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《Lが、イギリスに帰ってきた》
暗い室内に、たった一つだけ明かりが灯っている。端末の画面に表示された一文を見つめ、少年はその手を止めた。
「……Lが……イギリス、に?」
呟きながら、少年は床に置いたパソコンへと身を屈める。這うようにして画面をのぞき込んだあと、無言のまま部屋を一周するように歩き出す。
思考を深める時の癖だった。
「“Lがイギリスに帰ってきた”。“イギリスのどこに”帰ってきた? 場所の特定はそれだけか?──なんて、雑な言い方だ」
──Lがイギリスに帰ってきた。
その一文には、“嘘”と“真実”が複雑に絡み合っている。
そもそも、Lという人物がどこかの国に“帰る”ような人物ではないのに、なぜ、Lが“イギリスに”帰ってきたと分かるんだ?
イギリスに、Lが“いた”とでもいうのか。
その前提がおかしい。
誰がそれを断言できる?
Lの出身地を知る者など、世界中探してもごくわずかしかいないはず。
なのに、なぜ“帰った”と言える?
それは、“知っている”者の書いた言葉。あるいは──“知っている”と誤認させるための嘘。
「……帰ってきた……ねぇ」
少年の口元に、皮肉のような笑みが浮かぶ。
“帰る”というのは、かつて“そこにいた”ことを前提にしている。つまりその文は、Lが“イギリスにいた”という情報を、あたかも当然のように含んでいる。
本当か、嘘か──それは分からない。
だが、もし仮に“本当に帰ってきていた”のだとしたら──Lは、イギリス“出身”ということになる。
……それは、ただの事実以上の意味を持つ。「イギリスに“帰ってきた”」という言葉が真実であるなら、Lは“イギリスから出た”人物であり、そして今、再び“戻った”ということ。
──じゃあその“L”は、イギリスの“どこ”にいるのか?
ロンドン、マンチェスター、ノッティンガム……否、そんな大雑把な話ではないだろう。
「“イギリス”だけじゃ広すぎる。どこの町か、州か、村か、せめて住所でも添えられていればいいものを……」
少年はパソコンに向かって睨みつけた。
「使えない、“銭ゲバ探偵”め」
舌打ちをひとつ、鋭く鳴らした。
それが誰のことかは、言うまでもない。
Lの情報を金で売り飛ばしたという──
『エラルド=コイル』。
情報屋の皮を被った金食い虫。
曖昧な情報をちらつかせるだけで、重要な核心には触れない。あとは札束の厚みで交渉を操ろうという魂胆が透けて見える。
「こっちは多額の依頼金を払ってるというのに……これが報酬分の仕事かよ」
パソコンの画面に表示されたメッセージは、『イギリスに帰ってきた』それ一行だけだった。
相手は無駄口を一切叩かない性質なのか、それともただの無能か。
どちらにせよこのメッセージが意味するものはただ一つ──Lは、“戻ってきた”。
「イギリス……。ちと盛大すぎるな……」
少年はぼそりと呟いた。
床に座り込み、前に置かれた古びたパソコンに指を這わせる。
埃を被ったキーボードから、規則的な打鍵音が響く。
〈イギリスだけじゃ分からない。もっと絞ってくれ〉
打ち込んだ文を送信して、背もたれもない床に身体を預ける。
一瞬──いや、本当に瞬き一つする間もなく、パソコンの画面が切り替わった。
─────
0x7F A3 19 FF 2E 4B 9D 00 1C 7A ∆ 03 8F 91 00
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{ SYS::OVR-CHK / RT_SYN / PID:0001F3 / MEM:ΔLOCK }
F9E4-3C7A-11D0-A765-00A0C91E6BF6
A3 5D 7E FF 92 18 00 7B 9A 61 00 00 00 13
enc::layer[03]
QkFTRTY0X1BBUlRfU1RBVElDX0xPQ0tfU0lHTg==
!@#%Δ&*()_+|{}:“<>?~
▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒
[TRACE_ROUTE::REVERSE_TUNNEL]
192.168.0.1 → 10.24.7.3 → 172.31.4.19 → 209.85.233.104
→ ???.???.???.???
␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀␀
SIG{9F3C-11A2-77D4-EE01-A1C3-998B}
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
─────
「なんだ、これ……」
浮かび上がったのは、拡張子すら持たない、異質なデータ。開いた瞬間、英数字と記号、目に見えない制御文字までもが、洪水のように画面を埋め尽くす。
これは“答え”ではなく、“パズル”だ。
エラルド=コイルが提示してきたのは、“回答”ではなく、“挑戦”。
──解けるものなら、解いてみろ。
そんな声が、画面越しに聞こえてくるような錯覚すら覚える。
「ふざけた真似を……」
英数字、記号、不可視文字。内容を確認する前に、復号だけで何時間もかかるだろう。
「……エラルド=コイル、こんなのを送り付けて──暇なのか?」
しかも、これはただの暗号じゃない。
内部に擬装された擬似署名、パケットの分断送信、受信時に再構成される自己崩壊型データ。
受信者のデバイス構成まで逆参照して、リアルタイムに構造を変化させる。下手に開けば、自動でデータが消失する仕掛けすら組まれていた。
「……死ねよ」
低く、感情の乗らない声だった。
本気で殺意を向けているわけじゃない。ただ、純度100%の軽蔑だ。
解けないように作られた問題。
解かせるためではなく、「解ける側に自分がいる」と誇示するためだけの構造──
──本当に、性格が悪い。
少年は、ふぅ、とひと息ついた。
膝にノートパソコンを載せたまま、復号プログラムを二重に通し、コンバーターで構文を変換、さらに仮想OS上で表示専用ウィンドウを開く。
数時間かけて、ようやく、文字が一行、表示された。
『51.0632, -1.3080』
──その座標を見た瞬間、全身の血の気が引いた。
「……ぅあッ!!」
胸を強く殴られたような衝撃。肺の奥まで冷気が流れ込むような感覚。視界がぐらつく。何かが崩れる音が、脳内で何度も反響した。
「……うそ……だろ……」
声にならない。喉が動かない。
──分かってしまったからだ。
この数字の意味が──
“緯度と経度”。
それも、恐ろしいほど正確な。
慌ててマップソフトを立ち上げ、手元のコンソールに数値を打ち込む。ほんの数秒、画面が読み込みを終え──
一枚の衛星写真が映し出された。
「……ウィンチェスター大聖堂……!」
画面中央に浮かんだのは、イングランド南部の街。まさに、ワイミーズハウスのある街だった。
そこには崩れたウィンチェスター大聖堂の映像が映った。
──正体不明、世界三大探偵、“絶対に見つからない”と言われたLの居場所を──たった一撃で見つけるなんて……!
叫ぶように、息を吐いた。
震えていた。
指先も、背筋も。
「まさか、こんな……バケモノが……」
こんなのが存在していいのか。
こんな精度で、“Lの座標”を特定する存在が。
だが、少年が思考を巡らせるより早く、画面が更新された。
エラルド=コイルから返信が届いた。
《Lは、もうそこにはいないよっ!^_^》
心臓が跳ねた。
「……なんだと……?」
あの座標が、もはや無意味であるかのように告げる一文。
居ない? Lが?
今まさに“そこ”にいると信じていたのに──
いや、それほどの“確信”を与えられたのに──
すでに、そこにはいない──?
すぐさまキーボードを叩く。
〈どこに行った? 場所を教えろ〉
画面が一度だけちらつき、可愛くない返信が返ってきた。
《報酬金を上げてねっ!^_-☆》
「……! こいつッ……!」
ふざけているのか。遊んでいるのか。それとも、本当に“取引”として冷徹にやっているのか。
少年はしばらく画面を見つめ──ため息を吐いた。
「……ああ。もういいよ」
唇は皮肉に歪んでいるが、そこにあるのは焦りと敗北感、そして僅かな諦め。
「Lの座標を撃ち抜く程度には……お前の“力”はもう、十分分かったよ」
──けど。
少年はキーボードを打つと、再び依頼人にメールを送った。
〈お前は本当にLの居場所を“特定した”のか?〉
返ってきたのは、またしてもあっさりとした一語。
《はい( ‘∀’)b》
「……ふぅん」
さして興味もなさげに頷く。
が、すぐにさらに問いを重ねた。
〈名前や出世もか?〉
再び、即答。
《はい\(^o^)/》
少年は一拍、間を置いた。
その“軽すぎる反応”に、逆に神経が研ぎ澄まされていく。
〈……どこまで、Lを知っている? お前はLを“見たことがある”のか?〉
そして──
画面に現れたのは、たった二行。
《──はい。
すべて見えています》
その言葉を読んだ瞬間、少年の背筋が凍った。
ふざけているのかと思ったが、文面には無駄な遊びも、挑発もない。
これは──本気だ。
相手は、“Lのすべて”を本気で見ている。
「……こいつ」
少年は、低く呟いた。
手が、じんわりと汗ばんでいるのを感じる。
「ヤバすぎる……」
もはや金や契約でやり取りしている相手じゃない。
──あのLを、特定し、覗いている。
しかも、“すべて”などと平然と断言するその口調に、底知れぬ狂気が滲んでいた。
──次の一手を、間違えれば飲み込まれる。
「……」
少年は無言でパソコンを閉じた。
そっと、だが確実に。
一線を越えてしまった現実がそこにあった。