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七、魔玉の力
「なに? どうなってしまうの?」
「貴様……人を捨てて魔族側に就くと誓え。そうすれば、命までは失わずに済むやもしれん。それは、着けた者の精気を吸い続ける。その代わりに配下の魔力量と、魔力そのものを底上げしてくれるのだ。着けただけでそうだと言うのに……」
「それで……融合してしまったら、どうなるの」
「吸われる量が尋常ではなくなるだろうな。貴様、取り込んでから何日経った」
「数日くらい」
「体調はどうだ。もう走ることも出来んだろう」
「え? どう……かしら」
イザは思えば、ずっとムメイに抱えられてここまで来た。
この逃避の間ずっと、自分で動く事などほとんどなかったのだ。
言われてイザは、その場で走ろうとしてみたが動けなかった。
まるで高熱で動けないような、違和感のある体力の損耗を感じた。
「どうりで、動きが鈍いと思っていた」
ムメイは、抱えていた理由のひとつだと付け加えた。
「私は緊張から、疲れているのだと思っていたわ」
それだけではなく、魔玉を体内に入れたせいだったらしい。
「あと二週間もせぬうちに、死に至るだろう。死んだら融合が外れて元の玉に戻る。それから取り出すが、良いな?」
初老の魔族はそう告げた。
おそらくは、このイザが死んだ後に、自分達で通常通りに用いれば良いと考えたのだ。
「待って! さっき、魔族側に就けと言ったわよね? それで助かるんじゃないの? 私は……やっぱり、人間に恨みを晴らしたいわ」
その言葉は、イザのものとは思えないなと、ムメイはそう感じた。
恋人を殺され失って、死にたいと言っていたやつが急にそんな考えに変わるだろうかと。
仇である勇者は、自らの手で殺したと聞いた。
だからこそ、イザは失意の中で死を求めていたのではないか。
その彼女を生かして、その力を利用したいと考えていたのは……。
ムメイだけだったのだから。
助かりたいなどと、思い直せる程度の絶望ではなかったはずだった。
「……頭に残っておったか。そうだ。魔族達の精を注ぎ続ければ、お前は死なずに済む。そしてその魔玉の力も、通常の比ではないほどの恩恵を与えてくれる。まさに諸刃の力。お前は女で良かったな。男では、体内に精を補充する術なく死ぬしかないのだから」
そこまでを聞いて、イザは嫌な予感がした。
それは、この身に他の男の、精を注がれなければ生きていられないという事ではないかと。
「どう……いうこと? 私が生きるために、何をさせるって?」
「察したのであろう? 魔玉を取り込んだ場所に、精を注ぐのだ。つまり、我ら魔族と交われという事だ」
「……もしも、飲み込んでいたら?」
「そんな大きさのものを、口から飲み込める人間が居るわけなかろう。絶妙に飲み込める大きさではないが、女であればしかり。だが、魔力の強い女がほとんど居なくてな。我らは魔王と言えば男だ。が、お前は恵まれている」
――とんでもない話だ。
イザは迷った。
本来なら、それで死んでも構わないと考えていた。
なのに今は、イザの心を揺らすのは……復讐の念だった。
――人が憎い。
勇者も、勇者をその力だけで選んだ人間も、同じ罰を受けるべきだと。
あんな人間のクズを、勇者にさえ選ばなければ。
魔力が強いからと、イザを魔道の道に勧めた人間も同じだ。
そんな風に、イザは考えるようになっていた。
「……やるわ。私はもう、この身を清く保つ必要など……ないんだもの」
ムメイは、イザの急変ぶりに驚きを隠せなかった。
だが、利用できるならば彼女の力は是非とも欲しい。
その想いが天秤に乗っている限り、戦友であるイザの様子の変化など、無視するほか無かった。
それほどに、ムメイの心もまた、復讐に囚われている。
結局は、もう誰か特定の人間に向けた復讐ではなくなったのだ。
浅はかな欲望に対して、どこまでも貪欲な愚かな人間。
復讐の対象は、すでに人間全てに向かっている。
良い人間も居るが、場合によってはそいつも悪人となるのだ。
そうなった者をたくさん見て来た。
それらを暗殺してきた。
それがムメイの見て来た世界で、イザもまた、こちら側に来たに過ぎない。
人間は一度、駆逐されなければその愚かさに、永遠に気付かないだろうから。
イザの思考も、それと等しく考えるようになっていた。
人間を駆逐するためなら、どんな目に遭おうとも受け入れる。
それが禊ぎとなる。
それが、力となるのだ。
――魔玉の力。
それがイザを狂わせていようとも、イザはそう思わない。
彼女の奥底にこびりついてしまった理不尽に対する悲しみが、その力を欲したに過ぎない。
「覚悟は固いようだな」
初老の魔族は、イザの目を見てそう感じた。
先程までとは違って、本能から人を憎む目をしている。
それならば、魔族の仲間として受け入れる価値がある。
あとはこの娘が、魔族を仲間と思うかどうかだ。
それは精を注げばすぐに分かる。
枯渇した魔玉に、その力が宿った時――。
皆に魔力が行き渡るなら、それが証となる。