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レクレス様に、またも嘘をついてしまった。
アンジェロは、アンジェラ・エストレーモの双子の弟だなんて。本人なんですけどね。レクレス様もアルフレド副団長も、そのように思っていたのなら、その通りと思わせたほうが、一番すっきりするだろう。
「でも、一族と袂を分かった関係なので、姉以外には内緒です」
念は押しておく。お父様やお母様に、変な誤解されて家庭崩壊なんて冗談ではないから。
「アンジェラ……姉君にはいいのか?」
「姉弟ですから。実は密かに連絡を取り合っています」
そもそもアンジェラ本人ですからね。バレて困ることは何もないわ。
「そうか……。ここへ来たのは、姉君から?」
「はい。姉とレクレス様がご婚約なさったと聞きましたが、姉はレクレス様の女嫌いを大層心配していまして。ボクが様子を見に――」
「なるほど。そうだったのか」
レクレス様は頷いた。
「オレの口から言えたことではないが、姉君は元気か?」
「え? あ、はい。元気ですよ」
私はピンピンしておりますよ。
「兄アディンが、婚約を破棄したが」
「あー、そうですね……」
もともとアンジェラ・エストレーモとしての私は、第一王子であるアディンと婚約が決まっていた。それが破棄され、次の婚約相手がレクレス様に決まったから、こちらにやってきたのだ。
「アディン殿下とは、さほどお付き合いもありませんでしたし、むしろ疎まれていましたから。お互い、破棄してよかった――というのが姉の所感です」
「兄上は、かなりクセのある人物だからな」
レクレス様は苦笑している。そこで王子は真顔になる。
「それで……少し言い難いのだが、アンジェロ、お前は姉君と双子ということだが――」
「はい……?」
「似ているのか? その、容姿が」
「あー、はい」
似ている以前に本人です。……とはもちろん言えないよね。
「かなり似ているそうです。姉から、『あなたは私と似ているから、女装したらきっと可愛いわよ』って」
苦笑い。まあ、本人ですからね。似合って当然です!
「見てみたいな」
レクレス様は言った。
「アンジェロ、やってみせてくれないか?」
「……はい?」
それって、私に女装をしろと? 無理、無理、無理!
「あの、レクレス様は女苦手体質ですよ!? そんなことをしたら、レクレス様のお体が……!」
「むぅ……そうなのだが。しかし……」
レクレス様も、中々うんと言わない。
「お前に、女の仕草をと無茶を言った。だが、苦手体質は感じなかった。たぶん、中性的なお前の容姿で抵抗できたのだと思う」
今なら――レクレス様は力を込めた。
「アンジェラ・エストレーモはお前によく似ているという。もし、お前が女装した姿で、影響がなければ、オレはっ!」
椅子から立ち上がる勢いのレクレス様。どうしてしまわれたのだろう? 体質ゆえ、女性が絡むとそこまで熱心ではないと思っていたのだが。
「いや、すまない。その、お前の姉君、アンジェラ・エストレーモは、いまは一応、オレの婚約者だ」
腰掛け、レクレス様は机に目を落とす。
「いつまでも会わないわけにもいくまい。婚約者になったのだ。いつまでも、待たせては」
「……そうですね」
私も、新しい婚約者がどのような方か知りたくてここまできた。でも、女性が苦手なレクレス様が、婚約者である私に会おうと思ってくれていたなんて。
ポッと胸が温かくなる。私のことを気にかけてくれていたことが、嬉しい。
「もし、お前の女装で、オレの体質が反応しなければ――アンジェラに会える。だから……」
「レクレス様は、そうまでしてわた――姉様に会おうとしてくださるのですね」
「オレの初恋だからな」
「……はいっ!?」
え、え、えっ、何て言った? は、初恋!? わ、私が、レクレス様の?
「何故、お前がそんな驚く?」
「いや、その……驚きますよ。まさかレクレス様が姉様の、は、は、は、初恋だなんて」
「落ち着け、弟よ。動揺し過ぎだ!」
「弟っ!?」
「お前は、アンジェラの双子の弟だろう? なら、婚約者であるオレからも、お前は義弟ということになる」
「そ、そうですね……」
義兄さん……か。双子設定持ち出したから、考えてみればそうなるのか。
「それより! レクレス様の初恋はアンジェラだったのですか!?」
「あまり大きな声を出すな。幼い頃、王都にいた頃だな。エストレーモ侯爵令嬢のアンジェラに一目惚れしてな。それから何度か遠目で拝見していたのだ」
そうだったの? 当人である私に、まったく自覚がない。そもそも、確かに何度かお見掛けすることはあったが、きちんとお話した記憶がない。挨拶くらいだったと思う。何か特別なリアクションがあれば記憶に残ったんでしょうけれど……。
「あの、何か姉様とエピソードはありますか?」
一目惚れと聞いたが、何かそれ以外に、初恋らしい話はないか?
「うーん、これというエピソードはないな。オレが見かけて気に入り、何度か会いに行こうとしたが……中々勇気が出せなくてな」
女嫌い、乱暴者という印象も、そういえば昔はなかった。思えば、顔はいいが大人しくて地味でさえあった気がする。
「それで、今度こそと思って会いに行った日に、オレは女が苦手な体質になったんだ。慣れないながら目一杯めかしこんで、挨拶も練習してプレゼントも用意したのに」
レクレス様の表情が曇る。いや沈んだ。
「あの日以来、オレは女が駄目になった。大好きだったアンジェラの顔さえ忘れてしまうほどの苦痛に苛まれて」
「レクレス様……」
そんな……。ひどいよ。好きな人のために頑張っていた日に、まさかの体質変化。女性が苦手な体になってしまうなんて。
初恋だったらしい。私のことを好いてくれていたらしい。でも、その好きな気持ちを忘れなくてはいけないほどの苦しみを味わうなんて。
どうしてそんなことに……。
私の心は沈む。悲しみが込み上げて、胸が苦しくなる。彼を抱きしめてあげたい。私はここにいる――でも、それは叶わない。
アンジェロである私が抱きしめるのはおかしいし、アンジェラである私は、レクレス様の体質ゆえ彼を苦しめてしまうことになる。
悔しい。そんな時に、慰めてあげられないなんて……。