この作品はいかがでしたか?
2,062
この作品はいかがでしたか?
2,062
桃『赤。』
赤『んー?』
桃『ここ、全然感情こもってなかった。』
赤『っ、……』
桃『俺たちは、声だけで想いを伝える道に進もうとしてるんだよ。』
桃『感情こもってるように聞こえなかったら、それは芝居って言わないんじゃない?』
赤『……はい。』
桃『ん、』
俺たちは高校の演劇部に入っている幼なじみ。
2人とも夢は”声優”になること。
でも、桃くんのほうが俺よりも感情を込めるのがずっと上手。
(ちなみに俺は桃くんに言葉を伝える能力が高いと言われている。)
俺は桃くんにずっと負けてきた。
何の劇をやるにしろ、メインの役は桃くんにぜんぶ取られてきた。
悔しくて悔しくて、何度も何度も放課後に1人で残って、練習して、
アニメも全部見て、
映画だって何度も通った。
声優さんの仕事現場に行かせてもらうことだってあった。
それなのに、俺が桃くんを超えられることは無かった。
こんなに努力してるのに。
こんなに声優を憧れているのに。
部長の座だって桃くんに奪われて、
顧問にも嫌われる日々で、
それでも声優を諦めることができない。
だからといって桃くんが嫌いなわけじゃなくて、むしろ好きなのだ。
そんな自分が嫌だった。
桃『赤。』
赤『…はい』
桃『今日、一緒に帰ろ。』
赤『…え、?』
桃『ん?なに?』
赤『なんて言った?』
桃『言葉の通りだよ。』
赤『は?』
今日、…練習したいのに…
桃『なんか予定あった?』
赤『いや…そういうことじゃない…』
桃『んじゃ、よろしく。』
結局来てしまった…
やらかした…
桃『2人で帰るの、久しぶりだな。』
赤『、そうだね。』
桃『…………』
赤『…………』
俺たちの間に、謎の沈黙が生まれる。
それを破ったのは、意外にも桃くんの方だった。
桃『……いつも厳しく言っちゃってて…ごめん。』
赤『…?』
桃『…赤が人よりも、俺よりもすごく努力してるのは、俺がいちばんわかってるから。』
なんだ。そんなことか。
赤『そんなの、言われなくてもわかるよ(笑)』
赤『俺たちいつから一緒にいて、』
赤『いつから同じ夢を目指して、』
赤『一緒に過ごしてきたと思ってるの?(笑)』
桃『……ごめん。』
そう小さい声で聞こえた。
彼は今、何を思っているんだろうか。
普段、俺と二人きりのときは
すごくうるさくなるんだが…
そう思い、少し彼の顔を覗いてみることに。
赤『…は?』
桃『びくっ、…どした?』
赤『桃くん…』
赤『めちゃめちゃ首、腫れてるよ?』
桃『え?』
赤『ほらなんか声も枯れてるし!』
桃『そ、そうか?』
赤『他になんか違和感ないの?』
桃『んー…、息詰まってるみたいな感じ?』
赤『風邪…引いた?』
桃『……そう、なのかな。』
赤『耳鼻科行ってみたら?』
赤『明日大事な予定あるんでしょ?』
桃『…うん。』
桃『そうしてみる。』
そう。明日は桃くんが声優学校に行く日だった。
そこは日本の中でも名門校であり、
有名な声優さんが通ってきた道。
そこの先生に、桃くんは呼ばれたのだ。
大丈夫かな、…なんて考えながら俺は前を向いて歩く。
昔はこんな沈黙無かったのに。
はしゃぎ過ぎて近所の人に怒られちゃうくらいにはうるさかった。
しばらく沈黙のまま歩いていると、お互いの家の前に着いた。
ちなみに家が隣なので、離れようにも離れられない。
赤『ちゃんと病院行くんだよ。』
桃『わーってる。』
桃『また明日。』
赤『うん、またね。』
自室で課題を一通り終わらせたとき、
某緑のアイコンアプリの通知音が鳴った。
赤『誰だ…こんな時間に送ってくるやつ…』
今の時刻は0:40。
良い子ならもうすやすやと寝息を立てている時間である。
赤『、…は?』
スマホに手を伸ばし画面を見てみると
“桃”
という文字だけがうつっていた。
そしてを開き、新着メッセージを見る。
『風邪じゃないって。』
無機質なメッセージが彼らしさを表すとともに、俺はひどく安心した。
これで俺は明日も安心して学校に行けるだろう。
俺は
『よかった』
『明日頑張ってね。』
というメッセージを送る。
相変わらず既読はすぐにつかない。
少し笑いながらも、明日のために眠りについた。
朝、学校に行く。
しかし、桃色の彼の姿はない。
まぁ、…当たり前なのだが。
普通に授業受けて、
普通に部活に行って、
家に帰った。
帰路で丁度桃くんと出会ったから、
ちょっとちょっかいを掛けに行くことにしてみる。
赤『桃く〜ん』
桃『ぁ、赤。』
桃『……部活終わり?』
赤『うん。そう。』
赤『桃くんお疲れ様。』
桃『ぁりがとぅ、…』
赤『、……?』
桃くん…昨日より声が酷くなってる気が…
赤『桃くん、…今日、…何してきた?』
桃『ただけんが、…くしてただけ…』
こんなに日本語不自由な子だったっけ…
なんか話しづらそうだし、…
桃『ぁ、か?』
赤『桃くん、…ほんとに風邪ひいてないの?』
桃『…?ぅん、…』
赤『昨日より声ガサガサだよ?』
赤『話しづらそうだし…』
赤『ねぇっ、…もっかい病院行こっか。』
赤『今度は、…ちゃんとした大っきい病院。』
桃『な、…んで。』
赤『自分で気付いてないの…』
桃『っ、………』
なんとか桃くんを説得し、
昨日病院に行ってもらった。
で、結果を話してくれるって言うから今屋上に行ってる。
そんなに悪い結果だったんだろうか。
がちゃっ、…
扉を開けた先にいたのは、
フェンスに寄りかかってずーっと遠くを見てる桃色の彼。
彼のその綺麗な髪色は、
夕焼けの色と混じって少し橙色っぽくなっている。
赤『桃くん。』
桃『……ぁか。』
桃『ぉれ…』
桃『甲状腺がん、だって(笑)』
赤『ぇ、…』
信じられなかった。
俺の最強の親友はどこに行ったんだろうか。
桃『もぅ、…でっかい腫瘍ができてて。』
桃『こぇ、…出なくなっちゃうかもって(笑)』
逆光で、彼がどんな表情をしているかはわからなかった。
だけど、すごく辛いことなのは俺だってわかる。
一緒の夢を目指し始めてから
もうすぐ10年。
もうプロの道が開かれる時期に、
そんなことを告げられたら、
俺は何をするだろう。
赤『そっか、…』
俺は何も言えなかった。
桃くんの辛さは誰よりも理解していたはずなのに。
桃『にゅぅぃんすんの。』
桃『手術も…』
桃『だからさ…ぉれがいなぃさみしさで…泣くなよw』
今考えたら、これは桃くんなりの強がりだったんだろうか。
赤『ばか。』
赤『誰が泣くかよ。』
桃『ふはっw』
赤『待ってるよ。』
桃『ぅん。約束。』
あの会話の1週間後、本当に桃くんは、自分との闘いに行ってしまった。
入院してから約2ヶ月。
自分の夢で欠かせない声を失いそうになっている。
誰も嬉しい人なんかいない。
ちょっとの希望にかけてみようと入院してみたけど、俺の喉の腫瘍は悪化していく一方。
声優なんて夢、最初から目指さなきゃ…
青『桃く〜ん、入るよ〜』
桃『ん、』
青『今日は調子どう?』
桃『ぃき、くるしっ、…』
青『そっか、…苦しいね…』
こいつは俺の担当医。
噂によると凄腕の医者らしい。
俺には関係ないだろうけど。
青『ごめん桃くん…苦しそうなところ悪いんだけど、…』
桃『けんさ…です……ょね、』
青『…うん。ごめんね…』
桃『へぃ…きで、…す。』
青『じゃ…行こっか。』
青『車椅子使う?』
桃『だぃ、…じょぶ…です。』
途中で赤が来られても困るし…
青『そっ…無理しないでね』
桃『わかっ、…てます…』
検査が終わって、今俺は予想通り赤と出くわしている。
赤『桃くん!』
桃『うぇっ、…赤。』
赤『んね、』
赤『あのねあのね!』
桃『わかっ、…た。わかったから…』
桃『ぃったん…部屋…、』
赤『あぁ…ごめん(笑)』
桃『んで、どうしたの?』
赤『おれっ!』
話そうとしてくれたタイミングで今度は青先生が来てしまった、。
がらがらっ、…
青『桃く〜ん…』
桃『ぁ、はぃ』
青『あれ?お友達?』
桃『ぁか。』
青『あ、君が赤くん!』
青『話、聞いてるよニコッ』
赤『あっ、…そうなんですね…』
いや実は人見知り出すぎだろ。
青『桃くん、…検査結果出たから…ちょーっと来てくれる?』
桃『はぃ、…』
桃『ぁ…か、待ってていぃからな…』
赤『うん!』
桃『ぃって…、きます』
赤『いってらっしゃい』
青『桃くん…あの…ね…落ち着いて聞いて。』
青『…、…肺に…転移してる。』
桃『はぃ?』
肺に…転移…?
青『こっちは!まだ腫瘍も大きくなってない…すぐ手術して取り出せば完治できる。再発のリスクも少ない…』
青『甲状腺のほうは…もう、…神経にかぶさっちゃってる。』
青『手術するにしても、…神経ごと切断しなきゃいけない。』
桃『………っ、しんけぃ、…ごと…せっだん…です、…か?』
青『………うん。』
桃『こぇ、…でなく、…なるん…ですよ、ね…』
青『、…完全には出なくなることないけど…声が掠れたり…ご飯の時…気管に入っちゃったりして肺炎になる確率が高くなる。』
俺の…夢…
桃『せ、ぃゆ…ぅ…なりたい、っんです…』
青『……っ、ごめん。』
桃『ぃっ…しょ…に、…夢、…かな…ぇたい奴が…ぃる…んです…ポロ』
青『………ごめんねっ、…』
桃『もぅ…なれな、ぃ…です、か…?』
青『………、。』
桃『……(笑)』
桃『わ…、かっ…て、た…んです…ポロ』
桃『も、ぅ…二度と…ぁの…こぇで、…話せなぃ…ことポロ』
桃『ぁお、せん…せぃのせぃじゃ、…なぃ…』
青『ほんとに…ごめんね。』
桃『……しゅ、…じゅっ…よろし、く…おねが…ぃ…しま、すニコッ…』
青『……僕、頑張るよ。』
桃『…………しつ、れぃし…まし…た。』
がらがらっ…
桃『……っ、…ポロポロ』
最初からわかっていたことだった。
もう夢なんて叶えられないって。
努力すれば夢が叶えられるなんて嘘で、
努力しても報われないことは報われないままなのだ。
桃『き、…たぃ…して…た…なぁ…ポロポロ』
こんな顔して赤に会えない。
赤はずっと部屋にいるだろうから、
こんな姿見てないだろう。
だったら、何事もなかったかのように
笑顔で話してやる。
赤はまだ夢を諦めちゃダメなんだ。
希望しかない。
俺が弱音を吐いていたらきっと赤は、
『声優は諦める』なんて言うだろう。
絶対、そんなことはさせちゃダメなんだ。
桃『……ぉしっ、』
涙なんて流さない。
少しの好奇心で、桃くんについて行ってみた。
話を盗み聞きしていると、
聞こえてくるのは残酷な話。
そんな中で、はっきりと聞こえた。
桃『せ、ぃゆ…ぅ…なりたい、っんです…』
青『……っ、ごめん。』
桃『ぃっ…しょ…に、…夢、…かな…ぇたい奴が…ぃる…んです…ポロ』
青『………ごめんねっ、…』
桃『もぅ…なれな、ぃ…です、か…?』
青『………、。』
桃『……(笑)』
桃『わ…、かっ…て、た…んです…ポロ』
桃『も、ぅ…二度と…ぁの…こぇで、…話せなぃ…ことポロ』
桃『ぁお、せん…せぃのせぃじゃ、…なぃ…』
青『ほんとに…ごめん。』
桃『……しゅ、…じゅっ…よろし、く…おねが…ぃ…しま、すニコッ…』
赤『っ、……ポロポロ』
初めて聞いた桃くんの泣き声。
俺も涙が出てきた。
知らない間に俺は部屋に戻っていた。
大粒の涙が頬をつたう。
違う。そうじゃない。
泣きたいのは桃くんのほうだ。
俺は、桃くんを支えないといけないのに。
部活だって、桃くんがいないと楽しくなくて、
夢を目指すのも、
今まで諦めてこなかったのも、
全部桃くんがいたから。
桃くんが夢を諦めるなら、
俺だって諦めたい。
このことを伝えたら、君は何て言う?
病室に入ると、窓から外を眺め、
涙を流している赤がいた。
桃『……ぁか?』
声を掛けると、驚いた顔でこちらを見た。
赤『…へっ、桃くん』
桃『な…んで…泣ぃ…てた…の?』
赤『それは…』
そう言いながら目を逸らす赤。
なにか言いたくないことでもあるんだろうか。
赤『……桃くんには…関係ないよ。』
桃『…………ぁ』
もしかしてコイツ…さっき先生と話してたの聞いてた?
桃『ねぇ…ぁか…』
赤『ん?』
桃『さ…っきのは、…なし…聞ぃ、…てた?』
赤『………………』
桃『ず…ぼ、……し…か、…ぁ…(笑)』
赤『っ、…ごめん』
桃『んー、…ん…ぜん、…ぜ、ん…』
桃『ごめ、……ん。』
赤『あのね…桃くん。』
赤の目が変わった。
だから俺も少し真剣に話を聞く。
桃『んっ……?』
赤『俺…ね…桃くんがいないとダメなんだ(笑)』
赤『桃くんがいないとなんにもできない。』
赤『桃くんがいたから、部活が楽しくて、一緒に夢を目指そうって思えて、』
赤『どんなに辛いことでも2人だったから乗り越えられたの』
桃『……ぅ、ん。』
赤『桃くんがいなくなってからの2ヶ月間…ずっと俺…苦しいんだ…(笑)』
赤『……桃くんが夢を諦めるなら、俺も諦めたい。』
桃『はっ、…』
信じられなかった。
赤に夢を諦めさせたくない。
その気持ちはいつだって同じだ。
はじめて赤が『声優は諦める』
と言った日も、喧嘩した日も、
赤が泣きながら俺の家に来た日も。
俺に縛られる赤は嫌だ。
もっと、赤は自由に、自分のやりたいようにしてほしい。
俺に縛られないでほしい。
縛られて生きてほしくない。
それだけ、伝えたかった。
桃『ぉ、…れに…しばられ…て、』
桃『せいゆ、…ぅ…ぁき…らめるのは、だめ…だょ…』
桃『ぉれ、…ぁ…かが……ぉれがいないとなにも…でき…ない、ように…』
桃『ぉれ…も…ぁかのために…がんばって…、ち、……りょう…してる…』
桃『ぁか…、に諦めて、…ほし…くなぃ…の…』
赤『っ、……桃くんに俺の気持ちなんかわかるわけないでしょっ!』
赤『俺が!どれだけ辛いかなんて!』
赤『っ、…ポロポロ』
がらがらっ…
やらかした…
赤…もう来てくれないのかな。
俺…赤に嫌われたかな。
赤の気持ち…なんにも考えられてなかったな。
桃『っ、…(笑)』
馬鹿みたい。
やら…かした…
いくら桃くんに我慢してほしくなかったからってあんな事言うのはどうかしてた。
桃くんに…嫌われたかな。
もう来てほしくないって思われてるかな。
黄『赤、どうしたんですか?そんな暗い顔して。』
赤『黄く〜ん(泣)』
黄『話なら聞きますよ。』
黄『生徒会室、今誰もいないので。来ます?』
俺と桃くんの友達。
ちなみにこの学校の生徒会長。
俺は黄くんに昨日あったこと、俺の気持ち、全部話した。
黄『なんだ。そんなことですか。』
赤『そんなことっ、…て…』
黄『赤の気持ちもわかります。』
黄『でも、赤なら桃くんがなんでそんなこと言ったかわかりますよね。』
赤『っ、…わかるけどさ…』
わかるけど、辛い。
いや、わかるから辛い。
自分が桃くんの立場だったときの気持ちをわかってしまうから辛いんだ。
黄『わかるから辛い。…ですよね。』
赤『へっ、…』
黄『僕がどれだけあなたたちと一緒にいたと思ってるんですか。』
赤『…………』
黄『…あのね赤。』
黄『桃くん、昨日からずっと心配してたんだよ。赤のこと。』
黄『赤のこと傷つけてたらどうしようって。』
そんなこと…思ってくれてたんだ。
なのにおれ…
黄『赤は、桃くんのことを思って言ってたんですよね。わかります。』
黄『今回のは、お互いがお互いに気を遣いすぎたからすれ違ってるだけです。』
そっ、…か。
黄『赤。』
黄『赤が桃くんの立場だったら、どんな気持ちになりますか。』
赤『………悔しい。悲しい。情ない。』
黄『その状態のまま、桃くんに会えますか。』
赤『会えない…』
黄『最後です。』
黄『桃くんが、自分が病気になって、夢を諦めないといけないから自分も諦めるなんて言ったら、どうしますか。』
赤『………止める。』
黄『全部桃くんと同じことです。』
黄『赤が桃くんに夢を諦めないでほしいと思うのと同じように、桃くんも赤に夢を諦めてほしくないと思ってます。』
黄『それでも、赤は桃くんがいないからやっていけないって、声優を諦めるんですか。』
黄くんの行ってることは正しい。
正しいけど、…そうじゃない。
俺は、逃げてるだけ。
桃くんが声優を諦めなければならない状況から、逃げてるだけなんだ。
俺が成長しないといけない。
桃くんがいちばん辛い。
そんなことわかってる。
わかり過ぎてるくらいだ。
赤『黄…くんポロ』
黄『……どうしましたか?』
赤『おれ、…無理だ…ポロポロ』
結局俺が桃くんのもとに行ったのは、
この日から1ヶ月後。
既に抗がん剤治療が始まっていた頃だった。
桃『ぉえっ、…ごほっごほっ、…』
青『辛いねぇ…』
赤『っ、……』
覚悟を持って来たのだが、
俺は桃くんの以前と違いすぎる姿に
涙が溢れそうで、
ドアの隙間から覗いているだけだった。
青『落ち着いた?』
桃『…こくっ、…』
桃『………ぁ、……か。』
桃『ぃ、るんで…しょ?』
桃『ぁ…おせんせ、…ぃ…ちょ、…っと…そ、と…で……てもらえ、…ます、…か?』
青『…うん。なんかあったら呼んでね。』
青先生が出てきた。
覗いていただけのはずなのだが、
桃くんにはバレていたらしい。
こうなったら会うしかない。
がらがらっ…
桃『………き、てく…れ……て、…あり、…が…とぅ…ニコッ』
赤『………うん。』
桃『びっ…、くり……で、しょ?…ぉれ、がこん…な姿…になっ…てる、…の、はじ……め、…て見た…でし、ょ(笑)』
赤『あの…さ…ごめん。前、桃くんの気も知らずにあんなこと言っちゃって。』
桃『……そ、…ん、な…こと…気、…にしてる…の?(笑)』
桃『な…んと、も……おも、…っ…て……な…ぃ……』
桃『…ぁ、か……が…理…ゆ…、ぅもなしに…ぉこ、る…ひと、じゃ、なぃ…って……ぉ、…れが…ぃちば、…ん…わかっ、…てる…』
桃『……ぉれ、…こ、…そ…ごめ、……ん』
昔からそう。
喧嘩しても、結局引くのは桃くん。
同い年でも、俺にとってはお兄ちゃん的な感覚だった。
桃『ごほっ、…ごほっ、…』
赤『んねっ、…桃くんっ…』
桃『んっ、…ごほっ、けほっ…、』
赤『……俺、どこにも行かないからさ、ちょっと…寝よ?』
桃『…わ、…かっ…た…』
だからこそ、前と変わり果てた桃くんの姿に、絶望していた。
もちろん、桃くんのせいではない。
もっとはやく会いに来なかった自分のせいと感じると同時に、まだ自分に、桃くんがもう二度とあの声を出せないことへ、心の整理がついていないことに気が付かされた。
1ヶ月後に文化祭を控えている俺は、
桃くんに会いに行く余裕など無かった。
桃くんに言われそうなことを想像しながら、1人で残って練習を続ける日々。
桃くんが任されるはずだったこの役は、俺が担当することになった。
きっと、俺はいつまで経っても桃くんほどの演技ができない。
だから、死ぬ気で練習して、
怒られても必死で努力して、
せめてでも桃くんの代わりになれるように頑張る。
たとえ、そこまで辿り着かなくても。
1ヶ月間、桃くんと会うことなく
俺は自分の目標に向かって練習を続けていた。
【桃くんと同じような演技ができるようにする。】
これは最低限のノルマであって、
これを超えなければならない。
主役をやるってのは、こういうこと。
技術面も精神面も強くなければ掴み取れない。それを俺は今まで理解していただろうか。
そして、文化祭当日。
俺たち演劇部の発表の時間が来た。
胸キュンストーリーじゃなくて、
何の変哲もない男友達同士の話。
赤『……ふぅっ、…』
桃くんを置いて、桃くんのために努力してきたこの舞台。
絶対に失敗させるわけにはいかない。
黄『…赤。』
赤『黄くん!?』
黄『落ち着いて。赤ならできる。僕が知ってる。毎回施錠確認のとき、1人で練習してるのも。』
黄『赤の努力は、僕と桃くんがずっと見てるから。』
黄『安心して、いつも通り。』
結局俺は、自分が思う通りの演技ができなかった。
クライマックス。友達が自殺しようとしてるところを俺が止めるシーン。
なんでかわかんないけど、涙が出てきた。
桃くんもこんなことしたらどうしようって。俺には止めることできるのかって。
目の前にいるのは、紛れもなく俺の後輩。
だけど、目の前で、あの声で、
『赤』
って呼んでくれてる気がした。
涙が止まらなかった。
あの瞬間、台本なんて思い出せず、
アドリブのセリフしか出てこなかった俺に合わせてくれた後輩には感謝しかない。
舞台が終わって、精一杯の謝罪をした。
なぜかわからないが、後輩も同級生も顧問ですら、俺の演技を褒めた。
あれは演技っていうか…生理現象だったんですけど…
まぁ…いいか。
俺が衣装から制服に着替え終わると、
慌てた顔をした黄くんが走ってきた。
黄『赤!』
赤『黄くん?どうしたの…』
黄『桃くんが!』
気付けば学校から飛び出していた。
今は演技のことなんてどうでも良くて、
ただ1人、会いたい人がいる。
どうしても、死なないでほしい人がいる。
俺の目の前にいるのは、
酸素マスクをつけて、静かに眠っている
俺の憧れの人。
桃くんと言えば、
強がりで、努力家で、ストイックで、
完璧人間のイメージがある。
でもそれは勝手に俺らがつけたイメージであり、それが本当の桃くんではない。
桃くんは、完璧ではない。
完璧になれるように、たくさん努力してきたのだ。
それがどれだけ悲惨な結果を生み出しても。
はじめて主役を演じて、わかったことがある。
毎回大役を演じることがどれだけ辛いことか。
さっき、青先生から話があった。
『手術は成功しました。』
『予想通り、腫瘍が神経に張り付いていたので、神経ごと切断しました…』
『声がもとに戻ることは無いに等しいです…』
『本当は僕も桃くんの夢を応援したかったのですが…』
『………力及ばず、申し訳ありません。』
桃くんが夢を追うことは、本当にできなくなってしまったのだ。
その悔しさで、俺も涙が出てきそうになる。
さっき泣いたばっかなのになぁ…
いつまで経っても俺は桃くんみたいになれないよ。
赤『ばか、…だなぁ…ポロポロ』
桃『…………ぁか、…』
赤『うぇっ、桃くん…?ポロポロ』
桃『…な、…んで……泣……いて…んの…、さ、』
赤『桃くんっ、ポロポロ』
桃『……んっ、……?』
赤『お疲れ様っ、…ニコッ』
桃『………!』
桃『……ぁ、…りが…と…ぅ……、っニコッ』
あれから約10年。
と、同時に俺と桃くんが声優を目指し始めてから20年。
長いようで、一瞬で、
この20年間は人生の中でいちばん濃い時間だった。
俺たちはもう27。
あの後薬物療法で、
再発の可能性は無くなったという。
そして、切断した神経同士をくっつけ、
咳込んだりすることもなくなった。
この10年間、青先生の技術と桃くんの血反吐を吐くほどの努力で、桃くんとの会話は前よりもずっとスムーズにいくようになっていた。
俺は高校を卒業した後、声優学校に入り、今はテレビにも出る人気声優として、2人の夢を叶えている。
しかし、俺は俺自身の演技をすることをやめた。
今、この位置に立っているのは、
紛れもなく桃くんのおかげであって、
本来ならこの場所に立つのは
桃くんだったはずなのだ。
だから俺は、俺自身の演技ではなく、
桃くんの演じ方をベースにして収録している。
桃くんは最初それに反対だったけど、
今はもう何も言っていない。
桃『……赤、次のテレ…ビの収録、あるか、…ら急い……で着替え、とけ、…』
赤『あい』
桃くんは今俺のマネージャーさん。
もともと桃くんが理系だったこともあり、仕事の管理はすごくうまい。
もちろん今も俺にアドバイスしてくれることがあって、それに支えられていることもしばしば。
赤『桃くん、この後飲み行かない?』
桃『ぉ、ぃ…いねぇ』
赤『いこいこ〜!』
桃『そ〜いえ、ば、…赤今日滑…舌終わってたよ。』
赤『うぐっ…自分でもわかってるし。』
桃『ぉし、…ゃっぱ飲むの、……やめて俺の家、…で特訓な。』
赤『なんでぇっ、…』
桃『ははっw』
たとえ片方が崩れ落ちたとしても、
俺たちが離れることはない。
どんな困難も、いつだって2人で乗り越えてやる。
end.
コメント
4件
フォロー&ブクマ失礼しますm(__)m 主様の物語の雰囲気、書き方とても好きです💞 改めて色々と考えさせられる作品で 感動し過ぎて大号泣でした… 桃赤最高です!!!
わぁぁとても感動しました߹ㅁ ߹)♡ 神作ありがとうございますっ…、🥹💞