広い店内は笑い声と話し声が絶えず、賑やかな空気が充満している。それでもウマヅラは、その場の雰囲気に完全には馴染めないでいた。50人クラフトのオフ会には、いつもの顔ぶれが集まり、盛り上がっている。けれど、どうも落ち着かない。頭がぼんやりしているのは、飲み過ぎたせいかもしれない。
目で周りを探していると、少し離れた端の席に、静かに飲んでいる紅茶の姿が目に入った。無表情で、他の誰とも関わらず、自分のペースで酒を飲んでいる姿に少しちょっかいをかけたくなった。ウマヅラハギはふらつく足を動かして、その隣に腰を下ろす。
何か話そうかと思ったが、言葉が出てこない。頭がぼんやりしているせいで、いつものように気の利いた言葉が思い浮かばない。なにかしなければいけないという強迫観念に気圧されて、ちょうど目に入った紅茶の手に縋ることにした。
何も言わずに紅茶の手にそっと自分の手を重ねた。その瞬間、心臓がドキリと鳴った。思っていたよりも、紅茶の手は大きくて、温かかった。いつも遠く感じる彼が、急に近くに感じられた気がして、胸の奥がざわついた。
「…紅茶さんの手、大きいね」
気づけば、そう口にしていた。ウマヅラは、どうして自分がこんなことを言っているのか分からなかった。ただ、その言葉が自分の中に浮かんできて、自然と声に出てしまっただけだった。
紅茶は驚いたように目を見開き、困惑した表情を浮かべている。ウマヅラハギは、その反応を見てますます緊張し、手を引こうとしたが、なぜか引けなかった。紅茶の手は、自分の小さな手で包もうとしてもどうにも大きくて、どこか安心感さえ与えてくれた。
「…あ、そうか?」
紅茶のぎこちない返事に、ウマヅラは思わずニヤけてしまった。紅茶はいつも落ち着いているのに、今は少し動揺している。こいつにも弱点があるのだとわかってなんとなく嬉しかった。
でも、その嬉しさの裏で、心のどこかが不安でざわついていた。このまま、ずっとこうしていたいという気持ちと、早く手を離さなければならないという焦りが交錯して、どうすればいいのか分からなくなった。手持ち無沙汰なまま紅茶の手をいじる。
「ウマヅラ、酔ってるんやろ?」
紅茶が声をかけてくるが、ウマヅラは答えられなかった。酔っているのは確かだ。でも、今自分がしていることが、ただ酒のせいなのか、それとも自分の本当の気持ちなのか、その境界線が曖昧になっていた。
このまま何も言わずにいれば、紅茶はどう思うだろう?手を触れたままでいる自分をどう感じるだろう?不思議に思うだろうか、気持ち悪いと糾弾するだろうか…紅茶さんは優しいから明日にはなかったことにしてるかもしれない。そんな考えが次々と頭をよぎる。けれど、紅茶の手を意味もなく触りながら、自分自身で自分の気持ちを誤魔化しているような気もしていた。
ウマヅラハギは紅茶の顔を横目でちらりと見た。紅茶は真剣な表情で、自分の手をじっと見つめている。心の中で、何かがうずき始める。
(このまま触れていたい。でも、紅茶さんにどう思われるんだろう…)
そんな葛藤の中、ウマヅラの気持ちは白昼夢のようにふわふわと覚束無かった
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てぇてぇ