仕事に追われて何日も眠りに付けなかったある日のこと、いつもいつも勝手に仕事を押し付け、どこに行っているのかも分からないやつが仕事場に戻ってきて早々鋭い目を自分に向ける。口を開けば 「温泉に行こう」だとか。
もっと衝撃的な、重い言葉を伝えられるのかと思えばいつもの調子と変わらずに元気ハキハキと、長々とした話を語る。
「お疲れのちゅーやくんを温泉に連れて行って癒してあげるのさ、僕ってばなんてペット思いの飼い主なんだ」
仕事を押し付けて俺を疲れさせているのはどこのどいつなんだ。沖縄まで放り投げてやろうか。
「元はといえばこれら全てはお前のーー」
声を荒らげると赤子を慰めるような声で「まぁまぁ」と背中を押される。 俺は行くなんて言ってねぇぞ!? いや、わかったことか。こういう時に太宰が俺の話を最後まで聞いて行動するはずがない。
◇
夜に来れば満員の駐車場も、昼だと片手で数えられるほどの車の数。中に入っても人は店員しかおらず、貸切の気分を味わえた。
男湯には人は全く居ないとは見ていなくともわかるが、こいつの前で晒すのは恥も承知の上だ。そう思いながらタオルで陰部を隠す。
「心中は1人ではできない〜」
「やけに上機嫌だな」
「あ!中也!背中流しっ子しよう!」
無邪気でそこら辺にいるただの高校生のような笑顔を向け、普段は絶対に言わないであろう言葉を口に出す。怪しいと思い、なにか企んでいるのかと訪ねても「飼い主を信用していないのかい?まったく、ダメな駄犬だ」だそうだ。
信用されてない手前が悪いだろ。いやそもそも、俺は太宰の犬になった覚えはないというのに、勝手に「僕の犬」「僕の犬」と騒ぎやがる。この前だって「犬の面倒」とか言いながら部下と飲みに行こうとした俺を頑なに引き止めて家の中へ押し込みやがった。
干渉するのも程々にして欲しいものだ。
***
顔を引きずりながら許可を下した背中流しっ子は特に何事もなく終わり、露天風呂へ直行した太宰の後を追う。少し肌寒い外をうろついていると、ブクブク泡の音がし、何か嫌な予感がした。
「温泉で入水すんなクソ鯖!!」
やっぱりだ。俺の勘が的中した。温泉で入水とはバカにも程があるだろ。
「人の迷惑になるだろ!少しぐらい周りを気にしやがれ!!」
誰もいない露天風呂で声を上げながら 濡れた髪を湯の中から掴み上げ、大きなかぶを引き上げるように引っ張り出す。
「いたたたたたたた!!!! ちゅうやだってそんな大きな声出したらダメでしょ!!」
「誰のせいだと…ッ!」
「え〜っとぉ、心中をする前に止められなかったちゅうやのせい?」
コイツ…!!いつどこでも腹が立つ野郎だ、まったく。量産性のない会話をしていると頭の真上にあるランタンの灯りがつき、「もうそんな時間か」と薄暗さを感じた。こいつといたら妙に時間が過ぎるのが早く感じる。ランタンの灯りを見ていたら太宰が空の方を指し、「綺麗な夕日だよ、ちゅーや 」と目を細めた。
癪だが、水も滴るいい男とでも言うほど顔面が強い。認めたくはない。認めたくない。認めない。不意にモデル顔負けの嘘つき面を見てしまい、顔に熱が行くのと同時に赤くなる。のぼせてしまったのだろうか。
「中也?…あははっ!大丈夫〜?ちゅーうーやーくーん!」
俺の肩に手を置いてグラグラと揺らす。
吐き気がするからやめてくれ。あとこいつ分かってやってるな。性悪男め。とっとと海の底に沈んじまえ。
「はぁ、しかたないなあ。僕が外まで連れて行ってあげるよ。犬の世話は飼い主の役目だからね」
一言多いが随分と気が利くではないか、いつもこんな風にしてくれたらどれほど楽になるのだろう。あ、でも嫌な予感がする。遠慮させてーー
「その前に、このタオルを剥ぎ取ってから…ね」
色の着いた甘い声が耳元で囁かれる。その瞬間、背にゾクゾクと全身に鳥肌がたった。大丈夫だと言い、太宰から虫を見た女学生のように距離をとる。シャワーを浴びたというのに冷や汗が頬を滴る。
「遠慮しなくてもいいのに〜」
「本っ当に大丈夫だっ!!!!!!!!」
◇
逃げるように温泉から出、ゆっくりと本を読むスペースで寝っ転がっていた。特に読書をする訳では無いが、あいつから逃げることに集中してしまい、思わずこんなところに来てしまった。大きなため息をつきながら体勢を立て直す。
「ンッ…あぁ、」
「発情期の犬みたいな声出さないでくれない?」
「出してねぇ。……ストーカー!?」
「僕ほどの飼い主となれば犬の行動なんて全て把握しているんだよ。ストーカーじゃないから」
何事もないような顔をして、完全自殺という買う予定もないやつでも思わずどこで買ったのか気になる本を懐から出す。
「それは置いといて、今日は温泉に来れて癒されたでしょう?」
「あー、逆に疲れた気がすんなァ」
「はぁ〜っ???まったく!中也なんて連れてこなければよかった!」
誰のせいだと思ってるんだこの自殺願望野郎は。
「…今日は中也の誕生日を」
ごにょごにょと小さな声で不満を次々と並べる。そうか、今日は誕生日だったな。仕事三昧で自分の誕生日も忘れていたようだ。だが、誕生日と言っても俺はもうガキではあるまい、そんな浮かれている暇があれば仕事を片付けて…いや、せっかくあの太宰が誕生日を祝ってくれたんだ。感謝の言葉の一つや二つは言ってやろう。
「連れてきてくれて……その〜、感謝…してる。ありがとうな」
変な意地が邪魔して素直に伝えられなかったが、伝わっているようで、太宰は驚いた顔をした後、当然だとでも言わんばかりの表情で「僕は君の飼い主だからね」と言い、また言い争いのような楽しい時間が流れた。
ー
中誕 温泉に行こう、終
◆アトガキ◆
間に合った…よかった…(大泣)
ご無沙汰になっていたブルアカも再熱してしまいまして、ネルちゃんがどうしても可愛くてたまんなくて一生ブルアカしかしたくないみたいな状況で、ほんっとうに投稿頻度だだ下がりします。最近は自生活優先みたいな感じなので、遅ければ次の投稿は太誕かもしれません。5月も1回ぐらいは創作したい…。
そういえば、このおさむくんは部下達が話しているのを聞き、急いで温泉に行く準備をしたそうですよ。可愛いですね。
コメント
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最っっっ高に良きでした…🥹︎💕︎Loveです…🫶