ。爆豪のいうクズヒーローになった。俺の方こそ守ってやれなくて悪かったな』
「違ぇ!!それは俺が弱かったせいだ。あんたはクズなんかじゃねぇ。あんたは…俺、を……っ…しん、よ、ぅ…してくれて、た…から…………」
最後の方になっていくにつれ声が震え、自信なさげに呟く。多分、勘違いかもしれないと弱気になって視線を地面に向けた。体育祭で俺のやり過ぎるやり方に野次馬を飛ばしていた連中を一喝したと後から切島に聞いた。謝罪会見で俺を誹謗中傷する記者に言い返したと親から聞いた。人間不信を患ってる俺をオビト以外で見てくれたのが先生が初めてだった。先生は俺のことをどう思ってるか知らない。嫌われてる可能性だってある。嫌われるのは慣れている。煙たがられるのも慣れた。でも信じたい人から裏切られたくなくて予防線を張る。だって俺が信じた人はみんないなくなってしまうから。
『当たり前だ。自分の生徒を信用しないで教師なんて名乗れない。爆豪、お前に肩身狭い思いをさせてるのは俺達だから言えたことじゃないが、教師に迷惑かけていい。お前は何があっても大丈夫だと振る舞うから見逃してしまう。普段粗暴な言動してるくせに隠し事は得意だから余計気づきにくい。お前はまだ子どもで俺の生徒だ。我儘言っていいし守られる立場にいる。聞いてほしいことがあれば遠慮なく言え。俺はお前より長生きで先輩だからな。大人として、先生として、ヒーローとして爆豪の声をちゃんと聞くよ』
ズズ、と冷えた鼻を啜る。
先生の声が、言葉が染み込んでくる。体育祭前に呼び出された時から変わらない。ほんとカッコいい人だわ。
『ん?おい爆豪、お前今どこで連絡してる。まさか外にいないだろうな』
「…バレたか」
『アホか雪降ってんだろ。さっさと寮に戻れ。風邪引くだろうが』
怒りを含ませた声にクツクツと笑う。今頃顔に手を当てて呆れてるかもしれない。容易くその光景が目に浮かぶ。電話越しでも分かるほどすぐに切られてしまいそうな雰囲気に、切られる前に先生に問いかける。
「なぁ先生。先生は…俺がNo. 1ヒーローになれるまで、見てくれる…………?」
No. 1なんて無理だ。強個性だからトップヒーローになれる。オールマイトを超えるなんてできっこない。いらない言葉を投げかける奴らは一定いた。聞き飽きた言葉だ。俺の夢を馬鹿にせず信じてくれたのはオビトだけだった。
けど夢を応援してくれたオビトは現実にはいない。追い越すはずだったオールマイトは引退して緑谷に目をかけた。次を期待してくれたジーニストは神野以降ヒーロー活動復帰せず行方不明。今の俺を見てくれるのは誰もいない。いなくなってしまった。だから少しだけ、ほんの僅かだけ、信じていると言ってくれた先生に今の俺を見てくれるんじゃないかって思ってしまった。諦め9割、期待1割。俺の投げた問いに無音しか返ってこない。
あぁ、この人もだめか
やっぱオビトしかいないんだと再確認して、冗談だと口を開きかけたその時。
『見てるさ』
確信的な、優しさを含んだ声が機械越しに聞こえた。
『お前がNo. 1ヒーローになれるのを楽しみにしている』
白い息が上がる。
「……そっか。なら、いい」
『改めて仮免取得おめでとう。風引く前に早く寮に戻って、温まって早く寝ろ』
「ん」
ツー、ツー、と切れたスマホを仕舞って寮へ歩き出す。足取りがいつもより軽かった。
23
「うし、こんなもんだろ」
自室のデスクに一人分の食事。共有キッチンで作ったいなり寿司といくつかの小鉢、そしてデザートにコンビニで買ったショートケーキ。
「食うか?」
《ギュイ》
《グゥゥゥア》
そっぽ向くトビと一段と奇行に走るぐるぐる。相変わらずな態度に気にせずいなり寿司を箸で掴んで一口。ん、ちゃんと味がついてる。今年はオビトがいない初めての冬。今日がオビトと過ごしてから出来た特別な日。
『全部食え』
雪の降る寒い季節の今日、トビは最低に機嫌が悪く、ぐるぐるはいつにも増して奇行に走った。日本行事を大事にする爺さんみてぇなオビトは、ハロウィンとかクリスマスといった海外から取り入れた行事はしない。俺が記憶してる日本行事でなんもねぇはずな日に、毎年いなり寿司と飾り気のない小さなホールケーキが出された。俺の誕生日にケーキなんてでない。いなり寿司はこの日だけ作る。だから特別な日と俺が勝手につけているだけ。
『ただの嫌がらせだ』
オビトの”嫌がらせ”料理。毎年同じ日に同じ料理を作るのが嫌がらせらしい。過去に踏み込むつもりはないし、深いことを聞くこともない。毒が入ってない絶品料理を嫌がらせにすんのはどう考えても無理がある。一体誰に向けて嫌がらせしようとしたのか。消えた今では分からずじまい。単純に予想つくのは誰かの嫌いな料理かもしれないってことだけ。
「あー、そういやアレも今日だったよな」
昔、幻想的な夢を見たのを思い出す。
『俺が帰ってくるまで外に出るんじゃないぞ』
『わぁってる。いってらっしゃい』
『ああ。いってくる』
冬休みでオビトの家にいた頃。オビトは用事があるからと珍しく出掛けて、トビとぐるぐるがオビトのあとをついて行った日。物静かな広い家で一人なった俺は、勉学で知識を詰め込まれた脳の疲れと火鉢の暖かさでいつの間にかうたた寝をしていた。
『ん……?』
火鉢で暖をとっているにも関わらず、寒さで目が覚めた。身を震えながら重い瞼を開けると知らない男。
『………だぁれ?』
普段なら警戒して声をかけない。見知らぬ奴に声をかけるなと常々言われていた。けどあの時は夢の中だと思った。雪の華が浮かぶほど部屋全体に霜がかぶり、男の足元に小さな白い花々が咲いていた。現実なら在りえない。夢の中だから頭も体もふわふわしていた。
『んン…』
一体誰なのか。気になって男の顔を見ようとした時に大きな手が頭に乗せられる。
『眠れ、幼子』
重厚感のある低い声。夢のはずなのにオビトと同じ冷たい手。
『眠って大きくなれ』
けどそれを気にさせないほど優しかった。頭を撫でられたのを最後にその夢は終わった。その夢をオビトに告げてない。なんとなく言ってはいけない気がしたから。
ガキの頃に見た幻想的で不思議な夢。男の足元に咲いていた白い花がなんの花か知りたくて図鑑やインターネットを使って調べた。白い花なんて何十種類もあって調べるのに苦労したが、花の形をはっきりと覚えていた。
【ノースポール】
冬から初夏にかけて咲く花。花言葉は”誠実”、”冬の足音”、”高潔”。偶然にも特別な日と同じ12月24日の誕生日花。
「誕生日おめでとう」
偶然だろうけど名前も知らない、オビトの顔によく似たその人に祝いの言葉を贈る。トビとぐるぐるは一段と騒ぎ立てられたが気にせず食事を進めた。
「「「Merry Christmas!」」」
合図と共にクラッカーが鳴り響く。今日はクリスマス。クリスマスといったらパーティーっしょ!ということで飾り付けられた室内とクリスマスツリー。チキンやケーキといったクリスマスらしい料理と、揚げ物やピザなどのパーティー用の料理がずらりとテーブルに並ぶ。テーブルの周りを囲むソファに座るのはサンタ服を着たA組。食べる!祝う!楽しむ!と和気藹々なクラスメイトを爆豪は壁に寄りかかりながら見ていた。騒がしいのを嫌い、人が多い場所を拒み、触れられるのが嫌いな爆豪が半ば引きずられる形で参加した。速攻で帰らないあたり成長している。どこぞのジーパンがいたら褒めていたに違いない。
盛り上がる中心と、輪からはみ出している爆豪。そんな爆豪にサンタ服着せようと狙う命知らずの馬鹿数名。
「コソコソと。なんだコラ」
「え?なんのこと?」
視線をあさってに向ける芦戸の背中には隠しているつもりの赤色のサンタ服。周りを彷徨き、虎視眈々とサンタ服を着させようとしているのは始めから気づいていた。サンタ服を着させようとする芦戸とサンタ帽を被せようとする上鳴。何がなんでもサンタ服を着させたい組と、ぜってぇ着ねぇ爆豪の地味な攻防が静かに行われていた。
「爆豪はジーニストか!?」
「あ!?」
切島の言葉に意識を向けた爆豪の隙をついて上鳴が帽子を被せることに成功する。
「………」
わざわざ大きな声で会話していたおかげで話の内容を理解した。前回の職場体験でジーニストの所に行っていたから、今回もそうなんだろうと決めつけたんだろう。
「……決めてねェ」
脳裏によぎるのはベストジーニストの行方不明記事。神野事件以降姿を現さない、消えてしまったヒーロー。
『ずっと疑問だったのだが、どうしてバクゴーなんだい?』
『ボツったんだよ。全部却下された』
『ホォ…教えたまえ』
『爆殺王、爆殺卿、爆殺』
『小学生かな?』
オビトだけを見ていた。オールマイトとイレイザーヘッドしかヒーローとして認めていなかった。そんな俺を諭したのはお節介野郎だった。
『名は願い。己がどう在りたいか、在るべきか。君はまだ世界そとを見ようとしていない。私は君に世界そとを見せたいのだ』
『2年になり、仮免を取得したらまたおいで。その時再び名を訊こう』
次なんて言葉を吐いたくせに消えちゃ意味ねぇだろ。俺はまだあんたに言えてないことがあるんだ。いつになったら聞いてくれんだよ馬鹿ジーニスト。
「でもまー、おめー指名いっぱいあったしな!体育祭で。行きてーとこに行けんだろ」
「今更有象無象に学ぶ気ィねェわ」
最後の記憶は腹に穴を開けた姿。諸事情で病院に見舞いに行けず、無理矢理交換されたLINEも既読がつかないまま。後ろめいた思考に陥り、罪悪感を抱きそうになったところで気持ちを切り替える。上鳴に被せられた帽子を脱ぎ捨て、その場から去ろうとする爆豪を背後から芦戸がサンタ服を着せようとする。
「着せんじゃねェよ!!」
「着なよー。同調圧力に屈指なよー」
「何が同調圧力だ!俺の勝手だろうが!!」
「しゃあねぇって。爆豪ってほら、今までお友達0人だったからノリについてこれねーの。同じ友達0人の轟でさえ着てくれたのに。爆豪ってば人一倍恥ずかしがり屋だから」
「そっかぁ。恥ずかしがり屋だったらしかたないねー」
「仕方ねーよなー?」
「誰が恥ずかしがり屋だ!こんなもん恥ずかしくもなんともねぇわ!!」
「さっすがかっちゃん!!はい、これかっちゃんの」
「名前呼ぶなアホ面!!」
「ちょっろ」
荒れる爆豪をちょちょいと扱う上鳴に芦戸は感心する。その後、砂藤の追加料理と遅れてやって来た相澤とサンタ服を着た壊理の登場にA組はもう一度盛り上がった。
「あ、おねえさん」
「あ?」
「ちょ!?」
「ぶふっ!お、お姉さんっっ」
少し離れていた所に座っている爆豪に、壊理は前におねえさんと一緒にいた人だと思い出してついポロッと溢した。けど咄嗟に内緒だと言われたことを思い出して慌てて口を手で押さえる。そんな壊理の姿に赤い目がすっと細めた。顰めっ面して重い腰を上げた爆豪は壊理の元へ歩く。壊理の周りにいた者達が慌てて落ち着かせようとするが、お構いなしに「おい」と自分から声をかけて目線合わせるためにしゃがんだ。
「俺は爆豪勝己。オールマイトを超えるNo. 1ヒーローになる男の名だ。てめぇは?」
「え、壊理」
「これで俺らは知らねー人間じゃねぇ。分かったか」
「う、うん」
「いいかガキ。知らねー奴に声かけんな。うるせぇ雑音を聞くな。知ってる声と聞きたい音だけ聞いてろ。無理なら相澤先生に救けてもらえ。あの人なら迷惑がらねぇから存分に甘えればいい」
「!…なんで」
「ふん。俺はおめぇより先輩だからな。色々あんだよ。わぁったら次、俺に会った時は変な名前で呼ぶんじゃねーぞ」
言いたいことを伝え終えた爆豪は元いた場所に戻る。林檎のような赤い目が去って行く後ろ姿をじっと見つめた。
「エリちゃんごめんね!爆豪って怖い顔をしてるけど怖くないっていうか。まぁ敵っぽいって言われてるけど悪い奴じゃないんだよ!」
「そうそう!怖くないよぉ〜」
「爆豪ちゃんは優しいの。怖がらなくてもいいわ」
「皆さん、気持ちは分かりますが失礼でしてよ」
「ねぇ、爆豪さんって、いつもあぁなの……?」
「いつもあんな感じだよ。今日はわりかし?優しい方だけど」
リン
「…そう、なんだ」
リリン
清涼を感じさせる綺麗な音。壊理はこの音の正体を知らない。ただ文化祭で初めて会った時から聞こえていた。今でも去って行くにつれて音が小さくなっていく。
「爆豪さん、きれいだね」
リン、リリン
纏わりつく怖い声雑音を消した綺麗な音。周りの声が声明に聞こえる。ヒーロー事情を知らない壊理でも、怖い声雑音を消すほど綺麗な音を出す爆豪は凄いヒーローなんだと幼いながらに思った。
「うぇ!?え、エリちゃん!!?」
「まさかの!?」
「あら、意外と面クイなのね」
「やめとけ!!爆豪だけはやめとけ!!!」
「そうだそうだ!!あの男はやめて俺にしろ!!」
「お前も何言ってんだ」
「????」
24
最初に憧れたのはオールマイトだった。圧倒的な力で敵を倒すヒーロー。その姿を見て俺もヒーローになると決めた。いつかオールマイトを超える凄いヒーローになる。それがガキの頃からの夢で、目標だった。けどオールマイトより凄い人に出会って、強さを学んで変わった。憧れから尊敬へ。目標から通過点へ。
「君とエンデヴァーには似たことがある」
圧倒的で、強くて、世界中から愛されてるオールマイトを今でも尊敬している。でもヒーローじゃないあんたを、どうしても好きにはなれない。
「今のエンデヴァーを間近で見られるのは君にとって良い事だ」
やめろ。俺のどこを見てエンデヴァーに似てるとほざく。俺は俺で、エンデヴァーはエンデヴァーだ。
「二人ともトップヒーローになるならチャンスを逃すな…!」
教師らしい、ヒーローらしいアドバイス。最初と比べて段違いに先生らしくなってる。けど今はムカついてしかたない。ざわざわとした嫌なものが胸に宿る。元でもNo. 1ヒーロー。平和の象徴だったのになんであんたが自覚しねぇ。あんたの言葉が、行動がどれだけ周りに影響すんのか自覚しろ。
あんたが他と比べんなよ。俺じゃダメなんかって、惨めな気持ちになるだろうが。
「ようこそ。エンデヴァーの下へ」
にこやな笑顔を浮かべて現No. 1ヒーローエンデヴァーが出迎える。泣く子も黙ると言わしめるエンデヴァーが笑顔。ゾゾゾゾッと袖の下で鳥肌が立ち、気取られないよう何食わぬ顔で腕をさする。エンデヴァーが笑顔を向けたのは一瞬のことでいつも通りの厳格な表情に戻った。
「なんて気分ではないな。焦凍の頼みだから渋々許可したが!!焦凍だけで来てほしかった!」
「許可したなら文句言うなよ」
「しょっ、焦凍!!」
私情入りまくりの文句を垂れ流す40代オッサン。相変わらず距離が遠い親子。他所でやってほしい。つくづく自分の親父がエンデヴァーじゃなくてよかった。心の底から思う。
「補講の時から思ってたが、キチィな」
「焦凍、本当にこの子と仲良しなのか!」
「まァトップの現場見れンなら何でもいいけどよ」
「友人は選べと言った筈だ!」
「許可して頂きありがとうございます」
誰が仲良しだ。鳥肌立つ妄言やめろ。ナメプとクソナードと一緒なのは気にくわねぇが、トップの活動身近に見れんなら別にいい。エンデヴァーの後ろについて行って事務所へ向かう。
「No. 1ヒーローの活動、しっかりと学ばせてもらいます!」
「焦凍は俺じゃない…だったな」
「え」
エンデヴァーの青い目が一瞬緑谷に視線を向けた後、突如走り出す。
「!?」
「申し訳ないが焦凍以外に構うつもりはない。学びたいなら後ろで見ていろ!!」
そう告げてエンデヴァーはちらりと後ろを見るとしっかり追ってくる緑谷達に驚く。トップの雄英でヒーローを学んでいる緑谷達は日々成長している。冷静に戦闘服が入った鞄から必要なものだけを身に付けた。
「指示お願いします!」
こうして3人のインターンが始まった。
「後ろで見ていろって」
「ついて行かなきゃ見れない」
個性を使ってエンデヴァーの後を追う緑谷と轟と違い、爆豪は両手を後ろにして走る独特な走り方をして後を追う。ガードレールや車なんて物応じずに跳躍して進む。
「………」
中々距離を詰めれないことに眉を顰める。あの時、エンデヴァーは衝撃音が響く前に走り出していた。迅速なんてもんじゃない。視野の広さ。反射神経。距離がそれなりにあったのにも関わらず、担当区域だからか最短距離で現場に駆けつけている。経験が違う。熟年度が違う。これがプロだと改めて知らしめられる。
目先に落下しようとする巨大な球体。先に対処したのは炎を纏うヒーロー。
「赫灼熱拳!!」
猛スピードで球体へ突っ込んだエンデヴァーが内側から炎で球体を破壊。熱の温度が辺りに広がる。
「硝子操作か、ご老人。素晴らしい練度だが…理解し難いな。俺の管轄でやる事じゃない」
「おおおお喉が焼ける!!」
方向転換をして路地裏へ逃げる敵。他のヒーローも駆けつけたが、エンデヴァーは避難を頼むと言い残して敵の後を追う。
「今じゃやれェ!!」
「「「イエスマスター!!!」」」
路地裏の死角から3人の敵が飛び出す。
場所と位置、被害を考慮してポーチから網糸を指に絡ませる。捕獲しようと網糸を伸ばすが、先に捕獲したのは赤色の羽。
「あれ!?あぁ、インターンか!」
親玉の敵をエンデヴァーが捕獲。残りのモブどもは見知らぬ声と羽によって掻っ攫われた。黄土色の髪。背に大きな赤色の翼。確か九州で活動してるヒーローだったはず。名は確か。
「ホークス!?」
「ごめん。俺の方がちょっと早かった」
ウイングヒーローホークス。若いながら事務所を建ててNo.2に上りつめたヒーロー。なんで東京にいやがる。
「エンデヴァーさんがピンチかと思って」
「この俺がピンチに見えたか」
「見えたよねぇ、焦凍くん」
「え…あ…はぁ…」
「来る時は連絡を寄越せ」
「いやマジフラッと寄っただけなんで」
敵とその部下が警察に連行され、エンデヴァーが警察と軽く話す。一方で緑谷は緊張気味にホークスに挨拶していた。
「は、初めまして!雄英高校ヒーロー科1年A組、緑谷出久と言います!」
「知ってる。指破壊する子」
「え」
「ツクヨミくんから聞いてるよ。いやー、俺も一緒に仕事したかったんだけどねー」
「常闇くんは…?ホークス事務所でインターンを続行では…」
「地元でサイドキックと仕事してもらってる。俺が立て込んじゃってて……悪いなァって…思ってるよ」
視線がかち合う。
「あれ?思ってた反応しないね」
「寄んなヘラ鳥」
「あ、よかった。想像した通りの子だ」
焼き鳥にしてやろうか。
「で!?何用だホークス!」
「用って程でもないんですけど…エンデヴァーさんこの本読みました?」
そう言ってホークスは異能解放戦線と書かれたタイトルの本を取り出した。
「異能解放戦線…」
「それがなんだ」
「いやね!知ってます?最近エラい勢いで伸びてるんスよ。昔の手記ですが今を予見してるんです。”限られた者にのみ自由を与えればその皺寄せは与えられなかった者に行く”とかね。時間なければ俺、マーカーひいといたんでそこだけでも!異能解放軍指導者デストロが目指したのは究極あれですよ。自己責任で完結する社会!時代に合ってる!」
「何を言ってる…」
「そうなればエンデヴァーさん、俺達も暇になるでしょ」
好青年の笑みを引っ込めて真剣な目つきでエンデヴァーを見る。
「読んどいてくださいね」
ホークスは持っていた本をエンデヴァーに渡す。そんな2人のやり取りを見ていた緑谷は真剣に考え込む。
「No.2が推す本…!僕も読んでみよう。あの速さの秘訣が隠されてるかも…」
「そんな君の為に持ってきました」
「用意が凄い!どこから!!」
真剣だった表情をどこえやら。緑谷の発言に振り向きざまにこやかに本を見せびらかす。目に留まらぬ速さで緑谷達はに本を配った。
「そうそう時代はNo.2ですよ!速さっつーなら時代の先を読む力がつくと思うぜ!」
「渡すのも速すぎる男!」
「この本が大好きなんですね…こんなに持ってるなんて」
「布教用だと思うよ」
「そゆこと!」
爆豪は渡された本をペラペラと捲り、その後緑谷に投げ渡した。
「いらね」
「ぅあ!ちょっ!?」
「悪ぃなNo.2。俺ァ既にこの手のもんは読んでんだわ。たびたび重版されてっけど内容は大抵みな一緒。ただのゴミだ」
「言ってくれるね爆豪くん。でもま、個人の意見はそれぞれだし否定する気はないよ」
大きな翼を広げるホークス。それだけで市民の注目を浴びた。
「全国の知り合いやヒーロー達に勧めてんスよ。これからは少なくとも解放思想が下地になってくと思うんで。マーカー部分だけでも目通した方がいいですよ。2番目のオススメなんですから。4人ともインターン頑張って下さいね」
そう告げてホークスは飛び去った。
「若いのに見えてるものが全然違うんだなあ…まだ22だよ」
「6歳しか変わんねえのか」
「ムカつくな……」
「ああ…そうだな」
「ようこそエンデヴァー事務所へ!」
「「「俺ら炎のサイドキッカーズ!」」」
「わぁ!有名SKのバーニンだ!」
緑谷達を出迎えたのはエンデヴァーのSK達。さすが大手といったところか、ジーニストのとこよりも数が多い。
「爆豪くんと焦凍くんは初めてのインターンって事でいいね?今日から早速我々と同じように働いてもらうわけだけど!!見ての通りここ大手!!サイドキックは30人以上!!つまァりあんたらの活躍する場は!!なァアい!!」
「おもしれぇ。プロのお株を奪えってことか」
「そゆこと!」
「ショートくんも!!息子さんだからって忖度はしないから!!」
「せいぜいくらいついてきな!!」
絡もうとしてくるSKをあしらう。その背後で様々な依頼を裁くSK達の姿。
「活気に満ち溢れてる…!」
「No. 1事務所だからね。基本的にはパトロールと待機で回してます!緊急要請や警護依頼、イベントオファーなど一日100件以上の依頼を我々は捌いてる!」
多くの仕事を迅速に、適正に人員を配置すんのはさすがプロといったところか。どこぞやのクズヒーローと違ってしっかりしてる。その後SK事務所のことや仕事について説明された。
「まーしかし。ショートくんだけ所望してたわけだし。たぶん二人は私たちと行動って感じね!」
「No. 1の仕事を直接見れるっつーから来たんだが?」
「見れるよ。落ち着いてかっちゃん!」
「でも思ってたのと違うよな。俺からも言ってみる」
依怙贔屓かよ。親も親だがこいつらもこいつらだ。私利私欲してんじゃねぇよクソジジイ。内心悪態を吐いていると所長室の扉が開く。視線がエンデヴァーに集中した。
「ショート、デク、バクゴー」
入室する前と打って変わって真剣な顔つき。
「お前達は俺が見る」
鍛錬と書かれたスローガンの下。エンデヴァーを対面に戦闘服に着替えた緑谷達が並ぶ。
「俺がお前達を育ててやる。だがその前にデク、バクゴー。貴様ら2人の事を教えろ。今抱えている”課題”。出来るようになりたいことを言え」
緑谷が先に答えてる間、エンデヴァーが言った課題について考える。俺が抱えている課題とは、出来るようになりたいこととはなんだ。自分でいっちゃあなんだが、俺はなんでも器用にこなすほうだ。出来ないことをなんなくこなす。それはオビトのお墨付き。出来るようになりたい…か……いや、違う捉え方をしろ。別に戦闘面じゃなくていい。自分のことは俺が一番知ってんだ。
「次、貴様は」
「俺はこのインターンで区切りをつけさすためと、あんたを見に来た」
「はははは!ナマ言ってらー!!」
「うるせーな。さっきからてめーなんでいンだよ」
「私いま待機」
「本心だクソが。俺は戦闘面に関しちゃなんも問題ねぇ。俺の爆破はやりてェと思ったこと何でもできる。一つしか持ってなくても一番強くなれる。個性でも技術でもそこらのモブより強ぇってことを自負してる」
オビトに鍛えてもらったから当たり前。知識も技術も全部教えてもらった。忘れることはしねぇ。オビトの弟子として負けることはあってはならない。
「だが職場体験でお人好しに言われた。俺に外の世界を見てほしいと。正直うざかったし、どういう意味で言ったのか真偽は知らねぇ。けどそれを知れば俺の問題に区切りつくかもしれねぇんだ。そしたら俺はもっと強くなれる」
俺の世界はオビトしかいない。あとは理解してくれる親だけ。それでいいと、それだけでいいと思ってた。だがそれはダメだとお人好しは言った。仲良くなりたいとほざく馬鹿どもがいた。子どものままでいいと大人は言う。このインターンでもしかしたら悩みやトラウマも、余計なことも全部区切りをつけれるかもしれない。現No. 1のヒーローを見れば解決出来るかもしれない。
「俺はNo. 1を超えるヒーローになる。オールマイトとあんたを超える為に。それにあんたが言ったんだ。俺を見ていてくれと」
周りのモブどもが諦めたことをずっと諦めずに成し遂げたヒーロー。夢を叶えた今、この先どうすんのかが気になった。
「だから見に来た。これじゃダメか?」
「いいだろう。では早速」
「俺もいいか」
「ショートは赫灼の習得にだろう!!」
エンデヴァーが事務所を出ようとするのを轟が声をかけて立ち止ませる。轟は自分の気持ちを告げた。ヒーローとして来たと。息子だからって贔屓にしてくれるなと。技の習得に来たと思っていたエンデヴァーは見当違いなことに気づき己を恥じた。
「ヒーローとしておまえたちを見る」
親からヒーローとして意識を切り替えたエンデヴァーは3人を連れて事務所を出る。
「救助、避難、そして撃退。ヒーローに求められる基本三項。通常”救助”か”撃退”どちらかに基本方針を定め事務所を構える。俺は三つ全てを熟す方針だ。管轄の街を知り尽くし、僅かな異音も逃さず、事件事故があれば誰よりも早く現場へ駆けつけ、被害が拡大せぬよう市民野次馬がいれば熱で遠ざける。基礎中の基礎だ。並列思考し迅速に動く。それを常態化させる。何を積み重ねるかだ。雄英で努力を。そしてここでは経験を。山の如く積み上げろ。貴様ら3人の”課題”は経験で克服できる。この冬の間に一回でも俺より速く敵を退治してみせろ」
そう言ってエンデヴァーが走り出す。
「対応が早い」
「!!」
後を追うと既にバイクで暴走する敵を捕縛していた。
「当て逃げ犯確保」
「一足遅かったな」
「ッチ」
「爆豪気付いてるか?」
「テメーが気付いて俺が気付かねェ事なんてねンだよ。何がだ言ってみろ」
「ち、ちっせ」
「アイツ、ダッシュの度に足から炎を噴射してる。九州でやってたジェットバーン。おそらくあれを圧縮して推進力にしてるんだ」
「俺の爆破のパクリだ。つーかテメー今気付いたんか」
「ああ、全く。遠回りをした」
「もう一つ言わせて貰えば、あっちは大通りだ」
「そうか…!火炎放射で威嚇し、犯人の逃走経路を絞りこませて…!」
エンデヴァーは緑谷の言葉を待たずに飛び上がる。SKに後処理を頼み、緑谷達も後に続く。
「SKと連携しないんですか?」
「先の九州ではホークスに役割分担してもらったが…本来ヒーローとは一人で何でも出来る存在でなければならないのだ。ちなみにさっきのガラス敵の手下も俺は気付いていたからな」
「小っせェな」
「かっちゃん…!!」
「バクゴー。俺を見に来たと言っていたな。No. 1を超えるヒーローになると。個性使用せず俺について来れるとは中々良い移動速度だ。申し分ない。ルーキーとしてはな。しかし今まさに俺を追い越すことができていない知ったワケだ。個性の出し惜しみでもしているつもりか」
「こんな無駄なことに使うわけ」
「間に合わなくても同じ言い訳をするのか?」
ビルからビルを飛び越えて燃え上がるヒーローの後ろ姿を追う。大通りに出て跳躍。地面に着地した時には既にエンデヴァーがトラックに轢かれそうになっていた女性を助けた後の姿。
「ここは授業の場ではない。間に合わなければ落ちるのは成績じゃない。人の命だ」
「ぐっ」
「大丈夫ですか?」
「は…はい……」
「ショート、バクゴー。貴様ら2人には同じ課題を与えよう」
「何で毎度コイツとセットなんだよ…」
「それが赫灼の習得に繋がるんだな?」
「溜めて放つ。力の凝縮だ。最大出力を瞬時に引き出す事。力を点で放出する事。まずはどちらか一つを無意識で行えるようになるまで反復しろ」
「かっちゃん!徹甲弾A・P・ショットと同じ要領だ!」
「何で要領知ってんだテメー!本当に距離を取れ!!」
俺を見る異常者にゾワっと全身に鳥肌が立ち、思わずその場から距離をとる。優れた観察眼は褒めるに値するがほんっきで気持ち悪ぃ。その口を爆破でくっつけてやろうか。7割くらい本気で考えたが実行せずにパトロールを続けた。
午後になり、適度の休憩しねーと後のコンディションが落ちるということでどっかのビルの屋上でコンビニで買ったパンを口に含む。会計は上司であるエンデヴァーの奢り。冷えた風を浴びながら街を見下ろす。横でエンデヴァーがクソナードに対してアドバイスを送っていた。
「まずは無意識下で二つの事をやれるように。それが終わればまた増やしていく。どれ程強く激しい力であろうと、礎となるのは地道な積み重ねだ。例外はいる。しかしそうでない者は積み重ねるしかない。少なくとも俺はこのやり方しか知らん」
例外。やろうと思えばできた。考えるより動いてるから説明出来ない。それはよくにいう天才。天性の天賦というもの。俺は才に恵まれてない。ただ人より少し早く上達できるだけの凡人。エンデヴァーを追い越すためにはまだ積み重ねるしかない。
「同じ反復でも、学校と現場とでは経験値が全く違ったものになる。学校で培ったものを、この最高の環境で体になじませろ」
オビトから多くのことを学んだ。知識と戦闘。必要なこと、無駄にならないもの。オビトの持ちうる全てを授けてくれた。雄英に入学してから慣れないことばかり。慣れない人との関わり。言葉に表せない感情。目まぐるしい日々に立ち止まらず突っ走ってきた。心を置き去りにして、考えないように思考を止めて走った。けどまだ間に合うなら、整理つけれるなら。迷って、悩んで、納得できる答えを見つけたなら。
「なに、安心して失敗しろ。貴様ら3人如きの成否このエンデヴァーの仕事に何ら影響する事はない!」
向き合いたい。オビトのこと。クズじゃないヒーロー達と。俺を遠ざけない馬鹿どもと。そして緑谷とも。今まで目を逸らした分ちゃんと面と向かって話せれるように。
「バクゴーは何故個性を使わない。単純に走るより爆破で移動する方が早い。そうすれば俺に追いつけるんじゃないのか」
「じゃあ聞くが、あんたは階段登るのに個性使うか?」
「いや」
「個性使ってまですることはしねぇ。ただの移動に個性を使う必要を感じなかった。そんだけだ」
「なるほど。体育祭で見た時違和感があったのはそれか。だが間に合わなかった、はここじゃ通じないぞ」
「分かってる。俺が適応すればいいんだけだわ」
「個性あんま使わねぇのは、なんかあんのか?」
「ぁあ?」
「爆豪は初めから個性の使い方がうまかっただろ。なのに使わねぇのはなんでか気になった」
「テメーの国語力のなさの方が気になるわ」
「?俺は赤点とったことないぞ」
「嫌味も通じねーのか単細胞が!体ができるまで個性禁止って言われてたんだよ!」
「なんで」
「知らねーよ!あの人の言うことは全部正しいんだから疑問に思ったことすらねぇわ!」
「リスペクトが高い。かっちゃんのこんな姿初めて見た」
「気持ち悪ぃ目でこっち見んじゃねぇよクソナード!!」
「その体ができるまでとは、どれぐらいの期間まで要した」
「3年。解禁されるまで個性の発動すらしてねぇわ」
No. 1ヒーローの現場で一週間が経過。一挙手一投足が被害規模に直結するプロの世界。エンデヴァーから課せられた課題に未だクリアしていない。
「集中すればできることを寝ながらでもできるようにしろ!!やると決めた時には既に行動し終わっていろ!!」
敵を退治して次の現場に向かうエンデヴァーの後ろを追う。何も出来ず、事件を解決せずにただ戦闘服を汚していくだけの日々。自分がどれだけ意気込んでも足りないものだらけで到底No. 1ヒーローには追いつけない。能力値の低さ、判断の遅さ、視野の狭さ。修羅場を潜っても所詮ヒーローの卵。経験値の足りなさとNo. 1に追いつけない自分に苛立ちを覚える。この日も成果を出さずにエンデヴァー事務所に戻る。エンデヴァー事務所は宿泊設備が完備されているため住み込みで寝泊まりしている。無論SKも寝泊まりしている奴も多い。気配が多いとどうしても周囲を警戒してしまい、眠りが浅くなる。だが体を休めれば問題はない。地獄の特訓より幾分かマシだ。
「おはよー!!どーだい進捗はぁ!!!」
日が昇ったばかりの時間帯に起床。鬱陶しいSKの煩い声に朝から頭を痛ませる。
「いくぞ!!ついてこい!!」
スイッチを切り替えて今日もエンデヴァーの後を追った。
陽が沈む頃には肩で息をしてしまう。ずっと追っている俺らにエンデヴァーは事件を解決しながら道中でアドバイスを送ってくれた。どれも納得してしまう経験に基づいたものばかり。オビトも似たようだことを言っていたが、エンデヴァーはヒーローとしてのアドバイスをくれた。俺には師を仰いだ人との戦闘経験はあれどヒーローとしての経験は雄英に入ってから。ヒーローの卵。言い得て妙だが的確な名称。まだ経験が浅い俺にはまだ伸び代がある。ここでの経験を活かしてより強いヒーローに、No. 1を超えるヒーローに俺はなる。
「いくぞ!!」
「おお!!」
「ああ!」
「はい!!」
エンデヴァーの声かけにつられて勢いよく返事をした。
「ここが俺ん家だ」
「凄い!すっっごく立派な家だね」
「そうか?」
「……………」
今では滅多にお目にかかれない瓦を一枚一枚丁寧に敷いた瓦屋根。格子の扉まで続く飛石と敷き詰められた白砂。定期的に剪定されていると分かる美しい庭園。オビトの家に似た日本家屋、半分野郎の家に何故か足を踏み入れた。
「何でだ!!!」
「姉さんが飯食べに来いって」
「何でだ!!」
「友達を紹介してほしいって」
「今からでも言ってこい。やっぱ友達じゃなかったってよ!!」
「かっちゃん…!」
エンデヴァーのあの意気込んだ呼びかけはなんだったのか。何故嫌いな奴の家に呼ばれたのか。お友達を紹介とか何言ってんだとか。いろんな疑問と怒りが沸々と浮かび上がる。やっぱコイツら頭がおかしいっていうことだけ理解した。
「いらしゃ〜い!忙しい中お越し下さってありがとうございます。初めまして、焦凍がお世話になっております。姉の冬美です!」
玄関の扉を開けると姉と名乗る者がエプロンをつけ、隠しきれないワクワクした雰囲気を纏い緑谷達を笑顔で出迎える。
「こ、この度は、わざわざお招き頂きありがとうございます!ぼ、僕は轟くんのクラスメイトで、緑谷出久と言います!」
「知ってる!雄英体育祭で焦凍との試合、テレビで見たわ!」
「わ、ぁ…そ、その件につきましては…弟さんに危害を加えてしまい、大変申し訳なく思っております…!」
「試合だからいいだろ緑谷」
「何でだ…」
促されるまま轟家の敷居を跨いだ。
「突然ごめんねぇ、今日は私のわがまま聞いてもらっちゃって」
「嬉しいです!友達の家に呼ばれるなんてレアですから!」
「夏兄も来てるんだ。クツあった」
「家族で焦凍達の話聞きたくて」
居間に通された食卓には既に並べられた多種多様の大皿料理。唐揚げ、麻婆豆腐、餃子、卵焼き、竜田揚げなど男が好きそうなものばかり。腹一杯食べれるようにと配慮して作られたと分かる。次男の夏雄も交えて食事を始める。爆豪は自分の器に早速麻婆豆腐を乗せた。案外好みに合っていたのか黙々と麻婆豆腐を食べる。
「食べられないものあったら無理しないでね」
「食べられない物あったら無理しないでね」
「美味しい!この竜田揚げめちゃくちゃ美味しいです!」
「よかった!」
「この竜田揚げ味がしっかり染み込んでるのに衣はザクザクで仕込みの丁寧さに舌が歓喜の鼓…」
「飯まで分析すんな!てめーの喋りで麻婆の味が落ちるわ!」
「肉汁がたっぷりで凄く美味しいです!」
「そらそうだよ、お手伝いさんが腰やっちゃって引退してからずっと姉ちゃんが作ってたんだから」
「成る程」
「夏も作ってたじゃん、代わりばんこで」
「え!?じゃあ俺も食べてた!?」
「あー、どうだろ。俺のは味濃かったから…エンデヴァーが止めてたかもな。こんなもん食うなってさ」
ピシッッ、と空気が凍りつく音がした。姉の冬美が空気を和らげようと話題を振るが空振りになって更に空気が凍る。居心地が悪くなった夏雄は席から立ち上がり居間を出ていった。しばらくの間、食卓は静寂に包まれた。
食事を終えて空になった食器を台所に運ぶ。エンデヴァーは食器を洗いながら緑谷達に皿をそこへ置けと指で示す。まだ残ってる食器を運ぶため居間へ戻る。
「ていうか、かっちゃんも知ってたんだ。轟くん家の事情」
「は?俺のいるところでてめーらが話してたんだよ」
「聞いてたの!?」
ヒソヒソと小声で話す。防音の概念がない日本家屋の悪いところはどうしても声が響きやすい。そのため薄い襖ではどうしても人の声が聞こえてしまう。
「私だって夏みたいな気持ちがないわけじゃないんだ…でも…チャンスが訪れてるんだよ…焦凍はお父さんの事どう思ってるの?」
「この火傷は、親父から受けたものだと思ってる。お母さんは、堪えて堪えて…溢れてしまったんだ。お母さんを蝕んだアイツを、そう簡単に許せない…でもさ。お母さん自身が今乗り越えようとしてるんだ。正直…自分でもわからない。親父をどう思えばいいのか。まだ…何も見えちゃいない」
爆豪は我慢ならず襖に手をかけて思いっきり開く。
「つーかよぉ……客招くならセンシティブなとこ見せんなや!!まだ洗いモンあんだろが!!」
「ああ!いけない。ごめんなさいついー…」
「あ!あの!僕達轟君から事情は伺ってます…!」
「俺ァ聞こえただけだがな!晩飯とか言われたら感じ良いのかと思うわフツー!四川麻婆が台無しだっつの!」
「ごめんなさい、聞こえてしまいました」
知られたくないなら隠すそぶりぐらいしろ。オビトみたいに徹底的に隠す秘密主義者なら俺だって土足で踏み荒らすようなことはしない。オールマイトみたいに中途半端に隠して、知ってほしそうにされたらムカつくけど秘密仲間になってやる。こんな児相案件もんを一介の高校生に見せつけんじゃねーよ!!かまってちゃんしかいねーんか轟家は!!?
「轟君はきっと、許せるように準備をしてるんじゃないかな」
皿を集めてた爆豪の手が止まる。だがそれは一瞬のことでまた皿を積み上げて居間を出ていった。
食器を運び終え、居間で姉の冬美から事情を聞く。轟家の長兄、燈矢が10年前に山火事に巻き込まれて命を落としたこと。入院中の母が最近明るくなったこと。家が前向きになりつつあるということ。けれど次男である夏雄だけはエンデヴァーを憎んでること。
爆豪は先ほどのことを思い出す。食器を運ぼうと居間を出たら廊下で夏雄と鉢合わせたことを。眉間に皺を寄せ、下唇を噛んで何かを堪えるように俯いていた。その顔を見て苦しそうだったのはそういうことかと納得する。
「そろそろ学校に送る時間だ」
エンデヴァーが緑谷達に声をかける。冬休み丸々インターンへ当てられ、休日明けに学校生活に戻る予定になっている。インターンが終われば雄英に帰宅だったが、エンデヴァーが緑谷達を晩御飯に誘ったため今から電車で雄英に戻るのは不可能。むしろ終電さえ逃す。緑谷達の上司にあたるエンデヴァーは責任持って3人を送り届けることにしていた。
戦闘服が入ったケースを手に外に出ると、既に送迎車が待機していた。
「ごちそうさまでした!料理とても美味しかったです」
「ありがとう!」
「美味かった」
「学校のお話聞くつもりだったのにごめんなさいね」
「冬美」
車に乗り込もうとしていたエンデヴァーが気まずそうに、視線を下げて呟く。
「ありがとう」
ぎごちなく礼を言うエンデヴァーの横顔を見て微笑んだ。
「緑谷くん。焦凍とお友達になってくれてありがとう」
冬美は笑顔で緑谷の手をとった。兄弟がいない緑谷は姉がいればこんな人なのかなと思い馳せる。少しずつ前を向いている轟家に、いつか本当の家族になれることを願った。
「そんな…こちらこそ…です!」
送迎車ハイヤーに乗って雄英高校へ向かう。後部座席の窓側に座った爆豪はガラス越しで夜の景色を眺める。
「貴様らには早く力をつけてもらう。今後は週末に加え…コマをずらせるなら平日最低2日は働いてもらう」
「前回麗日や切島達もそんな感じだったな」
「期末の予習もやらなきゃ…轟くん英語今度教えて」
「あぁ」
「No. 1ならもっとデケェ車用意してくれよ」
「ハイヤーに文句言う高校生かーーー!!エンデヴァー、あんたいつからこんなジャリンコ乗せるようになったんだい!!」
「頂点に立たされてからだ」
「ケェーーーーー!!立場が人を変えるってェやつかい!!」
そもそもハイヤーは特別対応の車。完全予約制で企業の役員や海外のVIPの送迎、特別なパーティーや冠婚葬祭の際の移動手段として用いられる。充実なホスピタリティもあるがこんなことのためにハイヤー使うのはどうかしている。そもそも俺らは所詮ヒーロー。何かあった時順次対応すんのにハイヤーはどうなんだと問いたい。あれか?息子にいいとこ見せようとする親心か?いや、この車自体エンデヴァーの専用車か?ジーニストといいプロになったら金銭感覚狂うんか。
パチパチと脳内で計算する爆豪を他所に、運転手は前方にポツンと人影が立っているのに気づく。刹那、フロントガラスに向かって白い物に巻かれた人影が飛んできた。
「ケェーー!!!?」
運転手は当たらないようハンドルを切る。飛んできた人は上空でゆらゆらと揺れる。見覚えのある姿に驚愕する。何故なら先ほどまで一緒に食事をとっていた夏雄の姿だった。
「!?」
「夏兄!!」
「頭ァ引っ込んでろジャリンコ!」
「車田さん道の白線が!」
「喋んな!!舌噛むぞ!!」
ゆらり、ゆらりと白線が揺れる。道路のど真ん中で人影が叫ぶ。
「良い家に住んでるな!!エンデヴァー!!!」
運転手は轢かないよう必死でハンドルを回してブレーキを踏む。車が回転してガードレールにぶつかり、車体の姿勢を戻す。車から真っ先に飛び出したのは業火に燃えるエンデヴァー。エンデヴァーが出て行った後、車体は白線によって固く拘束される。
「彼を放せ!」
「俺をぉぉ!」
白線で拘束された夏雄を盾にする敵に、エンデヴァーは立ち止まるしかなかった。
「俺を覚えているかエンデヴァー!!」
「…………7年前…!暴行犯で取り押さえた…!敵名を自称していた。名は…」
「そう!そうだ、すごい!覚えているのか嬉しい!!そうだよ、俺だよ!エンディングだ!」
「もう一度言う、彼を放せ!」
「すまないエンデヴァー、でもわかってくれ。俺がひっくり返っても手に入らないものをアンタは沢山持っていた。憧れだったんだ!俺は何も守るものなんてない!この男を殺すから、頼むよエンデヴァー!今度は間違えないでくれ!」
矢印の型をした白線が夏雄の顔に突きつける。狂った憧憬をエンデヴァーに向けて敵は自身を抱いて懇願した。
「俺を、殺してくれ」
純粋な笑みにエンデヴァーは戸惑うしかない。早く倒さなければならないことぐらいエンデヴァー自身も分かってる。だが息子を人質に取られている以上身動きは取れない。それ以上に敵の思考が、言葉が鎖のように足を地面に縫い止める。
「ヒーローは余程の事でも殺しはしねェ!でもよ!あんた脳無を殺したろ!?俺もあの人形と同じさ。生きてんのか死んでんのか曖昧な人生!だから、安心して!その眩い炎で俺を燃やし尽くしてくれェ!」
BOOM!
爆破音が白線で拘束された車体から轟く。爆豪は爆破で壊した窓から脱出して飛び出し、後から続くように緑谷と轟も飛び出した。
「このジャリンコどもがぁ!忘れ物だぞ!」
運転手がレバーを引くと車のトランクが勢いよく開き、中から戦闘服が入ったケースが飛び出す。緑谷が率先して受け取り、爆豪と轟にケースを投げる。
「かっちゃん!ショートくん!」
爆豪と轟は緑谷が投げたケースを受け取り、サポートアイテムを装備した。
「ぶっ潰す」
「夏兄を助ける」
敵の個性は白線。人質は1人。エンデヴァーは動いてない。周りの状況、敵が動けば巻き込まれる。
敵との距離を詰めようとすると白線が放たれる。手で受け止めるがゴッ、と重い音と共に上空へ流された。
『溜めて放つ。力の凝縮だ。最大出力を瞬時に引き出す事。力を点で放出する事。まずはどちらか一つを無意識で行えるようになるまで反復しろ』
パチパチと掌に火花を散らす。溜める、溜める。瞬時に溜めて放つ。ここ。
BOOOM!!
「くっ、インターン生……俺の死を。仕切り直すぞエンデヴァー!!俺のマイホープ!!」
白線が散り散りになる。敵が体制を崩した。チャンスだ。早く敵を捕えるにはどうするか。上空にいるなら、地に足つけるより数秒早く動ける。掌を爆破させて普段やらない上空移動をする。エンデヴァーは何故か動かない。動かないなら、やる気ないなら退いてろNo. 1。直立するエンデヴァーを差し置いて前へ躍り出る。
「俺の希望の炎よ!!息子一人の命じゃァ、まだヒーローやれちゃうみたいだな!」
「夏兄を放せ!」
「チィィ!!早く俺を殺っさねェから!!死人が増えちゃうんだぁ!!」
道路上の白線を操り、道路を走っていた数台の自動車が持ち上がる。拘束された夏雄はちょうど走っている電車の路線に投げ出された。敵の確保、投げ出された車体の安全、轢かれそうになってる夏雄の救出。増えた選択肢。この中で1番早い爆豪はやることは決まったていた。
誰も死なせねぇ。俺なら間に合う。掌に溜めて、凝縮して一気に放出する。
キュウウ…BOOM!!
電車のライトに照らさた兄を掴む。もう一度同じ容量で爆破させて路線から離脱。
「増えねンだよ」
死なせねぇし増やさねぇよ白線野郎。叶わないキショい願いを抱えながら死ね。
「そうだ。増えない、増やさない。お前の望みは何一つ、叶わない!」
「あぁそうだ。何一つだ」
死人と怪我人を出さず、敵を確保した目覚ましく活躍した3人の姿を、エンデヴァーはただ後ろで見ていることしかできなかった。
「おい、あんた」
「う、うぅ…」
地面に座らせて拘束された白線を破る。腹を抱えてる半分野郎の兄に体調や怪我を確認していると、大きな足音を立てて近づく気配に顔を上げる。途端大きな体に包まれた。ピシっと体がこわばるのを感じる。前と横から人の感触。触れるのに多少克服しても接触には未だ嫌悪感と抵抗がある。
「怪我は!!?」
「…ねェよっ!」
「熱い…」
怪我の確認で離れたのにまた抱き寄せられる。なんともいえない表情をしたエンデヴァーがドアップに映った。強烈な加齢臭に顔を顰めていると脳裏に砂嵐が襲う。
ザ、ザザッ
『…っ……が……』
目の前の光景がぼんやりと映り変わる。
ザザッ
『…ヒー…ぃ…から………そく……て』
叩きつける雨音と暗い部屋。ベットに寝かされて手を強く握られた。
ザザザッ
『ぼ…がさ…るか…ら』
『…から…おね……よ』
力強く抱きしめる腕。震えた手。雨の匂い。悲痛の声。頬を濡らして歪んだ顔。
ザザザザッ
『夢が叶うその時まで』
『絶対に生きて。それだけは約束して』
「っは」
現実に戻る。加齢臭の腕からスポンと抜け出す。
「白線野郎は!?」
「確保完了」
「違う…?おまえ…じゃ…っない…!ダメだ…ダメだぁあ〜〜…〜」
口の中が乾く
「クソデク、モブはあ!?」
「車に乗ってた皆さん、なら大丈夫!!完全勝利だ」
「うるせー!!」
「なんで!?」
俺は、ちゃんと喋れてるだろうか
「なんだっけなァナンバーワン!!この冬!?1回でも!?俺より速く!?敵をを退治してみせろ!?」
耳のそば鼓動が大きく鳴る音がする。なんで今、あの記憶がよぎった。
「ああ…!!見事だった…!!俺のミスを最速でカバーしてくれた…!」
エンデヴァーと半分野郎の兄との会話をただ眺める。ドクン、ドクン。嫌に音を立てる心臓に手を添える。あれは、あの記憶は。
俺の両親との、初めての記憶だ
「あの、さっきはありがとう。えっと….ヒーロー名…」
「ああ?」
「バクゴーだよね」
「…違ぇ」
小声で呟くとキラキラした目が向けられる。
「え!?決めたの!?教えて!」
「言わねーよ!てめーにはぜってー教えねぇくたばれ!」
「俺はいいか?」
「だめだ!てめーもくたばれ!」
ふん、と鼻を鳴らす。
「先に教える奴いんだよ」
先生より、親より、オビトよりも1番に伝える奴が。