「これ、どうやって使うのかな」
直里は大型の銃のような形をした機械を手に持ち、様々な角度からしげしげと観察していた。
その機械は、今朝がたコンビニに行った帰り道で直里と星良を襲撃した男たちが所持していたものだ。
男たちは少し反撃を受けただけであっさりと逃走し、その際、手に持っていた機械を落としていった。
直里たちが暮らすシェアハウス【Felice(フェリーチェ)】の管理人で保護者代わりの梅子に電話で事情を話したところ、最近増えている異能者を狙った暴行事件の犯人かもしれないから、外出時は充分に注意するようにと言い聞かされた。銃型の機械は異能者用の拘束具を射出するものだろう、とのことだった。
「オマエなぁ、なんでそんなもん持って帰ってきたんだよ。俺たちを襲ったヤツらの道具だぞ」
星良はベッドの傍の床に座って煙草を吸いながら、呆れ顔で直里を眺めている。
「だって気になるじゃん、異能者用の拘束具なんてそうそう見る機会ないだろうし、どんな仕組みになってるのか……」
興味津々な様子で、直里は機械をいじりまわす。
「おい、変にいじって取り返しのつかねぇことになったらどうすんだよ」
「大丈夫大丈夫~。……って、あれ?」
突然、大きな銃口らしき部分から、バシュッと音を立てて手錠が射出された。
「うわっ!」
二つ連なった輪の片方が、新しい煙草を箱から取り出そうとしていた星良の右手首を捕らえ、輪と輪の間のチェーンが生き物のように伸びて左手首を捕らえる。
チェーンが一瞬で縮み、星良は後ろ手に手錠を掛けられた状態になった。しかも右腕と左腕の間には二段ベッドの支柱があり、その場から離れられなくなってしまった。
「あ……。ごめん、星良……」
「テメェ、ふざけんなよ! クソッ、外れねぇ!」
星良は怒りに任せて腕に力を込め手錠を外そうとするが、びくともしない。
「星良の異能で壊せない?」
「使えねぇんだよ、多分この手錠のせいだ」
「あー……、能力封じる系なのかぁ」
直里はジーンズのポケットから、自らの異能の発動に使用するガラスビーズを取り出す。
「俺がやってみようか?」
透明のガラスビーズが直里の魔力で紅色に染まるのを見て、星良は慌てて止める。
「待て待て待て! オマエの力でやったら俺ごと吹っ飛ぶだろうが! 殺す気かよ!」
直里は自分の魔力で染めたガラスビーズを弾丸のように撃ち出す術を得意とし、分厚いコンクリートの壁でも一撃で粉砕するほどの威力がある。火力が高すぎて、手錠を壊すどころの話ではない。
「あ、そうか」
ガラスビーズをポケットにしまい、直里はしばらく考え込む。
「じゃ、きぃ姉に頼んでみる」
直里は部屋を出て、リビングにいた希以を連れてきた。
「また困ったことになってるねぇ、星良」
星良の現状を目の当たりにした希以の顔に、同情の色が浮かぶ。
「ああ、どこかのクソガキのせいでな」
ジロリと直里を睨むと、直里はばつが悪そうに目線をそらした。
「壊せそう? きぃ姉」
「やってみるよ」
希以は自らの魔力を込めたリボンを両腕に巻き付けて腕力を強化し、星良を拘束している手錠をグッと掴む。
しかし、すぐに手を離してしまった。
「ダメ……、手錠に触った途端に魔力が分散しちゃう……。異能で破壊するのは難しそう」
「きぃ姉でもムリかぁ」
直里はがっくりと肩を落とす。
身体強化の異能を持ち、凄まじい怪力を発揮できる希以でも、異能が使えなければ腕力はごく普通の女の子と変わりない。
「ごめんね星良、役に立てなくて」
希以は申し訳なさそうに眉尻を下げ、星良の顔をのぞき込む。
「いや、希以が謝ることねぇよ」
「私、約束があるからちょっと出掛けるけど、何か手伝えそうなことがあったら言ってね」
「ああ、ありがとな」
希以が部屋を出た後、直里が工具箱を持ってきて手錠を壊せないかいろいろ試してみたものの、手錠には傷一つ付けられず徒労に終わった。
二人でいくら考えても良い案は思い付かず、知識の豊富な梅子に相談してみるしかないだろう、という結論に達した。電話で事の経緯を梅子に伝えた直里は、しこたま説教をくらっている様子だった。
「梅さん、何て言ってた?」
「手錠を外すのに専用の器具がいるから、知り合いのところに借りに行ってくれるってさ」
「ってことは、梅さんが帰ってくるまで俺はこのままか」
梅子は今朝出掛ける際、帰りは早くとも夕方になると言っていた。直里が余計な用事を増やしたため更に帰宅が遅くなるだろうと思うと、憂鬱で仕方ない。
「そうなるな……。メシは運んできて食べさせてやるから、我慢してくれよ」
「……ったく、ほんとロクなことしねぇよなオマエは」
「ゴメン……」
一応は本気で悪いと思っているのか、ブツブツ文句を垂れる星良に言い返すことはせず、直里は小さな声でポツリと謝った。
「星良、昼飯持ってきたぞ」
直里が持ってきたお盆には、サンドイッチと紅茶の入ったティーカップ、小ぶりの卓上ポットが乗っていた。
「ほら、口開けろよ」
情けなく思いながら口を開けて、直里の手からサンドイッチを食べ、紅茶を飲ませてもらう。
「紅茶、おかわりいるか?」
「ああ」
直里は小さなポットからカップに紅茶を注ぎ、星良の口元に持っていく。食事当番の泉樹が気を使ってくれたのか、紅茶はすぐに飲んでも火傷しない程度の温かさだった。
「ごちそうさま。泉樹に美味かったって言っといてくれ」
「うん」
お盆を持っていこうとした直里のポケットから、スマホの着信音が聞こえた。直里は一旦お盆を置き、電話に出る。
「何か用か? 太田」
直里は星良の知らない名前を口にした。おそらくは学校の友人なのだろう。
「え? 今から? いや、ちょっと今日はムリ……」
友人に呼び出されているらしい直里は、チラリと星良に目線をやる。
通話相手が野太い声でみっともなく号泣する声が、星良の耳にも微かに聞こえた。
「おい、そんな泣かなくても……、行くって! 行けばいいんだろ!」
直里は通話を切り、大きな溜め息を吐く。
「わりぃ、星良。ダチが相談したいことあるらしくて……、たぶん愚痴の聞き役が欲しいだけだろうけど……」
「わかった。俺は一人で平気だし、行ってこいよ」
「なるべく早く帰ってくるから!」
直里が出ていった後、星良は動けない状態で如何に時間を潰すか考え始めた。両手が拘束されているせいで煙草は吸えない、雑誌を読むことも、スマホをいじることも不可能。できるのは声を出すぐらいのもの。とはいえ、一人で喋っても虚しいだけ。歌も好きではない。
「……寝るか」
何もできず、じっと目を閉じて眠ろうとしてみる。しかし、まだ明るい時間帯で眠気はなく、不自由な体勢も相俟って眠りにはつけず、ただボーッとして過ごすしかなかった。
数十分後、暇を持て余し、どうしたものかと頭を悩ませていた星良に、暇つぶしよりも遙かに重大な問題が発生した。
――やべ……、トイレ行きてぇ……。
今の自分はトイレに行きたくても行けない状況に置かれているのだと思うと、意識し始めたばかりの尿意が何故だか急激に切迫してくる。
昼食時に深く考えず紅茶をおかわりしたのを、今さら後悔した。
現在、外出せずフェリーチェにいるのは泉樹以外は女の子ばかり。他のことならともかく、シモの世話はさすがに頼めない。そして、唯一の男である泉樹は、この時間帯は自室兼アトリエに籠もり滅多に外には出てこない。
風太と時彦は二人仲良く出掛けてしまって、夜まで帰ってこないらしい。
こうなると、直里の帰りを待つ以外に手段はなかった。
ところが、なるべく早く帰ると言ったはずの直里はなかなか帰らず、約一時間が経過した。
「うぅ……」
じっとしていられなくなり、モゾモゾと膝を擦り合わせながら、星良はひたすら尿意に耐え続ける。
それから三十分経っても直里は帰ってこず、星良は窮地に立たされていた。
「あの野郎……、早く帰ってくるって言ったくせに、何やってんだよ……」
じわり、と少量の雫が滲み出て、下着を濡らした。
「……っ」
必死に止めようとしても、これ以上は溜められないと膀胱が尿を押し出し、少しずつ漏れ出てくる。
すでに部屋着のハーフパンツにまで染みが浸食してきていた。
「ただいまー」
能天気な声と共に、直里が部屋のドアを開けた。
「直里っ……」
「ん? どした、星良」
助けを求める間もなく、一気にあふれ出たものが下着もハーフパンツもぐっしょり濡らして、布地が吸い込みきれなかった分が床に大きな水溜まりを作っていく。
「あ……ぁ……」
我慢できずに直里の前で漏らしてしまった羞恥と、限界まで我慢していたものを解放する気持ちよさが入り混じり、星良は言葉を発することもできなくなっていた。
呆気にとられて見つめていた直里は、星良のおもらしが終わると、気まずそうに近寄ってきた。
「ご、ごめん、星良……、トイレのこと全然考えてなかった……」
「……」
全部出し切った後は羞恥心だけが残り、星良は黙ったまま目に涙を滲ませる。
「すぐ片付ける! 着替えも持ってくるから!」
直里は大急ぎでタオルを持ってきて、床の水溜まりを拭いた。そして、星良の衣装ケースから洗濯済みのハーフパンツと下着を出し、濡れた服を脱がせて身体をきれいに拭いてから着替えさせた。
「クソガキ……、あとで覚えてろよ……!」
星良は真っ赤な顔で俯き、声を震わせながら吐き捨てる。全て直里のせいにして怒りをぶつける以外に、羞恥を紛らわす方法がなかった。実際、直里の好奇心による浅慮な行動が原因で星良は身動きが取れなくなっているため、お門違いの八つ当たりというわけでもない。
「反省してます……」
直里は自分がこの事態を引き起こしたと理解はしているようで、星良の怒りを素直に受け止め、身を竦めて縮こまる。
再びスマホの着信音が鳴り、直里は画面に表示された名前を確認した。
「あ、梅子さんからだ」
直里は画面をタップし、星良にも聞こえるようスピーカー通話に切り替える。
梅子からの連絡は、手錠を外すための道具は入手したものの、帰りは明日の朝になってしまう……という話だった。
通話を切った後、直里は星良の表情を伺う。
「えっと……、明日の朝までトイレ我慢するのって……ムリだよな?」
「んなもん聞かなくてもわかるだろ……」
しばらく考え込んでいた直里は、「ちょっと待ってろ」と言って部屋を出ていき、洗面器を抱えて戻ってきた。
それが尿瓶代わりらしいと理解した星良は、洗面器に排泄する自分の姿を想像して表情を曇らせる。
「星良、したくなったら声かけろよ」
また漏らすよりはマシだと自分に言い聞かせ、星良は黙って頷くしかなかった。
「大きいほうは大丈夫か?」
「こんな状態で出るかアホ!」
「でも、おまえよく腹壊してるし……」
「う……、今日は大丈夫だ」
そうは言ったものの、本当は朝から少しばかり腹の調子が悪い。明日の朝まで悪化せずにいられるよう祈るしかない。
「それならいいけど……」
直里は心配そうに眉を顰めつつ、自分の机の前の椅子に腰掛けた。
日が落ちて、すっかり外が暗くなった七時過ぎ。
直里が夕食の乗ったお盆を持ってきた。
泉樹が作ってくれた夕食はオムライスと野菜のクリームスープ。好きなメニューではあるのだが、鳥のヒナのように口を開けて食べさせてもらうのにはどうしても慣れず、食事を楽しむ気分にはならない。それでも、せっかく作ってくれたものを残したくないという義務感で最後まで食べきった。
そして、しばらく経った頃。
腸が蠕動音を鳴らして活発に動きだし、じわじわと強くなる腹痛が星良を苛み始めた。
食べ物が悪かったのであれば、他の入居者たちも体調を崩して騒ぎになるはず。部屋の外から聞こえる音に意識を集中してみても静かなもので、直里も上段のベッドで呑気にゲームをしている。
どうやら食べ物に問題はなく、星良は朝からの不調が拘束状態のストレスのせいか悪化してきてしまったらしい。最も危惧していた状況になり、星良は焦りだした。
「う……ぅ……、くっ……、ふぅ……っ……」
直里の前で洗面器に大便を排泄するのを避けたい一心で、懸命に我慢し続ける。我慢しているうちに治まってくれるのではと淡い期待も抱いていたが、星良の切実な願いを嘲笑うかのように腹痛と便意は高まっていく。
このままでは漏らしてしまうと確信するレベルまできて、ようやく星良は直里に助けを求めた。
「直里っ……!」
星良の切羽詰まった呼び声を聞き、直里がゲームを止めて下に降りてくる。
「トイレか?」
星良の傍に近付くと、直里はすぐに腹が鳴る音に気付いたようだった。
「あ……、もしかして腹痛い?」
認めたくなくとも否定するわけにはいかず、星良は小さく頷いた。
直里は星良のハーフパンツと下着を脱がし、洗面器を用意する。
「星良、もっと腰上げられる?」
「ん……」
二段ベッドの支柱に拘束された手の位置を上にずらしながら、なんとか腰を持ち上げたところで、星良は限界を迎えた。
「うぅっ……、もう、ダメ……」
直里は星良の尻の下に素早く洗面器を差し込み、出始めたものを受け止める。
「よかった、ギリギリ間に合ったな」
――全然よくねぇ……! 恥ずかしすぎる……。
「はぁ……っ、うう……」
水っぽい排泄音と共に、パステルカラーの洗面器の中に緩い泥状の便が叩きつけられる。部屋に充満していく便臭にも羞恥心を煽られながら、星良は腹の中のものを出し続けた。
「全部出た?」
「……」
一旦は排泄が止まっても、痛みと便意が消えてくれず、腹が渋っている。
「まだ出そう?」
「う……」
「いいよ、落ち着くまで待っとくから」
普通に和式トイレにしゃがむのとは違い、手錠で後ろ手に拘束され二段ベッドの支柱から離れられないため体勢が不安定でぐらつきやすく、直里が身体を支えてくれていた。
「ぐ……っ、う……」
「出そうで出ない感じ?」
直里の手が星良の腹をゆっくりさすりはじめた。
「うあっ……! や、直里っ、それ、やめっ……」
身体を強張らせた星良の耳元で直里が囁く。
「出しきったほうが楽になるから、な?」
耳にかかる息と優しい声音に、苦痛とは別の感覚が沸き上がり、星良の全身が小刻みに震える。
「ん……っ……、んぅっ……、う……っ!」
腸の辺りを解すようにやんわりと何度も押された後、かなりの量の水様便が一気に排泄された。
「はぁ……、はぁっ……」
それからも星良は途切れ途切れに下痢便を排泄し続けていたが、いくら支えてもらっていても不自然な体勢はつらく、長時間は保っていられなかった。
「もういい……、直里……」
「そっか」
直里はティッシュで星良の尻を丁寧に拭いて洗面器を引っ込め、下着とハーフパンツを履かせた。
「じゃ、片付けてくるから」
汚物がたっぷりと入った洗面器を手に部屋を出た直里は、しばらくしてきれいな状態になった洗面器を抱えて戻ってきた。
「またしたくなったら声かけろよな。ムリして我慢すんなよ」
直里は星良の身体に毛布を掛け、軽い調子で言って上段のベッドに上がっていった。
人の手を借りなければトイレも済ませられない情けなさ、直里に自分の排泄物の後始末をさせている申し訳なさに、そもそも直里が拘束具をいじらなければこうはならなかったのにと恨む気持ちとが複雑に絡み合う。
この日の夜はしぶり腹が長く続き、何度か我慢できずに直里を呼んで世話をしてもらうはめになってしまった。
翌朝。
フェリーチェに帰宅した梅子は、大きなバッグからニッパーをごつくしたような特殊な工具を取り出し、星良の手錠をアッサリと切断して外した。
「はぁ……、ひでぇ目にあった……」
ようやく解放された星良は、いつものようにベッドに腰掛けて煙草を吸い始めた。
「マジでゴメン……」
改めて梅子からきつい説教をくらったばかりの直里は、シュンとしつつ星良に頭を下げる。
「とりあえず、俺の気が済むまで殴らせろクソガキ」
「ゴメンって!」
「そう簡単に許されると思うなよ」
星良は逃げようとする直里の首根っこを引っ掴む。
拘束された直後は、手錠が外れたら本当に直里をタコ殴りするつもりでいた。
しかし、直里の余計な好奇心が全ての発端とはいえ、直里の目の前でおもらしという醜態を晒したうえに、何度も排泄を手伝わせ汚物処理をさせた恥ずかしさのほうが先に立って本気で怒れず――
結局、脳天にゲンコツ一発だけで許してしまった星良だった。