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このお話には少し繊細な心の描写が含まれています。無理のない範囲で読み進めてください。 バッドエンドです。
夜の街は、どこまでも無機質だった。冷たいアスファルトの匂い、乾いた風、無数に灯るネオン。
誰も、ほとけを見ていなかった。誰も、ほとけを知らなかった。
それは望んだことのはずなのに、胸の奥はひどく痛んだ。
「……意味、ないじゃん。」
自嘲気味に笑いながら、彼はビルの影を縫うように歩いた。
どこに向かうでもない。ただ、消える場所を探して。
今日も配信はしなかった。
通知は鳴り続けていたけれど、もう見る気力もなかった。
「待ってるよ」「声が聴きたいよ」——そんな言葉が怖かった。
期待されるたび、自分の無力さが鮮明になった。
(ぼくなんかに、何ができるんだろ。)
頭の中で、リスナーの笑顔が浮かんでは、すぐに消えた。
支えてくれる声、温かい言葉。
全部、重荷だった。
自分を知らない世界で、ゼロからやり直せると思っていた。
でも、本当は違った。
どこに行っても、“自分”だけは、捨てられなかった。
歩き疲れて、古びた公園のベンチに座った。
夜風が冷たい。震える指でスマホを取り出す。
最後の、配信アプリを開く。
画面の向こうで、まだ彼を待つコメントが、静かに流れていた。
『いむくん、大丈夫?』
『無理しないでね』
『また会いたいな』
胸がぎゅっと締め付けられる。
涙があふれて、画面が滲んだ。
「……ごめんね。」
声にならない声で、呟いた。
本当に、みんなのこと、大好きだった。
本当に、救われてた。
だけど、自分が壊れていく音を、もう無視できなかった。
ベンチから立ち上がる。
深夜の街は、静かすぎて、逆に耳が痛かった。
ビルの上へ向かう階段を、重い足取りで上る。
手すりに触れる指先は、冷たくて、生きている実感すらなかった。
屋上に出ると、目の前に広がる夜景が、まるで異世界のように輝いていた。
だれも、ほとけを知らない世界。
それなのに、どうして、こんなに苦しいのだろう。
スマホを取り出し、最後の配信を始める。
画面の向こうで、すぐにコメントが溢れた。
『わあ、久しぶりだ!』
『元気だった?』
『泣きそう。会えてうれしい。』
ほとけは、涙を堪えながら、かすれた声で話し始めた。
「……ごめん。ぼく、もう……ダメかもしれない。」
コメントが一瞬で止まり、次の瞬間、画面は心配の声で溢れた。
『どうしたの!?』
『やめて!!』
『生きててくれるだけでいいんだよ!!!』
「ありがとう。みんな、本当にありがとう。でも……」
言葉が途切れる。
喉の奥で、嗚咽が震える。
それでも、続けた。
「……ぼく、自分が許せないの。」
静かに、スマホをポケットにしまう。
強く風が吹きつける中、ほとけはフェンスを越えた。
その瞬間、画面の向こうから必死な叫び声が飛び交った。
『お願い!やめて!!』
『大丈夫!助けを呼ぼうか!?』
『待って!!』
(ごめんね。)
心の中で、もう一度だけ、そう呟いた。
身体が宙を舞う。
夜の冷たさが一瞬で全身を貫いた。
でも、その時だけ、妙に心が軽かった。
——すべてが、静かになった。
目を閉じる間際、ふと、温かい光景が浮かんだ。
リスナーたちの笑顔。
楽しかった日々。
心から笑えた、ほんの一瞬たち。
あぁ、もう一度だけ、あの時間に戻れたら——。
強くそう願った瞬間、全ては暗闇に飲み込まれた。
そして、世界は、何も変わらなかった。
ビルの上のフェンスには、誰もいなかった。
配信アプリだけが、真夜中の電波に、静かに途切れたまま、浮かび続けていた。
——ありがとう。
——さようなら。
画面には、誰も見ないその文字だけが、いつまでも残されていた。
𝑒𝑛𝑑