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「ご主人、ありがとニャ」
ケット、ムツキ、ねこさんチームAは、ムツキの転移魔法【テレポーテーション】で、一瞬にして世界樹の前まで移動した。普段であれば、ムツキは樹海の調査も兼ねて世界樹まで歩いている。そのため、世界樹の前まで【テレポーテーション】を使うことはほとんどない。今回は事情もあるので短縮した形になった。
「ケットと外出なんて滅多にないから、たまにはゆっくりと歩いてみたかったんだけどな」
「ニャ!」
ムツキがボソッと呟くと、その言葉が聞こえたケットは全身を使って嬉しさを表現する。2本の尻尾はいつになくぶんぶんと振れ、それに合わせて前足も大きく振っている。顔はいつになく笑顔で、声は1オクターブ上がっているかのように高くなる。
「ニャんと嬉しいことニャ! 今度、一緒にお散歩するニャ!」
「にゃー」
「みゃー」
「そうだニャ。もちろん、みんニャで一緒にお散歩するニャ。屋根で一緒に日向ぼっこもいいニャ」
ムツキはケットと猫の微笑ましいやり取りに終始笑顔だった。
「おー、そうだな。ちょっと今は日差しが強いから難しいけど、少し涼しくなった頃なら最高だろうな」
「またたびもあれば、最高ニャ。最近、ニャめてニャいニャ……恋しいニャ……」
ケットはまたたびに目がない。またたびのことになると、ほんの少しだけ欲が出てしまう。一番好きなのは枝タイプで、比較的長く楽しめるからのようだ。
「またたびはあげすぎ注意だからな。ねこじゃらしで」
「そんニャ……」
「にゃー……」
「みゅー……」
ムツキに視線が集まる。うるっとして訴えかけてくる可愛らしい目がいくつもあると、元々モフモフに弱い彼はすぐに屈しそうになる。
「ぐっ……いや、だ、ダメだ。ダメなんだ……。こればかりは皆のためなんだ」
彼は身が引き裂かれるような思いの中、どうにか耐えきった。
「仕方ニャいニャ。それじゃあ、世界樹に挨拶するニャ」
ケットは小さな溜め息を零した後に、気持ちを切り替えたようで、世界樹の前へと歩いていく。ムツキやねこさんチームは、2つの列を作って少し後ろからついていく。それは王の行進だった。
「…………」
「お久しぶりニャ」
「…………」
「そうかニャ? 太ったかニャ? 食生活をかなり整えたからかもしれニャいニャ」
ケットは世界樹と楽しそうにお喋りを始めるが、周りから見ると大きな木の幹に向かって独り言を呟いているようにしか見えない。
それもそのはずで、世界樹と話すことができるのは、ユウこと創世神ユースアウィス、妖精王ケット・シー、竜王レヴィアの1柱、1匹、1体しかいない。ムツキでさえ、話すことはできないのだった。
「…………」
「最近はそうでもニャいニャ。それもご主人のおかげ……にゃー、そう、そう、本題を忘れるところだったニャ。ご主人と住んでいる樹海の外の家を増築したいニャ。もらってもいい太い木をいくつか教えてほしいニャ」
しばらくケットと世界樹の雑談が続いた後に、本題を思い出したようで世界樹に許可をもらい始める。
「…………」
「んニャ? え、世界樹の一部をもらっていいのかニャ? 珍しいニャ」
「…………」
「ご主人、世界樹がいつものお礼に世界樹の枝をくれるらしいニャ」
ケットが嬉しそうにムツキの方を向いて報告をする。普通の木だとムツキから漏れ出る魔力を全て吸収することはできずに一部を無駄に霧散させていた。しかし、世界樹の枝は魔力を吸収できる量が多いので、より効率よくムツキの魔力を運用できるのである。
「そうなのか? 全然会話が分からないから、何とも言えないけど、こちらこそいつもありがとう。世界樹のおかげで妖精たちが穏やかに過ごせるのだと思う」
「…………」
「そうニャ。ご主人は人語しか分からニャいニャ。というか、世界樹の言葉はオイラやユウ様、レヴィアくらいにしか分からニャいニャ」
世界樹がざわめくのをこの場にいる全員が感じる。どうやら、世界樹は自分の声が誰にでも聞こえているものだと思っていたようだ。世界樹の中で長年、住んでいる妖精たちに無視されていると感じていた問題がすんなり解決した。
「…………」
「芽が出てきたニャ。これが人族のようニャ姿にニャるらしいニャ」
「おお! すごいな。話せるようになるのか」
ムツキは目の前の小さな芽が成長するのを楽しみに眺めている。しかし、芽はたしかに少しずつ大きくなっているようにも見えるし、そうでないようにも見える。
「…………」
「人型にニャるのに3か月から半年くらいかかるらしいニャ。気長に待ってほしいとのことニャ。あと、恥ずかしいから見つめニャいでほしいらしいニャ」
「そ、そうか。すぐに何かできるかと思ってマジマジと見ていた」
ムツキは漫画的なご都合展開を期待していた。今までもそのような感じでトントン拍子で物事が進むこともあったからである。世界樹からどのような人型が生まれるのかを楽しみで仕方なかった。
「…………」
「そんニャ都合いいわけニャいでしょ、らしいニャ」
「そうか」
たまにはこういうこともあるか、とムツキは静かに心の中で頷いていた。
「ムツキ様ぁ! おわぁっ! ビッグボスまで! 今日は調査の日じゃないと思いますが? というか、ビッグボスがいるなんて珍しいですね!」
新緑色をしたリス、ラタが世界樹の上の方から落ちるかのように降りてくる。新緑色の毛並みは今の時期の世界樹の葉に擬態できるほどに色が酷似していた。
「ラタ、久しぶりニャ! 元気にしているかニャ?」
ケットは久々の再会を懐かしむようにラタの方へと寄っていく。軽い握手をした後、ラタの口が開かれる。
「お久しぶりです! 元気は有り余ってますよ! 後、世界樹を今日中に4往復はできますぜ! 何ならタイムアタックで今日はいい記録が出そうだ。それもこれもビッグボスが応援してくれるだろうからという強い確信があるからで、そうだ! ビッグボス! 今日は俺の大長編になるロングロングストーリーを聞きに来たんですかい? なら、今日の演目はとっておきの……」
ラタは止めないと寝るまでずっと話していそうな勢いで話し続けている。やがて、ケットは両前足をラタに向けて、話にストップをかける。
「ごめんニャ。今日は急ぎニャ。また今度聞くニャ! それまでにそのロングストーリーを推敲しておいてほしいニャ。頼むニャ」
ラタはそれを聞いた後、一瞬、驚いた表情とやれやれといったポーズを取ってから頭を縦にゆっくりと振った。
「それは残念だっ! だけど、お急ぎって言うなら仕方ないですね! 次の機会をお待ちしてますぜ!」
名残惜しそうなラタと別れ、ムツキはケットの指し示す方向へと、ケットとねこさんチームを連れて行く。その後、無事に世界樹の枝、と言っても普通の木の幹よりも太い枝を持って帰った。