コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
僕が今日保育補助に入ったクラスは、保育士2年目の先生が受け持つ3歳児クラスだった。
クラスの園児の中に普段から室内遊びが大好きな大人しい男の子がいる。名前は佐藤太一くん。
空気は冷えているけど、今日は夜に降った雨で園庭の所々に小さな水溜りがあった。午後の日差しがまだ暖かかったので、担任の先生の声掛けで、皆で園庭へ行って遊ぶ事になった。いつもはお部屋遊びを好んでいる太一くんは同じクラスのお友達に誘われ、楽しく遊びに参加していた。
担任の保育士が走り始めた子ども達へ声を掛ける。「急にそんなに走ったら危ないからねー!…太一くん気をつけ、あっ!!」
雨上がり園庭はほとんど乾いていたが、太一くんは長靴のまま鬼ごっこをしていたところ、石につまづいた先にあった花壇のブロックに腕をぶつけ、左手首が腫れてしまった。
突然の出来事だった。ぶつけてしまった手首を動かすと激痛が走る様で動かせなかった事もあって、急いで近くの整形外科へフリー保育士の都希の付き添いで連れて行く事になった。
レントゲンを撮ると手首は折れてしまっていた。補助で入っていた僕が太一くんの病院へ付き添い、担任の先生が保護者へ連絡を入れ、お迎えに来たお母さんへ経緯報告と謝罪をした。
「折れてる…?なんで?」迎えに行った子どもが骨折をしてしまっていたらショックを受けてしまうのは当然の事。
園長先生を始め、泣きながら謝罪をしている担任の先生と病院へ付き添った僕も一緒に謝罪をした。
翌日、お母さんの怒りは治らず、保育園に登園した時に再度直接抗議があった。でもその際、お母さんはこう保育士に言っていた。
「私だってこんなに文句を言いたいんじゃない!でも…私しかこの子を守ってあげられないじゃない!」泣を流しながら抗議をしていた。僕が午後に出勤した時に引き継ぎがあった。
お母さんはそれだけ伝えると「仕事に行かなきゃ。では、お願いします。」と園を後にした…。
太一くんのご家庭は母子家庭だ。
太一くんは平日7時に保育園が開所するのとほぼ時間ぴったりに登園してくる。それくらいお母さんは頑張っている方だった。
保育園の保育士達は家庭の背景までを保育士同士お互いに報告し合い、守秘義務を守り、子どもと保護者をサポートする。
今日も太一くんお迎えの時間になった。
担任がすでに退勤してしまった遅い時間のお迎えだった。お迎えに来た保護者の対応に病院に付き添った僕と園長先生が対応する。
「僕も園庭に一緒に出ていました。すみません…傍で見ていたのに、転んでしまった瞬間、手が届かなくて…。」
「もっと早く予測していたら怪我なんてしないで済んだんじゃないんですか?!こんなになるなんて!」
「お母様のおっしゃる通りです。怪我をさせてしまった事、大変申し訳ありませんでした。職員一同、しっかりと配慮をして太一くんのサポートさせて頂きたいと考えております。」と、園長先生が伝えてくれた。
お母さんは怒ってはいる。でも分かってくれていると感じる。でも、何か心に引っかかっている事があるのかも知れないとも感じた。
お母さんの本心が知りたくなり、僕は自分の話しをした。
「あの…すみません…。こんな時に不謹慎かと思いますが、こんな風にお母さんに想ってもらえる太一くんの事が正直羨ましいです…。僕小さい頃の話しなのですが、実は僕も母子家庭でした。佐藤さんはとても太一君を大切に思っておられます。でも、うちの母は僕を置いて出て行ってしまったので…。比べてしまうと正直太一くんが羨ましいです。こんな話しですみません。」
お母さんは驚いた顔をした後に悲しそうな表情に変わった。
「佐藤さん、この度は太一君に痛い思いをさせてしまった事、お母様にご心配をおかけしてしまった事、合わせて誠に申し訳ありませんでした。でも、これからも一緒にお子さんの成長を見守らせてください。」
そう園長先生が伝えると…佐藤さんは泣き始めた。
「…うちの子、保育園が大好きなんです。先生方の話しをたくさんしてくれています。だから余計に大きな怪我をしてしまってショックでした…。子どもなんて怪我をする事もあるのに…余裕が無くてすみません…。これからも宜しくお願い致します。」
「しっかりサポートさせて頂きます。この度は誠に申し訳ありませんでした。」
太一くんのお母さんの気持ちが聞けた。
向き合う事でお母さんの気持ちもほぐれた様だった。するとお部屋で待っていた太一くんがお母さんの元へ駆け寄って来た。まだその手はギプスで痛々しい。
「僕、もう痛く無いよ!もう怪我しないように、これからはたくさんお外で遊ぶ!お母さん泣かないで。」
「太一、わかった。お薬も頑張って、お野菜たくさん食べて早く治そうね。」
「うん。」
佐藤さん親子は手を繋ぎながら仲良く降園した。
保育園では度々こういった事がどうしても起きてしまう。無いに越した事は無いんだけど、佐藤さんと保育園が和解できて本当に良かった。
太一くんは優しくて、お母さんの事が大好きで、とっても良い子だ。
・・・・
僕はどうしたらお母さんに捨てられずに済んだのたわろう…。佐藤さんに話した言葉は本音だった。
僕もこんなに心配してもらいたかった。感情が抑えられない程、僕の事を見て欲しかった。家で一人で居るのが寂しかった。車のエンジン音が聞こえる度に何度も何度も窓の外を見ていた。ずっと一緒に居て欲しかった。僕は愛されて無かったのかな…。
親子の優しくて暖かい関わりを目の当たりにする度、僕の存在意味が無いという事に行き着いてしまう。今日は昔の母の背中を思い出した。
・・・・
帰り際、笑顔の園長先生に呼び止められた。
「都希先生、あれ本音でしょ?自分から話してるなんて珍しいわね。何か心境の変化でもあったの?」
園長先生は第二の母の様な人だ。いつも僕の心配をしてくれる。園長先生が僕のお母さんだったら…。なんて事も考えた時もあった。
「なんにも無い…とは思います。たぶん。でも佐藤さんに話してしまっていました。」
「そうだったのね。今日はお疲れ様。ちゃんと身体休めてね。」
「お疲れ様です。お先に失礼致します。」
軽く頭を下げて挨拶をした。
『今日はまだ頑張れそう…』そんな気持ちになった。