聖夜の夜更けは、一年の中でも一番切ない日だと思う。
クリスマスイブの日、元貴は仕事が終わり、メンバーやスタッフとクリスマスを祝ったあと、一人深夜のスタジオで制作を続けていた。
みんなで温かい時間を過ごした後ほど、独りになると心は冷えていく。
外の空気は冷たく、ひんやりとした窓を覆うカーテンのすき間から雪が降っているのが見える。
LINEの音が静かに響く。
画面を覗き込むと、若井からのメッセージが並んでいた。
「今どこ?」
「スタジオで制作してる」
「今からそっちいっていい?」
思わず眉が上がる。
え? おまえ、彼女いたよな。
クリスマスの夜に、何をしに来るんだ?
迷いながらも、元貴は返す。
「わかった」
やがてドアが開き、若井が入ってきた。
予想外の来訪に、元貴は思わず目を丸くする。
「おまえ、どうしたんだよ」
――心の中の戸惑いを隠しきれず、声も少し震えた。
彼はいつものように笑ってみせて
「世間はクリスマスじゃん。
一緒にちょっと飲もうかなって。家にあったの持ってきた」
その片手には紙袋にお酒やお菓子、おつまみが入っているのが見える。
不意に笑みが浮かんだ。
「…まあ、あがってよ」
クリスマスの温かな世界を、どこか遠目に見つめるようになったのはいつからだろう。
この寂しさを分かっていて、夜更けに独りでスタジオにいるのが普通になっていた。
それでも、くすぐったいような、ほっとするような気持ちが心に広がる。
普段は蓋をしている感情に気付かされ、元貴の胸は小さく痛んだ。
テーブルにはシャンパンやお菓子が並び、制作後で甘いものが欲しかった元貴もそれを口にする。
「やっぱさ、クリスマスの夜更けって、誰かといたいじゃん。
俺、彼女にふられちゃってさ。」
「え⋯、大丈夫なの?」
「まあ⋯。
元貴しかいねーって思ってさ」
その言葉に、思わず笑みが溢れた。
「そっか……しょうがねーな。
今日は友達としていてやるよ」
*
「おい、あんまり飲みすぎるなよ。明日も仕事あるんだから」
シャンパングラスを片手に酔ってきた若井に、元貴は釘を刺す。
元貴のグラスにはコーラが入っている。
彼は赤らめた頬で笑って
「今日だけでも、元貴様。クリスマスですから」
元貴は内心、自分の嬉しさに呆れた。
結局、彼のどうしようもなさに抗えない。
「……甘えるなよ」
「でもさあ、やっぱ俺には元貴しかいないって思うんだよなあ。運命ってやつ?」
心臓が跳ねる。
「……それ、俺に言うことじゃないだろ」
「違うよ、元貴だからだよ。もしかしたら運命の人は元貴なんじゃないかってさ」
言葉を失う。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
そんな冗談めいて言うなよ。
こっちの気も知らないくせに。
元貴は飲んでいたグラスをテーブルに置いて
「本当にそうだとしたら……」
「ん?」
顔を上げた元貴は、若井の肩越しに漂う酒の香りや体温をかすかに感じた。
若井の柔らかな瞳に、心が揺らぐ。
「本当にそうだとしたら、どうする?」
「……もと、き、」
「俺とずっと一緒にいてくれんの?」
彼は言葉を返さず、ただ、少し笑ったように見えた。
元貴は怖くなって、笑ってみせた。
「ふ、なーんてな。
俺さ、今度の撮影でこういう演技練習するように言われてるから。
……びっくりした?」
「からかうなよお。びっくりしたよ……」
小さく間を置いて、若井はそっと笑った。
「……まあ、でも、ついていきますよ。一生」
「⋯っ、
なんだよ、それ」
元貴は言葉の余韻に心を揺らされ、静かに息をついて、笑った。
*
夜は深まり、窓の外では雪が静かに舞い降りていた。
部屋の中は暖かいけれど、ひんやりとした空気は窓越しに伝わってくる。
深夜の仕事を終えた元貴は、すでにソファに沈んでいる若井の隣に座り、
肩や腕の柔らかさ、酔いにまどろむ肌の感触をそっと感じ取った。
酔いにまどろむ彼は、いつもの強気な面影を消し、柔らかく無防備にそこにいる。
――若井は心地よさそうに寝息を立てていた。
肩の力も抜け、呼吸が穏やかに上下する感触が、元貴の胸を小さく震わせる。
「……やっぱり、俺ってさ……」
元貴は小さく呟く。
でも、声に出す勇気はなく、
喉の奥で止めた。
世界がまるで、二人だけみたいに、しんと静まりかえっている。
傍らの毛布をそっと肩にかけ、若井の体温が冷えないようにしながら、元貴はほんの少し距離を詰める。
触れるか触れないかの、微かな間。
胸の奥がざわつき、指先まで熱くなる。
「……好きだよ」
小さく、震える声。
耳元に落としたその告白は、雪の降る夜に溶けて消えそうで、でも確かに、若井の体温と混ざり合って
胸の奥に残る。
唇を離した瞬間、まだ触れ合った余韻が指先に、唇に、心臓に残り、心臓の鼓動が痛いほどに高鳴った。
「⋯⋯っ」
元貴はそっと距離を取り、毛布をもう一度整える。
触れた温もりと、耳元で囁いた声だけが、胸に深く染み込む。
今だけ、この瞬間だけは、自分のものだから。
一生の中で、今しかない幸福だとしても、構わない。
「⋯一生なんて、簡単に言うなよ」
——それでも、その言葉を
割り切れなかったのは、俺だけだ。
だから
神様、どうか僕を赦して。
窓の外では雪が静かに降り積もり、世界を白く覆っていく。
凍てつく夜の冷たさが、逆に元貴の胸にある熱を鮮明にした。
指先が冷たく震える。
夜の静寂の中で、世界に取り残された孤独が、胸に沈んでいく。
〈今だけの愛しい人〉
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