「私は幼馴染として、あなたが真剣な気持ちで北斗と一緒にいるのか聞いておこうかと思ってね、だってね北斗は本当にいいヤツなの、ただ・・少し誤解されやすいっていうか・・・」
本来ならここまで会ったばかりの他人に、結婚した二人のことをとやかく言われれば腹が立つ所だ
しかし貞子は、真剣に北斗の事を心配しているからこそ、こんな質問をしているのだ、貞子の顔を見れば、北斗を大切に思っていることぐらいすぐわかる
やじうま根性で、北斗とアリスの関係を詮索しているのではなくて、ただ心配しているだけだった
いつかアリスが北斗を棄てここを去って行き、彼が傷ついてしまうのではないかと思っている。自分はこの土地の人間ではない
それは貞子だけではなく、ジンも直哉も、よそ者のアリスがいつかここに飽きてしまうのではという懸念があるからこそだ
あの北斗でさえ結婚した当初は、その不安が全面的に出ていた。しかしアリスは北斗に貞子やジンのような素敵な人間関係があった事に安心した
父親の愛に恵まれなかった北斗だが、友人にはこんなに恵まれている。愛すべき、口うるさい友人に囲まれて、北斗は学生生活を送れていたのだ
だからこそ北斗はひとつもひねくれずに、健気に弟達の面倒を見て、牧場経営を軌道に乗せている
アリスは貞子に微笑んでコクンと頷いた
「あなたが北斗の吃音症のことを知っていてくれて・・・安心したわ 」
貞子が前のめりになる
「ええ・・・北斗さんに直接はまだ聞いてないけど一緒に暮らしていて、彼が・・・吃音症に悩まされていたことはわかるわ、今でも少し・・・激しく動揺したりした時に少しその癖が出るみたい・・・でもね・・・ 」
アリスはリビングの大理石のソファーテーブルに、飾ってる黄色いガーベラを指さした
「たとえばこのガーベラが北斗さんとするでしょ?このお花の中で大きくてとても存在感があるわ」
「うん・・・ 」
「さっき・・・ここへ来る前に島のサービスエリアで、彼のお仕事仲間にお会いしたわ、皆さん北斗さんに信頼を寄せている感じだった。彼は誠実で素晴らしい牧場経営者よ、馬を愛し・・・弟達や牧場の従業員達の責任を一身に背負ってる・・・・ 」
二人は黄色く健気に咲いているガーベラを見つめた
「さらに彼には心を許せる友人がいて、その人達は彼のためなら何でもするし、彼のことが大好きで、尊敬している、吃音症も彼の強い意志で乗り越えたし、勇敢で自分でしっかりと規律を守る素晴らしい人、それが私の旦那様の北斗さん・・・」
そしてアリスはガーベラの横に小さく咲いている、かすみ草を指さす
「一方こっちは私・・・・27歳にもなって何の仕事もしてないわ・・・ただの北斗さんの扶養で専業主婦、主婦なのに北斗さんのほうがお料理は上手なの、それから・・ええ・・・みんなは私がITOMOTOジュエリーの人間だからお金持ちだと思うかもしれないけど、勘当されてるのよ、だから財産なんてないの 」
彼の努力にくらべたら、なんて自分は薄っぺらな人生を歩んできたのだろう、喉に熱いものが込み上げてきて、かすれ声で続ける
「教員免許とわずかな資格は持っているけど、実際はコンビニエンスストアにも入ったことのない世間知らずな役立たずは、実家にいても何処にいても同じ・・・・それが私なの・・・・ 」
テーブルの北斗を示す、存在感のあるガーベラはとても大きいのに比べて、自分の示す、申し訳程度のかすみ草はなんと貧弱な事か
「つまりね・・・正確に言えば、北斗さんは私にはもったいない人なの、吃音症の問題なんか私には些細な事だわ、そんなことどうでもいいの・・・強くて勇敢な男性、魅力的で素晴らしい牧場を持っている。そして弟達や彼を大切に思う友人達に囲まれているわ、一方私は独りぼっち・・・財産ももう持っていないし先日も・・・少し北斗さんに迷惑をかけてしまったし、本当の所を言うと、北斗さんがどうして私をお嫁さんにしてくれたのか今だにわからないの、私よりいい相手がいくらでも見つかりそうなのに・・・」
その時貞子がアリスの手の上に手を置いた、ハッとアリスが貞子の顔を見つめた
「あなたは独りぼっちなんかじゃないわ」
貞子がアリスを見る瞳が温かさに輝いている
「あなたの傍にも私とジンという友達がいるわ、そして北斗があれほど悩んでいた吃音症を些細な事だと言うあなたを、奥さんに迎えられた北斗は本当にラッキーよ 」
貞子が自分を思いやってくれているのがわかった
「私・・・真綿にくるんで大切に扱わなければならないお嬢様だと、周りに思われたくないの、本当に北斗さんと肉体的にも精神的にも二人で一緒の人生を歩んでいくためには、心から尊敬できる彼とは常に対等にいたいの・・・」
「おまけにベッドでは凄そう・・・違う?」
貞子が付け加える、アリスが笑って言う
「ええ・・ベッドでは凄いわ」
「あら!ジンも負けてないわよ、聞いてよ!ジンったら新婚旅行の時ね― 」
「うんうん♪ 」
今までアリスが居た気取った上辺だけの、上流階級の付き合いでは絶対に話題にしないこんなことも、気さくな裏表のない性格の貞子なら何でも話せた、それがこんなに気持ちがいいなんて
自分が発する言葉や振る舞いが、どう誰に回って陰で噂されるとか、いちいち詮索しなくていいのだ
いつも誠実で正直でいられて、どんな自分でも受け入れてくれる友人がいるなんて、本当に素敵なことだと思った
納屋からキッチンに帰って来た北斗は、リビングで二人がどんな会話を繰り広げているのか知りたくて、女性たちの声に耳を澄ました
最初は貞子の声が聞こえて、そこから二人が笑う歓声が聞こえた
よかった―アリスが元気になってきている、正の一件で少し元気がなかったアリスを、貞子に会わせてやっぱり正解だ
リビングからあたたかな雰囲気が伝わってくる、女性たちは楽しく話し込んでいる
アリスは孤独だ
はじめて会った時から彼女の顔を見ればわかった
母親とITOMOTOジュエリーの抑圧に、押し潰されそうになって、愛してもいない鬼龍院と伊藤家のために結婚しようとしていた
彼女の母親には残念だが、世の中にはそういう親もいるものだと、北斗は確信を持っている自分達が悲劇を繰り返さなければいいのだ
実家を出た彼女はもう成宮の人間だ、今後は自分が支えていくのだと北斗は心に決めていた
彼女こそ、ずっと夢に見ていた、いつか出会う理想の女性だ、待ち続けていた運命の相手だと、ガラにもなく酔ってしまいそうにまる
それでも妻が同性の友人を持つことは大切だ
アリスは自分の庇護のもと素晴らしい、友人に囲まれて生きてもらいたい
幸せそうな貞子のはち切れそうなお腹を見ると、アリスがそこに重なる
いつか自分とアリスの間に子供が出来たら素晴らしいと北斗は思った
二人の愛の結晶がたとえどんな子でも守り、愛し抜こうと北斗は心に決めていた。自分はあの父親の様には絶対ならないし、アリスも彼女の母親の様にはならないだろう
そんな時が来たら家族ぐるみで付き合いをし、助け合う友人が必要になる
北斗は貞子とアリスが仲良くしてくれるのを、心から嬉しく思った
スマホを片手にジンが興奮気味に北斗に言った
「なんと!親父がイノシシを仕留めたらしいぞ!」
「すごいじゃないか!」
北斗も興奮して言う
「イノシシ肉は鉄分が豚肉の4倍はあるからな、親父が貧血気味の貞子に食わせたいそうだ」
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