この作品はいかがでしたか?
14
この作品はいかがでしたか?
14
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『全世界を熱狂の渦に巻き込んだ音楽イベント<ざまあツアー2024>も、いよいよ最終盤に突入。今回のライブ会場は異世界のロシアだ。開催されるのは日本海に面した沿海州の玄関口、ナホトカ。同時開催のサマーフェスティバル<ざまあフェスタ2024>の様子も併せてご紹介するよ!』
キャビンアテンダントから渡された小冊子をペラペラとめくっていた特捜刑事ジャンヌ・アマンポリス(二十八歳、仮名)は、上に書かれた日本語の記事を見て、このイベントにどれくらいの異世界ジャパニーズがやってくるのだろうと考えた。異世界の日本は円高なので、海外へ出かける者が多い。不況に苦しむ極東ロシアは彼らにとって、旅行で訪れるのにうってつけの場所だ。満員の乗客を詰め込んだ旅客機が異世界転移ゲートと潜り抜け、ジャンヌの生まれ育った、この世界――その惑星を照らす恒星の名称からプファイン4202と呼ばれている――へ次から次へとやってくる。見るところは元の世界と、それほど違わないというのに。とんでもなく暇なことだと、休みなく働いているジャンヌは呆れている。
外貨を落とす旅行客は観光地にとってありがたい存在だが、時に迷惑なものとなる。その中には、犯罪者も多いからだ。特捜刑事であるジャンヌ・アマンポリスは、そういう不逞な輩を逮捕するため、日夜さらっさらの金髪を振り乱して働いている。今回の出張も、そんな犯罪者を捕らえるためだ。彼女はフランシュの首都ニュー銀パリをエールフランシュ航空の旅客機で旅立ち、ロシアの大地を飛び越えて今、ナホトカ国際空港へ降り立った。上空から見えたシベリアのタイガは、彼女が立つターミナルビルからは見えない。目の前にある窓が海に面しているので、見えるのは日本海の荒海だけだった。
「ざっぱ~ん、ざっぱ~ん、恨みを晴らして、ざまあ! するぜ。日本海の白波に誓うぜ、ざまあ! ざまあ!」
どこからともなく歌声が聞こえてくる。ジャンヌ・アマンポリスは声の方を見た。その青い瞳が大きく開かれる。あいつだ! 指名手配の異世界人、田兒之浦金四郎(たごのうらきんしろう、年齢不詳、仮名)だ! と彼女は確信した。チャラいミュージシャンに変装しているが、プロの目はごまかせない……そう、彼女は気付いてしまった。田兒之浦金四郎が背負っている白いギターは、一瞬でマシンガンに変わる。逮捕に失敗したら、血も涙もない悪漢のことだ、マシンガンを連射して逃げようとするに違いない。そうなったら最悪、空港は血の海となる。
逮捕を確実にするためには、人手が必要だった。しかし生憎と、ジャンヌは一人だった。応援を呼びたいところだったが、そのタイミングが難しい。田兒之浦金四郎が彼女に話しかけてきたからだ。
「お嬢さん、どう、俺の歌?」
感想を聞かれていると分かったので、ジャンヌは率直な印象を語った。
「メロディーは悪くないけど、歌詞が意味不明だわ。何なの、それ?」
半分だけ褒められた田兒之浦金四郎は得意げな笑みを浮かべた。
「今日から開催される<ざまあツアー2024>の素人のど自慢大会に出場するためのオリジナル・ソングだよ」
「その曲でエントリーしたの? てか、出場できるの?」
ジャンヌ・アマンポリスの美しい金髪からハーモニカを取り出した田兒之浦金四郎はブカブカブーとハーモニカを吹いてから言った。
「手品と込みで出場許可を貰った」
それってネタ枠じゃね? とジャンヌ・アマンポリスは思ったが、深く突っ込まなかった。それどころではないのだ。凶悪な指名手配犯、田兒之浦金四郎をとっ捕まえる大チャンスなのだ。しかし! 突然この悪党に拳銃を突き付け手錠を掛けることが、現実的に可能か? 失敗したら、取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。安全策を取ろう、と彼女は決めた。
「ちょうど良かった、私もね、その音楽フェスに行くつもりだったの」
そう言ってジャンヌ・アマンポリスは、田兒之浦金四郎の手を両手で握った。
「ねえ、一緒に行かない?」
書き忘れていたがジャンヌ・アマンポリスは絶世の美女である。どんな男も、誘われたら断れないのだ。
だが、しかし……断る男が、そこにいた!
「う~ん、お誘いは嬉しいけど、悪い、断らせてちょうだい」
予想していなかった事態に動揺するとともに、プライドを傷つけられイラっとしたジャンヌは、思わず大声を出した。
「どうしてよ―ッ! どうして私じゃダメよ―ッ!」
田兒之浦金四郎は苦笑いした。
「実は俺、指名手配犯で、警察に追われているんだ。俺と一緒にいたら、君に迷惑が掛かるかもしれない」
正直な悪党だ、とジャンヌ・アマンポリスは思った。すると思いもかけない言葉が出てきた。
「私、悪い男が好きよ」
正確には悪い男を逮捕するのが好きなのだが、どちらでも構わないだろう。
ジャンヌの言葉を聞いて、田兒之浦金四郎は爽やかに笑った。
「もしも俺が捕まったら、俺とは空港で知り合っただけだと警察に言うといい。実際、その通りなんだから。逮捕されても、すぐに釈放されるさ」
それから二人は一緒のタクシーで<ざまあツアー2024>兼サマーフェスティバル<ざまあフェスタ2024>の会場へ向かった。何だか知らんけど、二人の会話は弾んだ。田兒之浦金四郎は「君のために優勝するよ」とほざいた。残念ながら準優勝に終わったが、ネタ枠での出場にしては大健闘と言えよう。
田兒之浦金四郎がステージに登っている間に、ジャンヌ・アマンポリスは応援を要請した。その要件を告げる携帯電話を切ったとき、若干ではあるが良心の疼きを覚えた。悪い奴だけど、物凄く悪い奴ではないかも……なんて甘い考えだが、そう思えたからである。しかし彼女は特捜刑事だった。犯罪者は逮捕する、絶対に!
優勝者と準優勝者が祝福されるステージの脇でジャンヌ・アマンポリスは、田兒之浦金四郎に心からの拍手を送った。降りてきたら逮捕するつもりだった。贈呈式が終わり、入賞者や入賞を逃した者たちが壇上からステージ脇へ降りてきた。しかし田兒之浦金四郎の姿は、その中にない。
訝しむジャンヌに司会者が花束と手紙を渡した。
「準優勝者の男性が、これを貴女に、と」
準優勝者に渡された豪華な花束を胸に、ジャンヌは手紙を開いた。
[すまない、警官が会場に現れたので逃げるよ。応援してくれたお礼に、美味しいお酒と食事をごちそうしたかったんだけど、本当にごめんね。愛してる、さようなら]
手紙を読み終えたジャンヌの胸に、鋭い痛みが二つ走った。