決裂
「ピッピピピッ」
嘉村堂の2階でスマホのアラームが鳴り響いている。僕は目を覚ましまだ重い体を動かしてスマホを手に取りアラームを止める。体を返して仰向けになり天井をじっと見つめる。まだ視界がぼやけていてよく見えない。
僕は布団から出ると布団を畳んで部屋を出て階段を降りていった。階段を降りて廊下を歩いていくと座敷の部屋の前に着いた。
机の上に置いてあるリモコンを取ってテレビをつける。テレビでは天気予報が流れていた。どうやら今日は曇りらしい。すると台所の奥から菊さんが出てきた。
「おはよう。」
そう言うと、菊さんはお盆に乗せていた食器を机に並べる。僕も食器を並べるのを手伝いながら「おはよう」と答える。食器を並べ終わると「今から味噌汁持ってくるからね」と言ってまた台所に戻っていった。
僕はまたテレビに目線を移す。昨日の和哉との事がどうにも気掛かりだった。少し言い過ぎたのかもしれない。本当は和哉だって分かってたのかもしれない。おじさんが凄く心配していたこということを…….いや、和哉が一番分かってるはずだ。元々、理由も無しにあんなことすろような奴じゃなかった。僕は勝手に和哉を疑って、僕はあいつに何をした?偉そうに分かった気になって説教なんかして、何様のつもりだよ。
「は~い。味噌汁だよ。」
菊さんが鍋敷きの上に小さな鍋を置く。
「あ、ありがとう。」
「どうしたの?具合でも悪いの?」
菊さんが僕を心配して声を掛けて来た。僕は「大丈夫だよ、全然。」と返し、お椀に味噌汁をよそぐ。僕は菊さんの顔を見ない。僕らは黙ってテレビを見ながら朝食を食べる。ニュースではMCの芸人が映画の告知に来た役者達を軽くいじりながら、笑いを取っては自分の責務を着々とこなしていく。『やっぱりプロの人なんだなぁ』と関心していると菊さんが話し掛けて来た。
「晴ちゃん、昨日和哉くんに会いに行ったんでしょ?」
「うん…..何で分かったの?」
菊さんは僕の目をしっかりと見て答える。
「昨日の夕方にね、凛ちゃんから電話があったの。『今から何処かに用事があったみたい、もしかしたらこの前言っていた和哉さんって人が関係あるのかも』ってね。」
「そうだったんだ…..。」
僕はお茶を一口飲んでゆっくりと机の上に置いた後事の事情を話した。最初は不安だった。自分がしたことは良いことだとは思えなかったから……それでも自分は伝えたかったんだと菊さんに訴えかけた。僕達が和哉のことを心配していること、僕達だけじゃない河村のおじさんもとても心配していること。それさえ伝えれば十分だった。それさえ伝わっていれば十分だったんだと。
菊さんは何も言わずただ黙って聞いてくれていた。僕が話し終わると菊さんが空っぽになった湯呑みにお茶を注いでくれた。
「晴斗く~んいる?」
僕はこの声を聞いた瞬間誰だがすぐに分かった。いつも楽しそうな声、今日はあまり彼女と会う気分にはならないなぁ~…….とそう思っていると「お邪魔しま~す」と言いながら廊下から佐藤さんが顔を出した。
「お待たせ~、晴斗くん。」
「いや、別に待ってないよ。」
僕の言葉を聞いて佐藤さんが妙な笑みを浮かべる。
「何なの?」
彼女は僕の質問を「まぁまぁ」と受け流して菊さんに挨拶をした後、僕を嘉村堂から連れ出した。半強制的に。
僕と佐藤さんは嘉村堂を離れ大通りの方へ歩いていった。僕らは二人横に並びゆっくりと歩いて行く。
「晴斗くん、今から遊びに行こうか。」
「はぁ?」
佐藤さんは僕の顔を見ないでそう告げた。彼女は本当は察しているのだろう、僕が和哉のことで気を落としていることに。彼女の優しさが僕の心をきつく締め付ける。
ホワイトニットとジーパンを身に着けて、ベージュ色のベレー帽を深く被った彼女は帽子のつばを回しかぶり直すとこちらに振り返った。
「良いじゃん、気分転換!!」
「良いよ、気を遣わなくたって…..。」
「別に~私が晴斗くんに気を遣うと思う?」
彼女は嘘をついている、これも彼女の優しさなんだと察した僕は彼女に続いて歩き出した。
僕らは街の中心部にある駅前に来ていた。彼女は近くのコンビニ飲み物を買いに行った。僕は彼女の荷物持ちだ。駅前のベンチの上に腰を掛け彼女を待っているとある男に声を掛けられた。
「晴斗何してんの?」
僕が顔を上げるとそこには和哉が立っていた。今一番会いたくない和哉が…..。
「ちょっと知り合いとね….。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
和哉は何処かイライラしているように感じた。昨日の事もあり和哉と何を話せば良いのか分からない。「和哉は何で…..」と尋ねようとしたとき僕の声は和哉の声にかき消された。
「もう昨日みたいなの止めてくれよ。晴斗は関係無いんだからさ。」
「えっ」
「正直ウザいんだよ」
僕は和哉のその言葉に怒りを覚え、気付くと口走っていた。
「何だよウザいって、俺達はお前のことを心配しているだよ。だからお前には……。」
和哉は怒りを大の声にして叫ぶ。
「だからそれがウザいんだよ!!止めろよ、そんな風に俺を哀れむような目で見るの…..俺はお前の家族でも兄弟でも何でも無いんだよ!!」
和哉は突然そう叫んだ。和哉が叫んだことへの驚きと同時にまた怒りが僕を襲う。
「お前、いい加減にしろよ!!おじさんがどれだけ心配しているのか分かんねぇのかよ。お前はあの人の家族だろ、そのくらい分かれよ。」
「ちょっと、何してんの!?」
僕達の大声を聞きつけたのか佐藤さんがレジ袋を手に持ちながら僕達の間に入ってきた。
「邪魔しないで、佐藤さんこいつは言わなきゃ分かんないんだ!!あの人の気持ちを。」
佐藤さんは必死に僕を引き止める。
僕はとても興奮状態に入ってしまい、我を忘れてしまった。正面を見ると泣きそうな目になっている佐藤さんとその奥には顔を真っ赤にした和哉が見えた。和哉は僕に反抗しようとまた声を上げた。
「お前に何が分かるって言うんだよ!?家族が居ないお前なんかに!!」
和哉のそのひと言で口論に終止符が打たれた。和哉はその後すぐに何処かへ行ってしまった。僕と佐藤さんはベンチに暫く座っていた。何も喋ることなく、ただ黙って。
「晴斗くん、あの…..」
「佐藤さん、もう帰って良いよ」
「で、でも…..」
「いいから、一人にさせて。」
佐藤さんは小さく頷いて駅の中へと入っていった。僕はそれから動けなくなっていた。何処か体の調子が悪い訳でも無い。ただ、心が僕の躰を縛り付けていた。次第に駅前には人気が無くなり、辺りは暗くなってきていた。
コメント
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まさかはるとに家族がいないとは、、、怒涛の展開に目が離せないです!!
ど~も作者の岡田湖天です 今回はいつも以上に頑張って みました(笑) もし良かったらコメント欄で 感想や質問など書いて頂ける と嬉しいです! 質問も出来るだけ答えていき たいと思います どうぞこれからもこの未熟者 をよろしくお願いします!! by 岡田湖天