テラーノベル
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プロローグ
――波の音が、鼓膜の奥を叩いた。
ざらつく砂が頬を撫で、潮の香りが鼻をつく。
瞼を開けば、灰色の空。
崩れた船の残骸が浜辺に打ち上げられ、煙のような霧が海と陸の境を曖昧にしていた。
(……生きてんのか、俺)
喉の奥で掠れた声が、乾いた笑いのように漏れる。
身体のあちこちが痛む。切り傷も打撲も、今さら数える気にもならない。
――島流し、という言葉が脳裏をよぎる。
「罪人」として、理不尽な罪を被せられ、誰も知らぬ海へと放り出された。
理由など分からない。ただ、国の都合だ。
(……どうせ死ねってことだったんだろうな)
立ち上がろうとした瞬間、頭上で光が弾けた。
雷――いや、霧の中を走る稲妻だった。
普通ならありえない。空に晴れ間はないのに、稲妻だけが白く輝いていた。
(……なんだ、ここ。天気おかしいだろ)
(ていうか、どうやって助かった……?)
(夢じゃないよな、これ)
心の中だけはやたらとうるさい。
外見はいつものように、無表情。
そんな自分に苦笑する余裕もないまま、ふらつく足で浜を歩く。
――そのとき。
霧の向こうから、白の髪が揺れた。
静かに歩み寄る白衣の影。柔らかい光を纏ったような姿。
その人は、まるで海辺に咲いた一輪の花のように、そこに立っていた。
「……大丈夫ですか?」
優しい声。
けれど、どこか現実味が薄い。
顔を上げたカイルは、思わず息を呑む。
その“人”は、背に白い羽を持っていた。
光に透ける羽毛が、風に散っている。
(……羽? いや、え、なに、幻覚?)
(マジで死んだのか俺)
心の中でツッコミながらも、声には出さない。
ただ、ぼそりと一言。
「……生きてる、……はずだ」
すると天使――ルシアンは、安堵の笑みを浮かべた。
「よかった。あなたは“生きています”。
ここは――ギセ連合国。外の海を越えて来られたのですね」
“外の海”という言葉に、カイルの眉が僅かに動いた。
国名にも聞き覚えがない。
地図にはない国。
そして空を見上げれば、霧の上にだけ“青空”が広がっている。
(……おかしい国だな)
(っていうか、なんだこの人。マジで天使……?)
(……いや、喋り方柔らかいのになんか怖い)
無言で見上げるカイルを前に、ルシアンはそっと微笑んだ。
「立てますか? 少し休める場所があります。……教会まで、ご案内します」
差し出された手。
その温かさが、人のものではないと直感で分かった。
けれど不思議と、拒む気にはならなかった。
(……まぁ、地獄よりはマシか)
カイルは、濡れた髪を掻き上げながら、静かにその手を取った。
――この瞬間から、彼の“運命の歯車”は、確かに動き始めていた。
MaruM
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