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結局、レンジさんと父親から止められたので俺が入ったサウナのセットは1回だけとなった。あんまりやりすぎても身体に良くないとかどうとか。どうやら普通のサウナーは3セットが普通らしい。大人になったら俺も試してみようと思いながら、俺は『オロポ』を飲んだ。
レンジさんと父親が言うには、サウナの後にこの『オロポ』なる飲みものを飲んで水分不足を解消するらしいので、俺も真似して飲んでみた。確かに美味しくて、身体の中に水が流れていく感覚があった。あったが、これはスポーツドリンクじゃ駄目なんだろうか。
そんなことを思いつつ……一方で、これまでやったことのないことを経験したせいか不思議と視界が開けた感覚があった。やってよかったサウナ体験。
さて、サウナから上がった俺たちは服を着替えて、ホテルのフロントで女性陣が戻って来るの待っていた。ソファーに座り、眼の前のテーブルには緑茶が湯気を立てている。
父親やレンジさんよりも高さのある窓の外には旅館の中庭が見えていて、あざやかな紅葉が見えた。そういうのを見ながらお茶を飲むと、なんだか風情が出てくるような気がしないでもない
一体、どうして女性陣をフロントで待っているかというと、これから妖刀鍛冶師に会うからである。
ついに自分用の武器を持てるのだという期待感と、温泉に行ったニーナちゃんは大丈夫なのかなという相反した気持ちが混ざり合って、言葉にならずにぐるぐると回る。それを抱いたまま茶菓子を口に運んでいると、父親がちらりと俺を見て聞いてきた。
「どうだ、イツキ。どれを使・う・か・、決めたか?」
「遺宝のことだよね」
「ああ」
妖刀は遺宝を材料にして、打つ。
そのために俺は持っている遺宝のどれを使うかを決めなければならないのだ。
手元にある遺宝は3つ。
『雷公童子』、『化野晴永の蟲』、そしてニーナちゃんの父親を殺した『パペット・ラペット・マリオネット』。
俺は手元にある遺宝を眺めながら、頷いた。
「うん。もう決めてるよ」
「そうか」
俺の返答に、父親は短くそう返すと緑茶を口に含んでから「あつ」と漏らした。うちの父親は猫舌である。
どの遺宝を選んだのかは尋ねられることもなかったので俺が胸元に遺宝たちをしまい込んでいると、廊下の奥の方からニーナちゃんとアヤちゃんが出てくるのが見えた。
「あ、いた!」
「…………」
俺たちに気がついて、ぱっと顔を輝かせたアヤちゃんと、無言のままのニーナちゃん。
彼女は小走りになって俺たちのところにやってくる。すると、素早く俺の隣に来たニーナちゃんが俺の手を掴んだ。掴んでから、深く息を吐き出した。
「どうだった、ニーナちゃん。温泉は」
「……別に、普通」
そう短く答えたニーナちゃんだったが、口調からはそこまで嫌がっている感じもなかったので思わず一安心。
「あのね、ニーナちゃんと色んなお話したんだよ」
「お話?」
俺はアヤちゃんに向き直ってから温泉でニーナちゃんが暴れてないことを祈りつつ、尋ねた。
「どんな話してたの?」
「んとね、イツキくんの話」
「僕?」
「そう。どうやったらあんなにたくさん魔法が使えるんだろーって」
そう言って、にこっと笑うアヤちゃん。
思えば俺は彼女のコミュ力に助けられてばっかりである。
なんてことを思っていると、無言で俺の手を握ったままのニーナちゃんが会話に入ってきた。
「あと、イツキと妖精魔法の練習した話とか……」
「あ、そうそう! その話もしたの。ほら、土曜日とか日曜日とかはイツキくんがウチに来て一緒に魔法の練習してるでしょ? でも、平日はどんなことしてるんだろうって気になって」
ニーナちゃんが会話に参加してくれたことが嬉しかったのか、アヤちゃんが笑顔で補足。
「それにイツキくんに妖精魔法の話をしてもちゃんと教えてくれなかったし、せっかくだったらニーナちゃんに聞いちゃおって。そしたらイツキくんってウチには週一でしか来てくれないのに、放課後はニーナちゃんと練習してるって言っててびっくりしたの!」
「ぼ、僕とニーナちゃんの時間がお互い空いてたらね……?」
「うん。知ってるよ、それもニーナちゃんから聞いたから」
……気のせい、だろうか。
ちょっとアヤちゃんから、圧のようなものをほんのりと感じる。
ただ1つ言い訳をしておくと妖精魔法についてアヤちゃんにちゃんと説明をしなかったのは別にいじわるをしたかった訳ではないのだ。昔、父親から「ちゃんと魔法を覚えずにあれこれ手を出すと死ぬ」という話を聞いたから、余計なことを言ってアヤちゃんの進路を惑まどわしたくなかったからなのだ。
しかし、その話を今やると言い訳がましくなるだろうということは俺にだって分かる。
アヤちゃんに一方的に良い感じに押されてしまっているのを感じていると、イレーナさんが遅れてフロントにやってきた。それを見てから、レンジさんと父親が立ち上がる。
「よし、行くか」
「もう行くの?」
まだヒナや、母親たちが戻ってないけど……と、思っていると父親が続けた。
「ああ、妖刀鍛冶は特に強い地脈の噴出孔に工房を構えている。祓魔師以外が行くと、エネルギーにあ・て・ら・れ・る・可能性があるからな。ヒナも魔法の練習中ではあるが、七歳を超えねば連れて行くのは控えておいたほうが良いだろう」
「あてられたら、どうなるの?」
「吐き気、めまい、頭痛、幻覚や幻聴……まぁ、そういった類たぐいの体調不良を引き起こす」
「そ、そうなんだ……」
つらつらと語る父親のいう内容がそれなりにヤバそうだったので、俺は母親たちが来ないことに納得。
俺も立ち上がるとニーナちゃんの手を引いて外に出ようとしたら、空いている左手をアヤちゃんに握られた。
ニーナちゃんには慣れているけど、アヤちゃんから握られるのは久しぶりだったのでびっくりしてアヤちゃんに尋ねる。
「どうしたの?」
「こっちの方が、バランスが良いでしょ」
「え、あ、うん。うん? うん。そうかも」
「早く行かないと遅れるよ」
「わ、分かった……」
返答を飲み込んでいる間にアヤちゃんに押し切られてしまったので、俺は慌てて父親たちを追いかけた。俺が引っ張る形で着いてきたアヤちゃんとニーナちゃんを見て、大人たちが苦笑。は、恥ずかしいよ、これ……。
しかし、手を振りほどくわけにもいかないので、2人にされるがままに任せることにした。
そして気を取り直すと、父親に向き直った。
「ねぇ、パパ。どうやって鍛冶師のところまで行くの?」
「途中までは車だな」
「途中まで……?」
「ああ、そこからは登山だ」
登山……。登山か。
えっ、さっき温泉に入ったのに?