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ある日、スーパーマーケットで品出しをしているところに救急隊の医院長の一人から電話がかかってきた。
「今、暇ぁ〜?」
「まぁ、時間は取れるけど、何の用?」
「お願いがあるんだけど、ちょっと病院来て〜?」
女性の医院長からのお願いと言えば高級車の入荷依頼かと思ったが、それなら電話で済むはずだ。病院への呼び出しとなるとすぐには思いつかない。
取りいそぎ他の店員に出かけることを伝え病院に向かった。
病院のエントランスでは自分を呼び出した女性医院長が待っていた。
案内されるまま地下駐車場から上階の医院長室に通される。室内に入ってすぐ彼女は「お願い」を言った。
「コレさぁ、持って帰ってくれると嬉しい」
「コレ」と指された視線の先にいたのはソファで寝ている友人の黄髪の医院長である。
「持って帰る、とは?」
今ひとつ意図が分からず聞き返すとため息をつきながら答えてくれた。
「いいんちょーさぁ、せっかく家があるのにずっと病院にいるんだもん。休憩室じゃなくて院長室で寝ているし」
どうやら働きづめの医院長を病院から連れ出して休ませたいらしい。彼の人間関係からすると救急隊も警察もギャングも忙しいのは理解できるので、自由な時間を作ることができる自分にお鉢が回ってきたのだろう。
「お願い」は分かったが、先ほどの会話で気になったところを聞いてみる。
「家持ってるんだ」
「そ。あげた〜」
前に彼から「貰ってばかりだ」というような話は聞いたが、まさか家までプレゼントされていたとは。彼女はその家まで案内してくれると言う。
彼女に案内された場所は病院の目と鼻の先の一軒家だった。彼女が鍵を開け、彼を抱えた自分は中に案内される。
「ごめん。事件対応入ったから、いいんちょーお願いね〜」
自分に鍵を預けた彼女を見送り、とりあえずは彼を寝せようと家の中で寝室を探す。
入り口近くには病院にも掲示されている隊員の写真。
そのまま進むとリビングと思しき場所にテレビのあるサイドボードと小さないくつかの写真。地下も含めていくつかの部屋を見るがリビングにはソファーがあったが、ベッドというか寝室そのものがない。
仕方がないので、鞄と仮面を外し、白衣を脱がせてソファーに寝かせる。
素顔となった彼の目の下にはクマがあり、以前見た時よりも痩せたような気がする。
キッチンスペースを覗くと冷蔵庫やコンロはあるが、使われている形跡はない。
彼女の言ったとおり、ほとんどの時間を病院で過ごしていたのだろう。近くに猫カフェがあるし、なんなら救急隊員が運営するパン屋もあったはずだ。
この家には生活感がまるでない。でも彼の大事にしている思い出はある。
しばらく彼の様子を見ていたが、ずっと眠っていて手持ち無沙汰なこともあり、少し考えてスーパーの同僚に電話する。
数分後、同僚は頼んだ食材を手にやってきたので玄関で受け取る。
「ここ自宅ですか?」
「いや。知人の家」
「まぁ、深く追求しないでおきます」
「ありがとうね。お金振り込んでおいたから」
受け取った食材で暖めれば食べられるような作り置きの食事を作っていると、リビングの方から足音がした。どうやら彼が起きたらしい。
「あれ?なんでお前いるの?」
「頼まれた」
「あぁ。なんか悪いね」
そんな会話をしていると、彼のものであろう、腹の音が盛大に鳴った。
「うわっ。はずっ!あーもー。ずっと良い匂いしてるんだもん!」
途端に子どものように騒ぐ彼をリビングのソファに座るように勧める。
「キッチン借りたよ。作り置きできる料理作ったから。それとも今食べる?」
「食べる!」
「んまー!」
「そんなに手の込んだ料理じゃないけど、良かった」
頬をハムスターのように膨らませながら食事をする彼の斜め向かいに座り話を続ける。
「ところで、いつも食事はどうしてるの?まさかエナドリだけとか言わないよね?」
彼は言葉を詰まらせながら言い訳をする。
「んぐっ。猫カフェか救急隊のパン屋か押し売りに来るギャルカフェとか………」
「どれも軽食だよね。ちゃんと食べないと。さっき運んだ時軽くてびっくりしたよ」
「まぁ、色々と忙しかったんだよ」
「仕事しすぎで全然休んでいないんじゃない?」
「それは」
「贈った車、乗ってる?」
「ぐっ」
どうやら図星だったらしい。
「だいぶ体制が整って、新人たちもヘリや事件現場に慣れて、僕がいなくても回るようになってきたはずだから。これからは適度に休むよ」
「ほんとぉ?」
「………努力はする」
食事を終えしばらく話をしていると彼に電話がかかってきた。
「俺、用事できたから出かけるわ」
「どこか行くの?」
「砂漠の飛行場。昔なじみで集まってジェット機に乗せてくれるらしい」
ああ。あの人たちか。
「砂漠まで送ろうか?」
「いや、病院にメカニックの子が迎えに来てくれるから大丈夫」
「帰るついでだから病院まで送るよ」
短い距離だが彼を助手席に乗せ病院へと向かう。
「今日はありがとうね」
「まぁ、あまり無理しないでね」
「うん。ご飯もありがと。じゃぁ、行ってくるわ」
彼はそういうと待ち合わせをしていた自分も顔見知りのメカニックの女性に向かっていった。
まぁ、無理をするなとは言ってはみたが、彼のことだ。どうせまた無理をするのだろう。
家の鍵をもらったのはちょうど良い機会だったのかもしれない。
まずはベッドを入れて、飯も作っておこう。
たまには贈った車を理由にドライブに連れ出すのもいいかもしれない。
この街での楽しみが一つ増えた。