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#AI
最終話の、その先
君の隣で、誓う日
結婚式の朝というものは、
もっとこう、落ち着いていて神聖なものだと思っていた。
「こなつ、無理」
「なにが」
「緊張で死ぬ」
「まだメイク前だよ」
「もう無理」
「早い」
都内の小さな式場。
控室で、こたはソファに沈んでいた。
今日は、自分の結婚式だ。
人生最大級に好きな人と、
本当に結婚する日。
なのに。
「手が冷たい」
「さっきから五回目」
「だって」
「落ち着いて」
「無理」
「知ってる」
白いシャツの上からタキシードを整えながら、
こたは深いため息をつく。
鏡の中には、ちゃんとそれらしい自分がいた。
黒のタキシード。
少しだけきっちりした髪。
けれど顔だけは、どう見ても余裕がない。
「これでかっこよく見える?」
「うん」
「ほんとに?」
「世界でいちばん」
その一言で、
危うく泣きそうになった。
「ずるい」
「今さら」
その返し。
何年経っても変わらない。
変わらないまま、ここまで来た。
それが嬉しくて、少しだけ泣きたくなる。
「こなつは?」
「ん?」
「ドレス、まだ見てない」
「当たり前でしょ」
「今見たい」
「だめ」
「お願い」
「だめ」
「結婚相手なのに」
「だからだめ」
即答だった。
こたは唇を尖らせる。
けれど、それもそうかと思う。
ちゃんと、その瞬間まで取っておきたい。
扉がノックされる。
「お時間です」
スタッフの声。
いよいよだ。
本当に。
本当に、この時が来た。
「……こなつ」
「ん」
「逃げないでね」
「誰が」
「途中でやっぱやめたとか」
「それ、こたじゃん」
「失礼な」
「ちゃんと捕まえてるから大丈夫」
そう言って、
こなつは小さく笑った。
「ずっと、離さないよ」
その言葉に。
昔、熱を出した夜のことを思い出した。
――ひとり、やだ。
あの時から、たぶん。
答えはずっと同じだった。
「……うん」
扉が開く。
先に送り出される。
バージンロードの先。
花の香り。
静かな音楽。
やわらかな光。
緊張で、息がうまくできない。
けれど。
振り返った、その瞬間。
全部どうでもよくなった。
「……っ」
白い。
ただ、それしか思えなかった。
ウェディングドレス。
綺麗にまとめられた白い髪。
少し照れたみたいに笑う顔。
ああ。
本当に。
世界でいちばん綺麗だ。
泣きそうになった。
というか、たぶん半分泣いていた。
「こた、顔」
「無理」
「知ってる」
「好き」
「知ってる」
「結婚して」
「してる途中」
笑いが漏れる。
参列者まで少し笑っていた。
らしい。
らしすぎる。
厳かな空気も何もない。
けれど、それでよかった。
誓いの言葉。
指輪。
何度も頷いて、
何度も目が合って。
ちゃんとここにいる。
ちゃんと隣にいる。
それだけで、充分だった。
「誓いますか?」
こたは迷わなかった。
「はい」
こなつも。
少しだけ笑って。
「はい」
そして。
祝福の拍手の中。
誓いのキス。
今度は、もう逃げない。
静かに触れた唇は、
あの日より少しだけ大人で。
けれど、同じくらい、
ちゃんと好きだった。
離れたあと。
こたは小さく囁く。
「ねえ」
「ん」
「私、やっぱり最初から結婚する気だった」
「知ってる」
「気づいてたの!?」
「だって、わかりやすすぎ」
「最悪だ」
「最高だよ」
その言葉に。
今度こそ、ちゃんと泣いた。
笑いながら。
泣きながら。
この先、何十年だって。
喧嘩して、仲直りして、
アイスを買わせて、
好きって言って。
そうして生きていくのだろう。
ずっと。
ずっと隣で。
「こなつ」
「ん?」
「好きだよ」
「うん」
柔らかく笑って。
「私も、ずっと」
東京の空は、
今日もちゃんと晴れていた。
完結。
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