プランツェイリアンと不老不死の話は、少しばかり血生臭い話になる。遠い昔、まだプランツェイリアンの名前すら地球人には知られていなかった頃から、その噂は囁かれていた。
「人間の形を模した植物を口にすれば、永久の命を手に入れられる」
西遊記の人参果、グリム童話のガルゲンメンラインなど、人型の植物と不老不死に関する伝承は世界中に散らばっている。そして、それまでは単なる空想でしかなかった不老不死に関する物語が、プランツェイリアンの存在によって真実味を増すようになったのだ。
事実、プランツェイリアンは不死とはいかないまでも、不老長寿に近い肉体をしている。縄文杉やバオバブの木、オウシュウトウヒなど、地球上でも長生きをする植物は多い。肉体に植物的特徴を多く持つプランツェイリアンも、植物達に似通った性質を持っているのだろう。
問題は此処からだ。彼ら彼女らの植物的特徴から来る老化の緩やかさを、欲深い人間達は「取り込むことで手に入れよう」と考え始めたのだ。取り込むとはつまり……プランツェイリアンを貪り食らい、その血肉を糧として自らが不老不死になろうという意味だ。
時代背景や儀式文化として、人間としての強力な能力や神様からの加護を手に入れる為、討ち取った敵軍の死体を食べる行為は確かにある。しかし、俺が暮らす現代この国では、人を食べることなど認められていない。勿論、プランツェイリアンも。しかし、ルールを理解し守ることが出来るのは正気の者ばかりで、己の欲と狂気に彩られればそれらの枷は効力を失うのだ。例え、プランツェイリアンの体に不老不死の効能など存在しないとしても。
そう、プランツェイリアンを食べたところで、不老不死の効能など得られない。鶏肉を食べたって空を飛べないのと同じようなものだろう。まぁ、鶏は元々飛べないだろうが。そんなことも分からなくなってしまうくらい、人類にとって老いと死というものは恐ろしいのだろうか。
「何をおっしゃっているのか。その美しい顔形は、どう見てもプランツェイリアンの姿をしているではないか」
ローブに顔を隠した男が俺の顎を掴む。掠れた声の感じから、それなりに年を重ねた人なのだろう。五十歳か、六十歳か。半世紀以上生きてきて、人の自由や命を奪ってまで生き続けたいと思う理由が分からない。それとも、それだけ生きてきたからこそ死や老いが怖いのだろうか。皺の刻まれた手に滲む汗の不快感に、俺はガリリと指の股へ噛み付いてやった。
「痛あっ!? ぐぅうっ、植物風情が生意気な!」
さっきまで「おっしゃる」なんて言っておきながら、少し抵抗をすれば「植物風情」だなんて言い出す。全く以て理不尽な話だ。このおっさん達のように自分勝手なカルト教団は、結局プランツェイリアンを共に地球で暮らす仲の良い隣人なんて思っていないのだ。自分の欲を叶える薬であり、都合の良い道具だ。腹立たしいことだけれど、事実なのだから仕方がない。
こんな奴等にカズちゃんの居場所を教えるわけにはいかない。今此処でプランツェイリアンに間違えられて、手足や目玉を奪われることになろうと。そもそも俺は、プランツェイリアンに間違えられる為、こんな風に姿を取り繕っているのだから。
「文字通り、煮るなり焼くなり好きにしろよ。何をされたって、俺は家族の話はしない。さぁ、さっさとやってくれよ」
「……ちっ。こんな小柄な花では、全員には行き渡らんな。これでは話し合って分配せねばならないだろう」
リーダーなのだろう男の言葉に、他のローブ達がざわめいて文句を言い出す。連れてきたのは私ですよ、だとか、情報を見つけたのは私なのに、だとか。誰も彼も、自分のことしか考えていないようで笑えてしまう。今のうちにも、少しは抵抗を見せてやろう。そう考えて、俺は目の前にいる男の鳩尾へ思い切り頭突きを入れてやった。がごんっ、と耳障りな音がして、男は悲鳴を上げることもなく胸を押さえて座り込んだ。
しかし、俺自身も無傷では済まず、頭突きの反動で椅子に繋がれたまま俯せに倒れてしまう。顔面を守ることもできないので、せめて鼻を強打するのだけは避けようと横を向く。ごんっ、と鈍い音を立てた頬が、殴打された時に似た激痛を覚えて悲鳴を上げる。
「ぐぅあっ……っ……!」
椅子に縛られたまま呻き声をあげる俺に、ローブの人間達が集まってくる。リーダーが俺に倒された今ならば、末端の自分達もお零れに与れる……それどころか、本命の不老不死の妙薬を一番に手に入れられるとでも思っているのだろう。いくつもの手が俺に群がり、ロープから解放された腕や髪を掴む。暗い部屋の中、銀色の光が僅かに煌めいていた。何人かがナイフを取り出したのだろう。覚悟は決めていたものの、やはり怖いものは怖い。
(これは……やばいかもなぁ……)
太腿へひたりと押し付けられた金属の冷たさに、思わず目を瞑る。出来れば命ばかりは助かってほしいなと思いながら、次に俺へ襲い掛かるだろう激痛に歯を食いしばった、その時。
「助けに来たよ、マコ!」
ピンチの仲間を助けるヒーローみたいに、彼は俺を助けに現れた――――人間・狼森真(おいのもり まこと)を助ける為に、プランツェイリアン・赤荻和樹(あこおぎ かずき)は敵の陣営へ単身で飛び込んできたのだ。
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