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《ピリリリリリ、ピリリリリリッ……》
朝から鳴り響くスマホの着信音で目を覚ます。今日は休日のはずなのにどうして起こされなくてはいけないのかと、苛立ちながらスマホのディスプレイを確認する。時計を見ればまだ午前八時前、しかも画面に映された番号は未登録で全く身に覚えがない。
無視してもう一度寝ようとするが、何度も繰り返されるコール音に否が応でも起きるしかなかった。
「……もしもし?」
『もしもし、|雨宮《あまみや》 |鈴凪《すずな》さん? 私はHAGASAKEコーポの大家なんだけど、貴女が|守里《もりさと》 |流《ながれ》さんの保証人の方よね』
なるべく低い声で電話に出ると、相手はまさかの大家さんだった。ただし私の住んでいる家ではなく、元カレである流の賃貸アパートの大家だという。嫌な予感がするが、保証人になっていたのは事実なので話を聞くしかなくて。
『守里さんね、家賃を半年近く滞納してたのよ。それなのに今朝になって集金に行ったら、部屋はもぬけの殻でね。電話も繋がらないから、貴女が何か知ってるんじゃないかと思って……』
「つまり流は家賃を滞納したまま勝手に出て行った、という事でしょうか?」
保証人の私に電話がかかってきたという事は、大家さんにはいま流を探しているのだろうけれど……そんな彼の居場所など別れた私にだって分かるはずもなく。
それよりももっと心配なのは……
『そうねえ、滞納していた家賃もそのままで。私も本当はこんな事は言いたくないけれど、貴女が守里さんの保証人だからね』
続く言葉なんて簡単に想像出来る、本当にどうして私の人生はこうなってしまったのかと頭を抱えるしかなかった。
『|守里《もりさと》 |流《ながれ》の連絡先が知りたい? は、俺がそんなもの知るわけがないだろう。そもそも借りがあるのはアンタの方で、俺が何かしてやる義理はない筈だが』
「それは分かってるんですが、こっちにも事情がありまして。|神楽《かぐら》さんの立場なら流と連絡を取る方法を調べるくらい簡単でしょう?」
神楽 |朝陽《あさひ》は相変わらずの塩対応だが、もうそんな事を気にしてはいられなかった。なにせ元カレの流が滞納していた家賃が何と四ヶ月分、しかも部屋の使用状態がかなり悪かったらしく高額な退去費用まで請求されたのだ。
流の職場は分かっているが、つい先日あんな問題を起こしておいてもう一度乗り込んでしまえば今度は神楽 朝陽から何を請求されるか分かったものじゃない。
そう考えると、こうするしか思いつかなくて。流の両親にも連絡してみたが知らぬ存ぜぬの一点張りだ。彼からすでに婚約破棄の話も聞いていて、この対応なのだろうと思うとかなり悔しくなる。
『簡単か難しいかの問題じゃない。|鈴凪《すずな》は誰を都合よく使おうとしているのか、ちゃんと分かってて話をしてるんだろうな?』
「……ちゃんと分かってます。私が頼もうとしてる相手は神楽グループの御曹司、神楽 朝陽さんだって」
ドSの、とも付け加えたかったが、それは我慢しておいた。余計な事を言えば結局何倍にもなって返ってくると、さすがの私も理解したから。
正直なところ、こうやって私が頼んだところで彼が「分かった」と言うなんて思ってない。でもそうするしかない状況に追い込まれて、どうしようもなかったのもあって。それなのに……
『アンタにもう一つくらい借りを増やしておいた方が、俺もこの先やりやすいかもしれないな。いいだろう、あの男の連絡先を調べて送ってやる』
「……え? 良いんですか」
逆にあっさりと引き受けてくれて拍子抜けしてしまう、もしかすると明日は槍が降るのかもしれない。案外|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》は情に訴えればチョロいのかも何て狡い考えはすぐに見破られたようで。
『|鈴凪《すずな》の借りが増えるだけのことだ、その分以上にアンタには働いてもらう予定だし問題ないだろ』
「ああ、そういう意味なんですね」
今回の「お願い」もちゃんと借金として増やされていて、未来の私がしっかりと利子をつけて返す羽目になるらしい。お坊ちゃんの癖に、神楽 朝陽はケチな性格してると文句を言いたくなりそうだけどグッと我慢しておく。
神楽グループの御曹司ともなれば、いい加減な貸し借りをやっていたらきっと都合良く利用されるだけの立場になるだろう。彼の考え方は企業の上に立つ人間としては間違っていないのかもしれない。
……それが私にとっては、都合の悪い事ばかりなのではあるけれど。
「それで、私がすることは決まったんですか? 今度連絡するって言ってから音沙汰無しでしたけど?」
『大体は、な。まあ、それはもう少し待ってろ、先に|守里《もりさと》 |流《ながれ》の連絡先について調べてやるから』
「ありがとうございます」
お礼の言葉を聞いているか分からないくらい、あっさりと電話は切られてしまった。それでも神楽 朝陽は絶対に私とした約束は守ってくれる気がして、とりあえずホッと胸を撫で下ろした。
『ありがとうね、おかげで|守里《もりさと》さんからきちんと支払いして頂けたわ。貴女のおかげよ、|雨宮《あまみや》さん』
「……あ、いえ。それは良かったです、それではもう私に請求が来るような事はないと思ってていいですか?」
|流《ながれ》の住んでいたアパートの大家さんから感謝の電話をもらって、私も心配事が一つなくなったことにホッとしていた。元カレの連絡先について調べると言ってくれた神楽 朝陽だったが、彼はその理由を知るとわざわざ流に「別れた相手に迷惑をかけるな」と釘を刺してくれたらしくて……
|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》はこれも「貸しのうちだ」と言ってくれたけれど、本当にそれを信じてもいいのだろうか?
『ええ、雨宮さんに守里さんの事で連絡することは今後はないと思う。本当に助かったわ、ありがとう』
「いえ、それなら良かったです」
通話が終わった後も、まだ信じられない気持ちだった。私にあんな態度を取った流がすんなり支払いをするとは思ってなかったのに、たった数日でこんな事になるなんて。
神楽グループの御曹司に睨まれるのは流石に困るという事なんでしょうけれど、自分がどれだけ元カレに馬鹿にされていたのかが分かって少し悔しくもあった。
『結婚の為に貯めていた貯金とやらはもう少し待ってろ、せっかくだからもう少し面白くして返してやる』
神楽 朝陽がついでのように私に言った面白くという単語が気にはなるけれど、今は深く考えるのは止めておくことにする。
それよりも彼が契約についての話をする日がいつなのか、その事の方が今はずっと気になっていた。