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手術室の独特な冷たさが肌に染みる。俺は仰向けに寝かされ、看護師の声が微かに耳に響いていた。「麻酔を入れますね、大丈夫ですよ」。痔の手術、それだけのはずだった。だけど、何かが違った。ふと、麻酔が体に流れ込む感覚の中で、俺は看護師たちの不安げな声を聞いた。「あれ、ちょっと待って…量が…」という声が、遠のいていく意識の中で消えていった。
意識は深い藍色の闇にゆっくりと沈んでいくようだった。体が次第に遠ざかり、重さを感じなくなる。まるで自分の体から切り離され、どこか浮遊するような感覚。自分という存在がぼやけ、境界が溶けていく。何も見えない、何も聞こえない。ただただ、深い眠りに引き込まれる。だがその中で、何かが変わっている気がする。俺は今、どこにいるのか、何になっているのか…。思考が霧の中に散り、完全に消えてしまうその瞬間、意識の残りカスだけが、何かが終わり、新しい何かが始まる予感を微かに感じた。
次に目が覚めたのは、病室のベッドの上だった。ぼんやりとした意識の中で、天井の白さがまず視界に入る。視線を少し横にずらすと、窓際のテーブルに小さな花瓶が置かれているのが見えた。その中には数本のラベンダーが挿してあり、淡い紫色が静かな病室に彩りを添えている。ラベンダーの香りがほのかに漂い、頭の中に残る重たい感覚と不安な気持ちを一瞬だけ和らげた。手術は終わったんだ、死なずに済んだんだと胸を撫で下ろすが、すぐに両手に包帯が巻かれているのが目に入った。「え? なんで手に包帯が…?」。痔の手術に手の包帯は全くもって筋が通らない。なんとも言えない違和感が広がり、俺は体全体に意識を向ける。
ゆっくりと体を起こし、周囲を見回す。病室の中は静かで、窓からの淡い光がカーテン越しに差し込んでいる。ベッドのそばにはモニターや点滴のスタンドがあるだけで、人は誰もいない。どこか異様に静かなその空間に、不安な気持ちが広がっていく。
目線を下に落とすと、体全体が妙に柔らかいことに気づいた。胸元を見ると、服がわずかにはだけ、その隙間から覗くふくらみに視線が釘付けになった。そこに二つの柔らかな膨らみがあることに、強烈な違和感とともに衝撃が体を駆け抜けた。瞬間的に理解が追いつかず、頭が真っ白になる。「えっ…?」指先が震え、胸の鼓動が徐々に強くなっていくのを感じた。両手を胸に伸ばし、恐る恐る触れると、ふわりとした柔らかな感触が指先に伝わり、鳥肌が立った。その感触が確かに自分の体の一部だと理解すると、心の中で何かが崩れるような感覚に襲われた。「なんだこれ…俺の胸が…?」 驚きと混乱で手が震え、さらに強く触れると、服がさらにずり落ち、その柔らかな膨らみが露わになった。滑らかな曲線が視界に広がり、全身に火がついたように熱くなる。「こんなの…嘘だろ…」「な、なんだこれ…」。俺は慌ててベッドから体を起こそうとした。すると、肩から腰にかけてのラインが、これまでの自分のものとは全く違う感触であることを知る。腰が細く、肌が滑らかで、そして脚の感触も異様に繊細だ。
「なんで…俺が…」と声を出そうとした瞬間、自分の声の高さに驚いた。全く違う声だった。それは女性のような、透き通った声。「まさか…」心臓が激しく鼓動し、震える手で病室にあった鏡を手に取った。そこには見知らぬ女性の顔が映っていた。大きな目、整った鼻筋、柔らかな唇。俺は鏡を見つめるその顔が自分のものだという現実を飲み込むことができなかった。
胸を押さえると、その柔らかさが自分の一部であるという事実が拒みたくても押し寄せてきた。触れるたびに、その温かな感触が皮膚を通じて身体の奥まで響いてくる。「これが…俺の体なのか…?」唇が震え、心に浮かぶのは恐怖と混乱、そしてわずかな好奇心さえもあった。。両手で頬を触ると、その感触はあまりにも滑らかで、まるで他人を触っているかのようだった。俺の体は、完全に女になってしまっていた。何もかもが違う。体のバランス、重心、そして胸や腰の存在感が常に感じられて、俺はどうしても慣れることができない。
しばらくして、医師が病室に入ってきた。彼は俺に向かって静かに説明を始めた。「実は、麻酔の投与量のミスで非常に危険な状態になりました。あなたの命を救うために、ちょうど同じタイミングで脳死と判定された女性の体に、あなたの脳を移植するという決断をしました」。
その言葉が現実のものだということを理解するのに、時間がかかった。女性の体に脳を移植されて、俺はこれからこの体で生きていかなければならないらしい。鏡に映る女性の顔をもう一度見つめると、整った目、整いすぎた鼻筋、そして柔らかな唇に、美しさとともに戸惑いを感じた。その見知らぬ姿に、どうしても慣れない。自分の体のはずなのに、その美しい顔に違和感が拭えない。手を胸にあて、その柔らかさが体全体に広がると、思わず赤面してしまった。はずかしさと戸惑い、そしてこの新しい感覚への不意の興奮が、混ざり合って押し寄せてくる。
「俺が…女に…」と呟くと、その声の響きもまた自分のものではない。突然女性になってしまったことに、どうしても慣れることができず、これからどうやって生きていくのか、その不安で頭がいっぱいだった。そこで、俺は医者に聞いた。「先生、一番聞きたいことがあるんです…俺は、一体誰なんですか?」医者は一瞬黙り込み、微笑みを浮かべて言った。「まあ、あなたはあなたです。それ以外に何も変わりませんよ」。その曖昧な答えに、俺は深い戸惑いを感じた。全身に力が抜け、俺は再び自分が完全に別の存在になってしまった現実を思い知らされた。