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「どうしていいかなんて、急に言われてもわからないよ!」


フレアが肩を震わせながらペンを叩きつけた。 そしてこんなことを決めなくてもお金は返すと啖呵をきった。


「なら返済までの道筋を聞かせてもらおうか。まず何から始める?」


「え゛?! ええと、まずお父さんが作ったギミックを直して……」


「それで?」


「ええと、ええと、お客さんを呼んで、お金をもらって」


「ギミックを直すだけで客がくると。どこから? どうやって?」


「うんんんん、一気に聞くのやめて、頭がパンクしちゃう!」


「なら聞くが、親父さんがいた頃、客はいたのか?」


「え?! ええと、それは……」


「やはりな。お前の前提はそもそも間違っている。単純に施設を直したところで客などこない」


イチルは小屋の一角に積まれた古臭い冊子を手に取り横柄に腰掛けると、老眼の進んだ霞む目で、開業以来の財務記録をつらつらと読み取った。 当初から続く赤い文字の列は、見るも無残に延々と赤色のままだった。


「施設を建て直したところで、客がいないでは無意味。しかし客を呼ぶにも最低限の施設と人が必要なのは事実だ。だったらどうすればいい?」


「ええと、設備を直して、お客さんも呼んでくる!」


「ならそうしろ」


無言でしばし考えたフレアは、「結局全部直さなきゃ駄目じゃん!」と憤怒した。 しかしそれは違うとイチルが訂正した。


「まず前提として、フレアは|何人いるんだ?」


「私が……? そんなの一人に決まってるでしょ!」


「ならお前は、一人で設備を直し、一人で客を呼ぶのか?」


「ふふんだ、それくらい簡単よ。壊れたところを直してから、お客さんを呼べばいいのよ」


「いつ呼べる?」


「そ、それは……。設備を直して、……準備ができてから」


「いつ直るんだ?」


「わからないです、そんなこと」


「だったら一週間で直して客を呼べ。できないならクビ。それでいいか?」


「え……、そんな、一週間なんて……」


小屋の窓から数多ある壊れた備品を見つめ、フレアは「絶対ムリ」と言いかけた。 それでも気力でグッと歯を食いしばり、「どうにかするもん」と言い留めた。

しかしイチルは知っていた。 どれだけフレアが努力したところで、一週間では数%の補修作業すら進まない。 力仕事をたかだか十歳のアンデッド娘一人でこなすことなど到底不可能に決まっている。 だが本人がその事実を受け入れずにいるうちは話が進まない。


絶対やり遂げると前のめりになっているフレアの額にポンとチョップしたイチルは、「思い上がるなこのスカタンめ」と一喝した。


「自分一人の力が如何にショボいか、お前はもう忘れたのか。お前一人では、このダンジョンを守るどころか、金を稼ぐことすら夢物語だ」


「ならどうすればいいのよ……」


「考えろ。どうすれば二つのことを同時に進められる」


「う~ん、……犬男が私の代わりに働く?」


もう一度額にチョップしたイチルは、「オーナー様を働かせるな」と、さらにデコピンをお見舞いした。


「いったーい、この暴力犬男、だったらどうしろっていうのよ!」


「困ったら止まって考える癖をつけろ。そんなことじゃあ、この先本当に前途多難だぞ」


イチルは背中に隠していたギルドの書類を取り出し、フレアの目の前に積んだ。 宿題を与えられた子供のように怯え慄いたフレアは、その圧倒的な量と質の迫力にやられ、思い切り仰け反った。


「自分がどうすべきか、そんなのは簡単だ。代わりに働いてくれる誰かを雇えばいい。フレアにできないことを、金でやる。これが正しい金の使い方というものだ」


「おおぉ!」とフレアが目を輝かせ手を叩いた。 先程までギラギラと苛立ちを撒き散らしていたのに現金な奴めと呆れたイチルは、紙束の中から数枚を選んでフレアの前に並べた。


「言っておくがこいつは遊びじゃあない。これからお前が考えるダンジョンを形成していく上で、最も重要な工程だ。面白半分で考えているなら即刻クビだ、もう少し緊張感を持て」


再びシュンと沈むフレアに、短期的な目標をどこに置くのか考えろと指示するも、どうにも判然としなかった。 一子供であるフレアが指示待ちの状況であることに変わりはなく、自ら率先してやってみようという気概が感じられなかった。


「あのなぁ、ここはお前のダンジョンだぞ。もう少し明確なビジョンを持ってもらわなきゃ困る。お前はここをどうしたいんだ?」


「どうって、そんなの……」


「ギラギラにギラついたドギツいダンジョンを作るのか、それとも子供や初心者に向けたお手軽ダンジョンを作るのか、何か一つに特化した特殊ダンジョンを作るのか。少しくらい|自分の理想があるんじゃないのか?」


「自分の理想、私の……?」


ハァと息を吐いたイチルは、埒が明かないなと背もたれに仰け反り腕を組んで目を瞑った。 決まったら教えてくれとプレッシャーを与えながら無言の空間を作ったイチルは、しばしフレアがどうするかを薄目で観察していた。

うーん、うーんと悩んだフレアは、一旦小屋から出たかと思えば、どこからか古臭い荷物の束を手に戻ってきた。そして中からさらに古臭い冊子を取り出し、くっついたページをペリペリと捲った。


「(なんだあのカビ臭い本は?)」


「ええと、これがこうだから、ここをこうして、ここはこうなって、それで、ここはこうで……」


突如走り始めたペンに驚き、イチルは思わず薄目にしていた片目を見開いた。 ここまでの停滞が嘘だったようにフレアの表情にも喜びのようなものが溢れ出ていた。


「随分楽しそうだな……」


急に声を掛けたイチルに驚き、肩を強張らせたフレアは、書き連ねた紙を肩で隠した。 どうせ後で見るんだからいいだろとイチルが覗き込んでも、頑として譲らないフレアは、ずっと背を向けたまま文字を書き込んでいた。


「(好きにすればいい。……しかしあまりに突飛な物を見せられたとして、俺はどうするべきだろうか。理想を書かせた挙げ句『こんなゴミに何の意味がある』と破り捨てるのは正解なのか。流石にそれは気が引けるな)」


イチルが勝手な想像を膨らませている間に、フレアはペンを静かに置いた。 細い目でイチルを見据えたかと思えば、怪しげに口元を緩めて微笑んだ。


「なんだなんだ、自信満々ってか。見せてみな」


イチルが紙束を受け取った。 数秒後、イチルは図らずも「はぁ?」と声を漏らしていた。


「こ、こいつは……」


ダンジョンの全体像を皮切りに、敷地毎の詳細な理想イメージやレベルの設定図。 それだけに飽き足らず、モンスターの詳細な種類やギミックの作り込みに至るまで、たかが小一時間で書き上げたとは思えぬほど綿密かつ緻密な情報が詰め込まれた一枚は、軽くイチルの度肝を抜いた。

これを眼の前の自信なさげな十歳のアンデッド娘が書いたのかと目を疑っていると、不意にフレアはイチルを馬鹿にしてフフンと鼻を鳴らした。


「お、おい。これ、本当にお前が書いたのか?」


「当たり前よ。ほかに誰が書くっていうのよ」


「ちっ、わかったぞ。親父の計画表を丸写ししたな。そいつをちょっと見せてみろ!」


フレアの手元から古臭い冊子を拝借したイチルは、抵抗するフレアを足で押さえながらパラパラと捲った。

冊子には拙い子供の字や絵でまとめられた、あまりにもマニアック、かつ詳細すぎる情報が子供ながらにまとめられており、そのデキから、とても大人が手を加えたものとは思えなかった。 改めて冊子の表紙を確認してみれば、フレアの字で「わたしのダンジョンけいかくひょう」と書かれており、イチルは絶句し冊子をボトリと落としてしまった。


「親父が書いたもの……、じゃないのか?」


「私って言ったじゃない。小さい頃からずっと書き溜めてきたの。いつか大人になったら、私の理想のダンジョンを作るんだって!」


「いや、しかしだな……。ならなぜ最初から書かなかった?」


「だってそれは……。ここはお父さんのダンジョンを作るところだもん。私にはお父さんの理想なんてわからないし、だったら今あるものを直して使うしかないって……、だから……」


おいおいと頭を掻いたイチルは、自分があまりに初歩的な見当違いをしていたことにようやく気付いた。

よくよく思い返せば、おかしな点は数多にあった。


何よりもまず、頭の中に全ての施設の設計図がなければ、敷地内の備品の補修・修繕などできるはずはない。しかしフレアは、貴族連中に何度備品を破壊されても、何事もなかったかのように修理し、整備していた。

先の一件もそうだった。 使用したギミック自体は、もとから施設にあったものかもしれない。

しかし音のギミックや温度を下げるギミック、そして穴を覆うまでに巨大化させた岩のギミックは、子供ながらに時間をかけ、フレア自身が自らの手で作り上げたものだった。

イチル自身、作業するフレアの奮闘ぶりを少なからず目撃していた。


「なぁフレア。親父を抜きにしたら、もしかしてもっと色々考えてることがあるんじゃないのか?」


恐る恐る聞くイチルに、フレアは歳に似合わず卑屈にニヤリと笑った。


「当たり前よ。だって私、誰にも負けないダンジョンマニアですもの。もちろん犬男になんか負けないわよ。私よりADを愛してる人なんて、どこにもいないんだからね!」


自信のなさがどこかへ吹き飛んだように堂々と宣言したフレアの姿に、イチルは思わず仰け反った。そしてゴクリと息を飲み、改めて手にした紙を見下ろした。


「……ほらな、マティス。やっぱり俺の目は間違ってなかったぞ」


他でもなく、イチルは世界最高峰のダンジョンを誰よりも熟知している。 その上でフレアの理想とするダンジョン計画に目を通したイチルは、思わず笑みを噛み殺した。

当然、嘲笑しあげつらうようなものではない。 これをたった十歳の子供が書いたのかという驚愕の笑みだった。

その瞬間、イチルの中であやふやに組み上がっていた《 か細い計画 》は音を立てて崩れ去り、重厚で骨太な理想が一から積み上げられていった。先導していたはずのイチルの姿はどこにもなく、幼く小さな娘が、堂々とタクトを振るう姿が闇の中に躍っていた――


「もういいでしょ、どうせ私の書いたのを馬鹿にしたいだけなんだから」


笑い者にされたと勘違いし、紙を返せと憤るフレアを押し返し、イチルは我慢することなく、初めて心から笑った。顔を真赤にしてフレアは抵抗したが、これほど愉快な話があるかと高笑いし続けた。


「そうやってすぐ馬鹿にして、何が面白いのよ意地悪犬!」


「これが笑わずにいられるか。つくづく俺はラッキーだ。最も重要だと思っていたパーツが、まさかこんな足元に転がっていたんだからな。ハッハッ!」


ムキーと手を伸ばしたフレアの足を引っ掛けて転ばせ、イチルは手元の計画書をもとに頭の中でそろばんを弾いた。 計画が本当に実現可能かを一つ一つロジックに落とし込み比較しながら、脳内で完成までの道筋を構築する。


「ジロジロ見ないでよ、恥ずかしいでしょ!」


やっとイチルから紙を取り返したフレアは、赤面し、紙を背中に隠した。 しかしイチルの興味は、フレアの背中よりずっと先、そこにそびえ立つ、幻影のダンジョンの全貌にのみに注がれていた。


「……気が変わった。仕事を始めるぞ」


「仕事? 仕事って……」


「これからノルマを発表する」


イチルは油断したフレアの手元から再び計画表を奪い取り、裏側に大きく文字を書き込んだ。


「まずは従業員を雇う。 お前が自分で考え、お前が必要だと思う奴を見つけてみせろ!」

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