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月曜日の朝。週のはじまりの教室には、少し重たい空気が漂っていた。
桐山真理亜は、自分の机にノートをそっと忍ばせたまま、ぼんやりと廊下の先を見つめていた。――来るだろうか。あの人は、今日も“ごっこ”を続ける気でいてくれるのだろうか。
そんな思いを胸に抱えていたときだった。
「よっ、桐山」
声のする方へ顔を向けると、そこには今日も変わらず、校内一の王子様――櫻井透真が立っていた。
教室の扉を挟んだ、たった数秒のやり取り。けれど、それは真理亜にとって心がふわりと浮かぶほどの“イベント”だった。
「きょ、今日も……ごっこ、するんですか?」
「当たり前だろ」
笑わず、真顔で言う透真。その無駄のないやり取りに、真理亜は内心で顔を真っ赤に染めていた。
「じゃ、また昼休みに」
それだけ言い残して、透真は自分の席へ向かっていった。
その様子を、誰かが見ていた。
手塚律――。物静かで、クラスの中ではやや影の薄い存在。けれど、観察力だけは誰よりも鋭い。
彼の目には、真理亜と透真の“距離感”が異様に映っていた。
まるで、ふたりにしかわからない“ルール”があるかのように。
(やっぱり、おかしい。あんな距離で、あんな目線――普通じゃない)
手塚は考え込むように頬杖をついた。
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「えっ、なにこれ?」
その日の昼休み、真理亜が机に戻ると、椅子の上に一枚のメモが置かれていた。
【図書室の奥、誰もいないとこで待ってる】
見覚えのある字。透真のものだった。
(図書室? ……なんで?)
そわそわしながら真理亜は教室を出て、静かな図書室の一角へと足を運んだ。
「よっ」
本棚の陰に立っていた透真は、真理亜を見ると、ちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「なんか……今日、やたら視線感じるんだよな。手塚ってやつ、こっち見てた」
「えっ、私も……感じました。手塚くん、目がすごく鋭いし……」
「だからさ。これから“片想いごっこ”するとき、もうちょっと自然に見えるように、ちょっと練習してみないか?」
「れ、練習……!?」
「そう。“好きな人を見る目”ってやつ」
「え、ええええ……っ!?」
顔が爆発しそうになるのを抑えながら、真理亜はぎこちなくうなずいた。
「じゃあ、俺が教える。“今、俺のこと、好きな目で見てみて”」
「む、無理ですってばそんなの!」
「ほら、練習なんだから。本気で好きじゃないし、ごっこなんだから。……な?」
そう言って、彼は少しだけ優しく笑った。
その笑顔に、真理亜の胸がふわりと跳ねる。
(だめ……これは、“ごっこ”……)
それでも――
目が、彼から離せなかった。
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その夜、真理亜はまたノートを開いた。
【片想いごっこノート】
・6月17日(月)
見かけた回数:4回
目が合った回数:5回
好きな人を見る“練習”をした
図書室で、ちょっとだけ手が触れた
そのページの隅に、また小さな一言を書き添えた。
「今日、好きになりそうになった」
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一方、手塚律は放課後の教室で、静かにその“ノート”がしまわれるのを目にしていた。
「やっぱり……何かあるな」
そして彼は、誰にも聞こえないように小さくつぶやいた。
「……桐山さん、まさか本当に、あいつのこと……?」