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その日は、東京に雨が降っていた。俺はパトカーのハンドルを手に取り、狭い路地を通っていた。新人警察官である俺の初めての仕事という訳だ。通報は1人の女性からだった。黒いフードを被った男にカバンを盗まれたという。まぁ、こんな人気の少ない狭い路地なら窃盗もよくある事だ。しばらく進んでいると、赤い傘を持ち、白のワンピースを着た若い女性が見えてきた。おそらく警察に通報した張本人だろう。俺はパトカーの4灯をたき近くに停車させパトカーを降りた。
「こんにちは。警視庁です。通報された方ですか?」
「はい。そうです……突然、フード男に財布の入ったカバンを取られて……」
「窃盗……っという訳ですか。その男は…どこに……?」
「……向こうの方に逃げ走って行きました……」
彼女は追いかけなかったのだろう。追いかけたところで追いつけない、追いつけたところでカバンを自力で取り返す事は不可能だと分かっていたからだ。だから、直ぐに警察に通報したのだろう。
「向こうの路地ですか…、あっちの方面の道路は入り組んでいて……今から追跡してもおそらく……」
「そうですか……」
女性は肩を落とし俯いていた。俺は、男の特徴などを聞くために彼女をパトカーに乗るよう促した。しかし、俺の耳に雨の音と同時に、キャンキャン…っという音が聞こえてきた。いや、鳴き声と言った方がいいだろう。音の根源は直ぐに分かった。路地の電柱の陰に雨水でぐちょぐちょになったダンボールが置かれていた。俺は、彼女をパトカーに乗せた後、そのダンボールに近ずいて言った。しゃがみ、ダンボールの蓋をそっと開ける。俺は目を見開いた。そこには2匹の子犬が入れられていたのだ。ダンボールのそこにはタオルが敷かれ、隅の小皿に少量のドッグフードが置かれていた。捨て犬だ。1匹は、俺に向いて元気に吠えているが、もう1匹は衰弱しており、座り込み苦しそうだった。俺はすぐに、そこに敷かれていたタオルを衰弱したもう1匹の子犬に巻いた。こんな大雨の中、子犬の体が冷え切っている事なんて分かりきった事だ。元気に吠えるもう1匹には、被っていた帽子を被せた。今言うことではないが、警察の帽子を被った子犬はとても可愛らしいと思ってしまった。俺は、2匹を抱えパトカーに向かって走っていった。パトカーの助手席を開け、2匹を座席の上に乗せる。当然、俺はびしょ濡れだ。女性は後部座席から2匹を見つめる。
「えっ……子犬……?」
「えぇ。そこの電柱の裏にダンボールに入れられて捨てられてました。」
「えっ……可哀想……。」
元気な子犬は衰弱した子犬を心配するかのように寄り添っていた。
「どうすれば……」
「と、とりあえず病院に連れて行っては…?」
「えっ、でも、貴女の財布は……カバンは…」
「大丈夫ですよ。それより…私は、その弱っている子を助けたい……このまま動物病院に直行しましょう……」
「……分かりました。申し訳ありません……」
「謝らないでください……。じゃあ、私は降りますね。被害届はまた警察署に出しておきます。」
「ほんとすみません……よろしくお願いします」
彼女は、パトカーのドアを開け傘をさしパトカーを降りドアを閉めた。俺は、4灯を消しパトカーを走らせる。
「……ここから一番近い動物病院は…」
パトカーのカーナビを操作し、近くの動物病院を検索しナビを開始させる。数分入っていると、バイパスに出た。バイパスを走っていると動物病院はすぐに見えてきた。俺は左折し動物病院の駐車場に入る。パトカーを駐車場に止め、2匹を抱え雨の中を走り動物病院に駆け込んだ。