都希くんとの水族館デート後、いつも通りに会う約束をした。今日もプレゼントしたネックレスが俺の上で動いている都希くんの胸で揺れている。
『これはこれですごく良い。』
「始めはあんなだったのに。今はなんか変な感じ。」寝りそうになりながら俺の腕の中で都希くんが呟いた。
「あんなって…確かに。じゃあ、今は一緒にいてどう思ってんの?」
「…楽しいよ。」そう言うとすぐに気持ち良さそうに眠っていた。
都希くんに会うと好き過ぎて胸が苦しくなる。苦しい。でも会いたい。まるで砂時計の砂が流れ続けて徐々に降り積もっていく様に、離れても、会っても苦しい事が増えて来た。でもいつか本当の事を伝えなくちゃ。それは自分の為なのか…。それとも都希くんの為なのか…。
何度も過ったけどこの関係の先へは動けない。
そう思いながらも『真実』の箱を開けて、箱の底には結局希望なんてものは微塵も見つからずに、この関係が壊れてしまう事が何よりも怖かった。
まだもう少し…。今日も大好きな人を抱きしめながら真実から逃げた。
◆◆◆◆
保育園の卒園式も終わり、新年度が始まった。
新しいリズムにも慣れ始めた頃、『この前は来るって言って急に来なかったんだから、たまには帰ってきなさい!』
と、母に半ば強制的に実家へ呼ばれた。
G.W中なので仕事はバーへの出勤のみで、休みに入った早い段階で夕方のバーの時間まで実家へ行く事にした。
母も今の彼氏とは上手くいっているらしく、同棲している。母は恋人という依存相手がいると機嫌が良い。しかし、だからと言って、33歳にもなった子どもを気分で呼び付けないで欲しい。
いつも通り、実家の最寄り駅で降りた。駅からはタクシーを使う。尚人を見かけてしまった公園に近寄らない様にする為に…。あの日を思い出しそうになる度に心に蓋をし続けた。もうあの公園には近寄らない。
でも尚人の幸せそうな姿が目に焼き付いて離れない。
実家に居ても特にやる事も無く、だからと言って大嫌いな地元で行きたい場所なんて当然無い。久しぶりに会った母は嬉しそうにお茶やらお菓子やらを色々と出してもてなしてくれていた。とりあえず元気そうで良かった。実家と言っても母が今の恋人と住んでいる家だから自分の部屋がある訳でも無いし、居心地は良く無い。
「仕事はどう?保育園って忙しいんでしょ?」
「忙しいけど、楽しいから。」
「一人っ子なのに都希は本当に子どもが好きなのね。自分に合ってる仕事で良かったね。」
「そうだね。」
「ご飯はどうしてるの?」
「適当。外で食べたり、たまに作ったり。」
「そうなのね。ちゃんと食べなさいよ。」
「うん、わかった。」
母が改まった雰囲気で話し始めた。
「あのね、都希。お母さん再婚しようと思うの。都希はどう思う?」
『僕を襲わない人なら誰でも良いよ。』なんて言ってやろうかと思ったけど、言うのはやめた。
「お母さんがしたいと思うなら賛成だよ。僕ももうとっくに自立してるんだし、お母さんの人生だから。お母さんが決めて良いよ。」
「都希…ありがとう。」嬉しそうにティッシュで涙を抑えている。
そのまま子どもに受け入れてもらえた喜びに涙しているこの愚かな母親に、『貴方が僕を捨てた時から愛され方も愛し方も分からなくて男女関係なくセフレがたくさんいるんです。本当にその人の事を愛してますか?愛って何ですか?どんなに抱いても抱かれても本当の愛が分からないんだよ。愛を知っているらしい貴方はどうかお幸せに。僕はもうここには来ない。だって僕の部屋も無いこの家は僕が来て良い場所では無いから。』いつもそうだ。優しくて理解のある振りをしないと僕はこの人と会話が出来ない。
「じゃ、仕事あるから帰るね。」
「また来なさいよ。」
「はいはい。またね。」
どこかの有名なチョコのお菓子を手土産に渡されたけど、全く分からない。家の前に呼んだタクシーに乗り込んでから、そういえばジュリが好きそうだと思い、帰りがけのタクシー内で連絡をした。出勤前でスマホを見ていたタイミングだったのかすぐに返信が来た。
『それ好き!』
『今日仕事の後持って行って良い?』
『大丈夫だよ♡待ってるね♡』文章からもジュリの笑顔が目に浮かんだ。自然と僕も顔が緩んだ。
タクシーから降りて駅へ向かうと「あ?!え?!都希?」急に名前を呼ばれて振り返った。
「なんでここにいるの?千景…」
「いや、友達の家が近くで…。」
「そうなんだ。僕はここが地元だから。」
「そうか。お母さんに会って来たのか?」
「うん。会ったよ。」
「約束以外で会うなんて俺たち運命みたいだな。」
こんなところで千景にまさか会うなんて…。
運命か…そうなのかな。そうかもしれない。
「そうかもね…じゃ、またね。」
「ちょっと待って!なぁ、来週末空いてる?」
「たぶん…確認したら連絡する。」
「わかった!」
行こうとすると千景に抱きしめられた。
「ちょっと!外だよ!!」
「ごめん!つい」何がそんなに嬉しいのかヘラヘラ笑っている。
「じゃあ、またね。」
「またな!」
改札へ入りチラッと振り返ると千景はまだ僕を見送っていた。僕が振り返った事に気付くと笑顔で大きく手を振っている。
『恥ずかしいやつだな。』
胸の前で小さく手を振り返してからホームへ向かった。
『運命ね。そうかも、これが僕の運命なのかも。』
電車に揺られながら、本当の家と思える場所へ向かった。
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