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wki side
空が橙色に染まり始めた、ある夕暮れ。
家に帰ると、いつものようにODをしてしまった絶望感で頬を濡らす元貴はおらず、ただ楽しそうに夕ご飯を作っていた。
嬉しそうな鼻歌が耳から脳に流れ込んできて、付き合ったばかりの頃に戻ったような感覚さえした。
「ん? あっおかえり〜」
両手にパスタが盛られた皿を抱えた元貴が、俺を見るなりにこやかに微笑みかけてくる。
「……ただいま……」
元貴は薬を飲むようになってから、自炊をきっぱりしなくなっていた。
それどころか、以前は普通にこなしていたことさえ一人で出来なくなり、俺が甲斐甲斐しく世話を焼いていたのに……
「す、ごいね……一人で料理できたの?」
「え、そうだよ? いつものことじゃん」
「疲れてるの〜?」とケラケラ笑う元貴に、心臓がきゅうっと締め付けられる思いがした。
元貴が心の底から楽しそうに笑った顔、久しぶりに見た気がする。
もしかしたら、元貴の精神が回復に向かっているのかもしれない。
そんな期待を抱いた時だった。
「…………ない」
背後から、冷たくボソッと呟く声が聞こえた。
振り返ると、元貴がいつの間にか薬箱の前に移動しており、この世の終わりのような絶望を感じさせる目をしていた。
「え?」
「っないの! 薬が!!」
突然ヒステリックに叫んだ元貴の手には、空のピルケースが握られている。
少し前に補充してあげたばかりなのに、もうすべて飲んでしまったのか。
「……ぇっと……」
「滉斗、盗んだでしょ」
光を宿していない真っ黒な瞳が、呆然と立ち尽くしている俺を捉える。
「ぬす……?」
「だから薬! 滉斗が盗ったんでしょ!? どこにやったの!」
人を殺せそうなオーラを纏った元貴がこちらをキッと睨む。
無論、俺は盗んでなんかない。
が、そのことを今の元貴に説明するのは無理だと悟った。
「買ってくる、買ってくるから」
宥めるように優しく言ったが、今の元貴には無意味だったらしい。
「なんで盗むの! なんで意地悪するの!?」
元貴は近くにあった写真立てを手に取ると、怒りに任せて振り上げた。
元貴と付き合って間もない頃に行った海での初デートで、思い出として一緒に作った写真立て。
「だめッ!」
自分の口から意図せず大きな声が飛び出る。
まさか怒鳴られると思っていなかった元貴は、驚いた顔をして静止した。
元貴の高く上げられたままの手から力が抜け、写真立てが滑り落ちる。
ガシャーンと大きな音が部屋中に響き、貝がらなどの装飾やガラスの破片が辺りに飛び散った。
「ぁ……」
声にならない声が漏れ、数秒後に俺の目から水が零れる。
そこからはもう記憶がない。
どうしようもない悲しみが体中を駆け巡り、気づけば俺は一人でドラッグストアの前に立っていた。
真っ白な頭で考えた結果、俺は「薬を買いに行かなきゃ」という思想に至ったらしい。
どんな時でも元貴ファーストな自分には笑うしかなかった。
頭痛薬が入った袋を提げて、玄関の前で深呼吸をする。
元貴があそこまで暴れたのは初めてだったから、もしまだ機嫌が収まっていなかったらと思うと少し怖かった。
いや、恋人に怯えてどうすると自分の頬を叩き、そろりと家の中に忍び込む。
リビングをそうっと覗くと、床にぺたりと座り込み、割れた写真立てのガラス片や貝がらなどの飾りを両手に抱えて泣きじゃくっている元貴がいた。
ガラス片が刺さったのか、その手からは血が幾筋も流れ出てきている。
想像していなかった異様な光景に、思わず戸惑ってしまう。
「元貴……?」
「あっひろと……ねぇ聞いて、ぼくが割ったんじゃないの」
はくはくと口を動かして何かを伝えようとしていたので、しばらく背中をさすって落ち着かせてやる。
「あのね……この、初デートの時に一緒に作った、写真立てあったでしょ? それがね、あの、急に落っこちて壊れちゃって……ホントに僕じゃないの、信じて、ごめんなさい……」
小さな子どものようにグスグス涙を零す元貴を抱きしめてあげながら、回らない頭で必死に考える。
『僕が割ったんじゃない』……?
もしかしたら、怒りすぎたショックで記憶が無いのかもしれない。
「写真立てはさ、大丈夫だから。また海にドライブ行って貝がら拾って、一緒にもう一回作ろう?」
「うん……」
血だらけの手で涙を拭い、にぱっと微笑んだ元貴の頬が真っ赤になっている。
「それより元貴、怪我の手当しないと。血の量すごいし、救急箱──」
「血ッ!?」
俺の言葉に飛び上がるように立ち上がると、自分の血まみれの手を見るなりブルブルと震えだした。
「いやッ! ぃ痛い! 血っ、血……止まんない……! 死ぬのっ? ぼく死ぬのかな、滉斗たすけて!」
膝や肩に手のひらを擦り付けたせいで、元貴の服が真っ赤になっていく。
「落ち着いて! ……死なない、死なないから」
元貴の手を水道水で洗って止血し、絆創膏、ガーゼ、包帯で手のひらを覆い尽くした。
「これで終わり」
「あ、ありがとう……」
部屋には物が散乱し、その中心で抱きしめ合う二人の服は真っ赤。
傍から見れば悲惨な状況の中で、疲弊した俺たちは元貴が作ったパスタを黙々と食べた。
今ではこんな風に変わってしまった元貴だけど、作るパスタは昔と変わらず懐かしい味がした。
コメント
13件
うぁぁ~! さいこうすぎるんですけどっぉぉぉ、、 神すぎますぅっ、 続き楽しみに待ってます!
ああーーーーーーーー 若井さんーーーーーーーーーー!!!! 私のメンタルが……メンタルが!! 共依存っぽいっすね。ありがとうございます大好きです。
ちょっと待って下さい。 一気見したんですけど凄すぎました 大森さんが、自分の感情コントロールできなくなってるのも好きです、 若井さんが優しくて、でもなんかあれ、?ってなってる感じも大好きです。 私の心に刺さった癖が刺さって抜けません。 続きが楽しみすぎる