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事故でもあったのだろうか。交通課のパトカーがサイレンを鳴らしながら数台出動していった。

昨夜と一転、今日は七月上旬波の熱気になるそうだ。大雨が嘘のように晴れた空に、雲が流れていく。


琴子は、刑事課の隣にある資料室で、一人両手で頬杖を突きながらパソコンの前に座り続けている。

自分で入れ直したカフェオレはもう3杯目だ。たった三時間がこんなに長いとは。


話は朝に遡る。

琴子が出社すると、狭間と捜査一課の小國が談話室でテレビを見ていた。小國が手招きする。

「木下さん、見てみ。ニュースになってるよ。全国ニュース」

『昨夜8時頃、松が岬市内にあるマンションの一室で、住人の男性が心配停止の状態で発見され、その後病院で死亡が確認されました。

男性はガラス工芸家で知られる咲楽こと櫻井秀人さん、29歳で代表作のオーブシリーズでは国際的な賞も多数受賞されていました。

警察は自殺とみて捜査しています』

「はい言い切ったね。自殺で決まりなんだ」

ハスキーな声を出しながら小國が鼻で笑う。

狭間と同年代の刑事で、捜査一課に配属されて二年目だという。

それまでは交通課でいわゆる白バイ隊員として活躍しており、スピード違反、飲酒運転の検挙率は、県内トップだった。

が刑事課に配属されてからはモチベーションが下がったのか、いかに仕事を楽にこなして早く帰るかしか頭にない、狭間のくっつき虫的存在になり下がったという噂だ。

「自殺か」

席についた琴子にいつの間にかすでに着席していた西塔が話しかけてきた。定年を数ヵ月後に控えた大ベテラン。刑事課への配属は3回目だそうだ。

「その線が濃厚らしいです」

「首つりなんでしょ?」西塔が後ろのロッカーを開ける。

「過去私が担当した事件の中で首つりはあったかな」

そこには無数のファイルがきれいに色分けして入っていた。

「わあ、すごい数」

「何でもかんでも保存しておくたちでね。今まで担当した事件も事故も、交通課の時のも、鑑識課の時のも、人事部時代の記録だって全部とってある。ほら、あいつらを採用したのも私たちだよ」

「おはようございます」

遅刻ギリギリに入ってきたのは浜田。刑事課は三年目の配属になる、壱道の同期らしい。何かと評判の悪い壱道とは対照的に、模範的で目立たず、陰口も叩かれなければ話題にも上らない男だ。上司の言いつけを守り、適度に気が利き、指示されたことは完璧にこなす、狭間の言葉を借りれば「ÒLのような奴」だ。

昨日、遅くまで残っていた内勤の浅倉は昼からの勤務だ。


「朝礼始めるぞ」

狭間から簡単に昨夜の概要が説明されたのち、正式に事件の担当者が壱道と琴子に決まった。

昨夜から「だめ。木下さんは当分、俺が指導するから」とごねていた狭間だったが、

「まあまあ、初めから凶悪事件とかだと教育もままならないから」と西塔に諭され、

「自殺の報告書作りくらいがちょうどいいんじゃないですか」と小國に笑われ、

「成瀬は捜査自体は丁寧ですし」と浜田に説得され、しぶしぶ了承した。


ふと窓の外を見ると、いつのまに来たのか駐車場から壱道が歩いてくるのが見えた。

朝礼に遅れているのに、急ごうともしない。よく見れば昨日と同じワイシャツ、同じネクタイだ。

琴子の視線を追ったのか狭間が窓の外を見て舌打ちをした。

「何か問題があったら俺に言うように」声を潜め、だがはっきり聞こえるように狭間は言った。「どうせコネで入った問題児だから」




五分後、挨拶もなしに刑事課に入ってきた壱道は、琴子を見つけるなり、二台のパソコンとともにこの部屋に放り込んだ。


「監視カメラ映像。これがエントランスこっちがエレベーター」

言いながらそれぞれパソコンを起動させ、手慣れた手つきでSDカードを差し込んでいく。


「櫻井が帰宅するのが、午後6時13分」

言いながらそれぞれの映像を早回しする。


「これが生前の櫻井」

一時停止する。


入り口の自動ドアを通り、手前に歩いてくる男が見える。

画像が荒いが、背格好は昨日見た櫻井と同じだ。

つづいて、エレベータの方も時間を合わせると、今度は乗り込んできた櫻井の顔がはっきり写っていた。


何かに悩んでいる様子もないリラックスした顔。ボタンを押す仕草も、ゆったりとした足取りも、これから自殺しようとしている人間には見えない。

「外には非常階段がついているが、その入り口はピッキングなどはできないシリンダー式であり、常時ロックがかかっている。

一階の廊下への壁をよじ登って乗り越えることも不可能ではないが、部屋に侵入するとなれば、部屋の鍵も家主に解除してもらわないと入れないため、泥棒よろしく侵入するのは不可能に近い。

ちなみに各階にある非常階段に通じるドアのほうは簡易的な鍵で、ある程度の技術があれば、複製、ピッキング可能。

しかしマンションのエントランス、部屋の鍵は、ハンズフリーで、鍵穴自体がないため、キーの複製、ピッキングなどは不可能。

以上の情報を頭に入れて、櫻井が帰ってきてから、俺たちが到着する九時過ぎまでの映像をチェックしろ。

もし出入りする人物がいたら、一時停止して、画像を印刷。

管理人にあとで住人と照合させるから忘れるな。質問は」

「えっと、ないです、多分」


朝なのによく頭と口が回るものだ。情報を必死に頭に入れる。


「櫻井の家から押収したパソコンと携帯電話は、浅倉さんにチェックしてもらう」

「え、浅倉さんって、午後から出社のはずじゃ・・・」

「さっき頼んだから10分後には来る」

オニという2文字が頭に浮かぶ。まあしかし浅倉も琴子には厳しいが、壱道には心なしか甘いように感じる。

彼女は捜査一課内勤に配属されてから二年目ながら、壱道だけではなく一課の全員から信頼を置かれている、いわゆる「デキる女」だ。


今年で32歳。少々きつそうな顔をしているが、美人の部類には入る気がする。

「俺は鑑識にいるから、何かあったら来い。例の留守番電話の音声を分析してくる」

「あ、成瀬さん。櫻井さんのご遺体はどうなったんですか」

壱道が向き直る。

「昨日お前が帰った後、警察病院で死亡確認し、その後簡易的な解剖に回された。

死因は頸部圧迫による窒息死。

首つりによるものと断定された。

胃の内容物も検査されたが、薬部反応なし。アルコール反応なし。

今朝方、葬儀屋が取りに来た。

生前の希望で、通夜も葬式もない。

今日午前中に火葬そのまま納骨。

墓は生前櫻井自身が手配してある。他に質問は」


「葬儀場では火葬まで誰か付き添ってるんでしょうか」

「さあな。捜査に関係あるか?」

返事も聞かずに、壱道はマスクを上げ直して部屋を出て行った。


静まりかえった室内に、パソコンの電子音だけが響く。

火葬は何時だろうか。

出棺となる櫻井を想像した。

本人の希望とはいえ、誰も見送りに来ないなど、寂しくないのだろうか。


監視カメラの映像は静かに一秒、また一秒と進む。


櫻井が帰宅してから10分後、若いご婦人がエントランスに姿を現した。

慌てて一時停止し画像を印刷する。

エレベーターも同様に行う。

それからさらに20分後、今度は中年の男がエレベーターで降りてきて、エントランスの向こうに消えていく。


時計を見た。もう九時半を回っている。午前中これで終わるのか。

事件はスピードが命と聞くが。

壱道は鑑識課にいる今頃は何をしているだろう。音声の分析とはどんな風にやるのだろうか。

見てみたい。気になって仕方ない。もどかしい気持ちを抑えながら何の動きもない2つの映像を見比べた。


「そうだ。アホか私は」

何も標準で再生しなくてもいいのではないか。それぞれのパソコンをいじり、再生速度を3倍にした。

「あー、これでいいじゃん」

これくらい速度を速めても、人の出入りははっきりわかるし、その都度標準に戻して、怪しい動きがないかチェックすればいいだけのことだ。なんだこうやればよかったのか。壱道も教えてくれればいいものを。


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