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――白い光が、ゆっくりと空を満たしていく。
風の音も、街の喧騒も、全部が遠のいていく。
まるで、水の底に沈んでいくみたいに、静かで、穏やかで……怖さはなかった。
葵の手は、最後まで離さなかった。
指先が温かい。
その温もりだけが、この世界でたったひとつの「現実」のように感じられた。
(葵……)
名前を呼ぼうとしたけれど、声にはならなかった。
でも、大丈夫だった。
彼女はちゃんと、私の方を見て、微笑んでくれていたから。
――また会おうね。
――来世でも、絶対に。
そんな言葉が、ふたりの間に確かにあった。
声にしなくても、ちゃんと伝わっていた。
ふと、瞼の裏に浮かんだのは、あの放課後の図書館。
窓から差し込む夕陽、舞い上がる埃、笑い合う声。
全部、昨日のことみたいに鮮やかだった。
あの場所から始まって、
いくつもの季節を越えて、
そして今、ふたりで同じ空の下にいる――
やがて、光がすべてを包み込んだ。
春の午後。
暖かい風が校舎の中を通り抜ける。
新しい制服にまだ慣れない少女が、図書館の扉を押し開けた。
カーテンの隙間からこぼれる陽射しの中――
ふと、誰かの視線を感じて顔を上げる。
窓際の席に座っていたひとりの少女が、驚いたように目を見開いて、
そしてゆっくりと、笑った。
「……はじめまして」
その笑顔は、なぜだかとても懐かしくて、
胸の奥がふわりとあたたかくなった。
――また、会えたね。
図書館の外では、桜の花びらが静かに舞っていた。