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朝、目を覚ますと、隣にうりはいなかった。
寝返りを打つたびに、シーツの冷たさが肌に触れる。
ベッドの上に残された温もりの跡を見つめながら、昨夜の光景が頭をよぎる。
――青いワンピースの子と、肩を並べて歩くうり。
その姿は、何度まばたきしても消えなかった。
それでも、私は“見なかったこと”にした。
見てしまえば、きっと壊れてしまうから。
私たちのこの小さな日常が、音を立てて崩れてしまうから。
ur「 おはよう、えとさん 。
キッチンから声がする。
その声音が、いつもと同じで、少し眠たげで。
心臓の奥がきゅっと縮んだ。
et「 おはよう 。
微笑んで、返す。
それだけで、全身の筋肉が軋むように痛かった。
テーブルの上には、昨日濡れたまま置いたプレゼントの袋があった。
彼はそれを手に取り、少し照れたように笑う。
ur「 これ ……… 俺に ?
et 「 うん 。誕生日だったから 。
urは袋を開けて、中の箱をそっと取り出した。
白いリボンをほどき、蓋を開ける。
中の腕時計を見た瞬間、彼の目が少し柔らかくなった。
ur「 ありがとう 。すごく ……… 嬉しい 。
その笑顔が、痛かった。
私の知らない女の子にも、同じ笑顔を向けているのかと思うと、胸の奥がひどくざらついた。
けれど、それでも――その笑顔が好きだった。
どんなに傷つけられても、嫌いになれなかった。
私は、彼の指に触れながら、小さく笑った。
et 「 似合ってるよ 。
うりは「そうかな」と言って、腕につけて見せる。
その仕草の全部が、好きだった。
たとえ、その手が別の誰かの頬を撫でていても。
午前の光がカーテンの隙間から差し込んで、部屋を淡く照らす。
コーヒーの香りと、タバコの煙が混ざり合って、いつもの朝みたいだった。
でもどこか違う。いつもの柔軟剤の匂いじゃないし、うりが好きなカモミールティーの匂いでもない。
ur「 仕事行ってくる 。
et「 うん 。頑張って 。
うりがドアノブに手を伸ばす。
その途端、私は知らぬ間に口を開けていた。
et「 ねぇ ur 。
言葉が、喉の奥で震える。
本当は聞きたかった。
“あの子は誰?”って。
“私を裏切ったの?”って。
でも、代わりに出たのは全然違う言葉だった。
et「 …… 大好きだよ 。
うりは驚いたように私を見て、少し照れくさそうに笑った。
ur「 急にどうしたの ? 俺も 好きだよ ?
そう言って、うりは私を抱きしめる。
煙草の臭いと同時にあの香水匂いが鼻につんっと染み込んでいく。
私は笑って頷いた。
et「 ……… うん 、よかった 。
ur「 じゃあ 行ってくるね 。
うりは控えめに手を振り、そのままドアを閉めた。
ドアを閉める音の余韻が一人きりの部屋に響く。
リビングに戻ると、テーブルの上に灰皿があった。
吸いかけのタバコの横に、彼が使っていたマグカップが置かれている。
中のコーヒーはまだ温かい。
触れた指先が少し熱くて、思わず目を閉じた。
その熱だけが、まだ現実だった。
夜。
雨はまた降り出した。
静かな部屋に、時計の針の音だけが響いている。
ベッドの上で、ひとりで丸くなりながら、スマホの画面を見つめた。
うりのLINEには『 今夜は遅くなる 』の文字。
既読をつける指が、途中で止まる。
何度も読み返して、結局、返信を打つことはできなかった。
『 気をつけてね 』
その一言さえ、今の私には言えなかった。
雨音が強くなる。
カーテンの隙間から、街灯の光が差し込んで、部屋の中に淡い影を作る。
ふと、鏡の中の自分と目が合った。
ぼんやりと滲んだ顔。
少し笑ってみても、どこか壊れていた。
まるで、魔法で飾られた偽りの“シンデレラ”みたいに。
そうだ。私は、魔法の中にいる。
何も知らないふりをして、
何も壊れていないように笑って。
愛しているふりをして。
でも、それでもいい。
魔法が解けたら、彼はもう私を見ないだろうから。
だから私は、気づかないふりをする。
このまま騙されていれば、もう少しだけ一緒にいられる気がするから。
夜中の23時。
ドアの音がして、うりが帰ってきた。
ur「 ただいま !
優しい声。
その声だけで、涙があふれそうになった。
私は慌てて目を拭って、笑顔を作る。
et「 おかえり 。
ur「 眠れなかったの ?
et「 うん 、ちょっとだけ 。
彼は隣に座って、頭を撫でてくれた。
その手の温かさに、涙が溢れる。
ur「 どうしたの ?
et「 ううん 、なんでもない 。
ur「 本当 ?
et「 うん 、大好きだよ 。
その言葉を言うたびに、心が削れていく。
それでも、言わずにはいられなかった。
言わなければ、この魔法は解けちゃうから。
このフリフリのドレスとガラスの靴はどっか行ってしまうから。
うりは、優しく笑って言った。
ur「 俺もだよ 。
そう言ってうりは私にそっとキスをした。
少しお酒と煙草の匂いがする唇で。
その瞬間、世界が静止したみたいに感じた。
このまま時間が止まればいいと思った。
たとえ全部が偽りでも、この瞬間だけは本物みたいに信じていたかった。
夜が深くなる。
彼が寝息を立てる横で、私は目を開けたまま天井を見つめていた。
時計の針が、またひとつ進む。
同棲する前に二人で買った鳩時計が12回小さな音でベルを鳴らす。
0時だ。
et「 ねぇ 、ur 。
小さく、誰にも届かない声で囁く。
et「 私 、もうとっくに魔法が解けてるよ 。
うりは眠ったままで何も聞いちゃいない。
涙が枕に落ちる。
0時を回ると、
見慣れたはずのその背中が何だか知らない男の人のように見えて。
気持ち悪かった。
et「 はぁ ッッ 、はぁ ッッ 、
うりと買った白いサンダルは、
なんだか鉛のように重くってうまく走れなかった。
もっと
et「 私じゃないなら 、
もっと
et「 私のこと好きって言わないでよ ……. !
遠くに行かないと 、
彼を好きだという魔法が解けてしまう前に。
好きでいることをやめられない。
壊れていくことも、分かっているのに。
それでも、あなたが笑うなら、それでいい。
et「 さようなら 。
fin .